[3411] 「超小型出版」と紙の本からの脱却?

投稿:  著者:  読了時間:19分(本文:約9,300文字)


《へそ曲がり丸出しですね》

■ネタを訪ねて三万歩[96]
 巳年の正月に思う
 海津ヨシノリ

■グラフィック薄氷大魔王[332]
 「超小型出版」と、紙の本からの脱却?
 吉井 宏




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■ネタを訪ねて三万歩[96]
巳年の正月に思う

海津ヨシノリ
< http://bn.dgcr.com/archives/20130130140200.html >
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巳年は私にとって少し不思議な年なのです。世間的には良いことのない年なのだそうですが、何か記憶に残ることが必ず起きる年なのです。今まではすべてがポジティブなことでした。そう思い起こすと、今年は何が起きるのかがとても楽しみです。

そんなことを考えながらの正月は、すぐに過ぎ去ってしまいました。正月は新年が始まる喜びよりも、沢山の新しい出会いが待ち構えている春が、もうすぐやって来るというイメージしか私にはありません。もちろん、日本文化を否定しているわけではありません。むしろ、誰よりも日本文化に対してリスペクトしているつもりです。

では、どうして正月に対してあまり関心がなくなってしまたのかについては、自分でもよくわからなくなっています。思えば、この感覚は父の影響かもしれません。父は表具職人であったにもかかわらず、縁起やセレモニーに対して恐ろしいほどドライな人でした。

例えば、商売繁盛のお酉さまの熊手を買ったこともなく、初詣もしたことがありませんでした。曰く、なるようにしかならない、これが父の口癖でした。そんな父に小学三年生だった私は、どうしてなのかを聞いたことがありました。父の答えは明確で、狭い東京で生活するのに、そんな細かいことを気にしていられない。

もちろん、正月を行わないなどという過激な家庭ではありませんでした。必要最低限のイベントだったかもしれません。つまり、親戚を毎年ローテーションすることだけは続けていました。

そのローテーションがいつ頃から崩れてしまったのかは記憶がないのですが、新年の親戚回りがなくなってから、私の正月離れは加速しました。多分物心ついた頃から面白いと感じなくなっていた、くだらないテレビ番組の功罪は大きいかもしれません。

そして、高校生になった頃から冬休みの私の日課は読書になっていました。社会人になってからは、ビデオ鑑賞も重要な日課となってきました。

こんな話をすると、へそ曲がり丸出しですね。確かに私はへそ曲がりですが、基本はつまらない事はしたくないを貫いているだけだと思っています。

もちろん、いつもピリピリしているわけではありません。どちらかといえば、リラックスしている方が多いと思います。雑多なことも大好きです。つまり、私にとってつまらない事というのは、まったく意味のないことに限りなく近い事なのです。

聞くところによれば、昔は正月明けの4日からでないとデパートなども開いていなかったそうです。もちろん、コンビニなどなかった頃の話。そうなると、正月はとにかく自分たちで盛り上がるしかないですからね。親戚周りに上司の家を訪問、同窓会などスケジュールは過密だったのかも知れません。

しかし、何時の頃からか、元日からコンビニもオープンしているようになったのです。なにより正月に仕事をしている人が随分増えてきました。元日から営業している店も珍しくないわけですから当然ですね。

通常の生活の中でも深夜に仕事をしている人も増え、本当に生活のリズムが多様化してしまったので、画一的に何かを全員でという流れは薄れているのかも知れません。

もちろん、世の中の大多数の方は年末年始のイベントはしっかり対応しているわけですが、私みたいなへそ曲がりも増えてきているのではないでしょうか......という話です。

言葉にすると、どうしても極端な方向に見られてしまいかねないので、本当に困ってしまいますが、とにかく私は派手な正月をしないことだけは確かです。

これは、もしかしたら自分自身がお年玉をもらえなくなったからかもしれませんね。多分そうかも知れないと、薄々は感じてはいます。実際、25歳ぐらいまで祖母にお年玉をもらっていました。

