映画と夜と音楽と...[587]高橋三千綱さんを巡る35年/十河 進

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〈スローなブギにしてくれ/天使を誘惑/九月の空〉

●高橋三千綱さんの新作は「猫はときどき旅に出る」

村上春樹さんの新作「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読んだ後、久しぶりに高橋三千綱さんの新作「猫はときどき旅に出る」を読んだ。主人公は「楠三十郎」という、まるで時代劇の主人公のような名前を付けられた小説家で、「私」の一人称で語られる。物語は、高橋三千綱さんが芥川賞を受賞して売れっ子作家になった頃に重なる。主人公は南極大陸にいこうとしたり、映画を制作したりする。

物語の現在時は「『1941』を翻訳している」という記述があるから、1979年から始まり、映画制作を始め公開されるところまでが語られる。おそらく1983年までの数年間の設定だ。その間にアメリカへ私費留学していた頃の思い出が挿入されたり、作家になってからの様々なことが回想される。スピルバーグの「1941」(1979年)公開に合わせて原作本が出たとき、実際に高橋三千綱さんが翻訳を担当していた。

「猫はときどき旅に出る」は、自身の子供の頃からの放浪癖を表しているタイトルなのだろう。売れない小説家の父親を持ち、借金を抱えた一家を支えたのは保険の外交員だった母親だ。ただ、テレビやラジオで子役として活躍していた三千綱さんは、小学生の頃は目立つ存在だった。初期の小説には、学校にいくと女の子たちに取り囲まれたという記述があった。




僕が初めて高橋三千綱さんの小説を読んだのは、初長編「葡萄畑」だった。当時、僕は文芸誌を定期的に買っていたのだけれど、「葡萄畑」が一挙掲載されたとき、各誌の文芸時評が一斉に取り上げて絶賛した。それまで短編集を四冊出していた新人作家は、どこか軽薄な印象を持たれていたらしく、カリフォルニアの日系人や移民たちが働く過酷な葡萄畑での体験を真っ正面から取り上げた長編を「やっと本気を出した」というニュアンスで評価されたのだ。

「葡萄畑」は圧倒的に好評だったが、同じ年に文芸誌に書いた連作小説で高橋三千綱さんは芥川賞を受賞する。その選評では多くの選者が受賞作の「九月の空」ではなく、「葡萄畑」についてコメントしていたと記憶している。「葡萄畑」で実力を認められたから受賞したのだ。「猫はときどき旅に出る」の中でも、私費留学していた頃、まとめて稼げる葡萄畑に働きにいくエピソードが語られていた。

「葡萄畑」を読んだ僕は、「退屈しのぎ」「彼の初恋」「グッドラック」「怒れど犬」「九月の空」「さすらいの甲子園」を買い込んで読破し、その後は新刊が出ると必ず買った。「天使を誘惑」「よろしく愛して」「いつの日か驢馬に乗って」などである。1978年から1982年にかけての僕にとって、高橋三千綱さんの本はそういう価値があったのだ。今でも処女作品集「退屈しのぎ」を読んだときの鮮やかな印象は忘れていない。

高橋三千綱さんは、「退屈しのぎ」で講談社の文芸誌「群像」新人賞を受賞して作家になった。1974年のことだった。26歳の新人作家の登場である。2年後の「群像」新人賞は、「限りなく透明に近いブルー」である。作者の村上龍は23歳。そのまま芥川賞を受賞し、大ベストセラーになった。僕は自分より年下(後に同じ学年だとわかったが)の男が受賞したことにショックを受けた。

村上春樹さんが「風の歌を聴け」で「群像」新人賞を受賞するのは、さらに3年の月日が流れた後だった。このとき、友人から電話があり「今度の群像新人賞はいいぞ。読め」と言われた。確かによくて僕は友人に感謝し、作者が2歳上だったことに安心した。以来、村上春樹さんの本は小説もエッセイもすべて読んできたが、あれほど熱心に読んでいた高橋三千綱さんの本はいつの間にか読まなくなった。

●「スローなブギにしてくれ」では本気で役者をやっていた

1981年の春、「スローなブギにしてくれ」(1981年)を見ていた僕は、突然スクリーンに登場した高橋三千綱さんに驚いた。さち乃(浅野温子)がゴロー(古尾谷雅人)と喧嘩をして深夜の街に飛び出し、フラフラ歩いている。そこへ軽トラックのような車に乗った男ふたりが現れる。作業服を着たふたりのおとこは、好色そうな視線を交わす。トラックの窓から身を乗り出したのは、間違いなく高橋三千綱さんだった。

ふたりの男の様子を見て、さち乃は逃げ出す。男たちが追う。次のシーンではレイプされたことをゴローに告げ、ゴローが「どうして舌かんで死ななかったんだよー」と身勝手にさち乃をなじるのだった。ゴローは男たちが働く現場を見つけ出し、近くの空き地へ呼び出す。その後のシーンが曖昧なのだが、鉄の棒を握って立つゴローに、「助けてくれ」とすがっている高橋三千綱さんの姿が浮かんでくるから、たぶんそんなシーンがあったのだろう。

それにしても...と、僕は暗い映画館の椅子に座って思ったものだ。「何もレイプ犯の役をやることはないんじゃないか」と。高橋三千綱さんは三年前の芥川賞作家であり、その当時は年に何冊もの本を出し、出せば売れる流行作家だった。少しのっぺりしているが、甘いマスクが自慢だったのだろうか。子役をやっていたから、演技に自信があったのだろうか。独特のハードボイルドな印象を与える文体が、僕は好きだったのに......

