ショート・ストーリーのKUNI[139]怒りを抑える
── ヤマシタクニコ ──

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ノボリヤマくんは怒りっぽい性格だった。小さなことですぐにかっとなる。抑えがきかない。当然あちこちで衝突する。さすがに自分でもそんな性格をもてあまし、反省し始めたノボリヤマくんは悩んだ末に数少ない友だちに相談してみた。

「おい、ヤマダ。おれってすぐにぶちきれるだろ」
「そうだな」
「なんとかなおす方法はないものかな」
「あるさ」
「え、あるのか」
「だれでもかっとなることはあるし怒ったりあばれたくなったりするときはあるけど、いろんな方法で回避してるわけだ」
「うん」

「おれはそういうときは何か関係ないことを考えることにしてる。たとえばこの間も会社の朝礼で庶務課長が『今月から遅刻3回でトイレ掃除1週間とする』と言ったとき、むらむら〜っと怒りがわいた。なんで遅刻3回くらいで...と」
「当然だ。遅刻3回くらいでトイレ掃除。おれまで腹が立ってきた」

「しかしすぐにキレるのも大人げないので、気持ちを抑えるためにフレンチクルーラーとポンデリングの穴の面積の計算の仕方ははどちらがむずかしいかという問題をずっと考え続けた」
「おお、片方はぽこぽこしてるし片方はぎざぎざしてるので、どっちもむずかしいな!」

「その難問を考え続けているうちにおれの内なるむらむらはどこかに消えていった」
「なるほど! 関係ないことを考えて気をそらす。いい方法だ」
「おまえと話をしてるときも時々関係ないことを考えてる」
「なんだそれは。よし! とりあえずおまえに相談した甲斐があった!」
「そうだろ。ただし」
「これで安心だ。さっそくその方法でやってみる。じゃな!」




3日後。

「おい、ヤマダ!よくもあんな方法を教えてくれたな!」
「どうかしたか」
「さっそく昨日、部長に『君、会社の机の中でミドリガメを飼うのはやめたほうがいいと思うんだが』と言われてかーっと血がのぼったが、おまえのアドバイスを思い出した。こんなことでキレてはいけない。キレるんじゃない、と。それで部長の話は全然聞かず、今晩は海苔弁にしようか海苔弁デラックスにしようか、いやそれよりトイレットペーパーもたまには花柄にしてみようかとか考えてたら怒りは治まったが部長に悟られてかんかんに怒られたぞ!」

「そうだろ」
「そうだろって」
「おれもフレンチクルーラーとポンデリングのことを考えてたら『話を聞いてないだろ!』と怒られてトイレ掃除1週間させられた」
「それを早く言えよ!」
「言おうとしたのにさっさと帰るからだよ。まったく怒りっぽい上に早とちりなんだから」
「と、とにかくおまえにはもう相談しない!」

そこでノボリヤマくんは別の人間に相談することにした。
「おれ、悩んでるんだ。むかーっときたときにその怒りを収める方法ってないかな」
「なんでそんなことを別れた妻である私に相談するのよ」
「仕方ないだろ。友だちが少ないんだから!」
「怒らないでってば。私はね、そういうときは笑うことにしてる」

「笑う?」
「口角をきゅっとあげるの。そうすると笑顔になるでしょ。人間、笑いたくないときでも笑ってるような顔すればだんだんほんとに笑えてくるものなのよ。そうこうしてるうちに何に怒ってたのか自分でもわかんなくなるのよ。ふだんから練習しておくといいわ。でも」
「ほー。やってみる!」

二日後。

「なんであんな方法を教えるんだ!」
「どうかしたの?」
「電車の中で二人分席を取って、お年寄りが来ても席を譲ろうとしないバカ者の若者、略してバカ若がいたので思わずキレそうになったんだが、ここでキレてはいけないキレてはいけないと思い、おまえの方法を実行してみた。口角をきゅっと」
「そういうときはキレてもいいんじゃないの」

「......今ごろ言うな! おれはとにかくその状況下でずっと笑顔を保っていたんだ。そしたら『何がおかしいんだ!』『人が困ってるのになんで笑う!』とお年寄りとバカ若両方にキレられ、ぼこぼこにされた。年寄りも意外と元気なのでびっくりした」
「そうでしょ、だから場合によると言おうとしたのによく聞かずに帰ってしまうんだもの。ばっかみたい。やっぱりあんたと別れてよかったわ」
「......二度とおまえに相談しないからな!」

