[3420] デザインはなぜ無報酬とされたのか

投稿:  著者:  読了時間:26分(本文:約12,600文字)


《自分で言うのもなんですが、おもしろい!!》

■ユーレカの日々[19]
 デザインはなぜ無報酬とされたのか
 まつむらまきお

■グラフィック薄氷大魔王[334]
 「iPadで打ち合わせ」「タダデザイナー募集の件」
 吉井 宏

■写真展案内
「東京画 meets OSAKA 2013」




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■ユーレカの日々[19]
デザインはなぜ無報酬とされたのか

まつむらまきお
< http://bn.dgcr.com/archives/20130213140300.html >
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先日、大阪の天王寺区が「天王寺区広報デザイナーを募集」したことが、Twitterなどでちょっとした騒ぎになった。
< http://www.city.osaka.lg.jp/hodoshiryo/tennoji/0000204704.html >

ポスター、フライヤー、Webのデザイン、アドバイスをプロアマ問わずに募る、というものだが、これが「無報酬」ということで、あちこちから批判が相次いだのだ。

ぼくの仕事であるイラストの世界でも、なかなか対価を理解してもらえないことがある。ちゃんとした出版社、代理店ならなんら問題もないが、たまにベンチャー系の企業などからケタ違いに低い条件でのオファーが来ることがある。

そういう場合、相場とその理由を丁寧にご説明し、丁重にお断りするのだが、今度はそのケタ違いに低い条件で「学生を紹介してほしい」なんてことを言われ、これも丁寧にお断りする。

デザインの世界でも同様のようだ。デザインに対して正当な対価がなされないという話をよく耳にする。どうして、デザインやイラストに対して、対価を認めない風潮がいつまでたっても変わらないのだろうか。

●技術が表現を無償化する時代

デザインがデジタル化する以前は、デザインは特殊な技術だった。写植を発注する。写真をレイアウトする。版下に線を引き、見だし文字をレタリングする。製版をチェックし、修正指示を出す。こういった作業がDTPの登場により、だれでも簡単にできるようになってしまった。

絵もそうだ。パソコンを使えばだれでも「はみださずに色を塗れる」「きれいなグラデーション表現ができる」。プロにしてみれば、「そんなことで絵を評価するなんてナンセンス」だが、でも、おそらく一般の人達というのは、そういった部分を「プロ」として評価して来たのだ。

実際、写真がそうだった。その昔、プロが撮った写真は「ピントがあってる」「露出が適正で立体的に見える」から、対価を支払うだけの価値があった。やがてカメラが進化し、ピント、露出はもちろん、逆光や顔を検知して「適正な写真」を撮影し、しかもその場でプレビューできる時代になった。大きな失敗がなければ、失敗をしないプロに頼む理由はなくなる。

そうやってデザインにしろ、イラストにしろ、写真にしろ、「だれにでもできる」ことになってしまい、それに対する対価というものがどんどん低くなってしまった。

●芸術とはなんだろう

そういった時代背景もあるのだけれど、それとは別に、どうも以前からデザインやイラストというのは世間一般に理解されないように思う。「趣味」や「感覚的」ということで、正当な労働評価がなされないケースが多い。

この世間の理解不足は、日本の美術・デザインが怠ってきた、世間に対する「説明不足」の問題が大きい。

美術やデザインに携わってきた人間が「デザインは世界を豊かにする」といったあいまいで感覚的な説明しかしてこなかったため、「美術という世界は感覚的なものに対して対価を払う」という印象を、一般の人に植え付けてしまったのだ。

さらにこの背景には、「美術・デザイン」が「芸術」との違いを明確にしてこなかったことがある。

「芸術」という言葉は定義がやっかいだ。美術史をかじったことがある人間なら、写真や複製の技術の発達とともに、実用絵画がファインアートに分岐していったことを知っている。

明治期に西洋文化としていきなり芸術という概念が入って独自の解釈が生まれたことや、現在でも日本と海外の芸術という意味が違うことを知っている。また、音楽や舞台にまでジャンルを拡げればこの言葉に対する解釈も実に様々だ。

