ローマでMANGA[62]ユーリ、第二部に進む/midori

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●これまでの話。

ひょっとして初めて私のテキストを読む人や、たまに読むのでつながりが分からなーい、という人のために復習します。私は1989年から10年間、講談社モーニングのローマ支局として、イタリア人作家と編集部の橋渡しをしていました。この事実を記録する意味も込めて書いてます。

講談社モーニングは1982年から(つまり「COMICモーニング」というタイトルで創刊された時から)海外の作品を掲載する企画を立て、日本の週刊誌に書き下ろしをする作家を海外に求め始めた。

母国ですでに出版されたものを翻訳掲載するのではなく、あくまでも書き下ろしを求めた。日本以外ではほとんど本の閉じ方が逆(原稿を反転することになる)という事の他に、日本の市場に向けてMangaの文法で書かれた外国人作家の作品を載せる、つまり新しい風を送るという目的をもって企画が出発した。

経緯を見てみると、82年にアメリカとデンマークからMangaではなくイラストの掲載があり、一年飛んで84年に台湾の作家の作品が掲載された。87年にはアメリカの作家の作品二編(うち一遍は全三回)が掲載され、88年には韓国とアメリカ作家の作品の連載が始まった。韓国のものは20回、アメリカのものは短いエッセイが97回という長期連載になった。

89年、90年にはアメリカの作家が単発も含めて9人を数えた。ただしアメリカ発の作家は素人くさい作品で、93年以降は掲載されていない。

そして、この頃我らがイタリア人作家がモーニングに登場するのだった。編集部とコンタクトを取って、担当編集者がついたイタリア人作家は4人いた。いずれもイタリア内外でプロとして活躍している作家で、今このテキストで話題にしているイゴルトはその一人だ。

・ローマでMANGA[54]アモーレの始まり
< http://bn.dgcr.com/archives/20120725140100.html >

Mangaとそれ以外のコミックスには、その表現法において大きな隔たりがある。Mangaはキャラの感情を中心に構成し、外国のコミックスは起こることの時間軸を中心にして構成する。互いに自分の構成が普遍なものと思っているから、モーニング編集部と外国人作家が仕事をしていくと、どちらも予想しなかった壁にぶつかった。

イゴルトと編集者も(間に入った私も)この壁にぶつかり、乗り越えて「ユーリ」第1部の連載を終えて単行本発行にこぎつけた。

今回は「ユーリ第二部」の話。




●ユーリ制作の厳しい条件

「ユーリ1」は各エピソード8ページのオールカラー。各エピソードは読み切り。セリフはほとんどなく、断ち切りの大きいコマを多用して絵本のような印象を新しい形態のMangaとして出発した。

日本のMangaはほとんどが「片起こし」で構成される。つまり、最初のページが本を開いた状態で左側のページに来る。見開きの状態で何枚か本文が続き、最後のページは右側のページで終わる。

「ユーリ1」もMangaだから、当然そのように構成された。週刊誌連載の時は気にならなかったのだけれど、いざ本一冊にまとまってみると、この特徴が読みにくい構成になってしまうのがわかった。

見開きを構成するのが、右ページに前エピソードの最終ページ、左ページに次のエピソードの1ページ目、ということになるのはお決まりだ。「ユーリ1」の場合は、ほとんどコマ割りされてないページが続くので、ひとつのエピソードから次のエピソードへビジュアルではっきりそれとわかる境がない。

「ここから別の話」という心の準備がないまま次のエピソードに入ってしまって、意味がわからなくて後戻りしたくなったりする。各エピソードの1ページ目にはエピソードのタイトルが入っているのだけれど、「ここから別物です!」というお知らせ度が低い。

大事な特徴が足を引っ張ることになってしまった。企画者で担当編集者の堤さんは、第2部ではあっさりとこの特徴を取り下げることにした。オールカラー、各話8ページ読み切り、はそのままでコマ割りをしましょうということになった。イゴルトの絵の巧みさを印象着ける意味もあって、堤さんは作家にとって厳しい条件を出した。

・1ページに付きコマは最高6コマまで(今の傾向としては当たり前だけど、この1996年当時1ページ6コマは少ない方だった)。
・1コマ目は大きくしてサブタイトルと作者名を入れられるようにする。
・各エピソードに必ず大ゴマをひとつは入れる。できれば1ページまるごと使う。
・各エピソードに別のキャラを立ててユーリを絡ませる。
・1の時のようにト書きで進むのではなく、会話で進む。
・ユーリの感情を描く。
・ツキイチで掲載。

イゴルトは「8ページ」で、「1ページ6コマ」で、「大ゴマをいれ」て、「ト書きではなく会話で」ユーリの感情も描くなんて無理だ! と当初は騒いだけれど、俳句のように規則の中にあって、その不自由さの中から生まれる美というものがあると編集者に諭されて、というより「この条件は曲げない」という編集者の強い意志に屈して、この条件下でネームを作成していった。

今回は、全部できてから掲載開始ではなく、日本の作家と同じように制作しながら掲載していく。

読み切りでありながら「ママを探す」という旅の目的に沿うために、一話目はユーリの星からの出発前夜にし、次からは旅の途中で出会う様々なおかしな人物を介してユーリの可愛らしさや秘密を出していくことにした。

●日本の大会社の内部事情?