しかし、鈍い私も一応成長しているわけです。少しずつ周りの感覚も含めて人は変化していきますからね。その変化の境目が曖昧に通り過ぎてしまうから、自分でもよくわからなくなってしまうのかもしれません。そして、気が付かないうちに大きなミスという奈落に足を突っ込んでしまうことになります。

こんな具合に、人は自分では把握できないことが色々と面倒な問題を生んでしまうようです。そう思うとある程度の事は納得できるのですが、それでも衝撃だったのは、尊敬していた人が実はとんでもない低俗な人であった事を知ってしまった件です。

世の中は相変わらず経歴と社会的地位だけで人を判断するので、本当に拍子抜けしてしまいます。嫌な方向に大きく変化してしまった悪い例だと割り切ることにしました。思い起こせば、そんなことを5月に始めたFacebookでいやというほど感じました。

とにかく、Facebookは昨年の私にとって最大の出来事でした。そして、私はあまりにも遅まきであった昨年の5月から始めたことは、逆にたいへんラッキーだったと感じています。

それは、ある程度ポピュラーになった段階での参加だったからです。黎明期に参加していたら、たぶんやめていたと思います。ストレス溜まりますからね。

それらの対処方法も多くの友人から学びました。ま、子供みたいな話ですが、Facebookで友人の本物と偽物を如実に痛感した年でもありました。人間は上手に取り繕っても、結局は本性見えてしまいますからね。

Facebookで知り合った方との交流も新鮮でした。今年はもっと多くの出会いが待ち構えているのではと思うと、本当にワクワクしてきます。この何かに対してワクワクするという感覚がなくなってしまったら、人間はおしまいかもしれませんね。

そんな私にとって、多摩美術大学造形表現学部は永遠にさまよい続けたいラビリンスなのです。社会人学生が多いので、自分の今までの生活の中で、ほとんど関係のなかった仕事をしている学生から得る感覚と発想は本当に刺激的です。

そのためには、私自身も更にパワーアップしなければなりません。刺激はお互いに受け合い、そして出し合うギブアンドテイクだからです。私自身が学生に対して刺激を与えることができなくなった時は、それが引退の時だと感じています。

そんなこんなで、ここ数年の正月休みは実質10日あまり。気分的にはあれもしたい、これもしたいと思いを巡らすのですが、結局は何も出来ずに仕事始めに突入してしまいます。

そして、やっぱり今年も出来なかったとため息をついているうちに2月に入り、気が付けば卒業式の余韻が残っているうちに新学期。なんだか目まぐるしい時の流れに翻弄されているような気分になります。

ところが不思議なもので、いつものリズムに入る4月以降は案外時間が捻出できたりします。ボーッとしている時が一番時間がないというのも皮肉な話ですが、ある程度やることが詰まっている方がフットワークも良くなるのかもしれませんね。

だからなのか、年末年始モードに入ると途端に体調を崩して寝込んでしまう方が案外多くてビックリしました。緊張の糸が切れる時だからかもしれませんね。それでは、新しい年を楽しみましょう。

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■今月のお気に入りミュージックと映画

[Sofie]by The Crookes in 2012(U.K.)

ザ・クルックスのセカンドアルバム『Hold Fast』に納められている一曲。メンバーチェンジがありましたが、ボーカルは健在。ベース弾きながらのジョージ・ウエイトのボーカルが心地よいです。アルバムタイトルの「Hold Fast」から「Sal Paradise〜Sofie」と続く3曲の流れが今もっともお気に入りです。

本国ではファーストアルバムほど騒がれていませんが、彼らの真髄はこのセカンドアルバムだと確信しています。昨年5月の時に書きましたが、ジャングリーなギターとポエティックなボーカルで綴られる、ロマンティックでセンチメンタルなメロディーは体に鈍くでも重く突き刺さる感じ。「ネオアコ」「ギタポ」「UKロック」ファンにとっては涙ものですね。

< >

[パンズ・ラビリンス]by Guillermo del Toro in 2006(Mexico, Spain,
U.S.A)

