デジタルちゃいろ[39]じっと手を見る
── browneyes ──

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陽が西に傾きかける少し前に、シーズンの終わった浜に向かい、ぼんやりする。シーズンオフにしては意外に人がいた。親子連れもいる。大人に連れられて、揃いのドングリ帽を被った幼児の集団も波打ち際にいる。

働けど働けど我が......おっと、これ以上続けると現実と目が合ってしまいそうなのでもうやめておこう。じっと手を見る。

ワタシは若いらしい。実年齢ではなく、見た目年齢の話だ。同世代に比べるとはるかに若く見えると言われ続けていた。若い頃から常に、実年齢より若く見られていた。

童顔配置な顔のパーツも去ることながら、肌も年齢相応よりは若いらしい。化粧も、基礎化粧すらしないのと代謝がやたらによい(要するに万年汗っかき)なのが幸いしているのかもしれない。

そんな自分の手でも老いる。どこがどう、と、明確には言えないのだが、確実に、そして少しずつ老いの手袋を纏ってきているのが見て取れる。

小娘だった頃から、老いた女性の手をしげしげと眺めるコトが何度もあった気がする。考えてみると、意識的に着目してきたつもりはないのだが、老若男女、人の手を眺めるのが好きなのかもしれない。




老いた人の手の持つ老いた印、とはなんなのだろう。シミ? シミは確かに目だつが、そこまで明快なものではない。皮膚の、若い人とは違った、独特の「透明感」がいつも目に付いていた。透明感、というのは間違った表現かもしれない。決して若い人の潤いを持った張りの作る透明感ではない。

若い皮膚ならば内部の血色が透けて色づくところが、老いた皮膚はそういう生命を感じさせるものを透過しなくなり、やや白く、または黄色っぽくくすんで濁った、薄ゴムのような、蝋人形のような透明感になる。むしろ半透明感という感じなのかな。

じっと見つめている、この自分の手の甲にも、そんな半透明の膜が少しずつ折り重りはじめてきているのを感じる。気のせいではない。手の甲に少し皺を寄せてみると、明らかに在りし日の自分の手の甲とは違う。

この半透明の膜はそのうち、手の動きに合わせて常にどこかしらに現われる細かい皺を、正確に表現出来ない程度に厚みを増し、大雑把な皺として深く刻み込んでいくのだろう。

自分の内と外界との隔たりがほんの少し増したのに、はじめて外から目視で気づいた気がする。いつからだろう。この膜はこれからも、少しずつ少しずつ厚みを増していくんだろう。

若い頃も、年老いた他人の手を醜いと嫌って見ていた訳では、多分、ない。あれがいいとか悪いとか、そういう選択肢自体が当時の自分には、発想としてなかったように思う。そう、なんとなく蝋人形のようだな、と、それが不思議でつい見つめていたのだ。

そして、選択肢の発想があろうがなかろうが、知らぬ間に自分のターンがやってきていただけなのだろう。正直に言うと、選択しないつもりもなかったけれど、選択するつもりもなかったので、多少の戸惑いは覚えるが、現実を否定してもいたずらにみじめな気分になるだけなので受け入れる。

そう、元々ワタシの人生の目標はイケてるばあちゃんになることなので、老いは折り込み済みな訳だ。さて、ここで中間報告をするとしたらどうなのだろう。イケてるばあちゃん達成プロジェクトまでの進捗は順調なのだろうか。明確な「納期」もわからないので進捗も曖昧模糊だ。

しかし、若く見られ続けたが、正直、それで明確に得をした感覚は薄い。声は低めで落ち着いているように聞こえるらしく、電話だけでのやりとりがメインだったキャスティングコーディネイター兼デスクマネージャーだった頃は、互いに顔も見たことのない取引先の担当者からの信頼も厚かった。

が、ある日、営業兼務の社長の体がどうしても空かず、代理で書類を持参した。一年以上多大な信頼を持ってやりとりをしていた相手の信頼感が、その日以来、薄くなり、それまで不要だった無駄な確認指示が来るようになる。信頼担保はなくなった。

実績より見た目が信頼感には優先されるらしい。実績があってもこれなので、ない場合は当然のように、信頼に足らない頼りない人物という第一印象を与えるようだ。勿論、常にではないけれど。


沖に目をやる。今日は波除けのテトラポットがいつになく海面に沈んでいる。波に殆どを呑み込まれんばかりだ。潮位表を調べてみる。そうか、新月が終わったばかり。この日この時間は期せずして大潮の満潮時間。波は確かに大きいが、荒々しさは感じない。嫌いじゃない。

繰り返し繰り返し寄せては返す波をじっと眺め続ける。引き波に負けて早いうちに砕ける高めの波が続いたかと思うと、引き波も乗り越える高めの波が続く。その後暫くは立ち上がらないまま浜まで行ったり来たりのモタモタした波が続く。そんなパターンがランダムに繰り返されている。

