映画と夜と音楽と...[593]伏線がすべてつながる快感
── 十河 進 ──

投稿:  著者:


〈アヒルと鴨のコインロッカー/フィッシュストーリー/陽気なギャングが地球を回す/ポテチ/極道めし〉

●伊坂幸太郎人気を裏付ける入社志望者たちの答え

会社でリクルート業務の担当になって10年が経つ。入社や退社などの人事も担当するようになったからだ。募集広告を出し、入社試験を作成し、試験日に立ち会い、書類選考をして面接の設定をする。一次面接から最終面接まで、すべて立ち会う。それだけ応募者を見ているのに、入社してから「こんな人間だったのか」と思うことも多い。短い時間の面接だけでは、人は判断できないとつくづく思う。

面接では、必ず質問することがある。「本が好きか」ということだ。出版社に入りたいのだから本好きだろうと思うと、案外、そうでもない。いろんな人がいる。タレントに会えると思って応募してくる人もいる。「本が好きだ」と答えた人には、「どんな本を読みますか」と続けて訊く。雑誌名をあげる人もけっこういる。ウームと腕組みしたくなる。「小説とか...」と答える人がいると、「どんな作家を読みますか?」と追い打ちをかける。

緊張しているのか、とりあえず「小説とか...」と答えたのかわからないが、「どんな作家?」と訊いて、すぐに返事が返ってきたことはあまりない。しばらく考える人が多い。考えた末「......とか」と自信なさそうに答える。意地の悪い僕は、「その人の作品をいくつかあげてみてください」とさらに追及する。僕も面接ではいい思い出はないが、応募者の人たちには「しつこい面接官だな」と恨まれているかもしれない。

ここ数年の面接では、「どんな作家を読みますか?」と訊くと、「伊坂幸太郎さん」と答える人が増えた。というか、ほとんどの人が「小説なら伊坂幸太郎さん」と答える。「山田風太郎」と答える人は誰もいない。僕は、伊坂作品をほとんど読んでいなかった。昔、「魔王」という中編を読んだことがあるくらいだ。それも、確認のための資料的な読書だったので、個人的な興味から読んだわけではなかった。

伊坂作品を読んでみようかなと思ったのは、「アヒルと鴨のコインロッカー」(2006年)を見たからだった。この映画がどのように気に入ったかは、「映画がなければ生きていけない」第三巻の「友よ、答えは風の中にあるか?」という回で書いている。その映画の何もかもが僕には気に入ったのだ。犯罪とまでは言えない事件があり、その謎だけで最後まで見せるし、ラストで鮮やかに違う世界に連れていってくれる。




ちょうどその頃、「ゴールデンスランバー」が話題になっていたので、初めて本屋さん大賞受賞作を読んでみた。あまり感心しなかった。以来、伊坂さんの小説は読んでいなかったが、文芸誌に掲載された作品をまとめた年度別アンソロジーに入っていた「PK」を読んで感心した。純文学系の雑誌に掲載された短編のようだが、元々、エンターテインメントの中に文学性を感じさせる作家ではあった。

伊坂作品はあまり読んでいないのに、伊坂幸太郎原作の映画化作品は9本中7本を見ている。どれも記憶に残る鮮やかなラストを持つ作品ばかりだ。原作をかなり膨らませた「フィッシュストーリー」(2009年)も、この物語はどう収拾するんだと心配しながら見ていたが、ラストにいたってすべての伏線がつながり、「ああ、そういう結末になるのね」と関心した。頬がゆるみ、ほのぼのした気持ちになった。

「フィッシュストーリー」には地球にぶつかる巨大な隕石の話があり、ロックグループがラストアルバムを作る物語があり、ロックグループのアルバムを聴く気の弱い青年が友人に女性を奪われる話があり、女子高生が「正義の味方」に救われる話がある。売れないロックグループが最後に出したアルバムには無音の箇所があり、謎のアルバムとして伝説になるのだが、数10年後、そのことが地球を救う。関連なさそうなエピソードが最後にすべてつながるのが伊坂ワールドだ。