それはものすごくヤヤコシイ話なので、ここではあくまでもぼく流の、一般の人に対してわかりやすい「芸術」の説明だと思って読んで欲しい。

●芸術とスポーツは同じ

一般の人に芸術とはなにかを説明する時、一番わかりやすいのは「芸術はスポーツと同じ」というたとえだ。

スポーツをする人は多い。ジョギング、水泳といったものから、チームスポーツまで様々だ。プロを目指す人もいるが、それは少数で、ほとんどの人は「自発的な楽しみとして、自腹を切ってやる」のが普通だ。スポーツをしたらお金がもらえるからやるっていう人はまぁ、いない。

じゃあ、プロスポーツというのは何なのかというと、優れた選手にスポンサーが付く、ということだ。チームに所属する選手は年俸制だし、ボクシングなど賞金を稼ぐスポーツでも、勝っても負けても「ファイトマネー」が支払われる。

では芸術を考えて見よう。絵を描く、音楽を演奏する、写真を撮る。多くの人々が「楽しみとして、自腹を切ってやる」。スポーツ同様、表現するという行為が面白いからだ。

すぐれた表現者であれば、絵やCDや写真集が売れる。そのことからなんとなく、プロは「作品を売ってお金を得ている」ように思えるが、実は違う。スポーツと比べてみると、それが間違いであることに気がつく。

プロ野球やJリーグの選手は、試合を見せることでお金を得ているのかというと、そうではない。その人達がすぐれた選手であり、その人たちが行う試合だから、人々はお金を払うのだ。試合という行為にお金を払っているのではない。だから草野球の試合でお金を取ろうと考える人はいない。

芸術も実はこれと同じだ。すぐれた作品を作る人たちだから、その人に対してお金が支払われる。作品、という物質は、スポーツの試合と同じで、単なるその「証拠」にすぎない。

定義しよう。

芸術もスポーツも、自発的な行為であり、「本来それで対価を得られるものではない」のだ。一部の優れた行為者だけが、その人に対しての対価を世間から得ることができるのだ。

こう考えると、この天王寺区のように世間一般が「デザインやイラスト」の対価に納得してくれないことにものすごく合点が行く。世間一般はデザインやイラストを「芸術」だと思っているのだ。

だから、「あなたはそんな有名でもないのに、どうしてお金を取るの?」ということになるわけだ。

●デザインは「設計」だ

では、デザインやイラストレーション、コマーシャルフォトというのは何なのか。これらを「芸術」というカテゴリーで語るから、一般の人たちは誤解する。

これらは「設計」と言った方がずっとわかりやすい。

建物や機械を作るのには、設計が必要だ。単純なものなら簡単な設計、複雑なものなら高度な設計。設計図がなければ、なにも作れないことは、だれでもわかる。

デザインはあきらかに設計だろう。印刷物、広報物の設計。イラストレーションもコマーシャルフォトもまた、設計だ。

アウトプットが印刷物にせよ映像やWebにせよ、目的を達成するために、ノウハウを尽くした設計を行う。イラレでレイアウトしたり、ペンタブレットで描いたりする以前の「設計」が、これらの仕事の本質だ。

設計だから、その作業、アイデアに対して、対価が発生するのは当然だ。熟練しかなしえないノウハウが活かされた「匠の技」に、だれも無償とは言えまい。

江戸時代以前、建築という言葉が日本に入ってくる前は、建物を建てるのは大工の仕事だった。家を作る時には棟梁と「間取り」だけを相談したら、あとは適当に作ってくれたという。

現在の建築業界では、設計管理費は工事費総額の10%〜15%と「決まって」いる。基本的に町の工務店でも、世界的に有名な建築家でも、同じらしい(住宅メーカーなどでは設計管理費は無償という場合もあるらしいが、これは先の大工仕事と同じ本体価格に含まれるという考え方だ)。

これがいいか悪いかはわからないが、デザイン料というものが本来、このように明確であれば、今回の天王寺区のような「無償」なんて話は出ないんじゃないだろうか。

図書館に司書が必要なように、経理・税務に資格が必要なように、本来であれば広報やデザインにも教育と技術、論理が必要だ。しかし、それを一般の人に説明できてこなかったこと、芸術として語ってしまったツケが、不理解に現れているのだ。

