映画と夜と音楽と...[603]バスタブに浸かりながら書く原稿?/十河 進

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〈81/2/NINE/気狂いピエロ/サイコ/殺しのドレス/プリティ・ウーマン/ノッティングヒルの恋人/ローラ殺人事件〉

●バスルームをリフォームして得た至福のとき

現在の団地に住んで、そろそろ30年になる。息子と娘なので年頃になるとひとりずつの部屋をほしがるだろうと思って、少し広いところを探したら千葉県の外れに引っ越すことになった。本当は、自分の書斎がなくなることを怖れたのだ。そのためには、通勤時間を犠牲にした。ドア・ツー・ドアで1時間20分。30年間で、どれくらいの時間を通勤に費やしたことだろう。

公団が建設した11階建ての高層マンションの7階である。不動産屋の担当者に案内されて最初に部屋を見にきたときには、エレベーターホールから下を見てクラッとした。住んでみるとすぐに慣れたが、自宅より上の階にいくと今でもクラッとする。シャレてはいないけれど、ほとんど修繕せずに30年保ったので、まあアタリだったかなと思う。

昨年、初めてバスルームをリフォームした。ユニットを全部入れ替えるので3日間は風呂なしの生活になった。完成した日に帰宅すると、カミサンがニコニコしている。リビングの壁にコントローラがあり、ボタンひとつで風呂が入るという。湯の量と温度を設定しておけば、バスタブに湯が入ると「お風呂が沸きました」と音声で知らせてくれる。さすがに進化していて、快適だった。

それ以来、朝に風呂に入る習慣ができた。前夜に入れた湯でもすぐに沸くし、朝に湯を入れても時間はそんなにかからない。年をとって早朝から目が覚めるようになったから、朝の方がゆったりと時間がとれるのだ。半身浴で15分くらい浸かっている。どんどん時間が長くなり、最近は20分ほど浸かるようになった。そうなってくると、何となく時間をつぶすものがほしくなる。




先日、会社の若いモンと話しているとき、風呂で本を読んでいると聞いて「それだ」と思った。昔、風呂に文庫本を持ち込んだら湯気でフニャフニャになり、それ以来、風呂で本を読むのをあきらめた。ユポという水に濡れても平気な紙に印刷した「お風呂で読める枕草紙」という本をもらったことがあったが、清少納言は読む気にならなかった。

新しいバスルームは換気力が強く、水蒸気が籠もらない。先日、バスタブに浸かって分厚い本を読んでみた。塩澤幸登さんが書いた「雑誌の王様 評伝・清水達夫と平凡出版とマガジンハウス」という本だ。朝日新聞の書評で取り上げられていた。僕は出版業界の話が好きで、特に雑誌編集者の評伝はいろいろと読んだ。清水達夫さんは平凡出版の創設メンバーで、伝説の編集者である。

僕が労働組合の関係で出版労連に出ていたのは、70年代後半から80年代の15年間である。その頃、平凡出版労働組合は反主流派と言われ、過激な発言が多かった。しかし、労連の機関誌に載る平凡出版のボーナスは信じられない金額だった。「雑誌の王様」を読むと、その辺の裏話も載っていてなかなか興味深い。その頃、僕は「ポパイ」や「ブルータス」を毎号読んでいた。

僕も中学生の頃は平凡社と平凡出版の違いはわかっていなかった。平凡社は百科事典で当てていたし、平凡出版は「平凡」という芸能雑誌がよく売れていた。後に、その頃の平凡社については嵐山光三郎こと祐乗坊英昭さんの本で読んだが、出版労連の関係で知っていた人が出てきて興味深かった。月刊「平凡」については、昔、会った人が取材記者をやっており、当時の話を面白く聞いたことがある。

僕も40年近く前に雑誌出版社に入り専門誌を編集してきたが、平凡出版社(マガジンハウス)の話を読んでいてうらやましかったのは、制作費がふんだんに使えることだった。マガジンハウスで「今後は、打ち合わせを寿司屋ではやらないこと」というお達しが出た話を聞いたことがある。そんなことはどうでもいいが、雑誌にかける原稿料、印刷代、製本代、用紙代が潤沢であることの幸せを一度でいいから僕も味わってみたかった。

●バスタブに浸かるマストロヤンニとベルモンド

風呂で分厚いハードカバーを読んでいて、思い出した映画のシーンがある。ひとつはフェデリコ・フェリーニ監督の「81/2」(1963年)だった。フェリーニを思わせる主人公(マルチェロ・マストロヤンニ)が、テンガロンハットをかぶったままバスタブに身を沈めているシーンである。そのとき、彼は本を読んでいたと思ったのは僕の記憶違いで、主人公は目を閉じ手を合わせていただけだった。

「81/2」はハリウッドでミュージカル「NINE」(2009年)としてリメイクされた。主人公の映画監督は、ダニエル・デイ=ルイスが演じた。女優である奥さんを演じたのは、ミステリアスな雰囲気をまき散らすマリオン・コティヤールだ。このオリジナルの物語はフェリーニの自伝みたいなものだから、女優の奥さんとは「道」(1954年)のジュリエッタ・マシーナである。

