門前の小僧、10年目の「加速器」りていく
── Rey.Hori ──

投稿:  著者:


恥ずかしながら、再びの登場である。前回は単発読み切りのつもりで、筆者が最近多く手掛けている「粒子加速器」なる分野のイラストや動画制作について、そこに関わることになったいきさつや、そも「加速器」とはどんなシロモノなのか、といったことを書いた。

すると、柴田編集長から「絵のことを書かんかい、絵のことを。あんだら」というお優しいディレクションを戴いた。

筆者に加速器方面の話をさせると、研究者でもないのについつい「加速器とは何ぞや」といった方向へ話がさまよいがちになる。再度の登壇機会を戴いたので、面白くなるかどうかはわからないが、反省を込めて今回はもう少し絵にまつわる方向の話をしたい。

描く対象がハードこの上ないブツであったとしても、イラストとはそれをハードにでもソフトにでも表現しうるものだ。

筆者の場合については言葉を連ねるよりも、実績をご覧戴くほうが早いと思う。サイト更新をさぼっているので最新の絵はないが、加速器関連イラストをサイト上にまとめてあるので、幾つかご覧戴ければお判りになると思う。

・ここ数年の拙作加速器関連イラスト例
< http://www.yk.rim.or.jp/%7Ereyhori/pages/galacc2.html
>




これらの機器全ては、理論的・技術的必然から設計されたものだ。「ここはまだ設計できてないから、それらしく描いてよ」といった、ごくわずかな(でもたまにある)例外を除いて、あるべき姿の通りに描かなくてはならない。想像力の赴くままに描く種類の絵ではないのだ。

この点は特に加速器イラストに限った話ではなく、恐らく宇宙機方面やその他の先端科学機器、先端科学に限らずプロダクト系イラスト、更に広くは実物の存在する(あるいは、かつて存在した or 近い将来実現する見込みの)全てのメカ系イラストに共通することではないかと思っている。

(なので、この記事をお読みの方の中に、加速器に限らずそういう分野を目指そうと思う若い方がもしもいらっしゃれば、加速器に限定しないでお読み戴けると、少しは参考になる箇所があったりなかったり、したりしなかったりするかもしれません)

筆者の絵の道具に特殊なものは何もない。ハードはMacPro。ソフトのメインはShade、仕上げはPhotoshop、動画の場合はAfterEffects。ただ、モデリングをいきなりShade上で行うことは少なくて、大抵まず図面を引く。

そのためのCADソフトDraftBoardが特殊と言えば特殊かもしれない。これで引いた図面をepsで書き出し、Illustratorで整形後、Shadeに読み込んで立体化する。この手順はもう長年変わっていない。

実在のメカを描くのなら資料が必要だ。最高の資料は設計図(があれば and/or もらえればの話。後述)だが、では設計図の通りに描くのが正解かというと、そうでもない。

実物が既に存在するものについて、写真のように描くのが正しいのかというと、これもそうとばかりは限らない。特に写真に対しては、イラストに起こす強みというかメリットを把握しておくのはイラストレータの務めだろう。常にリアルが偉いのかというと、そうではないのだ。

本物の加速器を見ると、機器には無数のケーブルや配管が接続されている。整然と、あるいは雑然と流れるそれらの配線や配管は大いにメカ萌えな魅力満載なのだが、イラストでは不要なことが多い。イラストで描くべきは機能や仕組みだからである。純粋に広報用のイラストならまだしも、研究発表資料用の場合は尚更だ。

さて、加速器のイラストをご依頼戴く時、実現性において実機がその時点でどのレベルにあるかは様々だ。大ざっぱに、構想段階のもの、設計途上のもの、部分的に実在しているもの、完全に実在のもの、といったところ。

近年のメカものの設計には3DCAD(三次元のコンピュータ支援設計。要はデジタルの立体設計図)が用いられることが多い。上記のうち、うんと初期構想の段階のものを除けば、形状の3DCADデータが既に存在する可能性があることになる。

筆者はイラストの作成に3DCGを使うので、ことによると「それじゃCADデータをもらって、それを3DCGデータに変換してイラストにするのか。なんや簡単やんけ」と思う人もいるかもしれない。ところがそれがなかなかそうはイカのナントカなのである。

加速器の場合には、特に多数使われる大型の電磁石において顕著なのだが、古いものでも大事に使い回す。資料をくれ、と言うと、どうかすると20年以上前の日付のある手書きの「紙の」図面(のスキャン画像)が出て来る。当然これは改めて図面を引き、モデリングすることになる。

また、仮に3DCADで設計が進んでいる装置であっても、重要な設計データをどこの馬の骨だか鶏の皮だかわからないヤツには渡せない場合も多い。特に加速器は、個々のキーパーツをそれぞれ専門のメーカが設計製造することが多いようなので、メーカが社外秘にしていることもある。先程「もらえれば」と書いた所以である。

その上、これが何より大事なのだが、仮に3DCADデータがもらえたとしても、それをそのままレンダリングして美しいイラストになる場合は殆どないのだ。CADデータとは、製造に必要な情報をまとめたものだ。見映えの良い絵にすることは必ずしもその主目的ではない。また、そこには図面なりの省略表現だってある。

