[3503] 連載100回突破記念べちおサマンサ勝手企画

投稿:  著者:  読了時間:35分(本文:約17,000文字)


《「べっちー」ってホンマは架空の人物なんとちゃうか?》

■アナログステージ[100]
 今日をめでたい日と謂わずして何という
 べちおサマンサ

■ローマでMANGA[65]
 1992年ローマ・わたしの仕事
 midori




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■アナログステージ[100]
今日をめでたい日と謂わずして何という

べちおサマンサ
< http://bn.dgcr.com/archives/20130625140200.html >
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パンパカパーン☆ アナログステージが今回で連載100回に達しました! これも不特定多数の読者さまと、「べちおさん、原稿まだですか?」と煽りをくださる柴田編集長、「ぶ、べちおさんったらwww」と優しい眼差しで見守ってくださる濱村デスクのおかげでございます。

今回は100回を記念して、デジクリにゆかりのある方々からのコメントをいただきました! 掲載順は、届いた順です。

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■2005年だったか06年だったか、デジクリの読者であったべちおサマンサ氏と渋谷のハチ公前で初の対面を果たしたとき、後に同じメルマガで筆を競い合うことになろうなどとは、小生想像だにしなかった。しかも連載が100回にまで及ぶとは。

NDA拘束員であり、本当の横浜を探しているヒトのなかで、デジクリ連載100回という偉業を達成したのは、小生の知る限りでは、べちお氏しかいない。この未曾有の大記録はとうぶん破られまい。

しかし氏のコラムにおける筆致の軽妙洒脱さと、汲めど尽きせぬアイディアの豊富さを考えれば、100回目と聞いても何ら驚くには値しない。次の100本はもうすでに頭のなかにでき上がっているはずである。しかもその驚異的執筆速度。右手と左手で別々のキーボードを叩いて、ふたつのコラムを同時に書いている氏の姿を、小生は一度ならず目撃しているのだ。

小生、氏とはこれまで何度も会った。そういう時は例外なく酒宴とセットになっていて、しかも剛の者である氏に最後までつき合うのだから、翌日はこれまた例外なく二日酔いが待っている。横浜や東京で飲んで、翌日は二日酔いのために、関東くんだりまで来ておきながらどこにも寄らずにまっすぐ大阪に帰ったことが何回かある。二日酔いで新幹線の長旅は辛い。金輪際御免蒙る。

【ながよしかつゆき/フリーターランス】
『怒りのブドウ球菌』電子版 前後編 Kindleストアにて、好評(かどうかは知らないけど、とにかく)販売中!
Kindleストア:< http://amzn.to/ZoEP8e >
無名芸人:< http://blog.goo.ne.jp/nagayoshi_katz >

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■べちおさん、連載1000回おめでとうございます〜。お疲れ様です〜。ネタ的に時々めちゃくちゃ共感するものもあったりして毎回楽しみにしております。リアルでは一度しかお会いしてませんが、憂いを帯びたロン毛で美形のおじさんって感じで、ちょっとカッコイイなあと思いました。奥さん娘さん息子さんにもクルマの中でしたがお会いしたんですよね。

TwitterやFacebookでもときたまやりとりしてますが、何度か深刻なこと書かれてたことがあって、デジクリ戦友としてはどう反応すればいいのか迷ってる間に日にちが過ぎてしまったりして、すいませんでした。そういえば、デジクリ3179号でべちおさんが「オイラの中で、デジクリライターさんでまともな方だったのは、吉井宏さんくらいかなぁ。」書かれてたのが僕の誇りですw ・・・え、連載100回?

【吉井 宏/イラストレーター】
HP:< http://www.yoshii.com >
Blog:< http://yoshii-blog.blogspot.com/ >

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■べちおさん。連載100周年おめでとうございます。100年前といえば、山口組三代目組長、田岡一雄が生まれた年でございます。森繁久彌もヴィヴィアン・リーもこの年に生まれました。しかし、なんといっても1913年といえば、森永ミルクキャラメルが発売された年なのでございます。森永が成し遂げたこの偉大なる製品開発が、幾たびの大戦をくぐりぬけ、のちのエンゼルパイに繋がると思えば・・・え? 100周年じゃない? 100回記念? あ、そか。これは失礼いたしました。

あ、もしかして先日公開された映画「100回書くこと」って、べちおさんのデジクリ連載100回記念映画ですか? それでは桐谷美玲似といわれるこのわたくしが、回数を数えて進ぜましょう。「1回、2回、3回・・・98回、99回、100回・・・まだ足りない。さめざめ」そう、100回書いてもまだ足りないのです。これからも書き続けていただかなければ、べちおファンが井戸から化けて出るでありましょう。

では、連載100回を達成したべちお陛下に、「一筆啓上 美女用心 読者泣かすな デジクリ書け」の一句を奏上し、お祝いの言葉に代えさせていただきます。

※「100回泣くこと」
http://100kai-movie.com/

【もみのこ ゆきと】

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■連載100回\\\\└(ё)」////おめでとう! 今は2回に1回くらい、べちをさんの下でモニョモニョ書かせてもらっているワケだけど、100回ってすごいね。三桁、ひょー!

