映画と夜と音楽と...[581]不信と裏切りの世界で生きるには?/十河 進

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〈テイラー・オブ・パナマ/ハバナの男/ナイロビの蜂/裏切りのサーカス〉

●「シコふんじゃった」に登場するイギリス人留学生の名前

「シコふんじゃった」(1991年)は、公開前からタイトルが話題になっていた。映画好きでなくてもニヤリとするタイトルで、中には「ふざけんじゃない」と怒る人もいた。若乃花・貴乃花の若貴兄弟が現役で相撲ブームだったから、にわか相撲ファンが多かったのかもしれない。今では、周防監督は日本を代表する監督のひとりとして一般的にも知られているが、当時は新人監督だったし一般的な知名度はほとんどなかった。

僕は前作のお寺を舞台にしたコメディ「ファンシイダンス」(1989年)を見て感心し、周防正行という名前を憶えた。兄と同じ名前なので、特に印象に残ったのかもしれない。兄は子どもの頃、「タダユキちゃん」と親戚に呼ばれていたが、少し後に生まれた従兄弟が「貞行(サダユキ)」と名付けられ、親戚内で間違われることが増えた。

そんなとき、前々から不満に思っていた僕の母は決然と立ち上がり、「うちの長男はタダユキではない。マサユキなのだ」と親戚中にふれをまわした。以来、「マサユキ」と正しく呼ばれるようになったいきさつがあり、兄の名前を見ると必ずその頃のことを思い出す。だから、「ファンシイダンス」のラストの監督名を見たときも同じだった。

「シコふんじゃった」は評判もよく、僕は楽しみにして映画館へいった。期待以上の面白さだった。うまい...と、清水美砂がシコを踏むラストシーンでも感心した。「ファンシイダンス」は少女マンガを原作としていたが、「シコふんじゃった」はオリジナル・シナリオである。シナリオの出来のよさにも感心した。肩肘張らない軽やかな作風の監督がでてきたものだと思ったのを憶えている。




「シコふんじゃった」を見ながらニヤリとしたのは、貧乏なイギリス人の留学生に相撲部への入部を勧誘にいくシーンだった。イギリス人留学生の名前がジョージ・スマイリーだったからだ。スマイリーという名前からバンドメンバーに背中を向けて指揮をする、不気味な笑顔のバンドマスター・スマイリー小原(知らない人はテレビ草創期を知っている人に訊いてください)を連想したからではない。

僕が初めてジョージ・スマイリーと出会ったのは、中学生のときだ。「寒い国から帰ってきたスパイ」という本が、「スパイ小説の金字塔」というキャッチフレーズで話題になっていた。僕は、「金字塔」という言葉の意味も知らなかったが、何となく凄そうな気がしてその本を読んだ。その小説にもジョージ・スマイリーは脇役で出ているのだが、最初に読んだときには僕は気付かなかった。

主人公の名前はアレック・リーマス。東ドイツのスパイ組織のトップがハンス・デューター・ムントという名前だった。「寒い国から帰ったスパイ」(1965年)として映画化されたとき、アレック・リーマスはリチャード・バートンが演じ、ムント役は「恐怖の報酬」(1953年)でニトログリセリンを積んだトラックを、油田に運ぶ運転手のひとりを演じたペーター・ヴァン・アイクだった。

その後、作者のジョン・ル・カレの処女作「死者にかかってきた電話」が翻訳され、少し高かったけれどハヤカワ・ノヴェルズというソフトカバーを買って読んだ。処女作の主人公がジョージ・スマイリーだった。イギリス情報部に勤めている冴えない中年男である。妻とも問題を抱えていた。ジェイムズ・ボンドが全盛だった60年代だから「こんなおじさんが主人公なの?」と14歳の僕は落胆した。

