歌う田舎者[42]Romanticが止まります
── もみのこゆきと ──

投稿:  著者:


結婚式である。6年ぶりである。ご祝儀分は取り返そうと、飲む気満々である。しかし、きょうびの若い者はあまりアルコールを飲まない。そのような中で、呑ん兵衛のおばちゃんと隣同士の席にしてくれた新婦の温かいお心づかいに、目頭を押さえるわたしである。

わが人生において、結婚式が怒涛のようにあった時期は15年ほど前であるが、その頃と比べると、おそらくいろんなところが様変わりしているであろう。今どきの結婚式取材班としては、詳しい説明を試みるべく、トレンチコートの襟の隙間から眼光鋭く周囲の状況確認に励む所存であった。しかし、飲む気満々すぎて、しょっぱなから半ば酔っぱらっていたため、食い物のことしか覚えていない。

その食い物であるが、15年前は伊勢海老のテルミドールや鯛の塩焼き、お赤飯のお持ち帰りが定番であった。しかしながら今どきの結婚式には、もはやそのようなものはない。すべて腹に入れてお持ち帰りするのが基本である。

テーブルは白い花だけで飾られ、四角いガラス皿にはアミューズがお洒落に盛りつけられている。ワインやビール、ノンアルコールドリンクなども所狭しと並べられており、ビンボー人としては久々に見るご馳走を前に、パブロフの犬になりそうである。

あぁ、しかしこれを口にするまで何分かかるのであろうか。新郎新婦の入場を待ち、媒酌人の挨拶があり、来賓の祝辞などなど......ゆうに30分はかかるであろう。タラバ蟹のゼリー寄せや帆立貝柱のマリネ、ロマネスコと小カブのサラダなどを前にしながら、涼しい顔で無視しなければならんのである。パブロフの犬になっちゃいかんのである。わんわん。




ところが今どきの結婚式は違うのだ。天よりの使者(お給仕のおねえさん)がやってきて優しく囁いた。

「どうぞお召し上がりになりながら新郎新婦のご入場をお待ちください」

えええぇぇ! 食っていいんすか? 飲んでいいんすか? 素晴らしいぞ! 今どきの結婚式! ご馳走を前に、偉い人の挨拶が終わるのをしびれをきらして待たなくてもいいことになっているのだな。おぉ、よく見れば媒酌人もいないではないか。良きことじゃ良きことじゃ。これこれ、そこなおなご。そなたにも一献差し上げようぞ。苦しゅうない、近う寄れ。

お前は食い物のことしか考えていないのかと言われそうだが、それがどうした。わが日本には「据え膳食わぬは人間の恥」という諺がある。すでにテーブル上に設置してある食べ物については、熱いものは熱いうちに、冷たいものは冷たいうちに、とっとと食すのが礼儀だと諭した言葉である(ウソだが)。

そうしなれば帆立貝柱のマリネが『ようよう乾いていく貝柱、少しかぱかぱ、上に散らしたる紫蘇が風にたなびきたる』になって、せっかくのご馳走が台無しになる。そのようなことになっては、しばれる天候の中、宗谷岬から船を出し、腰を悪くしつつも重い網を巻き上げて帆立漁に励む漁業者の皆様に申し訳が立たないではないか。

♪波の〜谷間に〜命の花が〜ふたつ並んで〜咲いて〜いる〜♪

その上、今回の結婚式はスピーチも歌も頼まれていなかったので、誠にもってラクちんなのであった。人前で話すのが得意だと勘違いされ続けて幾星霜。出席した結婚式の半分以上で、スピーチか歌か、あるいは芸などを披露していた気がするのだが、しかしそれは大きな勘違いなのである。『人前で』がつくと、からきしダメな小心者なのであった。これでよくも将来の夢はタカラジェンヌなどと思っていたものである。

とくにスピーチなど頼まれた日にゃあ、一週間前から鬱状態。しかも友人代表のスピーチなどというものは、来賓のスピーチが終わって、乾杯が終わって、「皆様どうぞしばらくの間ご歓談ください」が通り過ぎて、式も半ばを過ぎた時間帯になる。緊張のあまり据え膳食うどころじゃないのである。帆立貝柱のマリネなど、ひからびて帆立の干物になってしまうのである。

本当にお前は食い物のことしか考えていないんだなと言いたければ言え。その通りだ。いつ何どきも食い物のことしか考えていない。食い物こそわが命。

それにしても世の人々は、どこで結婚できるスキルを身につけたのだろう。どこか専門学校にでも通ったのであろうか。わたしには到底できそうにない。思うに、美女でグラマラスで気立てがいいことと、結婚できる能力は全く別物なのだ。

......と書きたいところだが、リアルで会ったデジクリライターさんが増えてくると、モノが飛んできそうな気もする。気もするが、室伏広治でも呼んでこない限り、薩摩藩までモノを飛ばすことは不可能であろうから、やっぱり美女でグラマラスで気立てがいいということにしておく。

いや、話を戻すと、結婚に至るにはロマンティックなひと時、ロマンティックな一言、ロマンティックな一夜という、なにやらロマンティックなことをしなければならないはずである。日本国憲法第百二十九条には、科目ロマンティックにおいて「可」以上でなければ婚姻届は受理されないと書いてある。

その科目ロマンティックがどうしてもダメなのだ。そういうものは舞台の上やブラウン管の中でスターがすることではないのか。結婚にたどり着いた皆様は、いったいどのようにしてそのなりきりスキルを身に付けたのであろうか。