ワタシがデヂクリを書くようになったのはべちをさんと知り合ったからなワケで、どうして知り合ったんだっけ、と考えてみたら、つい先月お亡くなりになってしまったウェブサービス、Posterous経由で知り合ったんだよね。

その後、程なくTwitterでも繋がり、密会を重ね、そそのかされたんだったっけ(遠い目)。

ワタシは文字を書くのは大好きだったけど、何らかのメディア的なところでライターっぽいコトをした経験はなかったので、やってみるコトにはなったものの「やり方」がわからない。で、取り敢えずはべちを先輩を見習うワケです。そうか、締め切りの朝ワーって書けばいいのか!

       無    理 !

いや、実際のところは書きためた記事も出したりはしてるようだけど、スチャラカに見えてもドのつくNDA戦士として、代わりの利かない激務も日々こなしてる割に、毎回ゆるがないべちをワールドを綴り続けるってすごいと思うですわ、百回も。

原稿の書き始めが入稿当日、ってのは真似できないし、もう二度と真似しようなんて思わないけど、おいらも火曜すちゃらか担当として精進せねば!べちをさんも無理しないでもう一桁行くまで末永くがんがってくださいまし!長寿と繁栄を(スポックで締め)

【ちゃいろ aka browneyes】
生業:アパレル屋→本屋→キャスティング屋→ウェブ屋&行政書士補助者などをしつつ なんでも屋(←いまここ)。
ライフワーク:なんでもない日常のスナップ。
□立ち寄り先一覧 < http://start.io/browneyes >
□かなり五月蠅いTwitter < https://twitter.com/qtbrowneyes >

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■武&山根の展覧会レビュー 特殊編 ああ、そう言えば挑発だった──【「べっちー」は存在するのか?】を考えて/武 盾一郎&山根康弘

山:最近ちょっと思うことがあるねんけど。。
武:おー、何?
山:「べっちー」ってホンマは架空の人物なんとちゃうか? って。

武:...そうか、実は最近、俺もそんな気がしてたんだ。
山:やろ? だって近頃は姿も見ーへんやろ? 遠い昔に、かすかに、一緒に飲み歩いてた記憶があるような気がするねんけど。。。

武:俺も、一緒に呑んだ記憶がある。「そういう記憶」がある時ふと入力されたように。
山:やっぱりそうやんな!

武:最初は、、どこだったっけ? 3、4年前の恵比寿のナディッフか?
山:うーん、、確かそうやったような、、、うん、そうや、僕らがお世話になってる本屋さんのナディッフやわ。そのナディッフに「永吉克之」さんを連れて来る、って豪語して結局連れてこず、ひとりで暴れてたような。。

武:ああ、そういえば長髪だったかな。
山:髪は長かった気がする。服装も変わってて、国籍がよくわからなかった。

武:...そう言えば、高田馬場の呑み会でも見たな。その時は通称「のんべえさん」という方と、綺麗な女性を連れていた。しかも誰も見てない所で、俺は「べっちー」にジャージをおろされたんだよ! でも俺ってノーパンじゃん。「べっちー」はそれを見てとても喜んでたんだ、とても喜んでいたんだよ!
山:なるほど、常人ではないな。。。

武:その後また、ナディッフの屋上にも現れたな。かわいい女の子連れて。
山:ああ、現れた気がする。そこではこの酒乱で有名な僕よりもひどい飲み散らかしっぷりで、なんか突然マグロを捌き始めた気がする。屋上でマグロ捌くなんて、普通では考えられへんわ。。

武:おお!覚えてる!出刃包丁振り回してたよな!
山:いや...、武さんはおらんかった気がする。
武:え??そうなん? ああ、そういえば、山根ん家のパーティにも「べっちー」来てた気がするよな。

山:あー、いたのかなあ。。
武:「たけさんたけさん、このヘヴィメタ聴いて!」って山根のパソコンでYouTubeを見せてもらった気がするんだよな。

山:なにっ! そのとき僕はうちのキーボードに缶ビールをまき散らされて壊された気がするんですよ!
武:そうなんだー!
山:そうなんですよ!

