[3435] ヤマトとホウレンソウ

投稿:  著者:  読了時間:24分(本文:約11,600文字)


《「愛」を語ってダメになった》

■ユーレカの日々[20]
 ヤマトとホウレンソウ
 まつむらまきお

■グラフィック薄氷大魔王[337]
 「エネループのデザイン変更」「音楽配信が不調」
 吉井 宏




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■ユーレカの日々[20]
ヤマトとホウレンソウ

まつむらまきお
< http://bn.dgcr.com/archives/20130306140200.html >
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宇宙戦艦ヤマト。見たことがなくても、名前を知らない人はいないだろう。今から40年ほど前に大ヒットしたSFアニメだ。2010年にキムタク主演で実写映画化され、また昨年より制作されていたリメイク「宇宙戦艦ヤマト2199」が春からテレビ放映されるなど、ちょっとした盛り上がりをみせている。

僕自身もそのリメイク版ヤマトを、すでにリリースされているDVDを懐かしく見たり、新しくリリースされたプラモデルを買ったりと、楽しませてもらっている。

物語は西暦2199年。宇宙からの謎の攻撃で地球は滅亡の危機に瀕する。そこにイスカンダル星から援助のメッセージが届き、地球最後の宇宙戦艦であるヤマトが敵であるガミラスと闘いながら、イスカンダル星を目指す、というお話。

すでに「SFの古典」と言っていいだろう。わかりやすく、よく出来た話である。ベースになっているのは海外SFドラマ「スター・トレック」、そして「西遊記」と「15少年漂流記」だ。これが太平洋戦争の戦記ドラマのテイストで語られる。

毎回毎回、ワクワクしながら放映を見た。ぼくだけでなく、中学生男子は皆、夢中になっていた。放映翌日には学校で戦艦の名前やストーリーの予想など大いに盛り上がった。とにかくあの時代、ヤマトは間違いなく、最先端コンテンツだったのだ。

●すべてはヤマトからはじまった

ヤマトがどれだけのインパクトがあったのか。それはヤマトの前後の変化を見れば明らかだろう。アニメ専門雑誌、アニメのオリジナル・サウンドトラック、劇場版の制作、コスプレ、公開初日に朝から行列。

今ではごく当たり前のこれらはどれも、ヤマト以前には存在しなかった。ヤマトブームの中で生まれ、その後スタンダードになったことなのだ。コミケが1975年末からスタートしているのも、ヤマトのブームと無関係ではなかろう。それほど、ヤマトというアニメはビッグバンだったのだ。

その後ヒットしたガンダムと比べると影が薄い感じがあるが、歴史的に見てヤマトはガンダム以上の日本のアニメの大きな転換点であり、現在も続くアニメカルチャー、オタクカルチャーのルーツだ。

●ヤマトに夢中

宇宙戦艦ヤマトが放映されたのは1974年。ぼくは中学生一年だった。そろそろマンガやアニメといった、子ども向けのものが物足りなくなり、小説や音楽に興味が移りつつある年頃。たまたまテレビで見たヤマトに、ぼくは釘付けになった。

戦艦大和が宇宙を飛ぶ、という荒唐無稽なビジュアルであるにもかかわらず、それをリアルに見せるビジュアル、演出がそれ以前のアニメとはまったく違っていた。

松本零士氏とスタジオぬえの手による精緻なメカデザインや、リアル感のある呼称(波動エンジンだとか、主砲だとか、ワープ航法だとか)。たとえば、ガッチャマンでは「バードミサイル」を発射するのにボタンを押すだけだったのが、ヤマトの「波動砲」はまず「機首をどっちに向けて」からはじまって「エネルギー充填〜閃光防御」などいくつものステップが丁寧に描かれる。

こういった描写がもたらすリアル感は、アニメから卒業しかかっていた中学生を引き止めるのに十分なインパクがあった。「中高生男子の鑑賞に耐える」はじめてのSFアニメだったと思う。

