映画と夜と音楽と...[606]プロであり続ける厳しさを知る
── 十河 進 ──

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〈PARKER・パーカー〉

ジェイソン・ステイサム主演の「PARKER/パーカー」(2013年)を見たら、「悪党パーカー」シリーズを読みたくなって、昔買ったままで読めなかった新シリーズの文庫を取り出した。前シリーズは、16作目の大作「殺戮の月」(1974年)で終わっている。そのシリーズはすべて読んでいたが、23年ぶりに復活した「悪党パーカー/エンジェル(COMEBACK)」(1997年)は買ったまま読んでいなかったのだ。

「悪党パーカー/エンジェル」の邦訳が出たのは、もう20世紀末のことになってしまった。久しぶりに第一作目の「悪党パーカー/人狩り」(1962年)がメル・ギブソン主演で「ペイバック」(1999年)として映画化され、その公開の少し前に早川文庫で翻訳が出たのだ。映画化の話がシリーズ再開のきっかけになったのかどうかはわからない。それから四作が翻訳された。

しかし、新シリーズで僕が持っているのは、2作目の「悪党パーカー/ターゲット(BACKFLASH)」までで、「エンジェル」をすぐに読み終わり、なぜ昔は読めなかったのか不思議に思いながら「ターゲット」に入り、それもすぐに読み終わりそうになったから、アマゾンでその後の本が入手できないか調べてみた。

しかし、アマゾンで新刊は出ておらず、中古品は高値が付いていた。キンドルの電子本も出ていない。新シリーズは「悪党パーカー・地獄の分け前(FLASHFIRE)」「悪党パーカー・電子の要塞(FIREBREAK)」まで翻訳された。その後、「BREAKOUT」があり、別に2作ほどあるらしいが、作者リチャード・スターク(ドナルド・E・ウェストレイク)の死で終了した。原題を見ればわかるように、タイトルは「単語のしりとり」になっている。




今頃になって急に読みたくなった僕が悪いのだけど、絶版になっているということはあまり売れなかったのだろうか。仕方がないので、「ターゲット」を読み終わったら旧作を読もうと思い、書棚を探したらポケットミステリで8冊、角川文庫と早川文庫で9冊並んでいた。中期の「裏切りのコイン」「怒りの追跡」「漆黒のダイヤ」「標的はイーグル」の4作は、初期のものに比べるとあまり記憶がない。おそらく、遅れて翻訳されたからだ。

「裏切りのコイン」は、それまで行きずりの女としか関係を持たなかったパーカーが、パートナーになるクレアと初めて出会った作品である。以後、クレアはパーカーが帰る家を守る女としてレギュラーになる。ステイサムの「PARKER/パーカー」でも、クレアは重要なキャラクターで出てきた。愛するクレアがいるから、パーカーはジェニファー・ロペスが演じる不動産会社のレスリーが秋波を送ってもまったく応じない。

「PARKER/パーカー」は、新シリーズの「地獄の分け前」が原作になっている。僕が入手できなかった作品だ。うーん、読みたい...と改めて思うが、話そのものに新味はない。パーカーはプロの強盗だから自ずとストーリーは限定される。強盗を計画し、実行し、金をつかむと仲間の裏切りが起こる。パーカーは自分の取り分を取り戻すまで、相手が誰であろうと反撃を続ける。このパターンは、一作目の「人狩り」から変わらない。

しかし、そんな制約の中でよく20作以上ものシリーズを書いたものだと感心する。リチャード・スタークことドナルド・E・ウェストレイクは多作で、様々なシリーズ(「ホットロック」のドートマンダーものなど)を書き、映画のシナリオも書いた。「殺しあい」「361 復讐する男」「その男キリイ」などのデビュー当時の作品では「ハードボイルドの新星」と言われた。僕が中学生の頃である。14歳の僕は夢中で読んだものだった。