武:...けど「べっちー」って最近やっぱり見ないよな。
山:うん。記憶も微かにしか残ってないし、これはやっぱり僕の想像上の人物やったんかあ。。。でも武さんも、確かに「べっちー」は存在した、って思えるわけやろ?

武:「存在」ってのはさ、どこまでを「存在」というのかな?
山:難しいね。はたして記憶は「存在」の証明になるんやろか。
武:例えば同じ情報を複数人が共有してたら、その「記憶」は「存在」かも知れない。「This man」という事例もある。
< http://matome.naver.jp/odai/2135609809739878301 >

山:ほほう、じゃあつまり、「べっちー」という共有された記憶がかろうじて武さんと僕にはあるわけやから、やっぱり存在してた、ってことなんやろか......。
武:他にも「べっちー」と会ったっていう話はよく聴くよ。

山:そうなんや、武さんと僕だけとちゃうんや。。デジクリ連載100回って言ったって、それが存在の証明にはならへんよな。「べっちー」じゃないかもしれない。
武:文章作成プログラムがずっと執筆してるっていう噂もあるからな。

山:ああ、やっぱり。それは僕も聞いたことがある。
武:なにしろ、この武と山根のチャットがプログラムだからね。
山:えぇっ!

【武 盾一郎(たけ じゅんいちろう)/ポスト近代主義・ポスト実存主義】
facebookページ < http://www.facebook.com/junichiro.take >
Twitter < http://twitter.com/Take_J >
take.junichiro@gmail.com

【山根康弘(やまね やすひろ)/ポスト酒乱主義(日本酒は除く)】
yamane.yasuhiro@gmail.com

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■自慢じゃないけど、私の来年は還暦である。赤いちゃんちゃんこで盛大にお祝いするのだ。老人の仲間入りだ。老人とくれば、耳は遠くなり、視力が落ち、体の節々が痛くなって動くたびに「いてててて」だ。そして物覚えが悪くなる。知っていたことが思い出せない。

そういうわけで、べちおサマンサさまとどこでどうやって知り合ったのか、忘れようとしても思い出せないのだ(by バカボンパパ)。Mixiではお友達だ。プロフィール写真はオレンジ色の髪に黄色い手袋をして目を閉じた不思議な写真だ。後に映画「フィフィスエレメント」をテレビで見て、あ、サマンサさんのはこのコスプレかぁ、と思ったのだった。

今、ふと思って画像検索をしてみたけどあの服装は出てこないので老人性記憶違いか。。。グーグル様の画像をドロップして検索する方法を使ってみたらマクドナルドがヒットした。色味的には正解だ。え? ドナルドだったの? それに、果たしてあのプロフィース写真はサマンサさまなのだろうか。

そういうわけで100回記念、おめでとうございます。続けるのはすばらしい。私もあやかります。

【Midori】
主に料理の写真を載せたブログを書いてます。
< http://midoroma.blog87.fc2.com/ >

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■いや暑かったり雨だったり なんだか梅雨らしい不安定な天気で でんでんむしも喜んでおりましょうこの季節 べちをさまはいかがお過ごしでしょうか

百回記念とのことでまずはお目出度う御座います 週イチとして百週 百物語であれば蝋燭を吹き消す時節ではありますが これは百物語ではありませんね

ふと百と付くものを考えてみたのですが 先に挙げた百物語の他は
・百日咳
・百人一首
・百花繚乱
・百発百中
・百貨店
・百点満点
・八百屋
・百面相
・八百長
・百姓
・百姓一揆
・山口百恵
・吉永小百合
・百足
・百円均一
・うしろの百太郎
・お百度参り

と、あと百個ぐらいあるのですが長くなるのでこの辺で なんか賑やかで目出度いですね「百」 特に
・八百長
・百姓
・百姓一揆
・山口百恵
・吉永小百合
の流れがステキです小百合

吉永小百合はワタクシ的には「キューポラのある街」がベストかと思うのですが、ナゼか小百合さんにはエロい気持ちが涌きません 百恵の方はエロいのに、と常々思っているのですが そんなことを常々思うのもナンですので にっかつの百合族シリーズでも借りてみます

・セーラー服 百合族 < http://bit.ly/1bFBKX0 >

ではあらたまって 百回お目出度う御座います この調子で二百回三百回と続けて欲しいとは申しませんが 私の目の黒いうちは、付きあって行きますよ よろしく頼まれてくださいね と、ニッコリと脅迫してみました

Happy 100th anniversary!