●ヤマトの本質は「普通の組織」だった

僕自身、長い間、ヤマトが新しかったのはそういった「リアルさ」だと思っていたが、今回リメイクされた2199を見て、もっと本質的な部分に気がついた。それはヤマトというドラマが「組織」を描いていたことだ。

ヤマト以前のシリアスドラマのアニメはほとんどみんな、ヒーロー、ヒロインもの。アトムしかり、巨人の星しかり。ジャンルは違えど、ほとんどがヒーロー、ヒロインものだ。

これに対し、ヤマトにはヒーローがいない。古代進という若者が主人公ではあるが、超人的なパワーもなければ、飛び抜けた才能才覚があるわけでない。戦闘班のリーダー、という立場にあるものの、個人として地球を救うような大活躍はしない。

ヒーローの代わりに物語の中心に据えられるのが「普通の人たちによる組織」だ。主人公はじめ、ヤマトの乗組員たちは皆、志願兵だ。特別な能力があって選ばれたわけではない。

それぞれには明確な仕事が割り振られる。たとえば古代の仕事は「戦闘」だが、それはあくまでも「イスカンダルへの旅」というプロジェクトの一部であり、全体ではない。単純に「敵をやっつければOK」というものではなく、戦闘、航行、調査など、それぞれの仕事が遂行されてはじめて、イスカンダル星への往復の旅というプロジェクトが完了する。

そういう視点でヤマトを見ると、「寄せ集められた研修明けの新入社員たちがプロジェクトに取り組む」まるで会社組織のような話だ。

ガッチャマン、ガンバの冒険、009など、チームの活躍を描くドラマは多いが、チームの場合、それぞれの個性と、その役割というのが基本的に一致している。集まるべくして集まった仲間がチームだ。キャラクターの行動と思想が一致している。

「地球の平和を守るため」という大義名分だけを見るとヤマトも同じように見えるが、ヤマトの乗組員たちは平和というより自分たちの生活を守るために、自分ができる仕事をしている。

つまりヤマトは、ヒーローたちの「思いによって結成されたチーム」ではなく、「仕事と個人の考えが切り離されている組織」を描いているのだ。この「普通の人たちの組織とプロジェクトを描く」ということこそが、ヤマトがもたらした新しさだった。

●ヤマトで描かれるホウレンソウ

組織とプロジェクトを描く、というアイデアはそれ以前はなかったのだろうか?

ヤマトの直接のご先祖様のひとつ、アメリカのテレビドラマ「スタートレック」と比較してみよう。

スタートレックでは、「惑星連邦」といった組織に属するエンタープライズ号の冒険が描かれるが、主人公はカーク「船長」だ。船長なのでカークが決めたら皆が(渋々でも)従う。つまり、スタートレックはカークの冒険譚なのであって、組織のドラマではない。

また、エンタープライズの旅は「深宇宙探査・防衛・外交・巡視・救難などあらゆる任務を行う」。言い換えれば毎回毎回、行き当たりばったりであって大きなプロジェクトではない。

ヤマトはこれにくらべるともっと構成が複雑だ。あらゆる行動は「一年以内にイスカンダルからコスモクリーナーを持ち帰る」プロジェクトのためにある。毎回、遭難したり敵と戦ったりするが、それはこのプロジェクトの過程でのできごとだ。

ヤマトで特徴的なのが「ブリーフィング」の場面だ。何か問題が起きると、それぞれの部署の責任者が意見を述べる。協議の上、最終的には艦長が決定をし、作戦にのっとり各自が行動する。作戦が終わると報告がある。反省がある。

そう、組織でもっとも重要な「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)」が丹念に描かれているのだ。

それぞれの仕事ははっきりと決まっている。航海長の島はけして「俺に波動砲を撃たせろ!」なんて言わないし、戦闘班長の古代も「俺が舵を取る!」なんて言わない。全員が自分の部署で仕事に専念する。