こう考えると、デザインやイラスト、マンガでプロを目指す、というのは正しく、わかりやすい。設計技術と施行技術を身につける、ということだ(マンガの場合、作家に依存するという部分も大きいが、これについてはまた別の機会に)。

これに対し、芸術で身を立てる、というのは選ばれた人間が結果的にそうなっているだけで、目指してどうなるというものではないことがわかる。目指すのは勝手だが、芸術の本質はそこにはない。

デザインやイラスト、マンガの世界に身を置いている人でも、当然、この考えに反発を覚える人も多いだろう。このジャンルでも「芸術」であろうとする人は多い。だけど、これらのジャンルを「芸術」と説明してはいけないのだ。

絵という表現が同じなのでみんな混同しているが、これも考えて見ればおかしな話だ。「文学」と「法律文章」はどちらも言葉で書かれる。これを混同する人はいない。

デザインと芸術、どちらが偉いという話ではない。全く別のものなのだ。

ここをはっきり説明していかないと、いつまでたってもデザインやイラストは、一部の天才以外は仕事として成立しない世界になってしまう。

●天王寺区はなにを間違えたのか

今回の天王寺区の話を、そういう考えで読み解くと何が起きたのかよくわかる。どうやら天王寺区は芸術とデザインを混同してしまったのだ。本心は「芸術をやりましょう」と言いたかったのではないだろうか。

「広報ボランティアアーティスト募集! アートの力で天王寺区を活性化しよう!」だったら、多分だれも大騒ぎしなかっただろう。

芸術であれば無償であることが当然だ。自発的であり、楽しみであり、文化だ。行政が芸術をするのであれば、それは評価の高いプロ芸術家に費用を割くだけでなく、広く一般にも芸術の機会を提供するのは、正しい。

結局、この騒ぎは天王寺区が説明不足を謝罪し、主にアマチュアを対象としたボランティア募集に修正したことで落ち着いた。

●デザインをボランティアにしてはいけないわけ

しかし、ぼくには天王寺区が「デザインをボランティア」と言ってしまったのが致命的な失敗に見える。無報酬、またはアートであれば何も問題がなかったのに、「デザインをボランティア」は絶対にダメだ。

ボランティアという用語を辞書で調べてみると「自主的に社会事業などに参加し、無償の奉仕活動をする人。(出典:デジタル大辞泉)」とある。「奉仕」と言われたとたん、「税金払ってるのに、なんでさらにただ働き」となってしまう。

主にアマチュア対象とすることでボランティアはデザインの啓蒙教育活動となる、という考えが行政や教育の現場でみうけられる。しかし、これはとんでもない話だ。アマチュアが手を出すことで、レベルは下がり、相場は下がり、プロは仕事を失い、業界は縮小する。だれも幸せにならない。

こんなことが正しいなら、じゃあ区役所の設計を学生にやらせるのか。公用車の設計を学生にまかせられるのか。ちょっと考えればわかることなのに、デザインと芸術を混同してしまうことで、このようなとんでもないことが起きてしまうのだ。

●本来のボランティアは奉仕ではない。心意気だ。

しかし、ボランティアという言葉を今度はwikiで調べてみると「奉仕」という意味は本来ほとんどなく、「自発性、無償性、利他性、先駆性」の4つの要素とある。

言い換えれば「だれに頼まれたのでもないのに、ミンナのためにタダで新しいコトをする」ということ。なんてカッコイイ! これはもうマンガ・ワンピースの世界だ。ワンピースのルフィーの行動を「ボランティア」と説明したら、みんな「ショボーン」となるだろう。ボランティアという言葉が、日本では特殊な意味合いで使われてしまっているのだ。

本来、ボランティアは「募集」するものではなかろう。ボランティアを組織化したり、マネージメントすることはあっても、「募集」するのは本来の意味である「自発性」と矛盾する。

募集するのはやはり、奉仕を求めるからだということになってしまう(もちろんここで言っているのは災害ボランティアなど狭義のものではなく、広く社会活動としてのボランティアだ)。

●募集が本来の意味のボランティアだったら...