第二次世界大戦末期、内戦後のスペインに生きる薄幸の少女を描くダーク・フ
ァンタジー。血みどろの現実とファンタジーの試練が交差し、一気にラストま
で進みます。ラストはショッキングであるとともに、ハッピーエンドかもしれ
ません。過酷な現実と幻想の世界を行き来しながら、3つの試練に挑む主演の
イバナ・バケロ(オフェリア役)の名演技とセルジ・ロペス(ビダル役)の怪
演は必見です。

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■アップルストア銀座 2月18日(月)19時00分からのセッション

Hands on a Macとして画像処理セッション
『海津ヨシノリの画像処理テクニック講座Vol. 74』
画像合成で知っておきたい上手な嘘の付き方と調整のメリハリについて解説。合成処理のポイントを整理します。ポイントさえ掴めば必要のない細部の調整などを省くことが出来ます。なお、ハンズオンセミナーは予約制で申し込みに関してはAppleに一任しております。
< http://www.apple.com/jp/retail/ginza/ >

【海津ヨシノリ】グラフィックデザイナー/イラストレーター/写真家/怪しいお菓子研究家

yoshinori@kaizu.com
< http://www.kaizu.com >
< http://kaizu-blog.blogspot.com >

前回嘆いたプリンタの件ですが、レーザープリンタは自力で修理できました。そして問題はインクジェットプリンタ。とりあえず最後の確認でダメだったら廃棄という段階で、なんと復活してしまったのです。

しかし、悲劇は突然訪れました。恐らく復活したのは断末魔の念力みたいなものだったのかも知れません。数枚プリントしている段階で、突然妙な音がして紙送りが出来なくなってしまいました。完全にアウトです。

開口して確認し、どうしようもなければ、同一カートリッジが利用可能な中古機を購入しようと思ったのですが、これが笑える話で、新品で購入したときよりも中古の方が高いのです。結局新しいプリンタを買った方が賢明だと悟りました。カートリッジは欲しい人に譲る、が正解ですね。


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■グラフィック薄氷大魔王[332]
「超小型出版」と、紙の本からの脱却?

吉井 宏
< http://bn.dgcr.com/archives/20130130140100.html >
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Kindle本、安くて手軽なのでどんどん買っちゃって、読むのが追いつかない。iPadのKindleアプリで何冊も同時進行で読んでます。

先週「超小型出版」ってのを読みました。内容は書籍というより雑誌的な方向。従来の出版の枠組み(紙の雑誌を定期的に出すための仕組み)をはずしていいんじゃない? って話。書き手にも読み手にも手軽な最小限電子出版物の理想。僕的にはそれはすでに100円Kindle本で実現されつつあるけどね。

ページ数は少ないです。内容もあんまり具体的じゃなく、筆者の「思い」ばかりが強いかも。でも、従来の出版の枠組みをはずしたらこうなるよ! ってのは、考え方としては知っておくといいかも。これを元に「Kindle自費出版ガイド」などのKindle本解説書に載ってる具体的な方法を参考にすれば、すぐにでもKindle本出せそう。

理想に近いものとして出てくるThe Magazine(英語なので購読しないけど)や、iOSのNewsstandが定期購読や手軽さではいい線行ってるそうだ。日本の雑誌も定期購読できるようになってますね。

無料で全部読めるネット上の読み物でも、手軽に簡単に手に入れられる仕組み自体にユーザーはお金を喜んで払う、ってのは同意だけど、それって要するに帰着点は「ネットの有料サイト/記事」と同じものになっちゃうんじゃないの? とも思った。だったら、「後で読む」的なものをPDFにしてでもオフラインでも便利に読めるようなもののほうが、順序としては先かもね。

おもしろいのは、昔の軽自動車「ホンダN360」を「超小型出版」の象徴として大きく取り上げてること。表紙のビジュアルも。N360好きとしては、なんかくすぐられる。
< http://craigmod.com/journal/subcompact_publishing/ja/ >

アップルストアでイベントがあったらしい。
< http://www.dotbook.jp/magazine-k/2013/01/24/subcompact_publishing_and_ebook/ >

上記記事からリンクされている、筆者のクレイグ・モド氏の考え。
「電子書籍に取り組むということ」
< http://craigmod.com/journal/ebooks/ja/ >