敵であるガミラスもまた、組織だ。階級があり、分担がある。こちらでも常に「ホウレンソウ」が行われ、それを怠ったことで戦局を左右するようなミスを誘発したりする。

こんなアニメは他になかった。これはもう、完全に「大人」にしかわからない世界だ。大人の世界そのものだ。中学生だったぼくをはじめ、当時の若者はそういう「組織」に大人の世界を見ていたのだ。

今回リメイクされた「2199」では、主役の古代の個性は随分と控え目に描かれている。そして、敵も味方「組織」としての描き方がより際立っている。

数年前に公開されたキムタクが主演した「実写版ヤマト」は、徹底して主役の古代守の視点で描かれている。また敵のガミラスが組織ではなく、単なるモンスターとして描かれていたため、結局は古代守のヒーロードラマになってしまった。

いまひとつ、ヤマトらしさが薄く感じられたのは、「組織」という面がスポイルされてしまったからだったのだ(余談だが、実写のヤマトは他人同士が家族になっていく、という視点で原作とは違った優れた脚本であると思う。これは原作にはなかった視点だ)。

●なぜヤマトは組織を描いたのか

なぜヤマトは組織を描いたのか。おそらく「太平洋戦争の戦記ドラマのテイスト」という演出意図から、登場人物の階級や役割といった設定を丁寧に行なっていったのが直接の動機だったのだろう。

しかし、そういった演出上の意図だけでなく、制作体制が与えた影響、すなわち「ヤマトが原作を持たない、オリジナル企画」だったことが大きいと思う。

マンガが「個人」の話になるのに対し、アニメは「集団」の話になりがちである。組織の運営をテーマにしたマンガは、ドカベンなど一部のスポーツマンガなどがあるが、ごく少数だ。

これはもともと、マンガが個人制作であることに起因する。特にマンガは若い歳でデビューするのが通例なので、組織に属したことがない、という作家が圧倒的に多い。属したことがなければ、組織の面白さということを描くことはできないのだ。

「悪の組織」という言葉があるが、マンガにおいて、組織が出てくる場合は「敵」になってしまう場合が多い。会社員になりたくない、というのがマンガ家になる動機だったりするからだろうか。また、作家個人が自分の考えを「出版社」という組織に認めさせる戦いが日常だからだろうか。とにかく、マンガにおける組織は「悪」である場合がほとんどだ。

それに対し、アニメは組織で作る。

映画やドラマにあまり興味のない人たちのために説明しておくが、これらのストーリーは必ずしも「脚本家」が作るものではない。脚本家はあくまでも「脚本を仕上げる」役割であり、ストーリーのアイデアは監督やスタッフ、またスポンサーの意向など、複数の人間から出される。

それをまとめあげるのが脚本家の役目だ(もちろん有名脚本家がすべての主導権を握る場合もある)。長いテレビシリーズになれば、複数の脚本家が分担で執筆することが普通だ。

そういう組織で作られる物語だから、アニメオリジナルストーリーは組織やチームの話になる場合が多い。ガンダムやエヴァンゲリオンもそうで、主人公が組織に馴染めようが馴染めなかろうが、組織を無視した話にはなかなかならない。

この傾向はマンガのアニメ化からも読み取れる。

パトレイバーや攻殻機動隊、プラネテス、どれも原作よりも組織という面が強調されている。これはやはり、組織という場に身を置くスタッフが、そういう部分に自ずと興味が行ってしまう結果だろう。

ヤマト以前は、TVアニメはほとんどがマンガを原作にしていた。これはつまり、その時代アニメ界はまだオリジナル企画を出せるだけの体力がなかった、ということだ。だからそれらは組織を描くに至っていなかった。