【まつばらあつし】お絵描き屋さん&文字書き屋さん・時々ガッコの先生
twitter::@atts
facebook:< http://www.facebook.com/atsushi.matsubara >

ワタクシが美装とタイトルでスタッフとして関わらせて頂いた映画が月末よりオーデトリウム渋谷で公開であります もし興味をもっていただけたら、ゼヒ前売りもドゾワタクシのところにメッセージください

ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2013
オフシアターコンペティション部門入賞作品
「ami?amie?つきあってねーよ!」
監督:岩崎友彦
< http://atts60.blogspot.jp/2013/06/629.html >

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■なんとべちおさんのデジクリ連載が100回となるそうです。記念すべき回数なんですが白寿はあるけど百ってなかなか思いつかない。それでもおめでたいのでお祝い申し上げます。

はじめてリアルべちおさんにお会いしたのはGH氏を介してデボン紀かヴァニラ紀くらい昔だったと思います。ですから腹肥商事くらいから読者になった記憶があります。何しろ4回しかお会いしていないから良い事ばかり朧に覚えているだけですが男前だったと思います。

プロフィールにナノテクNDA拘束と書いてある通り素人には何の事かわかりません。分からないから面白いのかも知れませんけど。愛犬が亡くなったり階段落ちしたり止めたいのに止められないとか髪の毛伸ばしたり剃ったり昼呑みしたりカメラ小僧したり忙しいのだけは良く分かりました。

なかなか昼呑みの機会が訪れませんが、近いうちに100回を記念してぜひ!暑い臨港パークで!でも!「吉原」がちっとも続かないので・・・読むのを止めようかなあと思い始めてます・・・^^

【久多@麩羅画堂】DTP / Illustration / Illustmation / GraphicDesigner
WEB:< http://www.furagadou.com >
FB:< https://www.facebook.com/hisao.kemi/ >

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■連載100回、おめでとうございます。べちおさんの原稿なり、ツイッターでのつぶやきは自分なりにひらめきを与えてくれたり、参考になります(本当に)。

ついでに申せば、私も今週金曜掲載分で50回に達しますので誘っていただいたべちおさんとキリ番で肩を並べるのは嬉しい限りです。呑みの席では恥をかかせてしまいましたが、いつかその借りを返せたら...と思います。

これからもお互い精進いたしましょう。改めて、おめでとうございます。

【ジョニー・タカ】
< http://music.ap.teacup.com/cafedejohnny/ >
< http://www.twitter.com/johnnytaka1962/ >

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■デジクリ永続化計画

2010年12月26日(日)、べちおサマンサ氏はデジクリの先行きを真剣に案じていた。この件について緊急会議を開きたいとのことで、デジクリ関係者数名が山根康弘氏宅に召集されたのである。

柴田編集長はすでにあのお歳だし、いつボケてもポックリ逝ってもおかしくない。もしそんなことになったら、我々ライター陣はものを書く場を失って、路頭に迷う。それは困る。ついては、そろそろ柴田氏は編集長の座を後任に譲るべきである。

少なくともあと30年は持ちそうなピンピンしたやつを後任に立て、柴田氏には引退を迫る決議を起こそうではないか、という謀反計画である。

そんな場に柴田氏ご本人も呼んじゃうあたり、べちお氏の感覚の超越ぶりに驚嘆を隠しえないが、呼ばれて来ちゃう柴田氏の度量の広さもまた人知を超越していると思う。

場の空気は恐ろしく張りつめていた。べちお氏は召集の主旨を説明し、皆に意見を求めた。重苦しい沈黙の時が流れる。

私は真面目に考えなくては、と頭をフル回転させた。と同時に、議題が議題なだけに、軽々しく失言など発しては取り返しのつかないことになりかねず、発言は慎重にせねば、と警戒していた。

35秒ほど考え、あと15秒ほどで考えがまとまりそうだと思っていたそのとき、べちお氏は突如として私のあずかり知らぬ、外国の音楽の話を始めた。そして、元の議題は二度と振り返られることはなかった。

早い話が忘年会である。

べちお氏はその後も話題を振っては答える余地を与えずに話題を変える、の繰り返しであった。「神田さんムカつく」を100回ほど言った。なんでも、書こうと思ってたことをいつも先を越されて書かれちゃうのが気に入らないらしい。

最後は、車で迎えに来た奥様に拉致されて帰っていった。帰り際にも「ごあいさつがまだ済んでない」とかなんとかわめき散らしていた。奥様もさぞかし大変であろう。

空気が一転して落ち着きを取り戻した。アナログ回路に深い専門技術知識をもち、半導体業界に精通し、会社経営に辣腕を振るう、デジクリ切ってのエリートサラリーマンの頭の中はいったいどうなっているのだろう、と皆でいぶかった。「なんか異常だったね」。

