[3575] カメラ=万年筆

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《YouTubeのCMやめてくれー!》

■ユーレカの日々[27]
 カメラ=万年筆
 まつむらまきお

■グラフィック薄氷大魔王[365]
 「データ通信量の7GB制限!」他、小ネタ集
 吉井 宏




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■ユーレカの日々[27]
カメラ=万年筆

まつむらまきお
< http://bn.dgcr.com/archives/20131030140200.html >
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先日、実家の片付けをしていたら、古いコダックのカメラが出てきた。「KODAK INSTAMATIC 33」という、40年も昔のコンパクトカメラだ。小学校の頃に買ってもらったそのカメラはカートリッジ式のフィルムを使うパンフォーカスカメラ。要は子どもでも扱える、今でいうトイカメラのようなモノだ。

たしか散々ねだって、ようやく誕生日に買ってもらったのだと思う。はじめての自分専用の「記録装置」に夢中で、さんざんシャッターを切った。とは言っても、フィルムの入っていない「空(カラ)フィルム」だ。

フィルムはとても高価で、特別な時にしか買ってもらえなかったし、撮影してもそれが見れるのは現像から戻ってくる数日後。なので、何を撮影したのかは憶えていないし、実際に撮影したのは100枚にも満たないと思う。

あれから40年。フィルムカメラの時代からデジタルへ。撮影コストがかからなくなったおかげで、写真を撮ることは随分と身近になった。iPhotoを見てみたら、過去一年間で4000枚ほどの写真を撮影している。一枚撮影するのにも慎重だった40年前と比べると雲泥の差だ。

さらにここ数年では、写真はスマートフォンの様々な機能と連携することで、思いもよらない進化を遂げてきた。中でも革命的だったのがInstagramだろう。撮影し、加工し、発表・閲覧するすべてがパッケージ化されたこのサービスは、世界中で愛される大ヒットとなった。実際、僕自身もInstagramではじめて、写真の面白さを知ったように思う。

それまで、自分で撮影する写真は旅行などの記録であったり、絵を描くための資料的なものがほとんどで、作品として飾っておくような写真とは縁遠かった。それがInstagramだとセンスのいいフィルタのおかげで、気の利いたオシャレな仕上がりが手軽に楽しめる。投稿する仕組みのおかげで気軽に発表ができる。人の作品を見る楽しみもある。

この一連の行為は、昔であれば大変な労力だった。撮影し、現像し、会場を探し、案内状を出して自分の個展を開いたり、友人の個展を訪れる。それと同じような事が、手の中のiPhone一台でできてしまう。大げさな言い方をすれば、Instagramによって写真ははじめて、だれにでも楽しめる文化になったのだと思う。

●立体写真カメラアプリ「seene」

スマートフォンにはInstagram以外にも、面白いカメラアプリはたくさんある。シンメトリーに撮れるカメラ、版画や絵画風になるカメラなど、様々なアイデアのカメラアプリがリリースされているが、最近出たiPhoneのアプリ「Seene」は、これまでの写真とはまったく違う、とびきりのアイデアだ。

「Seene」は一言で言えば立体写真カメラ。立体写真といえば、ステレオペアによる、立体視が思い浮かぶ。3D映画も、3Dカメラも、どれも視差を使った、立体視方式。しかしSeeneの「立体」は、ステレオペアではない。写真を「立体データ」化してしまうというシロモノだ。

まずは撮影。シャッターを切ったあと、ゆっくりとカメラを上下左右に動かす。水平移動ではなく、対象物を巻き込むように移動させるのがポイントだ。画面上の4方向のサインがすべてグリーンになったら計測終了。数秒で写真が立体化される。

立体として見るのは、iPhoneを傾ける。そうすると、まるで手の中にその物体があるかのように、立体的に見えるのだ。

開発元プロモーションビデオ
< >

Seene(itunes store/無料)
< https://itunes.apple.com/jp/app/seene/id698878590?mt=8 >

どのような仕組みかというと、どうやら輪郭上の複数のポイントを検知し、カメラを傾けることによって三角測量の要領で奥行きを計測、レリーフ状の3D立体を作ってそこに、最初シャッターを切った時に撮影した写真をマッピングしているようだ。

レリーフ状なので真横や裏から見る、というわけにはいかないが、結構な奥行き感が得られる。状況によっては、立体が変になる場合もあるが、コツがわかってくると、奥行きを強調した撮影もできるようになる。この過程がまた、面白い。

これで撮影した立体写真はwebブラウザでも見ることはできるが、マウス操作で傾く程度。iPhoneと同じデータのはずなのに、立体感が随分違う。

まつむらが撮影した、Kodak INSTAMATIC 33
< http://seene.co/s/UMsxFr >
(Google ChromeもしくはFirefoxでないと見れません)