●伊坂幸太郎の小説を4本も映画化している中村義洋監督

「陽気なギャングが地球を回す」(2006年)は、実にポップな犯罪映画だった。佐藤浩市が楽しそうにギャングを演じていたのが印象に残っている。物語の細かなところは忘れてしまったが、どんでん返しに次ぐどんでん返しがあり、実はこういうことだったのだという謎解きが逐次入ってきて、意外性に唖然としているうちに映画が終わってしまった。エピローグも楽しい。

「アヒルと鴨のコインロッカー」はボブ・ディランの「風に吹かれて」が流れ、映画ならではの効果をあげている。若き濱田岳がいいし、瑛太のミステリアスぶりが印象的だ。最後の謎解きシーンで瑛太が「隣の隣だ」と言ったとき、そのトリッキーな伏線に「畏れ入りました」と脱帽した。トリックは、大仕掛けである必要はない。人の盲点をつけば、謎が明かされたときに人は目から鱗を落とす。「なるほど」と膝を打つ。快い裏切りに浸る。

それには「コロンブスの卵」的な発想が必要だ。ミステリを書くのは相当大変だろうが、伊坂幸太郎が人気があるのは日常的な物語が展開し、その中で鮮やかな意識の転換がなされるからではないだろうか。そして、これを特筆したいのだが、後味がいい。ヒューマニズムにあふれていて、作品に志を感じる。きっと、いい人なんだろうなあと思う。

そんな伊坂作品がよほど気に入ったのだろう、中村義洋監督は伊坂幸太郎の小説を4本映画化している。「アヒルと鴨のコインロッカー」「フィッシュストーリー」「ゴールデンスランバー」(2009年)「ポテチ」(2012年)と6年間で4本である。「ポテチ」には中村監督自身が出演しており、それは監督をイメージして伊坂幸太郎さんがアテ書きしたキャラクターだという。

伊坂幸太郎原作の映画化作品で僕が気に入っているのは、どれも中村義洋監督のものばかりだ。金城武が死神を演じた「死神の精度」(2007年)と、加瀬亮と岡田将生の兄弟が連続放火の謎を追う「重力ピエロ」(2009年)も面白かったけれど、どことなく深刻な雰囲気があり、もう一度見たいかと問われると首を振る。謎がわかってしまえば、改めて見る気にはならない。

もちろんどの作品もミステリアスでサスペンスフルなのだが、中村監督作品には笑いがある。サスペンスを感じつつ、頬がほころびてしまう。ニヤリとする。肩の力が抜けているのだろう。それでも、見終わって感動するのだから大したものだ。前述の「フィッシュストーリー」のめまぐるしい展開が、最後に収斂されていく鮮やかさは見事だし、思い出すと笑ってしまう。

「フィッシュストーリー」とは、英語で「ホラ話」の意味がある。釣り上げた魚の話は、どんどん大物を釣り上げたことになりがちだからそんな意味になったのだろう。「フィッシュストーリー」という本にまつわるエピソードが映画の中で描かれる。それも意外な仕掛けになっていて、すべてが伏線だったのがわかる。それにしても、よくこんなにいろんな伏線を考えつくものだ。

●とぼけた会話と絶妙の間に思わずニヤリとする

伊坂幸太郎原作、中村義洋監督の最新作は「ポテチ」である。東北大学に入学し仙台に住んで以来、伊坂幸太郎はずっと仙台在住で、小説の舞台もすべて仙台である。東北大震災のときには、仙台も大きな被害を受けた。「ポテチ」の仙台ロケのときにも、まだ地割れや傾いた電柱などがそこかしこに残っていたという。

「ポテチ」は短編集「フィッシュストーリー」に収められた書き下ろし短編だ。僕は映画が気に入ったので、確かめる意味もあり短編集を読んでみた。その結果、この愛すべき小品は中村監督のために書き下ろされたモノだと確信した。物語が映像的だし、映像化されたときの膨らまし方まで想定しているような短編だった。それに、中村監督のアテ書きキャラクターも登場する。

「ポテチ」は、上映時間68分の小品である。映画は映画館で一日に何回上映できるか、などで時間を計算される。長すぎると回転が悪いから、「もっと切れ」となるし、短いと料金がとれないなどと発想する。別に時間に金を払っているわけではない。面白ければ短くても文句はない。無駄に冗長な映画が多すぎる。そうは思いませんか?