私は暗澹たる気分だった。デジクリって、誰かが引き継ぎさえすれば、永久に続いていくもんだとみんな思ってるのだろうか。編集ってけっこう大変な作業かもしれないって、誰も、これっぽっちも考えが及んでいないのだろうか。

この日、私よりもおとなしかったのは、柴田氏であった。

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■コンニチハ、ヤマシタです。オイラのデジクリ仲間・べちさんが連載100回だそうで、なんというか、すげーめでたい。お祝いのひとつも書かせてもらおうというわけでしゃしゃりでたわけです。

なんて冗談はさておき、おいおい、あのべちさんが連載100回とは、そりゃワタクシも年取るわけだわ。初めて会ったときはくるくるパーマのロン毛だったのに、100回も経てばストレートのショートボブで若返ったりしてるし(2013年1月時点。その後どうなったか知らん)。

しかしオイラのほうが先輩なんだよな、ふふと思って連載回数をふと見たら、せいぜい40回くらいしか差がない。やばい、ハァハァ......休載してられないぞこりゃ。花柄ジーンズはいてる場合でもない(はかないけど)。

で、改めてコンバンハ。もしオイラが4回に1回腹下したり風邪引いたりして休載するとしたら、計算上べちに抜かされるのはいつ?! なんてな。

【ヤマシタクニコ】
< http://midtan.net/ >
< http://koo-yamashita.main.jp/wp/ >

                ■

【べちおサマンサ】pipelinehot@yokohama.email.ne.jp
NDA拘束員であり、本当の横浜を探しているヒト。ぶら撮り散歩師。
Twitterはコチラ→< http://twitter.com/bachiosamansa >
まとめはコチラ→< http://start.io/bachio >

△▼過酒雑記──今日の酒は明日の肥し 「100回記念その1」▼△

●のらりのらりと連載100回を迎えました。こんなグダグダなオイラ&コラムですが、たくさんのお祝いコメントを頂戴できて本当に嬉しいし、心から幸せ者だと実感しております。ありがとうございました!

デジクリでは、書きたいことをそのまま書かせていただける編集部の配慮に、本当に感謝しております。このコラムもいつまで続くのかは分かりませんけど、フリースタイルというネタがネタだけに枯れることはないでしょう(笑)今後も宜しくどうぞです!

●デジクリ番外で書いている「吉原」シリーズの続き、そろそろ書き始めますので、見放さないでぇ(笑) 久多さん、楽しみにしていただいてありがとうございます! 先日、まだ目にいれていない吉原関連の書籍を読み始めた。時間が経つと、吉原にたいしての新しいイメージが湧いてきており、つくづく興味深い時代であり、街だなぁって。


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■ローマでMANGA[65]1992年ローマ・わたしの仕事/midori
< http://bn.dgcr.com/archives/20130625140100.html >
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初めての方へ:講談社のモーニング編集部で海外作家作品を掲載していたころの話。私はローマでこの企画の「海外支局」をしていた。ローマだから当然イタリア人作家の受け持ちでした。

この企画は海外作家に日本の漫画家と同じように、作品の企画段階から編集部と話し合って、書き下ろしを描いてもらうという前代未聞の企画でした。

当時はネットがありません。互いの情報も今ほどありません。国際電話とファックスと、時々編集者が現地へ出向く、というコンタクト方法でゆるゆるとミーティングをこなしていったのです。

イタリア現代マンガの立役者、イゴルトの作品制作過程の話を終えて、前々回、4月からマルチェッロ・ヨーリの話になってます。

●ヨーリが行く

1992年の7月に、ファックスを介し、初めて編集部とコンタクトを取り始めた。ヨーリの提案は自分自身を主人公にして、世界を旅行して様々な驚異に出会う、という作品だった。

このモチーフですでに作品を発表しているので、書き下ろしを基本にする編集部の意向には合わないものだったけれど、構想は面白いので日本向けに新たに構成しなおすのだったら検討するという担当編集者の答えだった。

この答えにポジティブ・シンキングのヨーリは「わ〜い、受け入れられた!」と幸せそうに反応してすぐに構成し直すことにしたのだった。

このテキストは、当時のファックスを引っ張り出してきて読み返しながら書いているのだけど、8月は量ががくんと減ってたったの5枚だ。その中の、私からの通信を見て、えらく暑い夏だったのを思い出した。

連絡が遅くなったことを謝りながら、90年ぶりの猛暑で37度から40度の気温で湿度が95%から100%とファックスに書いてある。この時、私は妊娠していて重い体を抱えながら猛暑を過ごすのはキツかった記憶が蘇ってきた。欧州全体が猛暑で、ギリシャではこのために人が亡くなったことを記憶している。