「"iPad時代の書籍"を考える」
< http://craigmod.com/journal/ipad_and_books/ja/ >

●Kindle本、なぜか表紙が飛ばされる

ところでKindle本ってダウンロードして開くと、表紙ではなく「はじめに」とか「目次」あたりのページが開くのは何なんだ? 誰かの読みかけの本を買った気分。気づいた後で何冊か購入したけど、やはり表紙じゃなく「はじめに」とかのページが出る。そういう決まりでもあるのか、きもちわるいです。

読もうとするときにはすでに表紙サムネールで識別できてるわけだから、いきなり中身に行くほうが合理的ってことなのかな。従来の紙の本のメタファーというかシミュレーションをする必要はないと思うけど、表紙ってのはいちおうその本の顔というか象徴。開いたらドーンと表紙があってほしい。

●本を再定義?

逆に、目次は紙と同じ形では必要ないと思う。ナビゲートの仕組みに入れるほうが自然で便利だと思う。

「超小型出版」にも書いてありましたけど、デジタル本では「ページ」自体も不要ですね。一冊丸ごとスクロールでいいじゃん。と思います。タブレット上で指を滑らせてページをめくるのが新鮮なのは最初の1分だけ。もうすでにかなりウザいです。

あるいは、実寸で数メートル相当の正方形か円形に本の内容全部をレイアウトして、縦横無尽にスクロールして見る形式の本っておもしろいと思うけどな。

ページサイズに囚われない自由なレイアウト。もちろん推奨の読み順はあってもいいし。例えば数メートル角の正方形の画像一枚が、そのまま一冊の本に相当とか。展開した巨大画像がどのくらい負荷かかるかは知らんけどねw

●メモの代わりにハイライト

今さら何言ってんの? だけど、Kindle本の「ハイライト」はとても便利! テキストを選択して「ハイライト」を選ぶと、「蛍光ペンアンダーライン状態」になるんです。ハイライトした部分をリストでまとめて見ることもできる。

電子本を読みながらメモする方法をアレコレ試してどれもうまくいかなかったけど、アンダーラインした部分をまとめて読めるなら、メモ不要。書き出すにしても、一回目の通読でアンダーラインしておくほうが便利だし。

i文庫HDでも「しおり」がほぼ同じ機能です。重要部分をページ単位で「しおり」するのは使ってたけど、ハイライトのほうが直接的。他の電子書籍はどうなってるかな?

●Kindle本がアップデート!

初購入したKindle本のレイアウトにがっかりした話を以前書きました。『救いは「電子書籍」だってこと。もしかしたら、まともなレイアウトと写真に変更されたアップデート版が用意されるかもしれない......。』と。

< http://bn.dgcr.com/archives/20121031140100.html >

やはり、アップデートに期待するのはアリだった! アマゾンからお知らせが来た。「以前お客様にご購入いただいた『バファローベル著バファローベル公式フォトブック ベルがいっぱい』の Kindle商品のアップデートバージョンが来ています。」「誤字が修正されました。読みやすいフォーマットに変更されました。画質が向上しました。」

さっそくダウンロード。う〜〜ん、そんなに変わってないかも。多少は見やすくなってる気もするけど。元のスクリーンショット撮っておけばよかったなあ。

【吉井 宏/イラストレーター】
HP < http://www.yoshii.com >
Blog < http://yoshii-blog.blogspot.com/ >

上京してすぐ住んだのは首都高の上だったし、静かなところに住んだのは数年間だけ。ここ15年ほどは巨大交差点の脇だったのでクルマの騒音がすごかった。新しいところは静かすぎて気持ち悪い。静寂に耐えられず、久しぶりに仕事場に音楽を流したりしてます。音楽の需要が発生!

