ショート・ストーリーのKUNI[134]天国/ヤマシタクニコ

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なんでそういう話題になったのかわからないが、気がつくとおれたちは天国について議論をたたかわせていた。いや、それはおおげさだ。天国がどんなところか、ああでもないこうでもないとだらだらくっちゃべっていただけだ。

なんせそこは居酒屋の中、そう、よくあるチェーン店で広い店の中が細かく分かれていて、酔っぱらってからトイレに立つと迷子になって元の席にもどれなくなったりすることもある、あの手の店の一角だったし。

「天国というのは、死んだ人間がみんな行くわけだ。ああ、もちろん、地獄に行くやつは別として。あと、ひょっとしたら天国と地獄の間で宙ぶらりんになってるやつもいくらかいるとしても」

「なんだよその宙ぶらりんっていうのは」

「とにかく、みんなが行くわけだから、なんというか、整理がつかないと思うんだ」

おれが焼き鳥をほおばりながら言うとおれの隣にいる男が
「整理っていうと」

「だって、世界中のあらゆるところからぞろぞろ集まってくる、だけじゃなく、大昔に死んだ人間とかもみんな天国にいるわけだろ、ずっと。話が合わないと思うんだ。いまでも世代が違えば話題も違うのに、それどころじゃない。

 たとえばクラウドって何だっけとか思ってるときにすぐそばで『なんとか防人に行かないで済ませられないだろうか』と悩んでるやつがいたり、そう思ってるといきなり騎馬民族がどどどどっとやってきたりとなると落ち着かないじゃないか。せっかく死んだのに」

「おれも同感だ」




「いくら異文化交流に意義があるといっても程度もんだろ。疲れる。死んだあとは気のあった仲間とまったりと暮らしたい」

「おれも。しょせん人間は自分がその中で生きてきた文化とずっとつきあっていくしかないんだ。だからね、おれが思うにその問題はクリアされてる」

「どんなふうに」

「天国はだいたいの世代とか地域ごとに分類されていると思う」

「おお」

「で、グループごとになんとなくエリアが決まっていて干渉しあわないようになっているわけだ。あ、おにいさん、生、追加で」

「へい!」若い男の従業員が威勢の良い返事をする。

「それは安心した。なら、現世で仲のよかったやつらはだいたい同じところに行くわけかな」

刺身の盛り合わせが運ばれてくる。豆腐サラダとか蓮根まんじゅうとかも来る。

「もちろんだ」

「よかった。実はおれってすごく寂しがりやで、しかも人見知りなんだ。だから、天国でも慣れた友だちと離ればなれになったらいやだなと思って。待てよ。おれがつきあってた女の子はおれより20歳年下なんだが、同じ天国に行けるかな。こないだ別れたんだけど」

「なんだそれ。別れたのならもういいじゃないか」

「天国で気になると思うんだ。その後幸せに暮らしてるかなと」

「うーん、ま、だいじょうぶだろ。とにかく、天国と名がつく限り、それはみんなにとって心地よい場所でないと意味がない。だから、だいじょうぶだ。気にするな」

「学生時代の仲間もいるんだろうな。あ、むかし会社勤めをしていたころのいやな上司もいるんだろうか」

「いるかもしれないけど......」

「いや、いてもいいんだ。その上司にはさんざん怒られて苦手だったけど、そういう人もたぶんあとになるとなつかしくなると思うんだ。3年前に病気で亡くなったんだけどね。そういう人も同じ空間にいてもいい。だけど、あまりかかわりたくない......少し離れたところにいてほしい、ていう。まあ勝手な思いだけど。おれ、熱燗にするわ」

「なるほど、わかるわかる。だいじょうぶ、まあそうなるんじゃないか」

すると、おれの右斜め前にいた男がしゃべり始めた。ええっと、この男はなんという名前だっけ。

「おれはむしろ天国ではひとりで過ごしたいと思ってるんだ。人づきあいにはもうあきあきした。おれみたいな人間はけっこう多いはずだ。だから、天国ではひとりひとりが別々の空間で暮らしていると思いたい。

 いや、そうあるべきだ。そうでなきゃおれにとっての天国じゃない。たとえばあんパンやメロンパンがひとつひとつが透明な袋に入っているように。そうだ。透明だから閉塞感は少ないはずなんだよな。その中で日がな一日ぼんやりしていたい」

思い出した。この男はパン屋をやってるんだった。なるほどなあ。パンの袋か。するとおれの左斜め前の男が刺身を一切れつまみながら言った。えっと、この男はだれだっけ。思い出す前に男が話し始める。

「それはちょっとさびしい話ですな。私はそうは思いません」

「というと」

「私の考える天国ではみんな袋になんか入ってません。はだかのままばらばらで、きわめておおざっぱに積み上げられてたりする」

思い出した。果物屋をしてるんだった。果物は確かに、透明の袋には入っていない。

「それって何もかもいっしょくたになってるのでは」

「いえいえ、当然、産地別になってますよ。農協別というか」

「なるほど」

「あるいは並んでるとしても隣とふれあう感じで。こう、はしで持ち上げると時にはとなりの麺がくっついてぶちっとちぎれることもあるという。いいじゃないですか。はだかで」