ヨーリは、構成はやり直すけれど、元の話にあったアフリカで出会う女性と息子の話は、自分にとって重要なのでぜひとも残したいと希望を述べる。ヨーリはこの後も何回か、担当編集者の意向をやんわりと回避している。

持ち前の柔らかい話術で、お話はわかるけれど僕にとってはこれこれこういう意味があるんです、と交渉して、結局受け入れさせてしまう。イゴルトが生真面目に真っ向から対決するのと好対照で、二人が仲良しさんなのもうなづける。

そして、このアフリカ女性の話も結局受け入れてもらったのだった。「日本の読者があっと驚くような話をお目にかけます!」と、担当編集者の受け入れ判断が間違っていないとフォローするのも忘れない。

9月に入るとイタリア勢のバカンスも終わり、気候もしのぎやすくなってファックスの量が増えている。本格的に編集部と打ち合わせに入り、翌月にフランス勢とミーティングをするためにパリへ行くので、その時にパリまで来る気があるなら打ち合わせをしましょうと言うことになった。

イゴルトがそもそも提案を編集部に持ち込んで、この企画にヨーロッパが入るきっかけになったのに、なぜパリなのか。

フランスにはBD(バンデシネ:まぁ、マンガのフランス語の言い方なんですが)があり、ヨーロッパではコミックス王国と言われているお国なので、プロの作家がたくさんいるというのが一つと、海外作家企画が出てから、フランスのアングレーム国際マンガ祭(< http://bit.ly/11MJ1Qb >)に、他の大手出版社とともに講談社も招待される、という偶然が重なった。

この機会を逃すまじと、日本の出版社に描く気がある人は作品を持って面接に来てくださいと通達を出してあった。

プロ・アマそこそこな人数が作品を持ってやってきた。この機会に、結局はプロばかり数人が候補にあがり、イタリアがもたもたしてる間にフランス側はすでにやり取りが始まっていたのだ。

さて、ヨーリ。9月のやり取りで、再構成を決めてカラー8ページで各話読み切り。11話で単行本にするという基本を決めた。ところがヨーリは、12話ではダメかと交渉し、編集部のOKを受けて嬉々としてシノプシスを作り、13話になっちゃった! と言ってきた。

編集も、しょうがないなぁ、という感じで、パリの会談までに幾つかネームができてると嬉しいけれど、まぁ、できてなくてもいいですという返事を出し、とりあえず受け入れることになった。ヨーリ強し。

●ミーティングの強み

直に対面するということは、仕事を進めていく上で、特に編集と作家という二人三脚の作業ではすごく大事な要素なのだと思う。人の表現は言葉だけではない。直に会うとその声の抑揚や、表情で言葉を補足する情報を得てより速く正確に伝わる。例え通訳を介しても。

私がちまちまとエッセイ漫画を描いていたとき、この同じ編集者が担当してくれて、ネームに対して意見をもらっていた。私の意図と若干ずれる要望を受けると、その意図を理解して構成し直すのがとても困難だった記憶がある。

ヨーリから堤さんがパリへ来ると聞いた仲良しイゴルトも、それなら僕も! と手を上げて、ヨーリと手に手をとって赴くことになった。

パリ会談に際して、ホテル予約などの作業はパリ在住の海外支局担当の女性が担当した。私はその女姓とイタリア勢二人の間の連絡を受け持った。

この会談にはもう一人のイタリア人作家がいた。 シルビオ・カデーロ、70年代終わりから80年代始めにかけて、イタリアでマンガのニューウェーブが起こった時に台頭した一人だ。
< http://www.cadelo.com/ >

このニューウエーブが、それこそ波が引くように去ってしまった後、カデーロのような独自な画風を持った漫画家は、イタリアで出版先がなくなりパリに越してしまったのだ。

ニューウェーブでイゴルトもヨーリもお仲間だったから、当然カデーロにも講談社でガイジン漫画家を探しているというニュースは伝わり、カデーロも会談に参加することになった。

カデーロは奥さんがフランス人で、フランスに住んでいるからフランス語は充分にわかる。それでも、編集者はこの作家の担当を私にしてくれた。

しかしながら、今回のパリ会談ではパリ支局に通訳をお願いしますので、という丁寧な断りがあって、なるほど人の間に立つ人はあちこちに気配りが必要なんだと、社会生活経験が豊富でない私にはしきりに感心した。

パリの会談でパリ支局担当者がいて、イゴルトもカデーロもフランス語がわかるのだから、私がノコノコ出ていく必要はないと思っていた。もちろん要請があれば喜んではせ参じたけれど。