てっきりマストロヤンニはバスタブで本を読んでいたと思ったのに記憶違いだったので、もうひとつ思い出したシーンについてネットで検索したり、手持ちのLDや本で調べたが確認できなかった。LDは、プレイヤーが壊れて見られないのだ。「ゴダールの世界」という本で、そのシーンのスチルを見たと思っていたが、頁を繰っても出てこない。

しかし、間違いなく「気狂いピエロ」(1965年)の最初の方でジャン=ポール・ベルモンドは、バスタブに身を沈めて本を読んでいた。ゴダールのことだから、何かむずかしい本を読ませていたはずだが、LDが見られないので確認できない。美術に関する本だったと記憶しているけれど、自信がなくなった。後半、逃亡するときにアンナ・カリーナが抱えていたのは、大判のコミック本だったと思う。

ゴダールは、映画の中に書物を頻繁に引用した。当然のことながら、登場人物たちが持っていたり、読んでいたりする本には深い意味がある。それは、どんな映画でも同じだけど、ゴダール映画では特に意味を付与されている。画面には出てこないが、「気狂いピエロ」でナレーションとして頻繁に引用されるのは、アルチュール・ランボウの詩である。ラストシーンには、「永遠」という詩が引用される。

風呂に浸かる民族として、日本人は代表的な存在らしい。アメリカ映画やフランス映画を見ていると、たいていはシャワーを浴びている。シャワーシーンが有名なのは、ヒッチコック監督の「サイコ」(1960年)だ。ヒッチコック作品にオマージュを捧げたブライアン・デ・パルマ監督の「殺しのドレス」(1980年)では、僕の好きなアンジー・デッキンソンが冒頭から色っぽいシャワーシーンを見せてくれる。

アメリカ人やフランス人にとってバスタブに湯を張って浸かるのは、リラックスするための特別なことなのかもしれない。時間があるときに、ゆっくりと身を沈める。だから、自然と本に手が出たりするのだろうか。昔のハリウッドでは入浴シーンは、セクシー女優の見せ場としてしか機能していなかったけれど...。彼女たちは泡だったバスタブの中で、肩や美しい脚を見せ男たちを悩殺した。

●ジュリア・ロバーツのふたつのバスタブシーン

バスタブのシーンで少しうらやましかったのは、「プリティ・ウーマン」(1990年)である。「マイ・フェア・レディ」(1964年)の娼婦版のような物語だった。1990年代になると、がさつな花売り娘ではなく街角に立つストリート・ガールがヒロインになれるのだ。それにしても、ヒロインを娼婦にしたのは賭けだったと思う。僕は娼婦に偏見はないが、公開当時、凄いなあと思った。

冷徹な青年実業家(リチャード・ギア)が商談でロサンゼルスにいき、ホテルの近くで拾った街娼(ジュリア・ロバーツ)を一週間だけパートナーとして雇う。彼は仕事上の付き合いでパーティに出たりするときに彼女を同伴する。彼女は次第に洗練され、彼も惹かれていく。もちろん、最後に彼は花束を抱えて彼女を迎えにいくことになる。「いつか王子様が...」という夢物語であり、だからこそ女性たちに支持されてヒットした。

その「プリティ・ウーマン」の中でビジネスの駆け引きで疲れたリチャード・ギアを、ジュリア・ロバーツが優しくいたわるシーンがある。彼女はバスタブにたっぷりと湯を張り、彼を後ろから抱きやさしく湯をかけ、マッサージするかのように肌を愛撫する。セクシーな気分ではなく、癒されリラックスするシーンだった。あんな風にされたら、心の底からゆったりするだろうなあ。

大きな口が特徴のジュリア・ロバーツは癒し系のキャラクターなのだろうか、もう一本、彼女の入浴シーンが浮かんできた。彼女自身のような世界的に人気のあるハリウッド・スターを演じた「ノッティングヒルの恋人」(1999年)の中のシーンである。これも、ハリウッド・スターとロンドン郊外のノッティングヒルで書店を営む男の恋愛という夢物語で、ロマンチックな気分になれるためか、好きだという人は多い。

主人公ウィリアムは冴えない中年男(ヒュー・グラント)で、旅行の本の専門書店を経営している。気の利かない店員と、ぶっ飛んだパンク・ファッションの妹と、浮世離れした変人の同居人に振りまわされる日々を送っている。ある日、書店にハリウッド・スターのアナ・スコット(ジュリア・ロバーツ)がやってきて、彼女のTシャツにジュースをこぼしたことから知り合いになる。

いろいろ紆余曲折があった後、アナは売れない頃に撮ったヌード写真が流出し、マスコミを逃れて彼の自宅にやってくる。ウィリアムは彼女を慰め匿う。アナはくつろぎ、バスタブにゆったりと浸かっている。そこへ変人の同居人が帰ってくる。彼はアナがスキャンダルを逃れて失踪したという新聞記事を読みながら帰ってきたのだ。そのまま鼻歌交じりでバスルームで小用を足そうとすると、「ハーイ、××ね」とバスタブのアナに声を掛けられる。