何を言ってるんだろこの男は。ああ、そうだ。こいつ、果物屋兼うどん屋をしてるんだった。うどん屋といっても、うどんの「玉」を売ってる店。果物屋の片隅にケースがあって、その中にはだかのうどんの玉が並んでるんだ。で、それが天国なのか。よくわからなくなってきた。

おれは酔っぱらっている。飲んでいるんだから次第に酔ってくるのは当然としても、なんだか最初から酔っぱらっていたような気もする。いつから酔っぱらってたっけ?

不意にむらむらとイメージがわいてきて、おれは言った。

「そうだ。天国はひとりひとりパンの袋みたいな透明の袋に入っているんじゃない。うどんの玉みたいに隣同士くっついてるわけでもない!」

「ほう、では」

「おれが思うに、天国は薄いトレーが積み重なっているようなかたちだ。そして、トレーにはラベルがついている」

「ラベル?」

「そうだ。『昭和〜平成』とか『明治・大正』とか。そして同じ時代の人間は同じトレーに載っている。いまのおれたちのトレーがいちばん上にあるとしたら、少し前の世代はその下にある。それより前の世代はさらに下、というふうに積み重なっている。そして、下に行くほど時代がさかのぼる」

「文房具屋らしい見解だ」

隣の男が言ったので、おれは自分が文房具屋であることを思い出した。ああ、そうか。ケント紙や色画用紙が大きいまま入ったトレーが頭に浮かんだ。同時になんとなく腹が立った。文房具屋で悪いか!

「おれの......言うことにまちがいはない!」

「ははは。どうですかな」

隣の男は軽くあしらうように言った。おれはますます腹が立ち「じゃあ、これから死んでくる!」そう言いながら店の外に出て、びゅんびゅん車の通る往来へ飛び出した。すぐに車が突っ込んできておれははねられ、死んだ。

「やった!」

天国はやはり、おれの思った通りだった。巨大な薄いトレーのようなところにおれはいる。下をのぞき込むと同じような無数のトレーが重なってえんえんと続いており、底の方は渦を巻く灰色の大気に包まれ、ぼうっとかすんで見える。足がすくむ。すくみながらも見ずにはいられない。こわい。足に力が入らない。ぞっとする。でものぞきこむ。

すると、はるか下のほうでおれと同じようにそーっと首を出して下をのぞきこんでいるやつがいる。

──何をやってるんだ

と思っていると、そいつが首をねじって上を見た。おれと目が合った。おれはぎょっとした。そいつはおれそっくりだったから。ぎょっとした瞬間、おれはバランスを失って、トレーから落っこちた。

うわわわわわわわ〜〜〜〜〜そのままはてしなく落ちる。下へ下へ下へ下へ下へ、灰色にかすむ底なしの底へ......。

おれはまた元の居酒屋にいた。おれはますます酔っぱらっている。どん、とジョッキが目の前に置かれ「なんだこれは?!」と言うと若い男の従業員が「いや、ご注文になりました」と言う。なんだかわからないが、飲むことにする。

テーブルの上はいろんな小鉢や皿でいっぱいだ。だれかが何かをこぼしている。ねとねとする。あ、箸を落とした。

「やっぱりおれが正しかった。天国はトレーが積み重なっているんだよ!」

隣の男は笑っている。こいつがだれだったのか思い出せない。

「何を笑ってる! おれは見てきたんだ!」

おれは勢いあまって椅子から立ち上がった。そして広い店内を見わたすともなく見わたすと、少し離れた一角で見たことのある男がグループで談笑しているのが見えた。

──何回同じ間違いをしたら気が済むんだ。

──この仕事に向いてないんじゃないか?

声が耳元によみがえるようだ。あれは......3年前に死んだはずの、かつての上司......か? ぽかんとしていると隣の席の男が言った。

「おれはね。天国は大箱の居酒屋のようなところじゃないかと思うよ。店の中が細かく分かれていてね......」

そういえば、そこここに、なつかしい顔が見えるようなのだ。


【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
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ショルダーバッグのストラップがちぎれかけ、急いで代わりに買ったバッグ。いわゆるトートバッグの形で、肩にもかけられて、大きいのでなんでもぽいぽい入る。便利......なんだけど、肩にかけたときはやっぱりふつうのショルダーより位置が上になるので、肩にかけたまま中身を取り出すのがなんだか不便。

慣れるかと思って一週間がまんしたがたまりかね、ふつうの、ぞろっと長いストラップのショルダーをまた買った。やっぱりこのほうが便利。落ち着く〜。だけど、雑誌なんかではストラップ短めのやつが「女性らしいかたち」などと書かれていたりする。そーか、そーか。