それがきっかけではなかったと思うけれど、「スローなブギにしてくれ」公開の翌年に出た「真夜中のボクサー」から、僕は高橋三千綱さんの本を買わなくなった。その年の秋、青春出版社から出たエッセイ集「こんな女と暮らしてみたい」がベストセラーになっていたが、そんなタイトルのエッセイを買う気にもなれず、そのまま僕と高橋三千綱さんの縁は切れた。

その後、高橋三千綱さんは劇画の原作も手がけ始めた。「我ら九人の甲子園」は野球マンガだった。タイトルは間違いなく柴田連三郎の「我ら九人の戦鬼」へのオマージュだ。「我ら九人の戦鬼」は、昔、栗塚旭が主人公の多門夜八郎を演じた連続テレビドラマがあり、おそらく高橋三千綱さんはその番組が好きだったのだ、と僕は思った。しかし、僕はもう「漫画アクション」を読むのはやめていた。

その後、ゴルフ漫画の原作も手がけ、ゴルフ雑誌での連載が増えた。数年前、名門だと聞く霞ヶ関ゴルフコースで僕の会社のゴルフコンペがあったのだが、そのとき隣で開かれていたのが講談社主催の「野間杯」だった。あいにくの小雨で、ハーフを終えて雨具を脱いでいた僕のすぐ横に、高橋三千綱さんがいた。「あっ」と思って見渡すと、「プロゴルファー猿」の安孫子素雄さんがいた。伊集院静さんがいた。

先日、講談社の人と会ったときに作家たちの話になり、「そう言えば数年前、高橋三千綱さんや伊集院静さんをゴルフコンペで見かけました」と言うと、「小説家でゴルフが上手なのは大沢在昌さん、伊集院静さん、それに高橋三千綱さんですね。三千綱さんは、本気でプロになろうとしていたんですよ」と言う。うーん、何でものめり込んじゃう人なのか、よく言えば集中する人なんだな、と僕は思った。

●15歳の剣道少年を主人公にした瑞々しい青春小説

「九月の空」は、とても好きな短編集だった。「五月の傾斜」「九月の空」「二月の行方」の三編が収められている。主人公は、15歳の剣道少年だ。高校一年生である。「五月の傾斜」で新しく始まった高校生活が語られ、「九月の空」では剣道の試合でのヒリヒリする緊張感が描かれ、「二月の行方」では売れない画家である父親との葛藤が顕わになる。その小説は、こんな風に始まっていた。

──半年前、刃をふりかざして吹きつけてくる寒風に、首を縮めた。肩に力が入り、骨が軋む。たまらずに背中を丸めると、耳が持っていかれ、顔だけ上げると鼻が削がれた。入学したいと思っていた高校を下見に行く途中でぶつかった十二月の風を見て、勇は芯から凍った躯の中央に、一本、確かな自覚を備えた緊張感が張りつめるのを感じた。

僕は、26歳だった。就職して3年余りが過ぎていた。その年の秋、僕らは3年目の結婚記念日を迎えた。僕は小説家になる夢を諦めず、六畳の部屋の片隅で原稿用紙を広げ、買ったばかりのペリカンで升目を埋めていた。朝、起きて会社にいき、夜、戻ってくると近くの銭湯に出かけ、その頃はまったく自宅では酒を飲まなかったから、本を読むか原稿を書いた。すぐ横でカミサンがテレビのバラエティ番組に声を上げて笑っていた。

その頃の僕は、兄の世代の作家たちが気になっていた。高橋三千綱、中上健次、立松和平といった人たちの作品をよく読んだものだ。もちろん、独特な作風で登場した村上春樹という作家も欠かさずに読んでいた。しかし、当時の僕は、ヘミングウェイばりの乾いた文体を持つ高橋三千綱さんに最も惹かれていた。情感を削りとり、サディスティックなまでにクールな文体だった。書いている自分を完全に客観視していた。

そんな文体で描かれる主人公の高校生活は、非常にリアルだった。僕自身が10年前に送っていた現実の高校生活を甦らせた。僕の隣にいるカミサンが高校の同級生だったことが、よけいに高校生活を振り返る要素になったのかもしれない。僕は3年間、毎年、参加していた剣道の寒稽古を思い出した。そして、その寒稽古で相手をしてくれていた剣道部の同級生が自殺したことも......