例えば部品のエッジは切り立った形状のままのことが多いが、イラストであればここにハイライトを宿らせたい。エッジの稜線にハイライトが宿るためには、そこにR(アール。丸みのこと)かせめてC(シー、またはチャンファ。面取りのこと)がなくてはならず、結局その部分は手を入れなくてはならないのだ。

逆に、不要な部分が詳細過ぎることもある。ネジの一本一本にネジ山が切ってあることもあったが、こんなものをそのままレンダリングしたらメモリと時間がいくらあっても足りなくなる。そもそも絵にした時に見えなくなる部分の形状データは不要だ。

そんなわけで、3DCADデータがもらえた場合には、それを原寸のテンプレートにして、かなりな割合の部品を改めてモデリングし直す。

データがもらえない場合には、2Dの図面、写真、pdfやpptなどの資料、手描きのポンチ絵など、もらえる資料を元に改めて図面を引き、そこからモデリングを行うことになる。複数の資料が互いに矛盾することもままある。

3DCGに縁のないイラストレータ諸氏からすれば「なんでまたそんな面倒臭いことを。さっさと描きゃいいのに」と思われるかもしれない。しかし、まずモデリングしなければ絵にできないのが3DCGという道具なのだ。

実際、同業の非3Dの皆さんの日常を見ると、大変効率良く作品を仕上げているように見えてうらやましい。単に隣の芝生なのかもだが、こちらは線一本引くにもちくちくした作業が必要だ。

加速器は多様な技術の集積体である。その部分部分の設計や運用には高度な専門知識が必要となる。裏返せば、全体をくまなく知っている一人の人物のいる場合があまりない、ということでもある。

ある程度の規模を越える装置をイラストに描こうとすると、部分部分をそれぞれ専門の研究者の先生と、直接間接に連絡を取りつつ仕上げて行くことになる。国際共同研究が日常茶飯なこの分野の先生方は、学会や会議で世界の研究拠点を飛び歩いていることも多く、メールのやり取りに時間がかかることもある。

実物がまだ存在しない装置の場合、形状を作るだけでなく、質感設定にも気を遣う。CADデータや図面からは質感はほぼ読み取れない。筆者は一応工科系の出なので、図面上の指定、形状や機能からある程度その部品の材質に見当が付くこともあるが、限界がある。当然先生にたずねることになる。

以前、ある部品のフランジ(管と管をつなぐツバ状の部分)の接合面をどんな質感にすれば良いか質問したら、「そこは真空を封止しなくてはならないので、鏡面に仕上げて、シールのための溝を切っておいて下さい。シールの形状はこのサイトを参照」という返事が来た。もはや絵を描くためのやり取りとは思えない。

こうしたやり取りは、研究者の先生や研究所の広報担当者と行う。メーカや出版社、広告代理店と違い、先方は技術分野に明るくても、大抵グラフィックの専門家ではない。カッコ良く見せることと、説明図的な判りやすさ・使いやすさが時折衝突することもある。

イラストは使ってもらってナンボなので、先方のご意向を踏まえつつ、カッコ良さも両立させたい。構図や質感を最後に変えられる3DCGのメリットが生きるところでもある。

以上、あれこれ愚痴っぽく(あるいは不幸自慢的に)聞こえてしまったかもしれないが、筆者はこれらのすべてをかなり楽しんでやっている。

キツい事も時にはあるが、それでも自分の絵が人類最先端の研究や、それを世に伝えることに少しでも役立つかもしれないのだ。イラストレータとしてこれほどの手応えが味わえる分野はそうはないだろう。

いつまでやらせてもらえるかは判らないが、こんな分野に出会えた幸運に心から感謝しつつ、もう少しの間、楽しみながら続けたいと願っている。


【Rey.Hori/イラストレータ】 reyhori@yk.rim.or.jp

描いているモノは特殊でも、道具やテクニックは至って普通というか正攻法で愚直にちくちくやってます。つい先日も5か月掛けて4分ほどの動画を仕上げたばかり。

色んなメディアで普通に見られるようになった絢爛豪華なCGやVFXを目にするにつけ、こんなものがちくちくした作業で作られているわけがないわけで、我が仕事も何かこう、もう少し効率化できる方法がありそうな気もしないでもないのですが......。

さておき。一銭ももらってませんが、少々宣伝を。加速器の研究拠点である茨城県つくば市の高エネルギー加速器研究機構(KEK)では毎年一般公開を行っています。今年は9月8日。入場無料、事前登録等は不要、TXつくば駅からKEKの間を送迎の無料バスが(今年も多分)往復します。

・KEK一般公開
< http://www.kek.jp/ja/PublicRelations/Events/Openhouse/
>

構内には直径1kmの加速器KEKB(ケックビー。現在SuperKEKBへの改装中)を始め、普段目にすることのない機械装置群が色々あり、構内に点在するそれぞれの研究施設を、何と、各施設前のバス停を結んで一定間隔で巡回する何台もの無料バスに乗って巡ることができます。

お楽しみ企画も多々。研究者に質問し放題。何より実物の加速器には圧倒されること必至です(某アニメ劇場版や某人気ドラマのロケ現場だって見られるかも)。とにかく広いので、歩きやすい靴と服装をおすすめします。興味のある方は是非どうぞ(筆者はここ数年同様、今年も行くつもりです)。

3DCGイラストを中心にご打診をお待ちしています。
サイト:< http://www.yk.rim.or.jp/%7Ereyhori/
>