テレビオリジナルストーリーであるウルトラマン、ウルトラセブンが、アニメよりも先に特捜隊、警備隊といった「組織」というものに着目していたのも、偶然ではないだろう。

●ヤマトがダメになった理由

ヤマトは一作目のヒット以降、映画やテレビ、ビデオでいくつもの続編が作られてきた。ぼくは二作目の映画あたりですっかり興味を失ってしまった。

なぜヤマトがダメになったのか、それは一作目の最後の方でも見受けられた「愛」を語ってしまったからだ。

ヤマトの中で古代が「我々は戦うべきではなかった、愛しあうべきだったのだ」というセリフがあるが、中学生でもこれにはドン引きしたし、実際、あちこちでからかいの対象とされた。

組織、仕事、プロジェクトということと、愛というものは相容れないからだ。どうすれば仕事がうまくいくのか、それぞれの仕事がうまく咬み合って目標を達成できるのか。「愛」でそれができるわけがない。効率が上がらない部下に「お前は仕事に対する愛が足りない」という上司は言うまでもなく「無能」だ。

二作目以降、「愛」というキーワードが強くなるにつれ、ヤマトの組織としての面白さはどんどん失われていく。

第一作が抽象的な「愛」に陥らずに済んだのは、「イスカンダルへの旅」というプロジェクトを物語の構造に据えていたからだ。

そう考えると、組織を描くことでヤングアダルトの心を捉えたのは制作者たちの狙いではなく、幸福な偶然だったのだろう。

組織という大人の世界を描くこと。普遍的な仕組みを描くこと。だからこそ、ヤマトは当時、中高生に支持されたのだ。

結果としてぼくは組織というものをヤマトから教わった。役割と個性は違うこと。どんな組織でも、機械のようにはうまく機能しないこと。人は間違え、それを補うために組織というものがあるということ。非情に見える敵にも、そうせざるをえない理由があること。

●ヤマト以降、組織はどう描かれたのか

では、ヤマトの影響下で作られたガンダムやエヴァンゲリオンはどうだろう?どちらも組織を描く、ということをヤマトから引き継いでいるが、ヤマトと大きな違いがある。

それは「組織に翻弄される若者たち」を描いていることだ。

アムロにせよ、シャアにせよ、シンジにせよ、組織の人間だが、彼らはその組織に馴染めないでいる。常に「組織に不信感を抱く個人」対「組織」という図式でドラマが語られる。そもそも、主人公たちが属する「ホワイトベース」も「ネルフ」も、全体の組織の中ではとてつもなく異端児だ

この時代から若者はもう、大人たちの言う組織を信じなくなっていたのだ。

●組織というノスタルジー

今、ヤマトを見て改めて思うのは、ヤマトが描いた「組織」が昭和的であることだ。

昭和の時代。組織は運命共同体だった。企業は従業員はもちろん、その家族まで面倒を見るのが当たり前だった。社宅、社会保険、保養施設、企業運動会、退職金。教育から老後、娯楽にいたるまで、企業が面倒を見てきた。雇用する、というこは、その家族まで生涯面倒を見る、ということだった。組織が家族、村であることが日本の組織のあり方だった。

「ヤマト」で描かれていたのは、まさにこの昭和の企業だ。組織をうまく機能させることが、そこに属する人たちの幸せに直結するという「運命共同体」だった。

ガンダムやエヴァの時代。若者が組織との関係に悩んでいても、それでもまだ組織は運命共同体でいられた。

そして現在。昭和の「運命共同体としての組織」というものが解体されつつある。どの企業も、リストラに必死だ。いかに少人数で利益を上げるかが命題だ。その結果、非正規雇用がどんどん増えている。おそらくこれが行き着く先は、終身雇用の終焉だろう。アメリカのように、自由雇用、自由解雇、個人の意思と責任、ということになっていく。