女はみな女優だとはよく言われることである。しかし男だって俳優である。ここで男優と書くと、話が違う方向へハッテンしそうであるが、まぁこの話題に深入りするのはこのへんで勘弁してやろう。

またまた話を戻すと、つまり結婚している皆様方は、その前になにがしかのロマンティックな儀式を通過しているはずなのである。いや、覚えがないとは言わせない。

いきなり彼氏がダンプカーの前に飛び出し「僕は死にましぇん。あなたが好きだから、僕は死にましぇん。僕が、幸せにしますからぁ! ♪SAY YES〜」といった出来事に遭遇したことはないか。

窓から見える広場がバラで埋め尽くされ、♪あなたにあなたにあなたにあげる〜♪とか言われたことはないか。

なに? そんなドラマティックな出来事など身に覚えがない? それなら、彼氏が家まで送ってくれたあと、角をまがるときにブレーキランプをア・イ・シ・テ・ルと5回点滅させたことはないか。このくらいなら身に覚えがあるだろう。

夜の帳が下りるにいたっては、あなたが噛んだ小指が痛いとか言って殿方の胸にしなだれかかったり、長く甘い口づけのあと、深く果てしなくあなたを知りたいと言われちゃったり言っちゃったりなんかしただろう、この野郎! ネタは上がってんだ、吐け! 吐くんだ!!

そのようなロマンティック攻撃が目の前に展開されたとき、どのように迎撃するべきか、ぼく、学校で習ってないんですけど。皆さんはどこで習ったんですか。もしかしてユーキャンにそういう講座があるんですか。おせーておせーて。

かようなわたしでも、若かりし頃は多少なりともロマンティック寸前まで行ったことはある。しかし、どこからともなく「ロマンティック爆弾発射準備完了」のカチンコが聞こえると、「げげっ、なっ、なにやら面妖な雰囲気が漂ってきておるが、この微妙な沈黙は何であるかっ!」と脳内アラームが鳴り響き、

♪だ・れ・かRomantic と・め・て Romantic
♪むーねがー むーねがー くーるしーくーなるー
動悸がしてくるのである。

西郷隆盛曰く、写真を撮られると魂が抜けるそうであるが、わたしの場合、ロマンティックすると心臓病になるのである。

そして、この状況をなんとかブチ壊すために、「ってやんでぇ、べらぼうめ! 御託がすぎらいっ!」と掻きまわしてみたり、突然下ネタトークを繰り出してみたりしているうちに、人生は黄昏てしまった。思えば遠くへ来たもんだ。いまや自分の葬式費用のほうが気になるお年頃である。

そういえば、昔、母校に教育実習に行ったとき、最後の感想文にこんなものを書いた生徒がいた。

「先生、老人ホームに行ってから結婚しないようにしてください」

チッ、今よりずっと美女でグラマラスで気立てがよかった吾輩に対して何を言うか、このうつけが! と思っていたが、ひょっとすると彼は未来から来た予言者だったのか。ちなみにその生徒はなかなかのイケメンで、名をS田君といい、進学希望先は東京外国語大学ロシア語科であった。イケメンの進路調査表は30年経っても覚えているのである。

どなたかわたしに科目ロマンティックについて家庭教師でもしてくれまいか。これから20年ほど修行を積めば、老人ホームに入る前に、どんなロマンティックも演ずることができる役者となれるのではなかろうか。そして、華燭の典を挙げた暁には、S田君に「外したな、ノストラダムス2世」と言ってやらねばならぬ。

かなわなかった時は、「スパイに孤独はつきもの。危険な恋とは無縁ね」と、トレンチコートの襟を立て、風に吹かれていよう。

※「ROMANTICが止まらない」C-C-B
<
>
※「兄弟船」鳥羽一郎
<
>
※「SAY YES」CHAGE & ASKA
<
>
※「100万本のバラ」加藤登紀子
<
>
※「未来予想図II」Dreams Come True
<
>
※「小指の思い出」伊東ゆかり
<
>
※「接吻」オリジナル・ラブfeatuing横山剣
<
>
※「思えば遠くへ来たもんだ」海援隊
<
>

【もみのこ ゆきと】qkjgq410(a)yahoo.co.jp

いつのことかと言われそうだが、デジクリ2/15の編集後記。編集長が週刊新潮、週刊文春の最新号について書いておいでなのだが、薩摩藩ではこの週刊新潮2/14号が手に入らない状況になっていた。Facebookのウォール内で、「どこに行っても週刊新潮がない」とつぶやく領民が複数いたので気づいたのだが、週刊新潮2/14号には、地元選出議員の下半身スキャンダルが掲載されていたのだ。

うーむ......スキャンダルの内容なぞ、そのうちネットに誰かがスキャン画像でも流すだろうからどうでもいいのだが、ほんとうに薩摩藩中の本屋から消えているのだろうか......そっちの方が気になったわたしは、現場検証に行ってみた。

薩摩藩で最もでかいジュンク堂と丸善。たしかに一冊もない。どちらの店舗にも「週刊新潮2/14号は品切れ中です。次回の入荷は2月中旬頃を予定しております。ご希望の方は店員までお申し付けください」という主旨の張り紙が。発売当日にこんなの見たことないぞ。コンビニを6店ほど確認したが、最後の一店に一冊だけ見つかった。しかし週刊文春の間に挟まれていたので、おそらく見逃されたのであろう。知人のコンビニ店長によると、全て買い占めて領収書を......おや? こんな時間に誰だろう。