その後、ジョージ・スマイリーは「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」「スクールボーイ殿下」「スマイリーと仲間たち」という、ソ連情報部(モスクワセンター)責任者カーラとの情報戦(死闘)を描いた三部作で堂々たる主演を張り、処女作「感傷の街角」の主人公である佐久間公が大沢在昌さんの分身であるのと同じように、ジョージ・スマイリーは作者ジョン・ル・カレの分身であることを証明した。

●ジョン・ル・カレ原作の映画化が続いている気がする

最近になって、ジョン・ル・カレの小説の映画化作品を見ることが増えた気がする。「テイラー・オブ・パナマ」(2001年)と「ナイロビの蜂」(2005年)を見て、WOWOWで放映されたイギリス制作のテレビムービー「高貴なる殺人」(1991年)を見たからだろうか。しかし、なぜ「高貴なる殺人」は原作が出て30年後に映像化され、さらに20年も経って日本で放映されたのだろう。

「テイラー・オブ・パナマ」はパナマに左遷されたイギリス情報部員(ピアーズ・ブロスナン)が、パナマで成功した仕立屋(ジェフリー・ラッシュ)をイギリス時代の逮捕歴を脅しに使ってスパイに仕上げ、ガセネタでイギリス政府から大金を引き出そうとする話だった。僕は「ハバナの男」(1960年)を思い出した。グレアム・グリーン原作、キャロル・リード監督、アレック・ギネス主演のスパイの世界を茶化した名作である。

「ナイロビの蜂」は僕の好きなレイフ・ファインズが、ケニア・ナイロビのイギリス大使館に勤める外交官を演じた。妻(レイチェル・ワイズ)が殺され、その謎を追ううちに国際的な陰謀に近づいていく。ケニアの風景とレイフ・ファインズのイギリス紳士風の佇まいがうまく調和し、ラストシーンでは何とも言えない寂寥感が伝わってきた。ル・カレ原作の映画にしては、すごく叙情的でメランコリーな映画だった。

そんな中、「よっ、真打ち登場!」と声をかけたくなったのが、「裏切りのサーカス」(2011年)だ。しかし、この邦題はどうかと思う。「サーカス」という言葉でロンドンの「ピカデリーサーカス」などを連想する人なら別だが、どちらかというと僕は空中ブランコが浮かぶ方だ。劇中、「サーカス」はイギリス諜報部を指す言葉として使われるが、そんなのは見ないとわからない。原題は「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」である。

映画を見るとわかるが、ティンカー(鍵掛け屋)、テイラー(仕立屋)、ソルジャー(兵士)、プアマン(貧乏人)などは、諜報部の幹部に付けられた暗号名だ。イギリス諜報部(サーカス)の幹部職員5人の誰かがソ連の二重スパイだという疑いがあり、その〈もぐら〉を探し出すために諜報部チーフのコントロール(ジョン・ハート)は幹部たちに暗号名を振る。ジョージ・スマイリー(ゲイリー・オールドマン)も5人の幹部のひとりである。

冒頭、コントロールの自宅を諜報部員ジム・プリドーが訪ねる。コントロールは「誰も信じるな。特に主流にいる者たちは...」とプリドーに言う。イギリス諜報部にもぐりこんだ二重スパイの正体を知るハンガリーの将軍が亡命を希望しており、彼を西側に連れてくる命令を受けプリドーはブタペストへ赴く。しかし、将軍とつなぎをする男とカフェで会っていて不審を感じ、立ち去ろうとして撃たれる。そのプロローグがどうつながるのか...という謎が物語を牽引する。

●スマイリーが諜報部を去るシーンから本編が始まる

ブタペストでの工作の失敗の責任をとらされ、コントロールが諜報部を去るシーンから本編が始まる。誰かが「スマイリーは?」と尋ね、コントロールは「私と一緒に去る」と答え、初めてゲイリー・オールドマン演じるジョージ・スマイリーが映る。彼は意外なことを聞くといった表情で黙ったままコントロールを見つめるが、次のシーンではふたり揃って諜報部を出ていく。ジョージ・スマイリーは引退し、コントロールは不審な死を遂げる。ここまでがタイトルバックだ。