手の傾きでオブジェクトも傾く、という体験が立体としての認識を高めているのだろうか。Seeneの画面に写るものは平面写真に過ぎない。動かしたところで、ビデオで物体を回り込むように撮影しているのと変わりないのだが、手の動きにあわせてそちら側に「回り込む」ことができるだけで、自然に立体感を感じることができる。とても不思議な感覚だ。

撮影したデータはInstagramと同様に、投稿できるようになって、世界中のユーザーが撮影した様々な立体写真が閲覧できる(僕は「makio」というユーザ名なので「Seene」を入れた人はぜひフォローしてください。こちらからもフォロー返します)。

●空間を撮るPhotosynth

Seeneでいろんなものを撮影してみたが、「モノの立体感」の表現は簡単にできるのに対し、空間の奥行き感の撮影は苦手だということがわかってきた。計測ポイントを画面の中心付近に取るためか、広い空間をうまく表現することができない。

広い空間を撮影するにはどうしたらいいか。パノラマ写真もいいが、Googleマップの「ストリートビュー」のような、360度見渡せるVR撮影が臨場感がある。「Photosynth」は、そんなVR撮影をiPhoneで簡単に行うことができるiPhoneのアプリだ。

Photosynth(iTunes store/無料)
< https://itunes.apple.com/jp/app/photosynth/id430065256 >

カメラを動かすだけで複数の写真を自動撮影、それがキレイに合成され、球面の内側にマッピングされる。

Photosynthで撮影したデータは再生時、指やマウスでスクロールするようになっていてそれだけでも楽しめるのだが、最近、Sphereという別のアプリで読み込めることがわかった。

Sphere(iTunes store)
< https://itunes.apple.com/jp/app/sphere-360-degree-panorama/id335671384?mt=8 >

SphereもVR写真を楽しむアプリだが、こちらには撮影機能はない。そのかわり、再生時にiPhoneやiPadを動かすと、VR空間のその方向が見れる。まるでカメラを覗いて風景を見ているように、違う場所、違う空間を疑似体験できる。Seeneと同様に、自分の動作で反応するだけで、空間感がぐんと増す。

webでのまつむら作例の閲覧
< https://www.thesphere.com/profile/203862 >

●世界を認識する不思議さ

SeeneやSphereで写真を見ていて、立体感や空間感、存在感というのはなんなんだろうと考えた。

SeeneやSphereで、画面に映っているのは立体でもなんでもない二次元画像だ。webで見ると、単に止まった画像で、とりたてて立体的に感じられるわけではない。にもかかわらず、iPhoneやiPadで、自分の動きにあわせて画像が動くことで、立体や奥行きをリアルに感じる。ステレオペアでもないのに、なぜ立体感を感じるのだろうか。

考えて見れば、普段写真を見ていても、「立体感がないなぁ」とか「空間が感じられないなぁ」なんて思うことはない。写真はそれだけでも立体感や空間が充分に伝えられる。3D映画を見てはじめて、今まで見ていた通常の映画が平面だったのに気がつくが、だからといって、普段平面の映画やテレビを見て「平面っぽいなぁ」とは思わない。

平面である写真には、立体や空間の情報はほとんど含まれていない。その証拠に、一枚の写真から3Dでその空間や立体を復元するのはほとんど不可能だ。

おそらく自分の体験の中から似た体験を参照し、脳内がそれを「立体」や「空
間」として補完しているのだろう。陰影が回り込んでいるのは、立体面だから。
近くのモノは大きくはっきり見え、遠くのものは小さく霞む。男性なら身長
170cmくらい。重なり合っている後ろのモノは見えない。

透視図法などの遠近法で描いたものがなぜ、立体に見えるのかといえば、似たような立体をすでに見ている経験があるからだ。どうやら、写真や絵を見て感じる存在感とは、自分の脳が補完していたのに過ぎないものらしい。

片目を閉じて歩いてみる。立体感や奥行き感は失われているはずだが、じゃあ、どこにモノがあって、どこに壁があるのかわからないか、といえば、それなりにわかる。自分が動けば、記憶の中で視差が生成され、立体を感じることができる。

つまり、人間は二つの目で立体を把握しているだけではなく、全身の運動すべての感覚と、それまでの体験の記憶を総動員して、「理解」しているのだ。SeeneやSphereが立体に感じられるのは、自分自身が動くことで、脳内で立体に変換し認識しているのだろう。

●進化する疑似体験

SeeneやSphereのようなテクノロジーが発達すれば、今以上に緻密でリアルな疑似体験が可能になる。撮影をステレオカメラや音波測定で行い、ジャイロを内蔵したヘッドマウントディスプレイで再生すれば、相当にリアルな体験が得られるはずだ。

実際にそういった製品は販売されており、FPSシューティングゲームなどで使われている。匂いや、温度、肌触りといった感覚は今はまだ記録・再現ができないが、それもやがて、手の中のスマートフォンで実現できるようになるのかもしれない。