主演は濱田岳。「伊坂幸太郎原作、中村義洋監督、濱田岳主演の映画にハズレなし」と言いたくなる。もっとも、小柄で気の弱そうな役が多い濱田岳は、今後の役柄に苦労しそうな気がする。その濱田岳が演じる今村が、公園のベンチで黒澤(大森南朋)と話しているシーンから映画が始まる。望遠レンズで明るい鮮やかな緑の背景をぼかした美しいオープニングだ。

ふたりの会話がとぼけている。会話の内容もおかしいが、間が絶妙でニヤリとする。その会話の中で黒澤がひとりで仕事をする泥棒であり、今村が親分と組んで仕事をする泥棒だとわかる。黒澤が「おまえの親分」と言うと、「親分じゃなくて専務です」と今村が訂正し、「会社作ったのか」「泥棒が会社作るわけないじゃないですか」と続く会話で笑ってしまう。

タイトルバックが終わり、泥棒に入っている今村が映る。彼は部屋にあったジムの機械で筋トレを始める。「何してんの」とあきれたような女の子の声が聞こえ、その意外性に驚く。「きみの仕事をしているときの姿を見るために、こんな服着てきたんだから」と、彼女(今村が「若葉さん」と呼ぶ)は服を見下ろす。今村と若葉は、人に会っても怪しまれないようにガス屋の作業服と帽子を身に着けている。

いきなり、大きな電話のベルが鳴り響く。観客を思わずビクッとさせる効果を狙っている。ふたりはギクリとして電話を見つめる。「前にもこんなことがあったね」と今村が言い、いきなりカットが変わると豪華なマンションの部屋に忍び込んでいる親分(中村監督)と今村がいる。バカな話をしていると電話が鳴り、その部屋の男に騙された女が留守番電話に恨み言を吹き込み、「あんたのこと遺書に書いて屋上から飛び降りる」と宣言する。

無視しようとしたふたりだが、気になって「今の番号にかけ直してみます?」と今村が言う。「死んじゃったのかな、もう」と受話器を持ってリダイヤルすると、「死んじゃったって何よ」と元気のよい女の子の声がする。「死んじゃうから」と言う女の子に今村は、いきなり「キリンに乗っていくよ。見たいだろ。仙台の街にキリンだよ。俺だったら見てから死ぬな」と説得するように語りかける。電話の横にキリンの置物がある。

カットが変わると、ビルの手すりを乗り越えようとしている女の子が「キリン、乗ってないジャン」と怒っている。「ていうか、あんた誰?」と彼女は続けるのだが、ここからのやりとりは笑えるし、ジーンとするし、間違いなく一見の価値はある。結局、彼女は飛び降りる気をなくすのだが、カットは瞬時に切り替わり、先ほどの空き巣シーンに戻り、「それ、アタシじゃん」と言う若葉の正面のバストショットになる。

●若葉のツッコミがあるから今村のボケぶりが際立つ

「極道めし」(2011年)を見たときに木村文乃の美しさを認識した。刑務所の同じ房にいる受刑者たちが、今まで食べたモノの中で最もうまかった記憶を語り合う設定のヘンな映画である。主人公のチンピラは意地を張って恋人を泣かせ、刑務所に入る。彼が同房の仲間に語るのは、恋人が作ってくれたオリジナル・ラーメンの味だ。彼女のラーメンを語るとき、彼の心を占めるのは悔いである。