リーチが長いのは引き波も呑み込んでするすると浜に至る波のようだ。あそこに転がっている空き缶が波にさらわれたら帰ろうか。陽も大分傾いた。心持ち肌寒くなってくる。じっと手を見る。

掌の皮膚は独特だ。それなりの厚みを持ちつつ敏感で柔らかい。白人でも黒人でも掌の色素は薄い。考えてみたら人間だけでなく、動物でも掌に当たる部分には独特の皮膚がついていることが多い。

大分昔に大往生を向かえた愛猫は動物病院が大嫌いだった。連れて行くと、診察台がぐっしょり濡れる。恐怖で失禁でもしてるのかと思っていたが、どうも四肢を置いた所から濡れるのでいつも不思議だった。獣医さんに聞いたところ、緊張による汗なのだそう。そう、動物でも手に汗握るのだ。

手の甲とは異なり、掌は年齢と共に皮膚が薄くなってきている気がする。主に指先。元々得意ではないのだが、素手で熱いものを持つのに難儀するコトが最近続いていた。たまたまかもしれないけれど。

その上、数年前から洗剤負けをしてしまうようになった。美容師さんや飲食店の調理場で働く人に比べたら、はるかに洗剤に触れる機会は少ないと思うのだが、素手で日に二度の食器を洗う程度で、掌全体が水疱でブヨブヨになってしまうようになった。

仕方がないのでキッチン用ゴム手袋を使い始める。探せばイマドキはかなり素手感覚に近い薄さとしっかりさを兼ね備えたゴム手袋があるようだ。とはいえ、食器洗いの前後に一手間増えてしまったのは煩わしい。

これは年齢由来か個体差なのかわからない。恐らく後者だろう。なんとなくだが、ストレス的なものを掌が一手に引き受けてる気がしないでもない。

年齢とか若さとか老いってなんなんだろう。経年の跡を刻みつつある手をじっと見つめながら散漫に考え込む。

ワタシが目を離している隙に波が空き缶を突っついたらしい。が、満潮になりきってしまったのか、浚うには至らず、波は空き缶に届かない少し向こうで行ったり来たりを繰り返すばかりになった。空の藍色も濃くなってきた。そろそろ帰るとしよう。くたびれて束の間逃避してた忙しい日常に。

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■今回のどこかの国の音楽

□Fally Ipupa "Toi Et Moi"
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今回紹介の曲はスークース、もしくはリンガラ、コンゴルンバ(現地ではただの「ルンバ」だったりもする)などと呼ばれる、キューバのルンバ由来でコンゴ(旧ザイール)で派生した音楽ジャンル。

60年代頃から本格的に盛んになって、広範囲なアフリカ各所にも飛び火して影響を与え、今でもまだまだポピュラー。

Fallyは、スークース界のサブちゃん(言いすぎかな、そうでもない)的な大御所Koffi Olomideのお付きバンドで10年近く下積みをし、お付きバンド時代から若くしてかなりの大抜擢をされ、2006年に独立、といういわばスークース界の若きプリンス。

ソロデビュー以降、アフリカ各地・全土の各アワードなどで続々各賞を受賞しておるようです。アフリカ各地のライブはもとより、移民の多いフランスでも、すごい黄色い声が飛び交います。

ダンスがまた独特で、基本は腰クネクネな割にすごい難易度高そう。実際真似を試みても、他のアフリカの尻中心のダンスより全くついて行けないし、長時間スクワットかと思う足腰使い。そして一見、優男風なのにFallyは「最もセクシーなダンスをする男」などとも言われてます。

歌い手を中心に、男女それぞれ複数のダンサーを従え、合いの手雄叫び担当のシンガーも数名従えて、かなりの大所帯なのですよね。ある意味、南亜細亜映画の群舞っぽいかも。

一曲あたりが結構長くて、気持ちよくどんどん転調していくのですが、曲に合わせて振りも一斉にどんどん変っていくのでライブとか、壮観です。

以下はコンゴのラッパーさんとのフィーチャリングでいい具合にイマドキ風。この曲では数年前にMTV Africaの大きめなアワードで二部門受賞したようです。

□Fally Ipupa "La Jungle"
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【browneyes】 dc@browneyes.in

生業:アパレル屋→本屋→キャスティング屋→ウェブ屋&行政書士補助者などをしつつなんでも屋(←いまここ)。
ライフワーク:なんでもない日常のスナップ。
□立ち寄り先一覧 < http://start.io/browneyes
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□デジタルちゃいろ:今回のどこかの国の音楽プレイリストまとめ
└< http://j.mp/xA0gHF
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iPhoneを4から5sに変えました。二階級...いや、三階級特進だと感激もひとしおですね。今まではSiriもLTEも無縁な世界だったので、今更近未来感を楽しんでます。

あとはiSightなるカメラが期待以上だったかも。カラフル廉価な5cとちょっと迷いましたが、カメラのグレードアップぷりからすると、今から買うならやっぱり中身が5の5cよりは5sで正解かも。