ショート・ストーリーのKUNI[135]タッチパネル/ヤマシタクニコ

投稿:  著者:  読了時間:7分(本文:約3,100文字)


家族会議が開かれた。母親が息子と娘を前に話し始めた。

「あなたたちに知らせておくべきことがあります。お父さんは今日からタッチパネル式お父さんになりました」
「はあ?」
「なんでおとうさんが、タッチパネル式?」
「わけわからん」
「ウィキペディアによれば、タッチパネルとは、液晶パネルのような表示装置とタッチパッドのような位置入力装置を組み合わせた電子部品であり、画面上の表示を押すことで機器を操作する入力装置です」
「それはわかってるけど」
「おとうさんがそんなものになれるわけないじゃん。だいたい、今もそこにいるけど、見かけいっしょじゃん」
娘は母親の横に無言で座っている父親を指した。父親は背筋をぴんと伸ばし、ソファに座っている。Tシャツの上にパーカを羽織っているが、普段通りだ。
「ではあなた、見せてやって」
母親がそういうと父親はパーカをぱっと脱ぎ捨てた。Tシャツの胸に「ログイン」と文字が書かれている。



「まじか」
「だから言ったでしょ」
「きもっ」
「あなたたちが何と言おうとむだなの。おとうさんはもう、タッチパネル式になったんだから。もちろん、お父さんは人間なのでウィキの説明通りではありません」
父親は無言でゆっくりうなずく。
「何考えてんだよ」
「意味わかんないんだけど」
「おとうさんは、ずっと前からロボットになるのが夢だったの。だれでもロボットにはなりたいと思うでしょ」
「思わないって」
「でもそれは無理なのでタッチパネルでがまんしたのだそうです」
「そうです、って何それ。なんか他人ごとっぽい」
「あたりまえでしょ。他人だもん。とにかくね。おとうさんは、そういうわけで、早期退職しました。もうこれからは会社に行かず、他人とはできるだけ関わらない生活をするそうです」
「え、要するに、ひきこもり?」
「ありえんだろ。トシ考えろよ」
「早期退職ってことは、退職金は多めにもらえたんだよね。まさかお金がないからあたしが大学に行けないってことないよね」
「どうかしら」
「ひどい。なんか無責任っぽい」
「とにかく、今後はお父さんに何か用ができたら、まずログインするの。あなたたちはタッチしただけで自動で認証されるようになっているそうだから」


一週間後、ふたたび家族会議が開かれた。
「あなたたちに言っておくべきことがあります。わが家は問題を抱えていると言わざるを得ません。お父さんは沈鬱と困惑の中にいます」
「なんで」
「何が困るの」
「タッチパネル式になったのに、だれもタッチしないからです」
父親は黙ってうなずいている。
「そんなの知るか」
「必要ないんだもん」
「そうなの。お父さんも、失敗だったと認めています。よく考えたら、わざわざタッチしなきゃならないほどの用件ってなかったということに気づいたのです」
「いまごろ?」
「ばっかじゃねえの」
「でも、このままではタッチパネル式にした甲斐がありません。なので、今後はどうしてもあなたたちがタッチしないわけにはいかないようにしようと考えたらしいです」
「それ、どういうこと」
「お父さんは今日からトイレの前にいることにしたそうです。トイレに行きたかったらお父さんにタッチしてから行くように。タッチしないとトイレに行けないようがんばる、と先ほど決意のほどを語りました」
「えーっ!」
「最悪!」
「じゃ、じゃあ、どうしてもお父さんの体にタッチしないといけないの?!」
娘は泣きそうになった。
「そうよ。何か問題でも」
「拷問じゃないの、そんなの!」
「ひとに苦痛をあたえて何が楽しいんだ!」
「あたしたちだって人間なのよ!」
「親が子どもにすることか!」
「へんたい!」
「ちきしょう、今度から家のトイレには行かない......ああ、やばい、そう思ったらとたんに行きたくなった! 腹痛い!」
あわててトイレに走る息子。しかし、父親が必死で先回りした。コンマ1秒の差でトイレのドアの前に立ちはだかる。
「あ〜〜〜!!!」
息子は一瞬悩んだが状況は猶予を与えなかった。ぶるぶると震える指先で父親のTシャツの胸の「ログイン」と書かれた部分にタッチした。父親はさっとドアの前をどいた。ほっとして駆け込む息子。