従業員は企業を信頼しない。企業も従業員を信頼しない。その時々にそこで働くだけ。それがこれからの組織なのか。

だとすれば、これからのアニメーションで描かれる組織像も大きく変化していくのかもしれない。

しかし、である。組織に対する信頼や疑いがどうであろうと、プロジェクトを遂行する組織、というものの面白さに違いはないとも思う。普通の人々が自分ができる役割をこなすことで、大きな目的が達成されるのを見るのは楽しい。

ヒーローが不在で、普通の人々が組織を動かし、プロジェクトを達成する様子を描くヤマト。40年たった今でも、それは稀有なドラマだ。

さて、春から放映されるリメイク版のヤマトは、今の若者が見たらどう感じるのだろうか。

【まつむら まきお/まんが家、イラストレーター・成安造形大学准教授】
< twitter:http://www.twitter.com/makio_matsumura >
< http://www.makion.net/ > < mailto:makio@makion.net >

ずーっとRICOHのCXシリーズを愛用していたのだが、もうちょっといい写真を撮れるカメラが欲しくなったので、SONYのRX100を買った。まだよくわからん...


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■グラフィック薄氷大魔王[337]
「エネループのデザイン変更」「音楽配信が不調」

吉井 宏
< http://bn.dgcr.com/archives/20130306140100.html >
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●エネループのデザイン変更

先週、デザインとかの話でいちばん話題になったのが、エネループのデザイン変更。
< http://panasonic.net/energy/eneloop/jp/ >
< http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1752579.html >

白地に「eneloop」のロゴのかわりに「Panasonic」がドーンと大きく入ったデザイン。黄色い箱のカロリーメイトのロゴを極小にして、「大塚製薬」って大きく入れるみたいなもん。あああ、これはさすがにイカンでしょう。エネループってブランドの力を軽視しすぎ。

エネループって、エコとか省エネ志向の消費者心理にうまくマッチしたブランドデザインの金字塔みたいなものだったのに。サンヨーではなくPanasonicの、って周知したいからなんだろうけど、「角を矯めて牛を殺す」そのまんま。

あのデザインのままでいくのでなければ、他社の充電池といっしょ。EVOLTAや他の電池とデザインを合わせる必要もぜんぜんない。いっしょに使うことはまずないから、っていうか、PanasonicのEVOLTAといっしょに撮った写真を見ると、見分けつかない逆効果になってる。

オリジナルのデザインの存在感が大きいからこそ、ときたまやってたディズニーとのコラボデザインみたいな変化球もできたわけだし。

僕もエネループ大好きだったんですよ。ちょうど単三のニッケル水素電池がちょっと古くなってきたかなと思ってたときにエネループが発売されて、全部エネループに入れ替えたもん。身のまわりの乾電池式のガジェットから時計まで全部エネループ。いつも数本が充電中なくらい。

ところで、世の中のガジェットのほとんどがリチウム電池内蔵USB充電方式。どう考えてもエネループのほうが便利だと思うんだけどなあ。最近物色してたBluetoothスピーカーとかヘッドホンとかもほとんどUSB充電式。乾電池が使えるタイプはほとんどない。海外で充電式乾電池タイプが普及してるか知らないけど、USB充電方式はバッテリー残量が気になって気持ちよく使えないのです。

●音楽配信が不調らしい

日本レコード協会によると、音楽配信の売り上げがピーク時の6割しかないらしい。違法ダウンロードが原因と。元のNHKのWebニュースは削除されてるので見れないけど、たぶんこのPDFを読み解くとそういうことになるんだろう。

2012年度「音楽メディアユーザー実態調査」報告書公表
< http://www.riaj.or.jp/release/2013/pr130212.html >

ごく単純に考えて、「音楽配信が好調」だったのは「着うた」全盛期だったから、スマホに移行しちゃえばその分は減る。ってのはおいといて、やっぱ音楽をデータで売るってのは、若い人の音楽の入り口としては頼りないとは思う。僕らみたいにCD自体がジャマくらいの境地になってなければ。YouTubeとかでけっこう聴けるってことが、CDやダウンロードで買う気を挫くってのは確かに僕でもあります。