目が点になった同居人は慌ててバスルームの外に出るが、ドアを背にして「神様、ありがとう」と感謝する。つまり、彼はアナが自分に与えられたのだと勘違いするのである。アナ・スコットは、世界中の男たちが憧れる「夢の女」として設定されている。ウィリアムと寝た翌朝、アナは「ギルダ」で有名なリタ・ヘイワースの「男たちはギルダと寝て、私と目覚める」という言葉を引用する。夢は覚めるものだ。

●バスタブに浸かりながらシナリオを書いた男がいた

バスタブに浸かりながらシナリオを書いたのは、ダルトン・トランボである。ハリウッドのトップ・シナリオライターだったが、赤狩りに遭い信念に基づいて証言を拒否したために仕事ができなくなった。それでも、彼を起用した人々がいた。その結果、当時は変名で書いた「ローマの休日」(1953年)だが、現在では彼の名がシナリオライターとしてクレジットされている。

彼がバスタブに浸かり、その上にテーブルのようなボードを置き、タイプライターを打っている写真を僕は間違いなく見たことがある。はっきりと、その写真が浮かんでくる。しかし、ネットで検索しても、書棚のそれらしい本をひっくり返しても出てこない。ダルトン・トランボは、バスタブに浸かってシナリオを書くので有名だった。だから、そんな写真を撮らせたのだ。

ダルトン・トランボのエピソードを知っていたから、後年、「ローラ殺人事件」(1944年)を見たときに、登場人物のひとりであるコラムニストがバスタブに浸かりながらタイプライターを打っているのを見てニヤリとした。「ローラ殺人事件」は、美人女優ジーン・ティアニーを見せるための映画である。昔は、女優を見せるための映画はふんだんにあった。

しかし、ローラ(ジーン・ティアニー)は最初から死んでいる。それも散弾銃で頭を吹っ飛ばされたという設定だ。もちろん60年前の品格のあるハリウッド映画だから、血まみれのシーンは出てこない。当時の観客には、ジーン・ティアニー演じるヒロインが、そんな殺され方をしたと語られるだけでショックだったに違いない。

だから、探偵役の刑事(ダナ・アンドリュース)は、アパートメントのリビングルームの壁に掛けられたローラの肖像を見て彼女の美しさを知る。彼は、その肖像のローラに恋をするが、生きているローラを知っているわけではない。彼はコラムニストや他の人間たちの証言によって、生きていた頃の彼女を甦らせていく。その証言の中のローラを、美しいジーン・ティアニーが演じている。

コラムニストを演じたのは、演劇界で活躍していたクリフトン・ウェブだ。この作品で初めて映画に出演し、アカデミー助演男優賞にノミネートされた。確かに「ローラ殺人事件」を思い出すと、クリフトン・ウェブの気取ったコラムニストが目に浮かぶ。バスタブで原稿を書きながら、刑事の質問に答える姿が甦ってくる。50代半ばのスクリーンデビューは遅いが、この後、他の作品でアカデミー主演男優賞にもノミネートされた。

さすがに、僕は半身浴をしながらパソコンのキーボードを打とうとは思わない。電子機器に水気は禁物である。しかし、リラックスした状態で書いた原稿は、いつもとは違うのではないかと期待する気持もある。防水のパソコンとキーボードがあれば、バスルームに持ち込んでみたいものだ。どこかのメーカーで作ってくれないだろうか。

ちなみに、半身浴をしながら「雑誌の王様 評伝・清水達夫と平凡出版とマガジンハウス」を読んでいるときに、僕の40年近い出版社勤務の思い出がいろいろと甦ってきた。もちろん僕の会社と平凡出版(現マガジンハウス)では比べものにならないし、経費も給料も働き方も天と地ほどの差があるけれど、雑誌を作るうえでは同じようなことがあるのだなあ、と実感した。

クリエイトする人間(彼らが甘いのは確かだが)と組織的論理(利潤追求や人事、組合活動など)がぶつかるのは、どんな出版社でも同じである。人が集まれば対立があり、派閥が生まれ、権力闘争が起こる。雑誌に対する考え方だって千差万別だ。売れれば認められるという単純な世界ではない。幸い、僕は何とか生き延びてきたけれど...

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951 >

先日、元日本冒険小説協会の人たちと再会した。亡くなった会長こと内藤陳さんの聖誕祭が2年ぶりに内輪で開かれたからだ。2年前の聖誕祭で会長に会ったのが最後になったけれど、あのときのことは鮮明に甦る。あの夜、大沢在昌さんと数年ぶりに再会し、「お痩せになりましたね」と言われたなあ。

●長編ミステリ三作が「キンドルストア(キンドル版)」「楽天電子書籍(コボ版)」などで出ています/以下はPC版
< http://forkn.jp/book/3701/ > 黄色い玩具の鳥
< http://forkn.jp/book/3702/ > 愚者の夜・賢者の朝
< http://forkn.jp/book/3707/ > 太陽が溶けてゆく海

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