「あー、まいったまいった」
しばらくして息子が戻ってきた。見ると、妹が青ざめている。
「どうしたんだ。おまえ、まさか」
「おにいちゃん、そうなの、あたしも急にトイレに行きたくなってしまったの」
「無駄な抵抗よ、あなたたち。トイレに行くことができないと思うと急に行きたくなるのが人間というものです」
「何だよその冷たい言い方。鬼か」
「母親とも思えないわ......ああ、だめ、おなか痛い......でも、でも、お父さんにタッチするなんて、ありえない!......でも......ああ、やっぱりがまんできない!」
娘はトイレに行った。ドアの前に父親が座り込んでいる。娘は心を無にして、「ログイン」の部分にタッチした。すると父親がTシャツの裾をぱっとめくった。なんとその下にはもう一枚のTシャツがあり、キーボードが印刷されている。ちょうど腹の上あたり。Tシャツはぴったりと肌に密着している。
「何これ!」
母親がやってきた。
「そこからがタッチパネル式お父さんの醍醐味なの。そのキーボードをタッチして『トイレに行きたい』と書き込めばいいらしいわ」
「おにいちゃんのときは『ログイン』をタッチしただけでよかったじゃない!」
「さっきは初めてでお父さんもうっかりしたのよ」
父親は横でうなずく。娘はいまや怒りからか腹痛からかはたまた嫌悪感からかわからない冷や汗をたらたらと流し、呆然としていたが、やがてあきらめ、泣きながら父親の腹の上のキーボードをタッチした。
と い れ に い き た い
父親は満足そうな笑みを浮かべ、さっとドアの前を離れた。


一時間後。居間は重苦しい雰囲気に包まれていた。


母親が沈黙を破って言った。
「あなたたち、どうしたの。そんな重苦しい表情をして」
だれも答えなかった。
「今日はいわばタッチパネル式お父さんデビューの日だというのに。といっても別に私もうれしくもなんともないんだけど。なんというか、はっきりいってどうでもいいの」
娘も息子もやはり黙っていた。
「でもね。さっき、何気なく『トイレに行きたい』と入力したと思うけど、お父さんのほうはそれがはっきり見えないのよ。見えなくても、自分のおなかの上に何という文字が入力されたかを、おなかで感じ取らないといけない。これってたいへんなことなのよ」
息子も娘も反応なし。
「これはだれにでもできることではないの。だからお父さんは、タッチパネル式になると決めたその日から、血のにじむような訓練を重ねてきたの。それで、今ではかなり複雑な文章を書かれても感じ取れる。わが夫ながら......りっぱだと思うわ」
母親の目に涙がにじむ。娘はスマホをいじりだした。息子もヘッドホンで何か聴き始める。
「これが、もともと器用な人ならともかく、お父さんみたいに何をさせても不器用な人の場合はどれだけたいへんか。お父さんはね、若いころ、ギターを弾けるようになりたいと思って毎日毎日、C、Am、F、G7のコードを練習したけど、ついに習得できなかった人なんだから」
トイレのドアの前からじゃん、じゃん、じゃん、じゃかじゃかじゃん、どこかはずれたギターの音が聞こえてきた。

【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
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ドラマや映画のタイトルバックを見るのが好き。いま放映されているのでは「ビブリア古書堂の事件手帖」。人物のかたちの白い紙がぱらぱらぱら〜っとめくれていくところ。ラストの、本とそれを持つ腕だけが浮遊しているような絵。軽くて、現実感のない感じがいいなあと思う。中身のほうも......そうかも。