4〜5年前までの話だけど、学生に聞くと当たり前のように違法サイトから音楽を落としてたようですけど、もう実際のところ、音楽をダウンロードしまくって集める感じ自体がわかんない。そんなに音楽を聴くことが若いやつに重要なことと思えない感じ。少なくとも、昔みたいな形のマニアックな聴き方する人は少なそうな気がする。他に娯楽多いし。

で、CDとかレコードって、若いときに、まだ何者なのかわからない自分のアイデンティティを、「好きなものを目に見える形でディスプレイ」するために買ってたわけで。ダウンロード販売では、若いヤツのそういう欲求には応えられない。

本も同じで、オレはこれを読んでいる・興味があるってのをディスプレイする役割があるけど、電子書籍じゃそれはできない。だから若いヤツが身の丈以上に本を買いまくるってのもなくなっちゃうかも。あと、昔はレコードやCDをカセットに入れて友達と交換することで音楽の楽しさを知ったわけだけど、そこを禁じ手にされたら音楽は広がらないですよねえ。

ところで、読みかけで放ってあるクリス・アンダーソン「フリー」って本にあったけど、「時間が豊富にある世代」と「お金が豊富にある世代」の間で、価値の転換が起きるそうです。

なるほど〜。違法ダウンロード音楽は完全な形で落とせるかわからない、ウイルスかもしれない、整理・分類されてない、けどタダ。iTunesストアは有料だけど手軽に完全な形の音楽が買える。どっちがいい? ってこと。

違法ダウンロードをしてた若者が、時間が豊富になくなったかわりにお金はちょっとあるって感じになったとき、あれ? 買う方がぜんぜんラクじゃん! って気がつく感じか。

●書籍自炊の「白黒モード」

『ScanSnapではカラーモード設定の「白黒」は使わない。表示めちゃくちゃ重いから』って以前から言ってたけど、ごく初期に試しただけだったのでイマイチ自信なかった。今はアプリもiPadも進化してるから大丈夫かも......。

と思って、白黒二値でスキャンしてiPadに入れてみたら、やっぱ実用にならないくらい重い。ページをめくるだけで何秒も待つ。普段使ってるのはi文庫HDだけど、他のPDFリーダーアプリで開いて確認してみたら、同じく激重。やはり、「白黒」でScanSnapしてはいけません。ってことです、はい。

ScanSnapで、小説とかマンガとか白黒だからって「白黒」でスキャンしてる人多いだろうなあ。重い動作が普通と思ってるかも。白黒の本でもカラーでスキャンするほうがめちゃくちゃ動作軽いですよ。

【吉井 宏/イラストレーター】
HP < http://www.yoshii.com >
Blog < http://yoshii-blog.blogspot.com/ >

日本でもマイクロソフトのWACOM入りタブレット「Surface RT」が発売される! Windows8版の「Surface Pro」でないと僕的には意味ないのでまだ「待ち」ですが......と思ったら、WACOMも自前で周辺機器でない自立型のタブレットを夏に出すらしい! いよいよおもしろいことになってきたぞ!

・iPhone/iPadアプリ「REAL STEELPAN」ver.2.0がリリースされました。
「長押しロール」のオン・オフ切り替えスイッチを追加しました。
「オフ」ではレスポンスが速くなるので、素早い演奏が可能になりました。
REAL STEELPAN < http://bit.ly/9aC0XV >
・「ヤンス!ガンス!」DVD発売中
amazonのDVD詳細 < http://amzn.to/bsTAcb >


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編集後記(03/06)

●「メロスは激怒した。」という書き出しで有名な、太宰治「走れメロス」のラストの一文は何だったか、覚えていない。そればかりか、結局メロスは間に合ったんだっけ。そんな重要なことさえ忘れていた。妻に聞くと、えーとどうしたんだっけ〜忘れた、と言う。中学2年の国語教科書の定番教材も、いまの年寄りには記憶の彼方である。