僕より6歳ほど年上のテイラー・ハックフォード監督は、ドナルド・E・ウェストレイクの愛読者だったのではあるまいか。「愛と青春の旅立ち」(1982年)で初めて劇場映画を手がけ、前作が「Ray/レイ」(2004年)という人だから、「PARKER/パーカー」を監督したことが不思議だったのだが、映画の最後に「ドナルド・E・ウェストレイクに捧ぐ」とクレジットが出た。ウェストレイクは2008年に死んだ。

作者が死んだから「パーカー」という名前が初めて使えたのかもしれない。存命中、作者は「パーカー」という名前の使用権を誰にも与えなかったのだ。リー・マーヴィンが演じたのは「ウォーカー」、メル・ギブソンが演じたのは「ポーター」だった。誰も「パーカー」は使っていない。その他にパーカー役を演じたのは、ジム・ブラウン、ロバート・デュバルなどがいる。

●ジェイソン・ステイサムは現役のアクション・スターである

現在のハリウッドのアクション・スターとしては、ジェイソン・ステイサムがトップなのだろうか。筋肉は何とか保っているものの寄る年波には勝てないシルベスター・スタローンが、往年のアクション・スターを集めて制作した「エクステンダブルズ」(2010年)「エクステンダブルズ2」(2012年)でも、結局はジェイソン・ステイサムが中心になる展開だった。

スタローン、アーネスト・シュワルツネェネッガー、ドルフ・ラングレン、チャック・ノリス、ジャン=クロード・ヴァンダム、ブルース・ウィリスといった、80年代から90年代にかけてハリウッド映画でアクション・スターとして活躍した面々を集めて作った「エクステンダブルズ」だが、昔だったら出演料が高くなり過ぎて不可能だったに違いない。ここに、スティーブン・セガール(まだ現役です)が加わったら満願である。

日本で、高倉健、菅原文太、小林旭、高橋英樹、渡哲也たちを集めて、任侠映画を作るようなものである。そんな映画は昔の観客の頬をゆるませるパロディにしかならないのだが、それでもスタローンたちは楽しそうに演じている。今でも僕は憶えている。「ランボー・怒りの脱出」(1985年)で若く精悍なランボーの案内役をつとめた東洋人女性コーが、「YOU ARE NOT EXPENDABLE(あなたは捨て石じゃない)」と言ったときの表情を・・・。

それは、北ベトナムの捕虜収容所に潜入するときに、ランボーが言った「おれは捨て石だ」という言葉への返答だった。あの映画で最も印象に残るセリフである。スタローンが「エクステンダブルズ」を作ったとき、僕は真っ先にそれを思い出した。スタローンにとっても大事なセリフなのだろう。僕は「ランボー・怒りの脱出」で、ランボーを助けて死んでいく東洋人女性コーがとても好きだった。

「エクステンダブルズ」でのジェイソン・ステイサムは、御大たちの中の若造という感じもあり最初は目立たないのだが、アクションの切れ味はさすがに現役で動きがシャープである。僕としては、ジェイソン・ステイサムはあまり好みの俳優ではなかったのだけれど、数年前に「エンステンダブルズ」を見て初めて彼を認める気になった。

もっとも、ジェイソン・ステイサムの主演作をじっくり見たのは「PARKER/パーカー」が初めて。派手なシーンはないが、伝統的犯罪映画の流れを受け継ぐ切れ味のいい作品になっていた。ユーモラスなシーンを挟み、観客の息抜き場所も作っている。緩急自在である。最近見た「アルゴ」(2012年)は2時間まったく息を抜けず、見ているのが辛かった。緊張感に耐えられず、途中で見るのをやめようかと思った。

その点、テイラー・ハックフォード監督の手腕は手慣れている。「ウェルメイドな犯罪映画」である。職人技だ。僕はこの人の作品では、前出の二作の他に「熱き愛に時は流れて」(1988年)が好きだ。あまり話題にならない(タイトルを口にするのが恥ずかしい)けれど、デニス・クエイドとジェシカ・ラングが演じたカップルの大学時代から始まる数10年を描き、忘れがたい。アーウィン・ショーの短編「80ヤード独走」を連想させる。