数年後、釈放になった男は恋人を探す。ラーメン店を出すのが夢だった彼女は、自分の店を持っていた。帽子で顔を隠し、男はラーメンを注文する。それは、刑務所で仲間たちに語ったあの味だった。彼は涙を流す。彼女に自分の正体を明かすべきか...。そのとき、彼女の夫が子供を抱いて帰ってくる。男は黙って金を置いて店を出る。「ありがとうございました」と見送る木村文乃が輝くように美しい。

「ポテチ」の若葉を演じたのは、木村文乃である。しかし、「極道めし」のときとは、まったく印象が違う。「ぶっとばすよ」が口癖の威勢のよい女の子だ。泥棒と知りながら今村と一緒に暮らし、その仕事の現場を見にいく度胸もある。今村に「ヤバイよ、若葉さん。下ネタが中年男みたいだよ」と言われるように、あけすけな言い方をすることもある。

それだからこそ、「ポテチ」の大西若葉は素晴らしい。彼女のツッコミがあるから、今村のボケぶりが際立つ。今村が三角形をいたずら描きしているうちに「内角の和が180度になるのではないか」と気付き、わざわざコンビニに分度器を買いにいき大変な発見をしたと若葉に話すとき、若葉のツッコミで笑いが醸成される。「ポテチ」を見て僕は木村文乃はコメディエンヌをめざすべきだと思ったが、最近はテレビの恋愛ドラマでシリアスなヒロインをやっている。残念だ。

「ポテチ」では、最初に今村が忍び込んでいる部屋の持ち主が重要な伏線である。そこは仙台をフランチャイズとするプロ野球の球団に所属する尾崎選手の部屋だ。尾崎選手は今村と同じ町内の生まれで、同い年。高校時代は地元のヒーローとして甲子園で活躍した。今は控え選手として不遇に耐えているが、練習は欠かさない。今村は、誕生日まで同じ尾崎選手に思い入れている。

今村の親分は野球が好きで選手をやっていたけれど、一度もフライを捕ったことがないライパチ(守備はライトで打順は8番、つまり下手な選手の意味)だった。一方、黒澤や若葉は野球をまったく知らない。そんな野球好きやそうでない人たちみんなを満足させるラストが「ポテチ」には用意されている。僕は、不覚にも心地よい涙を流した。

だから、爽やかな気分を味わいたいときには、「ポテチ」をおすすめしたい。「ポテチ」を見ると、それ以降はポテトチップスを食べるたびにこの映画を思い出し、幸せな気分が甦る。だから、今夜もまたポテトチップスが食べたくなる。塩味でもコンソメ味でもバーベキュー味でも何でもいい。とにかくポテチを...、大量のポテトチップスを僕に......

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951
>

9月からの週3日出社に向けて、着々と手を打ちつつある。要するに、仕事の禅譲(受ける方がそう思っているかは不明だけど)である。もちろん、引き続き担当する仕事もあるが、日常的な業務は引き継がなければまわらない。陽気な総務が会社をまわす??

●長編ミステリ三作が「キンドルストア(キンドル版)」「楽天電子書籍(コボ版)」などで出ています/以下はPC版
< http://forkn.jp/book/3701/
> 黄色い玩具の鳥
< http://forkn.jp/book/3702/
> 愚者の夜・賢者の朝
< http://forkn.jp/book/3707/
> 太陽が溶けてゆく海

●日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」受賞のシリーズ4巻発売中
「映画がなければ生きていけない1999-2002」2,000円+税(水曜社)
「映画がなければ生きていけない2003-2006」2,000円+税(水曜社)
「映画がなければ生きていけない2007-2009」2,000円+税(水曜社)
「映画がなければ生きていけない2010-2012」2,000円+税(水曜社)
●電子書籍版「映画がなければ生きていけない」シリーズもアップしました!!
「1999年版 天地創造編」100円+税
「2000年版 暗中模索編」から「2009年版 酔眼朦朧編」まで 各350円+税
※電子書籍版はhonto.jpなどで購入できます