コントロールと右腕だったスマイリーが去り、イギリス諜報部のロンドン本部はティンカー、テイラー、ソルジャー、プアマンと名付けられた幹部4人によって運営される。ある日、イギリス政府の諜報部を監督する官房官レイコンのところに、イスタンブールで敵側に寝返ったと思われているイギリス諜報部首狩り人(殺人も担当する現場の諜報員)リッキー・ターが電話をかけてくる。リッキー・ターは「イギリス諜報部内の〈もぐら〉の情報を持っている」と告げる。

引退したジョージ・スマイリーが呼ばれる。渋々、〈もぐら〉探しを引き受けたスマイリーは、「ピーター・ギラムと組みたい。それに引退したロンドン警視庁特別保安部警部だったメンデルも必要だ」と条件を出し、彼らはこぢんまりとしたホテルの部屋で調査を始める。ピーター・ギラムは、イギリス諜報部ロンドン本部の首狩り人の責任者だ。指名するくらいだから、スマイリーはギラムを信頼しているのだろう。

しかし、リッキー・ターが東側の国から諜報部内に〈もぐら〉が潜伏しているという情報を連絡した夜のロンドン本部の警備日誌を入手するようにギラムに命じた後、スマイリーは「もし捕まっても私の名は出すな。助けられん」と感情を出さずに言う。それを事前に知らせておくだけスマイリーは誠実なのかもしれないが、それにしてもひどい話だ。一方で、ギラムに拘束され尋問されても何も喋るなと言っているわけである。

ギラムがロンドン本部の資料室から当夜の記入がある警備日誌を盗み出すシーンが、この映画の面白さを象徴している。自分が勤務する諜報部の資料室である。鞄は持ち込めないし、資料を持ち出さないように監視の目が厳しい。諜報部だから当たり前なのだろうが、職員をまったく信じていないシステムだ。時代は1970年代前半だから、資料はすべて紙である。その資料をどうやって盗み出すのか、スリリングなシーンだ。

見付かれば、ギラムは間違いなく二重スパイとして告発される。イギリス諜報部のために働いているのに、その諜報部から告発されることになる。本当の理由は話せない。そんな背景があるから、日誌一冊を盗み出すだけなのに、本当にドキドキしてしまう。だからこそ、元警部のメンデルが自動車修理工場に入り電話をかけるカットがインサートされ、なるほどそういう方法で盗み出すのかとわかったときはカタルシスが訪れる。

この辺のカット割りの的確さ、観客をドキドキさせてサスペンスを高めておき、一挙にホッとさせてカタルシスを味あわせるテクニックはなかなかのものだ。「ぼくのエリ 200歳の少女」(2008年)で注目されたスウェーデン出身のトーマス・アルフレッドソン監督である。「ぼくのエリ 200歳の少女」(2008年)もハリウッドでリメイクされた「モールス」(2010年)も僕は見ているが、スウェーデンの雪のシーンが印象的なオリジナル作品の映像が記憶に残る。

●最初から最後まで緊迫感が漲る「裏切りのサーカス」

「裏切りのサーカス」はアクションはまったくない。人が死ぬシーンは何度も出てくるけれど、殺された後のカットばかりで殺すシーンはない。唯一、ブタペストで捕まり拷問されているジム・プリドーの眼前で、〈もぐら〉の情報をリッキー・ターに漏らしたソ連通商代表団のイリーナが射殺されるが、それも一瞬の出来事だ。衝撃的だがリアリティのあるシーンだった。そんな風に、静かで残酷なスパイの世界が展開する。最初から最後まで緊迫感が漲り、引き込まれる。見終わっても、もう一度そのクールな雰囲気を味わいたくなる。