でも、ひょっとしたら、私の担当なのに......という気持ちが少しあったかもしれない。気持よく仕事をしていくためには、こうした小さな亀裂をなるべく起こさないほうがいい。丁寧な物言いで断りを入れればそれで済むのだ。

会談が済んで10月19日、堤さんからのファックスで実りあったことを知った。

1)各回8ページ(前後編で16ページとなる場合もある)の「不思議な世界旅行」と題するオールカラーシリーズを描く。

2)主人公(ヨリ)を不思議なる世界のガイドとして描く。将来人間を救う力となるあるもの(それは人間、動物にとどまらず石でも道でもいい)をしっかりと絵に描き、それがその回のタイトルとなる。

3)週刊連載を希望。とりあえず3〜6話を貯める。プロローグを「ピエールと友達」のシリーズに描く(ピーエル・アランと昔から友達なので)。

ピエール・アランとは、当時モーニング編集部にいた日本語を解するフランス人編集者だ。当然フランスの漫画家の知り合いが多く、モーニング誌上で「ピエールと友達」というページを担当し、毎回違う作家に小編読み切りを描いてもらっていた。

堤さんのファックスは、事務手続きへ話題が移行する。

4)契約書を正本を英語、副本をイタリア語で作る。契約書の翻訳はやまねさんにお願いしたいと思いますが、いかがですか?

ヨーロッパでは仕事に契約書はつきもの。講談社の、というか、日本の会社の習慣ではなかったけれど、契約書が当たり前の作家たちと仕事をするので作成することになった。

当然、元は講談社が国際室の力を借りて制作する。私にイタリア語訳の依頼が来たわけだ。法律など勉強したことがないけれど、断っても困るだろうと引き受け、ものすごく苦労しながら契約書を訳した。

事務手続きは契約書だけではない。

5)「寄稿家登録」の作業をやまねさんにお願いします。
・「海外寄稿家登録用紙」を送りします。記入してあるところを確認していただくと共に未記入の部分を記入してください。
・いただいた振込先のうち「支店名」がわかりません。聞いてみてください。
・裏面の「これまでの作家活動・作品歴」以下は「寄稿家登録」には必要ありませんが、今後の編集作業の役に立ちますのでできれば記入をお願いします。

寄稿者の住所氏名、原稿料の振込先などのデータを登録するお手伝いだ。登録用紙の記載項目を訳して、各作家にファックスし、記入してもらってファックスで返してもらう。それをまた日本語にすべきところは訳して編集部にファックスする。私の仕事は翻訳するだけだけど、こうした管理システムを身近に見てフムフムと納得するのは刺激だった。

【みどり】midorigo@mac.com
主に料理の写真を載せたブログを書いてます。
< http://midoroma.blog87.fc2.com/ >

このテキストで書いているのは1992年の出来事だ。11年前を振り返ることになる。この頃「ローマの生活」というエッセイ漫画も描かせてもらっていたし、子を授かってお腹に育てていたし、我が世の春という感じだった。

あの春はどこに行ってしまったんだろう? と、現在のほぼ無職状態を思う。このシリーズを書き始めて改めて思いを致すことになった。

担当のファックスに、「ヨリはさっそく制作作業を開始するのでプロローグか第一話のネームをいつ頃提出できるか聞いてください。」とあった。そして「三人の編集作業はやまねさんにお願いします」とも。

親切に編集作業と書いてくれたけれど、実際のところは編集作業補助だ。ネームをいつ頃提出できるか聞いてください、とある通り、言われたことをやっているだけだった。

つまり、仕事がたくさんあって、色々な人と知り合って、編集作業の一端を請け負って、それだけ。そこから先に踏み込んで、先につなげることをしてこなかった。その場その場で終わって、自分から何か考えることはせず、次の仕事が降ってくるのを待っていた。

昨年から書き始めたMANGAの構築法の本は、積極的に動く一環だ。MANGAを描くという夢は捨てられず、売るのではなく、イタリア人の友だちに見せるためと、小編を描いてFaceBookに載せてみた。

でもこれは、出版社に見せて何か否定的なことを言われなくて済むからだ。商業作品を作ることだけが作家のあり方だとは思わないけれど、私の場合は逃げ一方だったというのを、今更ながら痛感するのだった。

神様がいるかどうかは知らないけれど、「求めよ、さらば与えられん」というのはある気がする。

旦那の同僚が退職するので事務所の皆でお祝いをした。旦那に同僚の似顔を描いてと言われて描いた。
< http://bit.ly/18WT9yp >
お祝いに参加した人の一人が、その絵を見て結婚25周年の記念の絵を描いてくれないかしら、と言ってきた。報酬を払うからと。

