歌う田舎者[41]2013年版三位一体の人生改革/もみのこゆきと

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年末に郵便物が来た。差出人は男女2人の連名で、封にはinvitationと刻印された銀色のシールが貼ってある。もしや、もしやこれはアレではないのか。表をひっくり返してみると、切手には格調高き筆文字で「寿」という文字が燦然と輝いている。

「なっ、なんじゃこりゃ、なんじゃこりゃーーーーっ!」

ジーパン刑事のように腹に銃撃を受けて殉職しそうな気分である。あ、殉職する職がないんだった。

つい先日、デジクリでも「結婚式のご祝儀を払い続けるばかりで、1円たりとも回収できていない」と涙ながらに訴えたばかりではないか。
デジクリ:同情するなら金をくれ(2012.7.26掲載)
< http://bn.dgcr.com/archives/20120726140100.html >

だいたい40を過ぎると結婚式などほぼ終息しており、あるのは葬式ばかりだ。姪っ子甥っ子の成人まで、もう結婚式などないと油断していた。

しかも、よく考えたら着るものがないのである。先日から減量6kgをスローガンに、厳しいトレーニングに励んでいるのは気持ちだけなのだが、ウエストのボタンが全く閉まらなくなった服は根こそぎ妹に送りつけてしまったので、残っている服はユニクロ的カジュアル服しかない。

「肥満は着る物を駆逐する」という有名なグレシャムの法則どおり、これすなわち結婚式用の服も買わねばならないということを意味するのではないか。出費合計予想を思い浮かべ、わたしの脳味噌は恐慌をきたした。




しかしシンプルに考えれば、お金がないなら、あるところから持ってくればいいのだ。繁盛してそうなお店から「いやいや儲かってまんな。ちょっと失敬しますよ」といただいてくるとか、銀行の金庫から「これはこれはいつもお勤めお疲れさまです。ちょっとお借りしますよ。無金利無返済でよろしく」と言いながらもらってくるとか。いや、簡単なことではないか。

まぁ、一般的にはそれを泥棒とか銀行強盗とか言うかもしれないが、この際そんなことどうでもいい。だいたい銀行強盗は日本の年末の風物詩だったはずだ。それなのに、最近ではとんとそのような犯罪が起こらぬ。季節感もへったくれもないぞ。日本人はいつからこのように侘び寂びもわからぬ朴念仁になってしまったのか。

資金繰りに苦しむ中小企業の窮状を日本国民に思い出していただくため、ここで一発、銀行強盗をしてみるというのはグッドアイディアではなかろうか。強盗といえば「俺たちに明日はない」であろう。よし、映画を見て強盗スキルについて勉強だ! そして2時間後......。

いやだ。あんな死に方をするのはまっぴらごめんだ。何故こんな映画を見てしまったのか。ボニー&クライドは87発の銃弾を浴びたというが、いったい何発目くらいであの世に行ったのだらうか。死ぬほど痛そうではないか。いや死んでるのか。

えぇい、ヘタレと呼びたければ呼べ! 中小企業の窮状など知ったことか。わたしは強盗にはなれぬ。蜂の巣になって死ぬのはいやだとか言っている人間は、強盗には向いていないのだ。

さて、そんなわけで、とにかく今年は何が何でも稼がなければならないため、近年まれに見る真面目さでもって、元旦に初詣に出かけたわたしである。願い事は、酒と仕事と男とお金。♪飲んで〜飲んで〜飲まれて〜飲んで〜♪ 強盗になれないなら、神頼みしかないではないか。ちなみに思い出す限り、わたしの正月と言えば寝正月というかひきこもりがデフォルトであって、元旦に初詣など行ったこともない。

ダイエットとバス代の節約も兼ねて、薩摩藩最大の神社、照国神社まで歩いて行ったのであるが、ひきこもりのわたしは知らなかった。元旦の神社なるものがこんなに混雑していようとは。大鳥居のあたりまで人々が行列をなし、拝殿なんぞ遥か彼方なのである。しかも行列は遅々として進まぬ。そのうえ傘も持たぬのに雨まで降ってきた。