タイトルにも「裏切り」という言葉が入っているように、「裏切りのサーカス」は不信と裏切りの人間関係を描いた作品だ。コントロールが冒頭でジム・プリドーに言う「誰も信じるな」というフレーズが、映画全体を象徴している。それぞれが自分だけを信じて生きている。自分以外は誰も信じられないからだ。疑うことが前提の世界だから、現場から帰還してもその報告の真偽を疑われ、最初に尋問が待っている。裏切っていないことは、自分しか知らないのだ。

ジム・プリドーは東側にあるイギリス諜報部の情報網の人間たちが逃げられる時間を作るために、過酷な拷問に耐えて時間を稼いだ。しかし、結局、情報を漏らしたために東側の協力者たちは捕らえられ、ジム・プリドーが寝返って情報を売ったと思われる。リッキー・ターは〈もぐら〉からの情報を得たソ連側の迅速な動きで、情報源イリーナを捕らえられイスタンブール支部の責任者を殺される。しかし、ロンドン本部はリッキー・ターが支部責任者を殺し、敵に寝返ったと思っている。

リッキー・ターは、ソ連側からもイギリス側からも命を狙われる。そのリッキー・ターの報告を信じたスマイリーも、〈もぐら〉を誘い出すためにリッキー・ターの命を餌にした罠を仕掛ける。リッキー・ターが命を懸けるのは、イリーナを西側に救い出すためだ。リッキー・ターは「誰かと交換しろ。絶対に彼女を救い出せ」と条件を出す。しかし、イリーナがすでに殺されていることを知っているくせに、スマイリーは「努力する」と答える。

このシーンを見たとき、スマイリーも信じられる人間ではなかったのだと僕は思った。といって、反感を持ったわけではない。表情を変えずに嘘が言える資質が、誰も信じられない「不信と裏切りに充ちた非情な世界」で生きていくために必要なものなのだ。経験豊富で人間の裏の裏を読む、腹の底で何を考えているのかわからない初老のジョージ・スマイリーを、淡々と演じるゲイリー・オールドマンが素晴らしい。アカデミー主演男優賞を受賞できなかったのが信じられない名演だ。

僕は人間が成長するというのは、周囲の人々の信頼を得ていくことだと思っている。家族に信頼される。仕事仲間に信頼される。友人たちに信頼される。そのことのために僕は努力し、男を磨いてきた。しかし、「裏切りのサーカス」が描く世界は、まったくの逆だ。スマイリーは愛する妻アンの裏切りを目撃し、同僚たちの裏切りを調査する。すべてのことを信じず、すべての他者を疑う。情報源から得た貴重な情報を「本物か?」と問う。スマイリーに上司のコントロールは言う。

──もはや本物など存在しない。

しかし、なぜ今になって70年代を舞台にした「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」を、ジョン・ル・カレは自ら制作総指揮を買って出てまで映画化したかったのか。ベルリンの壁が崩壊しドイツが統一された。ソ連崩壊からでも20年以上が経過した。東西冷戦時代の情報戦などは、遙かな昔の歴史物語だ。しかし、僕はラストシーンを見て理解した。東西冷戦の緊迫した時代を背景に、いつの世でも変わらない人間の本質を描きたかったのだと......

スパイたちは様々な形で様々なものを裏切る。だが、不思議なことに彼らの裏切りの背景には、裏切る動機には、純粋で深い「愛」が存在するのだ。首狩り人リッキー・ターはイリーナを愛し、彼女を西側に脱出させるために自らの命を的に疾走する。ジム・プリドーは「愛」のために命令に従い、「愛」のために拷問に耐え、「愛」のために人を殺す。そして、スマイリーの元には裏切った妻アンが戻ってくる。

不信と裏切りの世界に生きる人間も、「愛」がなくては生きていけない。そして、彼らは理解しているのだ。自分が心の底から愛している相手でも裏切ることがあることを......

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951 >

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< http://forkn.jp/book/3701/ > 黄色い玩具の鳥
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