ではもし、天王寺区の募集が「本来の意味のボランティア」であればどうだろうか。「自発性、無償性、利他性、先駆性」を持つデザイナーを探している、としたらどうだろう。これはなかなかステキな考えだ。

もしぼくが天王寺区民だったら、「無報酬」で「デザインに対するアドバイスをする立場」という考え方に共感と可能性を感じる。

行政を単なるクライアントと考えれば「とんでもない」ことに違いないのだが、自分が住んでいる町の運営システムと考えれば、住民として自分の持っているノウハウを提供し、自分の町をよくするのはとても楽しいことだろう。

行政の広報というのはほんとにつまらないものが多いが、そういったものほど、技巧を凝らしたレベルの高いものでなくてはならないはずだ。さらに無報酬だからこそ、リスクを恐れない面白いことができそうじゃないか。

●このデジクリのコラムも無償で続けている

ここまで書いて思い出したのが、このデジクリだ。このデジクリの原稿は長年「無報酬」で取り組んでいる。

もしデジクリが「クリエイター向けのメルマガを作りたいのでボランティアで執筆してくれませんか」と言われたら「それは断じて断る」だろう。ぼくが無償で協力しなくちゃいけない理由が見つからないからだ。

そうじゃないのは、デジクリ創始者たちの、自分たちのメディアを持とう、クリエイターが考えていることを既存のメディアではなく自分たちのメディアで発信していこう、という考えに共感できたからだ。

デジクリ創刊から15年たつ。メルマガもBLOGも一般的になり、個人がいくらでも自由に発言できる時代になった。メディアを持つことは、デザインをすることと同じくらい、誰でもできる普通のことになった。

それでも続けているのは書かざるを得ないから。自分にとって新しいことだから。面白いから。多少でもおもしろがってくれる人がいるから。

決してデジクリに協力しているボランティア(奉仕)ではないのだ。デジクリという場を利用しているつもりも、利用されているつもりもない。そこにすべきことがあって、できることがあるから、やっているだけ。

本来の意味のボランティア(自発性、無償性、利他性、先駆性)なのだ。本来のボランティアの意味が伝わらない以上、「無報酬」の方がよっぽど、その心意気を示していると思う。

「設計」と「芸術」をいっしょにしてはいけない。「奉仕」と「ボランティア」をいっしょにしてはいけない。この違いを共通認識できれば、その先にもっと面白い世界が待っているだろう。

【まつむら まきお/まんが家、イラストレーター・成安造形大学准教授】
< twitter:http://www.twitter.com/makio_matsumura >
< http://www.makion.net/ > < mailto:makio@makion.net >

1/18付けデジクリでGrowHairさんから前回のコラムに対し、「男のポケットが多いと書いているのは、実は女装趣味があって女性の服のポケットが少ないことを知っているからではないか」というご指摘(笑)いやいや、絵描きですから観察で知っているんですよ(笑)

さて大学。激務の期末がようやく終わりつつある。来週には進級制作展。学内外でもぼくが教えている「イラストレーション(含むマンガ)」を「芸術」と誤解されることが多いように思う。断じて芸術ではない、と説明をし続けなくては。

◎成安造形大学 進級制作展(大津会場)
2月20日(水)〜2月24日(日)大津歴史博物館
< http://seian-graduation-exhibition2013.net/?page_id=53 >


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■グラフィック薄氷大魔王[334]
「iPadで打ち合わせ」「タダデザイナー募集の件」

吉井 宏
< http://bn.dgcr.com/archives/20130213140200.html >
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●告知「Digital Creator 23人展」

超久しぶり、たぶん8年ぶりくらいでグループ展に参加します。デジタルの完成作品がメインでなく、制作過程やラフスケッチなどにスポットを当てた展覧会です。

会場:山脇ギャラリー(東京都千代田区九段南4-8-21)
会期:2013年2月15日(金)〜2月26日(火)11:00〜18:00 休館/17日・24日
< http://yamawaki-gallery.com/?p=2857 >

準備してます。スケッチをたくさん並べて見る機会ってあんまりないけど、こうやって選りすぐりを広げてみると、自分で言うのもなんですが、おもしろい!!