♪つ〜めた〜い〜雨に〜打たれて〜参道をさまよった〜の〜♪

ちっ! 出てくるんじゃなかったよ。あ、いや待て。このような厳しい環境の中、拝殿までの遠い道のりを待ち続け、参拝までこぎつけたなら、きっと100倍くらいご利益があるのではないか。そうだ、そうに違いない。......このように無理やり自分を納得させ、そぼ降る雨の中、『ミッション参拝』は無事終了したのであった。

しかしながら、わたしは気付いてしまった。「もしやわが家系は仏教徒ではなかったか」と。なんだかそこはかとなくそんな気がしてきた。いや、きっとそうだ。しかれば寺に参らねばならなかったのではないか。いかん、これはいかん。罰当たりな行いであった。そして照国神社にお参りしたその足で、西本願寺別院に向かった。

ほほう。元旦と言えば神社の風景しか報道されないので知らなかったが、お寺にお参りされる方もおられるのであるなぁ。まっこと、この世には吾輩の与り知らぬことがまだまだあることよのぅ。よしよし、お寺にもお参りしたことだし、今年は安泰であろう。

しかしながら、わたしはまた気付いてしまったのだ。「何か忘れてやしないか? 神道、仏教ときて、キリスト教を蔑ろにすると天罰が下るのではなかろうか」と。わたしは平等原理主義者なのである。

オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ様もこのように申しておられる。「自由、平等、博愛......この崇高なる理想の、永遠に人類のかたき礎とならんことを......フランス、万歳!」オスカル様がそのように仰せになっているということであるから、神道も仏教もキリスト教も、崇高なる理想のもと平等に取り扱わねば、フランス国民が許さないであろう。

ラ・マルセイエーズを高らかに歌いつつ、西本願寺別院からキリスト教伝来の地、ザビエル教会まで赴いてみたところ、さすがに元旦の教会には誰もいない。聖堂で黄金色に輝く仏像......じゃないな、ええと、あなたはマリア様ですかいな......に向かって、間違って柏手を打ちそうになったが、おおっと違うではないかと思い出し、十字など切ってみた。

カンペキだ。カンペキである。これで三大宗教三位一体ご利益でごわす。このようにして、わたしの2013年は薩摩藩聖地巡りで始まったのであった。

もし今年が不幸の坂を転げ落ちるような一年であったなら、宗教的に節操のないわたしに仏罰神罰イエス罰が降りかかったということであろう。

しかしながら、そもそも日本人とは神社に初詣をし、寺で葬式をし、クリスマスを祝うという節操のない人種なのである。さすれば、わたしだけに仏罰神罰イエス罰が降りかかるということはないのではありますまいか。

もし三大宗教三位一体ご利益で、酒と仕事と男とお金ががっぽがっぽ入ってきたなら、年末にはミュージカル「ジーザス・ブッディスト・アマテラスター」(作・演出・主演 もみのこゆきと)を奉納上演し、今年一年の感謝の気持ちとして、寺と神社と教会に、ふたたび100円ずつ寄付したいと考える今日この頃である。

※「太陽にほえろ」(なんじゃこりゃーーっ)松田優作
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※「酒と泪と男と女」河島英五
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※「冷たい雨」ハイファイセット
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※「俺たちに明日はない」Final Scene
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※「俺たちに明日はない」
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0000C9VCI/dgcrcom-22/ >
※「ジーザス・クライスト・スーパースター」
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B006QJSEZW/dgcrcom-22/ >

【もみのこ ゆきと】qkjgq410(a)yahoo.co.jp

かつてはシステムエンジニア。その後、名ばかり経営指導員。現在、失業ときどきWEBの原稿書き仕事。招待状の返信はがきには、「披露宴で乾杯時にお飲みになるドリンクをご指定ください。また、食べられないものがありましたらご記入ください」と書いてあった。「赤ワイン」と書いて返送したあと、新婦に「それ、樽でよろしく」とメールした。ついでに「若い男以外食べられません」と書いておけばよかった。