34歳で漫画家としてデビューして2年で挫折した。60歳を目前に、イラストレーターでデビューするか。気軽に楽しんで、怖がらずに絵を売っていく道を探ることにした。

そんな折、エクセルで絵を描くという人の話をネットで知った。75歳で始めたとか?
< http://attrip.jp/95946 >
< http://www2.odn.ne.jp/%7Ecbl97790/ >


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編集後記(06/25)

●梅雨シーズン真っ盛りであるはずだが、あまりそんな感じがしない日々。雨降りで困るのは犬の散歩である。ご近所にはレインウェアを着せたこじゃれた洋犬もいるが、わが柴雑・ハニー号はそんな軟弱なことは一切拒否する。もっとも年齢15歳半になり、ますます老化が激しく、一日中寝てばかりいる。それでも排泄はさせなければならない。幸い庭があるのでもっぱら芝生をその場としているが、雨が降ると使えない。

そこでわたしが発明したのが、愛犬用傘である。室内床ふき用モップの棒部分の先に、折り畳み傘を開いてぶら下げただけだけど。折り畳み傘は柄を短縮できるので、犬の体には触れない。犬の移動に連れて,テラスにいるわたしが傘も移動させる。ちょっとマヌケな感じもしないではないが、いちおう効果はある。でも、やっぱりあまりカッコよくはない。妻ばかりか孫たちにも笑われたので、実際に運用したのは二回だけである。

こんなのあったらいいなと、前から思っていた便利グッズを最近発見した。その1。テラスをデッキブラシでこすり洗いするときに、いちいちバケツの水をブラシにつけるのがめんどうくさい。水を撒いてからブラシでこするのも、いまひとつ手応えがよろしくない。柄にホースをつないで、ブラシ部分から水を流しながらこすればいい。自作しようかと思っていたら、タカサゴのレインボーブラシってのが既にホームセンターにあった。約1000円。使い勝手よし。

その2「えだ豆くん」。ポリプロピレン製のひょうたん型のボウルである。ザル付きボウルは枝豆入れに、小さなボウルは殻入れに、これは便利。いままでは、枝豆ザルと殻入れ容器が食卓に並んでうっとうしかったが、これならスッキリして見た目もナイス。手頃なサイズで1〜2人用。スーパーで発見、日本製で約100円。使い勝手よし。最近、背中がかゆいときに手が届かなくなったので、「まごの手」を探しにダイソーヘ。当然のごとく存在。材質は竹で中国製。英語で「Back scratcher」というとは知らなかった。やっぱり直定規をつかうよりは気持ちいい。 (柴田)

< http://bn.dgcr.com/archives/2013/06/25/images/01.jpg >
特製愛犬用傘
< http://bn.dgcr.com/archives/2013/06/25/images/02.jpg >
レインボーブラシ
< http://bn.dgcr.com/archives/2013/06/25/images/03.jpg >
えだ豆くん


●ぶ、べちおさんったらwww 100回ありがとうございます! べちおさんといえば、ラーメンとお酒とバドミントンと犬と音楽の人です〜。話が面白くて、家族想いなイメージ。

大型文具店にて。友人につきあっての入店。もともと本や文具、ガジェットもの好きなのだが、最近はなかなか実店舗に入り浸る時間がとれなくなっていた。必要なものを必要なだけネットで買うって感じ。

友人おすすめの文具を教えてもらいつつ、店内をまわる。昔からある文具、新しい文具。気持ちが高ぶる。友人が探していた文具の前に女性がいて、近くに寄れない。待っている間、ふとその女性の手元を見たら、筆記用具のパッケージに、『目に優しいラインマーカー』と書いてあった。えっ、欲しい。

探してみるが、何せ大型店。全然見つからない。思い切って女性に声をかける。「そのマーカーはどこに置いてありますか?」とても親切な彼女は、マーカーのあるところまで連れて行ってくれた。お礼をいいつつ、使い心地を聞いたら、マーカーはケバケバしく目に痛いけれど、これならいいですよ、というようなことを答えてくれた。そうなのよ、夕方になると目がチカチカするのよ。

手帳などでちょっとだけ目立たせたいとか、飾りに使うのにも良さそう。以前文具王が書いてらしたマーカーの重ね塗りにも良さげ。使う予定もないのに4色購入。大人っていいわ〜。中学生の時なら2本買うのにも勇気がいったわ。(hammer.mule)

< http://www.zebra.co.jp/pro/mildliner/ >  マイルドライナー
< http://bizmakoto.jp/bizid/articles/0801/31/news024.html >
文具王のん。重ね塗りの別の記事があったはずなんだが......