こういうラクガキを50〜60枚をゴチャゴチャペタペタ貼り付けた中に、TDWやキャラクター仕事の「完成作品」をハガキサイズでプリントして上から貼り付け、その元のアイディアスケッチと対比させるつもり。

ラフスケッチを机に広げてみた
< http://twitpic.com/c1qeas >

紙に本格的に意識的にスケッチし始めたのは10年前からくらい。それまではほとんどPainterで下絵やスケッチしてた。今もスケッチ作業の半分くらいはデジタルだけど、アイディア段階では紙にすることも多いです。

ただ、紙のスケッチはスキャンしたら捨てちゃうし、捨てられなかったスケッチもここ数年でほとんど捨ててしまい、書類ケース2箱に残ってるだけ。

残してあったのはそこそこ気に入ってるスケッチや、キャラクター仕事の記念スケッチなど。そのすでに選りすぐりのスケッチの束から、さらに選りすぐって見せます!!

●iPadで打ち合わせ

iPadを打ち合わせに持って行ってます。で、「あ! あれを参考に見せたい!」って時、まず「iPadに入れてあったかな?」があって、次に「写真に入ってたか、Evernoteに入ってたか?」があり、必死で探すことに。

で、見つからないこと多し。「ブログには確実にあるんだけどなあ」ってことでモバイルWi-Fiで接続しようとして、また手間取る(3G回線つきなら手間取らないだろうけど、スピード遅いだろうなあ)。バッテリー切れってこともあった。......ってことで、いつも手間取ってばかりで「惜しい!」感が強い。いつもなんかガッカリする。

結局、iPadに「どれだけわかりやすく整理して資料が入れてあるか」にかかってくるんだろうけど、その点、Macに全部入れてあるほうがはるかに便利だったり。ファイル検索も面倒じゃないし、速いし。iOSには「Finder」や「フォルダやエイリアス」に相当するものがないってのが、めんどくさい主な原因と思う。

なので、打ち合わせにはMacBook Proを持って行くのが最強に決まってるんだけど、行き帰りに電子本とか読みたかったりするので、iPadも持って行きたいんだよなあ。重い〜〜〜! そうなると、やっぱ本を読む用の7インチタブレットかiPad miniか、ちっこい読書端末をMacBook Proと持ち歩くのがいちばんいいんだろうなあ。

●タダデザイナー募集の件

先日、「大阪のある区が広報やデザインの仕事を無償でする人募集」って件が話題になってた。なんかもうこういう話題は飽きた。激安イラストの話とかも延々繰り返されてる。確実に労力も時間もかかる仕事がタダでいいわきゃないのは当たり前として、それでも募集するのも自由だし、応募してタダでやるのも自由。

成り立たないとは思うけど、ひょっとしてヤル人は「タダでない区つながり方面の仕事の発生」を期待してるかもしれないし、それがぜんぜんダメだったらやめるだろうし。その人がやめても別の人がやるかもしれないし、その人もすぐやめるかもしれないし、メリットがあったら続けるだろうし。

「無償」については、ややこしい部分を「報酬」って概念に丸投げできてるからスッキリしてるのに、報酬がないと全部表に出てきちゃう。健全な仕事の環境じゃなくなってしまう。区の人は報酬タダの人にどんな顔して依頼するんだろう? かなり困ると思うんだけど。デザイナーがタダなら、印刷代やサーバー代もタダで募集しなくちゃねえ。

っていうか、区が「ここに地下鉄を通します。タダで工事してくれる建設会社大募集!」と基本的に同じだもんね。普通「んなアホな!」に決まってるけど、それでもメリットあると思った会社は止められないし。まあ、同じ話だけどデザイナーのほうがラクっぽく見えちゃうってところが、腹立たしく思える部分なんだろうな。

で、すでに強烈な反発を招いちゃってるわけだし、それ見たところはタダ募集はヤバいと思うだろうし、デザイナーもマズいと思うし。

まあ、募集を読むと「タダで働いてくれるデザイナー募集!」ってよりか、「広報やデザインの方面を手伝ってくれるボランティア募集」なんだけどね(最初はボランティアという文字はなかったらしいけど)。広報デザイナー募集ってぶち上げちゃったもんだから、ニュアンス変わっちゃってる。応募条件とか手続きとかきっちり並べちゃってるから、「区の業務を無報酬でやらせる」感が大きくなっちゃってる。