第2話ももちろん、まずネームを制作し、ローマを介してファックスで編集者に届け、編集者のダメが出たら直し、OKを待って作画に入るという日本の漫画界で当たり前の行程をたどっていく。作画と同時にその後、またその後のネームもドンドン提出していく。

そして順調に次の作画が決まって行った。

○第一話「春のシンフォニー」(日本風家屋での日常。ほぼロボット・ウバがママの手がかりの報を受け取り、ママを探す旅へ出発を決める)

○第二話「僕の出会ったマカロニッラ」(海の底の目が見えない怪獣)

編集者も大乗り気の様子で、イゴルトから受け取った作画をカラー写真にして保存することにしたと、私にも郵便で送ってくれた。今なら、高解像度でスキャンすれば済む話なのだけど。第一話は写真で、第二話はカラーコピーで作画が手元に残っている。

○第三話「アーザ・ニーシ・マーザは魔法の言葉」(精霊がユーリの寝室に入ってきて魔法の言葉を教えてくれる。この言葉を唱えてユーリはママの姿を見ることができた)

○第四話「スペースオペレッタ」(女宇宙海賊サイレーンに捕まったウバとユーリ。ユーリの子供特有の駄々でサイレーンは嫌気が差して二人を釈放する)

○第五話「イタリアンジェラート」(アイスクリーム屋のウバとユーリ。三人の悪いプロレスラーがウエイトレスに嫌がらせをする)

この三話に関してはカラー写真もカラーコピーもなく、印刷所から出てくるゲラ刷りのみ。

第一話は4月、第二話と第四話は7月、第三話は8月、第四話と第五話は9月に最終の翻訳を私から編集部に送っている。

第一話の掲載は7月だ。第一話掲載が始まってから第二話以降の作画をしていることになる。8ページといえどオールカラー。しかも手塗り作業で何度か重ね塗りをするから手間がかかり、しかも当時は生原稿をイタリアから郵送するのだから、8月掲載予定の第二話を7月に送るというのはちょっと怖い。

このころ、編集者の反応速度が落ちていた。イゴルトは編集者に、日本滞在時の記憶から、日本の作家とは少なくも週に一度は打ち合わせをしている。自分ともファックスを通してそのようにしてほしいと再三伝えていた。

年に一度、反応が悪くなったような気がする。私は講談社の正社員ではなかったから様々な内部事情を知るよしもなく、憶測でしかないのだけれど、日本の大会社にある異動に関係が有るのではないかと思う。

堤さんは創刊以来かなり長く同じ編集部に所属しているので異動の時期になると、その危険が大いに高まったのだと思う。異動されないようにあちこち手を打っていたのか、たまたま他の用事と重なるのかわからないけれど、通信ファックスの文体もこの時期はなんとなく丁寧さに欠けるように思えた。

○第六話「Back in the USSR」(宇宙を一人で遊泳するソ連の宇宙飛行士。ソ連が崩壊したことを知らないでいた。もう家へ帰れない。一人ぼっちの宇宙飛行士を慰めるユーリ】

このネームで、イゴルトは「大きなコマ」を活かすために、見開き全体を一画面とみなして背景のように大きなコマを配し、その上に浮かぶように小さなコマを幾つか配するという技を編み出した。

1ページ目は全部を使って1コマ。2〜3ページの見開きは遊泳する飛行士を横長に、大画面の下の方にちさなコマを三つ並べて計4コマ。見開きで4コマだ。

その後の見開きも、背景をすべて断ち切りにして宇宙を描き、そこに浮かぶように2コマから4コマを配している。8ページ目も1枚で1コマだ。会話は最小限度に抑えられ、取り残された宇宙飛行士の悲哀とユーリの健気さが出ている。

これは1995年に、資金不足と政治の混乱のせいで予定を超えた478日滞在を余儀なくされたソ連の宇宙飛行士の話を怒りを覚えて出てきた話。「非人間的だ!!!」とイゴルトが電話口で怒っていたのを覚えている。

この新しいやり方にイゴルトはホクホクしていたけれど、日本からの反応は鈍かった。あまり受け入れなかったというより、レスポンスが遅く、あまり熱心なやり取りがないままにイゴルトの案のままに掲載になった。

結局、堤さんは異動にならなかったのだけれど、第七話の「イセエビマン」は白黒のコピーだけで、しかも「最高6コマ」という掟を破って平均8コマ、10コマのページもある。第六話とがらりと構成が変わっている。

この頃、メールでのやり取りが始まっていて、古いMacのサルベージをしないと通信内容がわからないのだが、トーンが下がっていったという記憶がある。

海外作品掲載企画が正式に打ち切りになるのは1999年の9月なのだが、1996年後半のこの辺りから、その話が出始めていた。

バブル崩壊の影響がじわじわと押しよせてきた頃だ。

ユーリ第二部は、単行本収録になるほどの量が出てくる前に流れてしまうことになった。

【みどり】midorigo@mac.com

ユーロ、ユーロ。世の中不景気で失業率があがり、家計が月末まで持たない家庭が60%。我が家もちゃんとその中に入っている。日本も不景気なお陰で、私の主な収入源であったガイド業も閑古鳥。もうすぐ還暦の身をやとってくれるところを探すのも困難。旦那が公務員なので、足りないながらも毎月ちゃんと入ってくるのがありがたい。

三橋貴明氏の「2013年、大転換する世界 逆襲する日本」をアマゾンで購入して読書中。
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今はデフレであると認識し、デフレ対策をしようとしているのは世界でも安倍政権だけ(オバマも少々)。日本が見本を示し、世界が少しづつそれを見習っていくでありましょう。

イタリアが(ユーロが。ユーロのお陰でイタリアは独自に為替レートを変えたり、関税を引き上げたり引き下げたりの操作ができない)デフレ対策をして、その効果が現われるまで、草木を食んでやり過ごさなくちゃ。

主に料理の写真を載せたブログを書いてます。
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