●パーカーは強盗にも道義を求めるプロフェッショナルだった

スクリーンいっぱいに空が映っている。横長のスクリーンの片隅から、クレーンのようなものがフレームインする。よく見ると遊園地の遊具だ。空中をスクリュー回転する最新の遊具である。それらがいくつか映り、遊園地のシーンになる。大勢の客が現金でチケットを買っていく。その少額紙幣がまとめられていくのを、チケット売場で観察している神父がいる。神父もチケットを買い、遊園地に入る。

クラウンがふたり、金庫室の床下に入り込もうとしている。チンピラ風の男がフラフラと歩いている。銀髪でメガネをかけた神父が空を見上げると、クラウンが持っていた風船の束が空に浮かび上がっている。どんどん空へ上がっている。それが何かの合図らしい。神父がチンピラ風の男の名を呼び注意を促す。救急車を運転している黒人が、車の移動を始める。

このタイトルバックのシーンでゾクゾクするのは、かなり犯罪映画を見慣れた人かもしれない。ドン・シーゲル監督、ウォルター・マッソー主演「突破口」(1973年)では、田舎町の銀行の前に脚をギブスで覆った老人が妻の運転で乗り付け、「そこは駐車禁止ですよ」と保安官に注意されるところから始まる。そのオープニングだけで僕はゾクゾクした。最初のシークェンスで、観客の心を鷲掴みにする。

「PARKER/パーカー」は現代の強盗だから金庫室に押し入るとすぐにやるのは、警備員に映像を消去する暗証番号を聞き出し、防犯映像を消してしまうことである。それから、全員の携帯電話を取り上げる。その後は、昔と変わらない。バーナーでロッカーを焼き切り、現金をバッグに詰める。ショットガンを構えたふたりのクラウンが人質たちを床に腹這いにさせている。

面白いのは、恐怖と緊張のあまり警備員が過呼吸になり痙攣を起こしたとき、クラウンたちがあくまで「立ち上がるな」と脅そうとするのを抑え、神父姿のパーカーが精神科医のように話しかけ落ち着かせることだ。警備員は本物の神父になだめられたように静かになる。パーカーは、「従えば殺さない」と強調する。最近のアメリカの強盗とは違うのだと主張したいようだった。

彼らは逃亡するときに騒ぎを起こすために、家畜のいる場所の裏に放火することになっていた。しかし、フラフラしていたチンピラ風の男はその場所へいけず、人々がダンスを踊っているテントの裏に放火する。その近くにガスボンベがあり、爆発が起きる。神父のコスチュームを脱ぎ、カツラとメガネを外したパーカーがその火事を気に入らない表情で見つめる。

車を乗り換える場所で落ち合ったとき、パーカーは放火を担当したチンピラ風の男を殴りつけ、「家畜小屋の裏に火をつけろと言ったはずだ。人が死ねば警察は熱くなる」と怒鳴りつける。パーカーは、遊園地の客が死んだことが気になるのではない。無駄な人殺しをしたことが、それによって警察が事件を解決しようと熱心になることが気に入らないのだ。そんなこともわからない奴はプロじゃない。

「悪党パーカー」が面白いのは、パーカーが強盗を自分の職業として認識していることである。プロフェッショナルな強盗。どんな仕事にもルールや決まりがあり、目的に対する効率的な手段がある。知識と経験も必要だ。強盗も同じである。必要なら人も殺すが、意味のない殺しはしない。盗んだ金は全員で分ける。分けたら次の仕事まで会うことはない。縁があれば、いつか別の仕事で会うこともあるだろう。それが、パーカーのスタンスだ。