んで、広報やデザインを手伝ってくれたボランティアの方は、「ちゃんと名前を出します」ってことで、冷静に考えたらそんなに変でもなかったりする。ただし、ややこし系ウルサ系の仕事ではむしろ「オレがやったとバレたくない」ってものだって多いわけで、微妙。

......で、区長の弁明がFacebookに出てるのね。やっぱ募集の言い方ニュアンスが間違ってたと思う。普通に「ボランティアで手伝ってくれるデザイナー・インターン募集」でよかったのに。あれじゃ、「デザイナーを持ち上げといて搾取」って感じに見えちゃうもん。

あ〜、謝罪しちゃったようです。「プロボノ活動」のニュアンスだったのね。感情的に引っかかるものがあったとはいえ、どうせなら突き進んでほしかったけどな。これだと「ネットの圧力で新しい何かの芽が摘み取られた」のかもしれないぞ。「格安イラスト」の話と決定的に違うのは、こちらには「被害者」も「被害者予備軍」もいないんだし。

●3Dプリンタ作品を売ってみるテスト

形も色もいっしょにプリントできる3Dプリンター「ZPrinter」の出力物を、作品として販売してみようって計画してます。試作テストを終えて、販売に向けて本格的に動き出したので、そろそろと情報を小出しします。

これ、出力したそのまんまの状態(3cmくらいの小さなものです)。色もホントにカスカスなので、そのまま「作品」として売るのはちょっと無理。名目上は、金具をつけてぶら下げる形の「ケータイストラップ」ってことにしてます。ZPrinterの出力物は石膏の粉を糊でゆるく固めただけなので、とても脆いです。

出力したそのまんまの状態
< http://twitpic.com/c2poul >

そこで、表面を樹脂でコーティングして強度を上げるとともに、ツルッツルの表面にします。左のツルツルのクマは、業者さんがコーティングしたもの。クリアーラッカーや、一液ウレタンをコーティングするテストを自分でもやってみましたが、手間もかかるし失敗が多い。業者さんにお任せすることになりそうです。この件、また書きます。

樹脂コーティングしたもの
< http://twitpic.com/c2ngzj >

【吉井 宏/イラストレーター】
HP < http://www.yoshii.com >
Blog < http://yoshii-blog.blogspot.com/ >

引っ越しの片づけが落ち着いたので、本棚を再び精査。数冊の小冊子がなんとか自炊可能な以外は、まったく無理。もうこれ以上本は減らせない。仕事の刷り上がりで大切なものを3〜5部残してあったのを1〜2部にしてみたけど、それで稼げるのはせいぜい5〜6センチだった。

あとは、古いバージョンの営業パンフや、用紙の在庫でムダに多いのを処分すれば計40センチくらいは稼げるけど、それで空くのはたった本棚1コマ分。っていうか、本棚1コマ分を減らしたとして、それに何の意味があるのかw

・iPhone/iPadアプリ「REAL STEELPAN」ver.2.0がリリースされました。「長押しロール」のオン・オフ切り替えスイッチを追加しました。「オフ」ではレスポンスが速くなるので、素早い演奏が可能になりました。
REAL STEELPAN < http://bit.ly/9aC0XV >
・「ヤンス!ガンス!」DVD発売中
amazonのDVD詳細 < http://amzn.to/bsTAcb >


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■写真展案内
「東京画 meets OSAKA 2013」
< http://www.tokyo-ga.org/topics/2013/02/06.html >
< http://bn.dgcr.com/archives/20130213140100.html >
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会期:2013年2月13日(木)〜2月19日(火)
会場:阪急うめだ本店 9階アートステージ(大阪市北区)
参加作家:セリーン・ウー、大西みつぐ、岡原功祐、尾仲浩二、オノツトム、河西春奈、神村大介、小島康敬、菅原一剛、鋤田正義、ヴァンサン・スリエ、澄毅、田尾沙織、達川清、所幸則、中野正貴、マイケル・フェザー、藤井春日、ミッシェル・フラピエ、本城直季、横木安良夫、エドワード・レビンソン
< http://www.tokyo-ga.org/topics/2013/02/06.html >


