ショート・ストーリーのKUNI[140]見守り
── ヤマシタクニコ ──

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ドアをノックされたので出てみるとなぜか銀色のスーツを着た男が立っていた。

「こんにちは。オオヤマススムさんですね。今年75歳のお年寄りのひとり暮らしの」

「ああ、そうだとも」

「わたくし、市の高齢福祉課からまいりました。実は最近、本市でも高齢者の孤独死が増えておりまして」

「悪かったな」

「いえいえ、それでですね、本市では今月からひとり暮らしのお年寄りに見守りロボットを支給することになったのです。これがそうなんですが」

「なんじゃこら。最近どこにでもあるゆるきゃらのできそこないみたいじゃないか。全身ピンクでもこもこで、頭でっかちで。これがロボットか」

「はい。このロボット、太郎くんと申しますが、さまざまな困った局面でお年寄りをサポートしてくれるロボットなんです。もしものことがあっても適切に対処してくれることになっておりますので、ご安心していただけるかと。あ、もちろん無料でお使いいただけます」

「ふーん。しかしもっとコンパクトにできなかったのかね。どうみても等身大以上だが」

「大きいほうがなんとなくたよりがいがあるというお声もちょうだいしております」

「まあ、ただならいいだろ。使ってみるか」





1週間後。

「市の高齢福祉課のものです。オオヤマススムさんですね。今年75歳のお年寄りのひとりぐらしの」

「ああ、そうだ」

「太郎くんを回収してほしいとの連絡を受けてまいりましたが、間違いないでしょうか」

「ああ、まちがいない。さっさと回収してくれ、あんなもん。わしが『えーと、今日は何曜日だったかな』と思い出せなくてしばらくじーっと考えてるとピーピーピー! とけたたましい音を立ててとんでくる」

「一定時間動きがないと反応するのです。もしや死んでいるのでは、あ、いや具合が悪いのではと」

「おちおちぼんやりもできん。冷蔵庫の前まで来て『さて、わしは何をしようとしておったか』としばらく考えてるとまたピーピーピー! あいつのせいで結局思い出せなかった」

「申し訳ありません」

「さっきは肉を食べようとナイフとフォークを構えると、またピーピーピー! と飛んできて、ナイフを勝手に持っていった。爪楊枝で歯をせせることもできん」

「危険物に反応するのです。そのような設定になっております」

「もちを食べようとしたらまたピーピーととんでくる」

「高齢者におもちはたいへん危険ですので」

「それはいいが『もちふわ食パン』を食べようとしたときもとんできたぞ。パンくらい食わせろ。だいたい、いちいちあのでかいピンクの暑苦しいのにピーピーどたどたととんでこられる身になってみろ」

「やはりそうですか」

「やはりって」

「そういうお声も時々あるので『改良型太郎くん』を連れてきました。ここに控えております。機能面の改善はもちろんですが、外見も異なっております。太郎くんはゆるきゃらグランプリで優勝したバリィさん風に作ってありますが、こちらは2位のちょるる風です。ただし全身水色ですが。ややスリムな体型となっておりますので狭いお家でもらっくらく」

「なんだそりゃ。なぜ最初からそっちを出さない」

「それはその、みなさん好みがおありですので。いかがです。これも無料ですが」

「まあ、ただなら使ってみるか」


1週間後。

「市の高齢福祉課のものです。オオヤマススムさんですね。今年75歳のお年寄りのひとりぐらしの」

「そうだと言ってるだろ」

「改良型太郎くんを回収してほしいとの連絡を受けてまいりましたが、間違いないでしょうか。どこがお気にめさなかったのでしょう」

「お気にめすもめさないもめすときもない。さっさと持ってけあんなもん。どこが改良型なんだ。確かにピーピーとは言わなくなったが、口うるさすぎだ。一日中わしのあとにべったりとくっついてきて『ガスの元栓を閉め忘れてます』『トイレの水を流してません』『シャツの裾が出ています』って、なんだあれは。見守りすぎだ」

「そういう日常のちょっとしたことに気配りができるところも改良点なのです」

「あれが気配りか。わしがちょっと夜更かししていると『もう寝なさい』、ごはんのおかわりをしようとすると『食べ過ぎです』。テレビを見てて『剛力彩芽はかわいいなあ』と言うと『綾瀬はるかのほうが胸が大きいです』ほとんどおせっかいだろ」

「申し訳ありません。会話の相手がほしいという要望もありまして、改良型太郎くんはそういうニーズにもこたえているわけです」

「あんなものはいらん」

「そうおっしゃらずに。改良型太郎くんは設定を変えることもできますので」
「聞いてないぞ」

「これは失礼しました。ちょっとあがらせてもらいます。あ、こちら改良型太郎くんですね。えっと。ほら、この背中のパネルで『強』『中』『弱』のどれかを選ぶことができます。今は『強』になってます」

「扇風機か」

「『強』は手厚い見守り、『中』はほどほどの見守り、『弱』はかなりてきとーな見守りです。とりあえず『弱』にしておきましょうか。もの足りなければまた変えてください」


改良型太郎くんはとたんにおとなしくなった。べったりついて来なくなった。全身水色のゆるきゃら風のからだをだらんと横たえ、やる気のなさそうな顔でオオヤマススムを見ているようでもあり、見ていないようでもある。

「ふーっ。やっとこれで落ち着けそうだ。まったく、役所もろくなことをせんわい」

オオヤマススムはほっとためいきをついた。そして夕刊を取りに行こうとして腰を上げた。歩き出した瞬間、段差につまずいた。そのまま頭からどーんと倒れ込む! と思ったら改良型太郎くんがさっとまわりこみ、全身で受け止めた。

「あんた、死ぬとこやったで」

オオヤマススムはむすっとしたまま改良型太郎くんを見つめた。ふん。役に立つこともあるのか。

それからオオヤマススムはベランダの戸を開け、下りようとした。下りようとしたものの何をするつもりだったかわからなくなり、半歩出した足を止めた。そのまま考えるが思い出せない。すると、背後で寝そべっていた改良型太郎くんがいかにも鼻くそでもほじくりながらしゃべっているような、どうでもいいようなしゃべり方で、ぼそっと言った。

「アサガオに水やるんとちゃうの」

見ると自分は手にじょうろを持っている。オオヤマススムはサンダルをはいて歩き出した。

「ふ。改良型太郎くんも役に立たないこともないわけだ。まあ、わしにはピーピーとやたらうるさいのよりはこっちのほうが合っているようだな。しばらく使ってみるか」


背後でオオヤマススムの妻がためいきをついた。

......最近、おとうさんもぼけがひどくなったというか、妄想がはげしくなったというか。どうやら自分はひとりぐらしで、私は見守りロボットと思いこんでるらしいねんけど、そんなロボットあるんやろか.........。

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いわゆるウィルス性胃腸炎にやられていてやっと回復。ほぼ10日ぶりに、さっきコーヒーを飲んだ。おいしい! ずっと前、インフルエンザにかかったときも2週間飲めなかった。

いつも同じ店の豆で、ひきたて&いれたてでなきゃ、とコーヒーにはちょっとうるさいつもりだが、そう考えると私にとってコーヒーは元気なときしかおつきあいできない相手でもある。一方、コーヒーが飲めない間は仕方なくお茶をのんでいたけど、そういえばこいつ(お茶)も悪くない、ふだん無視しててごめんなと思ったりしたのであった。