パーカーは逃亡する車の中で、奪った金を元手に次の大きな仕事をしないか、と持ちかけられる。パーカー以外の4人は同意しているという。パーカーは自分の取り分20万ドルをよこせ、と主張する。彼らはパーカーの分け前も次の大仕事に必要だ、とパーカーを殺そうとする。撃たれ車から飛び出したパーカーは、瀕死の状態で農夫に救われる。だが、病院で手当され目覚めたパーカーは、警察がくる前に逃げ出す。

●プロたちが互いに信頼しあって成し遂げる仕事

プロフェッショナルな人たちを見ていると、本当に気持ちがいい。ひとつの仕事に精通し、どうやれば最も効率的にクオリティの高い仕事ができるかと彼らは考えている。いや、長い間に身についてしまうのだろう。考えなくても躯が動く。彼らは、誰にも頼らない。己ひとりの経験と才覚で仕事をこなしていく。結果が悪ければ自分の責任だ。次の仕事では、その失敗を乗り越えようとする。そうして、己の腕を磨いてきた。

組織にいると、なかなかそういうプロフェッショナルは育たない。組織に依存する。責任を、組織あるいは他のスタッフに転嫁する。自分で努力しなくても毎月給料が出るのなら、楽して手を抜いた方が得だと考える。嫌いな仕事はしたくないと放棄する。僕の会社にいたそんな人に「会社辞めないの?」と訊いたら、「ぬるま湯出たら風邪引くからね」と答えた。若いときから「休まず、遅れず、働かず」を標榜していた人だった。

強盗の世界も同じなのかもしれない。パーカーと組んだ4人のリーダーは、シカゴ・マフィアと密接な関係がある男だった。放火を担当したチンピラ風の男は、シカゴ・マフィアのボスの甥だったのだ。彼は、そのことをひけらかすようなバカである。虎の威を借る狐どころか、イタチくらいの脳味噌しかない。組織の威光を笠に着る(勤め人の世界だと名刺と肩書きで仕事をする)アマチュアである。

元々が一匹狼のパーカーとは考え方が違うのだ。しかし、パーカーに仕事の情報をもたらせた昔なじみ(70を越えたニック・ノルティが演じていた)は、「マフィアに刃向かっても勝ち目はない」と諭すが、パーカーはプロのルールを破った奴らには落とし前をつけさせると一歩も引かない。「金は奴らから返してもらう。それが道義だ」と言う。「道義か...」と反応した昔なじみにパーカーは言う。

──仕事では信頼が大切だ。相手の非礼(裏切り)を許せば、秩序がなくなる。

異議ナシ。プロフェッショナル同士が信頼しあって、ひとつの成果物が完成する。大工さんが家の土台から骨組みを造り、左官屋さんが壁を塗る。タイル屋さんがタイルを貼り、水道屋さんが水道を引き水まわりを整える。経師屋さんが襖や障子を貼り、畳屋さんが畳を敷き詰める。ガラス屋さんが窓を入れ、電気屋さんが電気を引いて、家ができあがる。ひとりでも手抜きをすれば、その家造りに携わったすべての人たちが信頼を失う。犯罪計画だって同じこと。そうは思いませんか?

【そごう・すすむ】sogo1951@gmail.com < http://twitter.com/sogo1951
>

「悪党パーカー/地獄の分け前」「悪党パーカー/電子の要塞」は、図書館で検索したら出てきたのでリクエストしました。「悪党パーカー」シリーズが図書館にあるという発想が...でした。リチャード・スタークで検索したらすべて出てきたので、ちょっとビックリ。図書館は素晴らしい。

●長編ミステリ三作が「キンドルストア(キンドル版)」「楽天電子書籍(コボ版)」などで出ています/以下はPC版
< http://forkn.jp/book/3701/
> 黄色い玩具の鳥
< http://forkn.jp/book/3702/
> 愚者の夜・賢者の朝
< http://forkn.jp/book/3707/
> 太陽が溶けてゆく海

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