「ちきしょー。もうヤマダにも元ヨメにも相談しないぞ。しかし、ほかに友だちもいないし、どうしたものか......そうだ。高校のときの担任の先生だ。どんなときにも腹を立てない、怒ってるところを見たことがない、神様か仏様のような人と評判の先生だった。あの先生にしよう」

「先生、お元気ですか。ノボリヤマです」
「ああ、ノボリヤマくん......なんだそのにこにこ顔は」
「いえ、ちょっと事情があって笑顔を練習していたら顔がもどらなくなりまして。実は先生もご存じかと思いますが、ぼくはすぐにかっとなるというかすぐにキレる性格で。かっとなってもなんとか抑える方法はないでしょうか」
「なんだそんなことか。あるにきまってるだろ」
「あるんですか」

「そういうときは、怒りをいったんのみこむのだ。君たち出来の悪い生徒を前に、毎日がむかむかする日の連続だったが、そこをぐっとこらえ、のみこみ続けてン十年の私が言うのだから間違いない」
「え、先生も腹立ったりむかついたりしてたんですか」
「あたりまえだろ」

「そうとは知らず、神様のような、できた人かと思ってました。実際はできてなかったのですね。失礼しました。ではぼくもその方法でやってみます!」
「おい、帰るな。まだ説明が半分しか......行ってしまった。昔から早とちりなやつだったな」

一週間後。

「先生。ノボリヤマです。その節はどうもお世話になりました......」
「え、どどどどどどうしたんだ、その体は! 全身ぱんぱんではないか。今にもバクハツしそうで、しかも顔が笑ってる。気持ち悪すぎるぞ」

「先生に言われたとおり、何でものみこんでたらこんなにたまってしまったんです。間違い電話で『さっさとピザ持ってこんかい!』と言われたときの怒り、痴漢と間違われて顔を平手でたたかれたときの怒り、コンビニでサラダを『温めましょうか』と言われたときの怒り、歯医者で虫歯じゃない歯をまちがって削られた怒り、満員電車で汗臭い中年男にペチャ〜〜〜っとひっつかれた怒り、すべてのみこんできました。のみこみ癖がついてしまったようで、はっきりいって苦しいです。もう、のど元までいっぱいで何ものみこめません。おすしおいしゅうございました。三日とろろおいしゅうございました。うぇっぷ。どうしましょう」

「だから、その、一旦のみこんで、そのあと気晴らしをしながらじょうずにガス抜きをしないといけないんだが」
「えっ」
「そう言おうと思った時には君はさっさと帰ってしまってたし」
「そ、そんな! じゃ、じゃあどうしたらいいんです! うっぷ。ぐほ。ぐえ」
「しかたない。えー、そうだな。その、まあ酒でも飲みながらおもしろいこと、楽しいことを話せば少しずつ抜けるかもしれんし、抜けないかも知れんなあ」
「先生、自信なさそうですね。うぷ」

「あるわけないだろ、こんな特殊な症例見たことないし。学会に報告したほうがいいかもしれんな。そしたら私も注目されて......いや、なんでもないなんでもない。さ、とりあえず飲んで飲んで......えー、今年も無事に梅雨入りしたようで何よりだ。わっはっは」
「ぼく、梅雨とか雨が大嫌いなんです」
「すまん。忘れてくれ。えー、つまみは何もないがキャラメルコーンでどうだ。意外と酒に合うかも知れん。わははは」

「そんな工事現場に置いてるようなもんでお酒は飲めません」
「それはカラーコーンだ。怒るな。飲め飲め。あー、気分が良くなってきた。キャラメルコ〜〜〜ン、ほほっほっほっほ〜。えー、ノボリヤマくんは『あまちゃん』についてどう思う」
「おら朝ドラは見てねえだ。げふ」

「見てるじゃないか。わはは。怒るな怒るな。それはそうとパンダが妊娠したらしいな。円安は続くのかな。あ、今度の選挙、ネット解禁だそうだな。ノボリヤマくんはどこに入れる。私は」
「先生、黙っててください」
「え?」
「今ぼく、必死で関係ないことを考えようとしてるんですから」

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書き終わって気が付いたのですが、私の書くものって怒りっぽいひとがよく登場しますよね。最近も書いたような? 無意識でつい書いてしまうってことは、ひょっとしたら作者自身が怒りっぽいとか...いえ、そんなことはありませんよ!