◇iPhone/iPadアプリ「REAL STEELPAN」ver.2.0がリリースされました。
「長押しロール」のオン・オフ切り替えスイッチを追加しました。
「オフ」ではレスポンスが速くなるので、素早い演奏が可能になりました。
REAL STEELPAN < http://bit.ly/9aC0XV >
◇「ヤンス!ガンス!」DVD発売中
amazonのDVD詳細 < http://amzn.to/bsTAcb >


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編集後記(01/30)

●いつのまにか原発推進派になっていたわたしだ。脱原発というファンタジーにはつきあいきれない。リアルな世界を見なくてはやっていけない。だが、かつてわたしが何度も批判した、未だ解決できない「核廃棄物の最終処理」問題は、推進派にとって突かれたくない弱点でもある。最近、新聞でこの分野で素晴らしい研究が進んでいることを知って驚いた。それは、原子核工学者・大井川宏之氏が推進する「ADS=加速器駆動核変換システム」という研究である。

ADSは原子炉の核廃棄物に中性子を当て、放射能の減衰期を現状の10万年単位から数100年規模に短縮する装置だという。気の遠くなるような未来ではなく、少しは手の届く未来にまで減衰期が短縮されるなら、人類の目が届かない地中深く埋めるという、想定外の危険を含んだ最終処分をしなくても、中間処理施設の補強でも大丈夫かもしれない。なんという朗報だ。

この研究は日本とベルギーが最先端を行くらしい。ところが、ベルギーが2016年の施設着工を進めているのに対し、日本は研究段階の実験装置があるだけだ。要するにADS研究は学界をふくめ社会に知られておらず、政府や産業界から深い認知はされていないため、研究予算も少ないからだ。それにしても面妖なことだ。核廃棄物の最終処理は原発のありようを左右する最大の問題であるのに、いままでADSなんてどこからも聞こえてこなかった。なんでだろ〜。

この貴重な情報をもたらしたのは科学者ではない。劇作家の山崎正和氏が1/21の「地球を読む」というコラムで、岸田一隆著「ボクらのエネルギーって、どうなるの!?」を読んで心躍った、そこにはこんな対談があって、と紹介した中にある。山崎氏は、日本の科学ジャーナリズムが貧弱で、それが国の科学政策にも反映していると嘆く。まさに科学ジャーナリズムの責任は重い。国民の理解を深め、未来を託す研究への支援を実現しなければ科学立国・日本の未来はない。嗚呼、わたしが20歳くらい若かったら貢献できたかもなあ。(柴田)

< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4767814480/dgcrcom-22/ >
ボクらのエネルギーってどうなるの?


●続き。よくわからないので、お互いのアカウントを送付先に登録し、画像を送りあってみる。左下のアイコンが変化しているので、タップ。新着情報が並んでいて、届いたO川さんの画像を見ようとしたら3秒スタートでのカウントダウン。なんで見られないのよ〜とタップし続けると画像が見られた。が、カウントダウンは続き、0になったら画像は消え、うんともすんとも言わなくなった。なにこれ? ちょっと楽しいんですけど。

これって3秒しか見られないってこと? 相手の端末にデータが残らないってことは、一発ギャグ的に使うってこと? 変顔して笑わせたりできるよね。残す必要のないYESやNO程度の会話もできるな。いまどこどこにいるから、遊びにおいでよ、とか。あ、ここに書きたくないようなこともできそうだな......。

カメラ撮影画面左下に「3」とあり、これをタップすると1秒から10秒の10種が選べるようになっていた。カメラロールからの写真は選べず、あくまで撮影したもののみ。画像の上に手書きでメモが書けたり、文字を打って表示することもできる。自分の撮影した画像や、それにメモを載せたものも、自分の端末には保存できる。

特に用はないが、ちょっと声をかけたいなぁ、なんて時にいいな。アプリを立ち上げると撮影画面なので、タイミングを逃さず簡単に送れる。写真を撮る、ちょっぴりクリエイティブであり、もらう側にも気楽に見てもらえるだろう。1秒なんてのにすれば、ゲーム感覚的にも遊べるし。なるほど、これは人気出るわと思ったでござる。(hammer.mule)

< http://www.snapchat.com/ >  Snapchat
< http://togetter.com/li/446018 >
SHARP公式、またしてもデカプリンを食べそこねて半ギレ ←かわいいです
< http://www.lifehacker.jp/2013/01/13012910_second_rule.html >
写真に差をつける「10秒ルール」