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編集後記(02/13)

●なんとも複雑な思いにさせられる新聞広告を見た。「くまもとあか牛」の魅力を、くまモンが伝えるというやつである。とってもやわらか、しかもジューシーだモン! 程よい脂肪でさっぱりヘルシーだモン! これらは肉の写真だからいいとして、牛の写真がつかわれているほうの解説(セールスポイント)はどうかと思う。

のびのび育って、ノンストレスだモン! ママの愛情たっぷりに育ってるモン! だという......。牛たちは阿蘇の清らかな天然の地下水を飲んで、大草原でのびのびと歩き回り、ストレスなくおおらかに育つ。母と仔が一緒に放牧され、自然哺乳で育つ。母乳で育った牛は免疫力が強くなり、健康に育つ。くまもとあか牛は順調に、健康に、育つ、育つ、育つ。

健康に育ったあか牛はその後どうなるのか。ママの愛情たっぷりに育った仔牛はその後どうなるのか。いつまでも幸せに暮らしましたとさ、ってわけないだろう。食べてほしいモン! と訴えるのは商売だからしかたないけど、なぜ食肉製品となる前の、牛が幸せいっぱいに育っていることを語らなければならないのか。

子どもの頃、牛馬が飼い主から引き離される時の悲しみを、物語で読んで泣いた。それが心に残っている。だから、なんという無神経で残酷な広告であろうかと思う。コピーライターはどんな気持ちでこれを書いたんだろう。......なんて思うのはわたしだけだろうか。

新聞で「奥様は魔女」が放映されているのを知った。テレビ東京の平日朝8時からである。いままで気がつかなかったのは当然だ。さっそく録画しておき妻に見せたら、それこそ欣喜雀躍。前々から見たい見たいと騒いでいたテレビ番組が、奇跡のような出現である。このHD録画はとうぶん消せないな。(柴田)

< http://www.tv-tokyo.co.jp/okumajo/ >
奥様は魔女


●まつむらさんの今日の内容。後半。本当にいつもありがとうございます。背筋が伸びる思いです。

前半。区長は公募で選ばれ、大阪市で一番若い1984年生まれ。若い区長だからこういうのわかってくれると思っていたのに残念。以前後記に書いたんだけど、大阪府のサイトがひどいクオリティになったことがあった。たぶん安いだけで発注することになったんだろうと思う。一年ぐらい経ったら違うデザインになっていた。いま見たらまた違うデザインになっているような......気のせいか?

なんと吉井さんも同じ内容! 「デザイナーがタダなら、印刷代やサーバー代もタダで募集しなくちゃねえ。」「ここに地下鉄を通します。タダで工事してくれる建設会社大募集!」に吹いた。そういや、Webサイト制作で、気軽に無茶な変更を言われたら、基礎工事からやり直しってことですよ、と話すなぁ。

岸勇希氏『コミュニケーションをデザインするための本』を読みかけている。2008年に出版された本で、すでに1万5千部突破している。事例がとても勉強になる。私はWebサイト制作がメインで、どうしてもネットで完結する企画を考えがち。この本はターゲットや予算から企画を取捨選択。そこに至る経緯から、予想しなかった流れや失敗までもが書かれてある。オススメ。

女子大生をターゲットとした商品では、広告入りの裏紙で無料コピーできる『タダコピ』を使い、大学ごとに違う内容にして、コレクション魂をくすぐる。コピー機から出てくる広告を交互に違うものにして、簡易比較。ファッションショーを行い、Webサイトとも連携。うーん、こうやって書くと面白さが伝わらないな。発想のモトから読めるのは面白いよ〜!(hammer.mule)

< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4885531985/dgcrcom-22/ >
コミュニケーションをデザインするための本
< http://www.tadacopy.com/index.html >
タダコピ。テレビ離れ、新聞離れの今はより有効だと思う。