彼が、なぜ自殺したのかはわからなかった。何かを思い詰めたのか、どちらにしろ生きていく気を失ったのだ。僕は衝撃を受けたけれど、その後の10年間を生き抜き、出版社に入り、高校の同級生と結婚して阿佐ヶ谷の狭いアパートで暮らしていた。僕は遠くを見るような思いを抱いた。「九月の空」は、そんな風な感慨を僕にもたらせ、忘れられない短編集になった。それから数ヶ月後、松竹映画「九月の空」(1978年)が封切られた。

●「九月の空」は山根成之監督によって映画化された

もう20年以上前に55歳で亡くなった山根成之監督は、アイドル時代の郷ひろみ主演映画や「愛と誠」シリーズなどを撮り、青春映画の巨匠と呼ばれていた。アイドル映画の中で鈴木清順ばりのシュールなカットを散りばめ、独特の情感を描き出す手腕は高く評価された。何本も組んだ郷ひろみも信頼していたのだろう、「九月の空」にカメオ出演している。

主人公の小林勇を演じたのは、板東正之助だった。売れない画家の父親が長門裕之、保険の外交員として一家を経済的に支える母親が野際陽子、姉が風吹ジュンである。同級生の女生徒を演じたのが、当時、アイドル歌手として人気があった石野真子だった。剣道の試合シーンが頻繁に出てくるが、さすがに山根監督は印象的に描いた。瑞々しさが匂い立つのが山根作品の魅力だった。

高橋三千さんにとっては、初めての自作の映画化だった。翌年、しらけた主人公たちが登場する青春映画を作らせたらピカイチの藤田敏八監督が「天使を誘惑」を映画化する。主演は、山口百恵と三浦友和のゴールデンコンビである。それにしても「天使を誘惑」(黛ジュン「天使の誘惑」)や「よろしく愛して」(郷ひろみ「よろしく哀愁」)といったタイトルを平気でつけるのが、高橋三千綱さんの気取らないところである。

元々、高橋三千綱さんは映画制作に関心があったに違いない。「天使を誘惑」で知り合った藤田監督が「スローなブギにしてくれ」を作るとき、「出演しないか」とか「出演させてくれないか」といったやりとりがあったのだろう。その結果、僕が映画館で驚くことになった。

現場を経験したことで、たぶん映画への情熱は高まった。高橋三千綱さんは自作「真夜中のボクサー」(1983年)の映画制作へと邁進する。原作者であり、制作者であり、さらに脚本を書き監督をする。その辺のことが、「猫はときどき旅に出る」の後半に詳しく書かれていた。フィクションだから、映画のタイトルは「ミッドナイト・ボクサー」と変えられてはいるけれど......

「猫はときどき旅に出る」は、様々な思い出が突然に現れる。第三部の18章には父親(高野三郎という作家だった)のメモが挿入され、自分が剣道少年を主人公にした小説で芥川賞を受賞したときのことが語られる。19章には「春川書店の春川冬樹社長」が登場する。その社長が抱える人気女優である「薬丸博美」、その薬丸博美をほしがっている「北宝映画」といった名前も出てくる。

もちろん、それを「角川書店の角川春樹社長」「薬師丸ひろ子」「東宝映画」と僕は読み替えた。これって、ホントにフィクションか? と思いながら、作中で「北宝映画の洋画系の映画館11館で『ミッドナイト・ボクサー』の上映が決まったよ」という春川冬樹社長の言葉に、思わず「よかったですね」と反応した。制作者でもあった高橋三千綱(楠三十郎)さんは、多額の借金を抱えていたのだ。

高橋三千綱さんは、ある時期から時代小説を書くようになった。その新聞広告を見たとき、「ああ、時代小説を書いたんだな」と僕は感慨深いものを感じたが、結局、手を出すことはなかった。時代小説作家の津本陽さんは剣道の達人だが、高橋三千綱さんも剣道三段である。おまけに空手も有段者だ。剣劇の場面を書くときには、有利なのではあるまいか。「剣聖一心斎」というタイトルを見て、そんなことを考えた。

数年前のエッセイに、まったく小説を書いていないこと、自嘲的に「忘れられた作家」と自ら書いていたけれど、そんなことはない。「猫はときどき旅に出る」は、今年2月に出版され書評を読んで僕は読みたくなった。その小説を読むことで、僕自身の30数年が甦ってきた。その長い長い年月が過ぎて、村上春樹さんは世界的なベストセラー作家になり、高橋三千綱さんはプロ並みの腕を持つゴルフ好きの作家になった。僕は...何になったのだろう?

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951 >

ついにゴールデンウィークがやってきた。30を過ぎた息子が勤務先の愛知県から久しぶりに帰ってくるという。海外旅行くらい出かける余裕はないのかい、と突っ込もうかと思ったが、内心は帰ってくるのを楽しみにしている。

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