メロスのラストは、「勇者は、ひどく赤面した。」である。メロスとセリヌンティウスの友情に感動した王は、わしも仲間に入れてくれと頼む。「万歳、王様万歳」と叫ぶ群衆。ひとりの少女が緋のマントをメロスに捧げる。当惑するメロスに、佳き友は「メロス、君はまっぱだかじゃないか。早くそのマントを着るがいい。この可愛い娘さんは、メロスの裸体を、皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ」と言い、最後の一文につながる。きれいなオチだが、深読みするともっと面白い。

このことは斎藤美奈子「名作うしろ読み」(中央公論社、2013)で知った。本は読んでいないのに、なぜかみんなが知っている名作の書き出し、頭。ではラストは、お尻は。知ってる人は極端に少ないはずだ。そこで稀代の本読みである斎藤美奈子が調べあげ、見開き一作品、最初にラストの一文を配し、かなり辛辣な作品評を展開、じつに面白い。計132作品、ラストの一文だけを見て作品名をあててみた。分かったのは「坊ちゃん」「山月記」「日本沈没」「時刻表2万キロ」「赤毛のアン」「楡家の人々」と、主人公の名前が出ているからわかる数作品しかなかった。

筆者によれば、主な尻パターンには以下のようなものあるという。風景が「いい仕事」をする終わり方。人が「もう一仕事」する終わり方。語り手がしゃしゃり出る終わり方。ほかにも多彩なパターンが存在する。そして、自著のお尻は「ほんとは『読者にとって本書が名作を読み直すキッカケになることを願っている』とか何とか、もっともらしいメッセージを発しておけば格好がつくかもしれないが、それは余計なお世話だろう。評論のラストはとかく説教臭くなるのが問題なのだ。」とスカッと決めてくれた。超絶に面白い本。(柴田)

< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4120044637/dgcrcom-22/ >
名作うしろ読み


●ヤマトの一番最初の記憶は、小学校の吹奏楽部で演奏したことだった。高揚する素晴らしい音楽だと思った。いま見たら、共感する人が変わるんだろうな。ミュージカル『エリザベート』で嫌いだったゾフィーの気持ちが、わかるようになったみたいに。

『eneloop』大好き! 白の通常版、水色のライト版、グリッターカラー版、モバイル用バッテリーを持っている。ロゴデザインがかっこいいのに。揃えておきたいのに、そのデザインはないわ......。

小説でも何でも、最後を見てから読む友人がいる。結末がわからないと安心して読めないんだって。

うちのFIX窓の清掃が、雨や強風で五度延期した。四度目の延長で終わるはずが、昼から強風に。今日やっと最後の清掃。消防点検と重なり、翌週は雑配水管清掃がある。どちらも立ち会いが必要なので、同じ日にやってくれたらいいのにな。洗濯しようとしたら、空が白く曇ってる。PM2.5のサイトでは赤文字。こりゃ外に干せないな。室内に干すのは点検があってはばかられる......明日に持ち越しだわ。(hammer.mule)

< http://kaden.watch.impress.co.jp/docs/column/ohkawara/20111101_487731.html >
「エネループで提案したデザインは、これまでの乾電池にないものだっただけ
に、社内では反対の声が出た」
< http://d.hatena.ne.jp/tech2memo/20100313/1268430551 >
エネループのロゴで使われているフォント

< http://www.env.go.jp/air/osen/pm/info.html >
PM2.5の速報サイトリンク(環境省)
< http://taiki.kankyo.pref.osaka.jp/taikikanshi/ >
大阪のPM2.5情報サイト。アクセス過多で繋がりにくい
< http://taiki.kankyo.pref.osaka.jp/OaussIssue/mailPC/index.jsp >
ついでに光化学スモッグ発令情報メールにも登録しておいた