1983年のSF映画「ブレインストーム」では、体験を記録し、他人が再生できる機械が出てくる。この映画で、開発当初は研究室一部屋もあった記録再生装置が、開発が進むことでヘッドフォン程度のサイズにまで小型化される様子が描かれていた。初代Macが発売される一年前に公開されたこの映画が描いた通りの未来がまさに今、実現していようとしている。

●究極の表現よりも、多様な表現

SeeneやSpheraで思うのは、ぼくたちの脳はほんのちょっとのことで、平面や空間を認識してしまうという、不思議さだ。

たとえばマンガ。

マンガを読む、という行為は、紙の上に描かれた複数の画像を眺めることだ。しかし、読んだ人間の脳内では、登場人物、空間、場面の印象が「実際の出来事」のように思い起こさせられる。考えてみれば不思議なことだ。

アニメであれば絵が動き、音も出る。色もついて光の表現もなされる。どれだけデフォルメされたキャラクターであっても、動きや効果で生きているように見える。

しかし、マンガは面すらない、モノクロの線画にすぎない。動いているわけでもなければ、音もでない。なのに、それを読む人はキャラクターを生きているように、その空間に自分が居るかのように感じることができる。

その証拠に、マンガがアニメや実写映画化されたとき、最初だれもが絵や声に違和感を感じる。読者それぞれの脳内で、異なる解釈がなされているから、映画という固定された解釈に違和感を感じるのだろう。

アニメや映像がどれだけ簡単に作れるようになっても、マンガという表現には、それ独自の表現の面白さがある。ある意味、これは「不自由さ」からくる、表現の工夫だ。

●カメラ=万年筆

そう考えると、SeeneやSphereを「面白い」と感じるのは、その疑似体験度の高さよりも、その手軽さと不自然さに秘密があるように思える。

立体が変な形になってしまったり、空間が欠落していたりする。ユーザのほとんどは、その未完成さを楽しんでいるようにも思える。不自然さの中で工夫することが、表現の面白さなのだ。

もし、映画「ブレインストーム」のように、だれでも体験を簡単に記録できるようになっては、映画やマンガのような、楽しさは生まれないのかもしれない。究極の疑似体験が一つだけあるよりも、3Dも写真も、マンガやや写真、絵、そういった表現の多様性こそが、世界を面白くしているのだ。

「カメラ=万年筆」という言葉がある。フランスの映画監督アレクサンドル・アストリュックの映画理論で、映画は映像や物語から次第に開放され、ペンのように、より身近で柔軟なものになっていく、という意味だ。

スマートフォンのカメラは、写真を万年筆のように、身近で柔軟なものにしてくれた。そして今や、立体や空間、体験までも、万年筆の気軽さで書き留めることができる。

さて、この万年筆でこれから何を書こうか。

【まつむら まきお/まんが家、イラストレーター・成安造形大学准教授】
< twitter:http://www.twitter.com/makio_matsumura >
< http://www.makion.net/ > < mailto:makio@makion.net >

iPhoneを4から5sに買い換えた。回線は速くなるわ、画面は広いわ、処理速度は爆速だわでとても快適。でも一番感動したのはiOS7.03にアップデートするとき、歯車のアイコンがぐるぐる廻ったこと(笑)
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■グラフィック薄氷大魔王[365]
「データ通信量の7GB制限!」他、小ネタ集

吉井 宏
< http://bn.dgcr.com/archives/20131030140100.html >
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●データ通信量の7GB制限!

実家作業ではXi(LTE)のモバイルWi-Fiを使ってる。繋がらないときや極端に遅い場合もあったりするけど、最近なんかやたら遅いなあ。回復を待ってたんだけど何日経っても異常に遅い。調べたら、「データ通信量7GB制限」があるのすっかり忘れてた!

通信量が7GBを越えると、電話回線並みの128kbpsに速度が制限されるのです。7GBっていうと相当なデータ量だろうけど、四六時中FacebookやYouTubeを見たり、仕事で大きなファイルをアップロードしたりしてるから、どんどんデータ量が増える。

一番マズかったのは、Dropboxをオンにしてたこと。何か作業中にセーブするたびに大きなデータ量を消費しちゃうのだ。う〜〜ん、128kbpsじゃ仕事的に実用にならない、どうしよう〜。ドコモのサポートに電話してみた。通信速度制限は翌月にならないと解除されないらしい。2600円払えば2GBを何度でも追加できるらしい。2GBをデータ容量気にしながらチビチビ使うのもねえ〜。

思い出した! そういえばスマホで「テザリング」が使えるのだった! スマホをモバイルWi-Fiとして使う機能。この機能、一瞬でもオンにするだけで、定額料金が何千円も跳ね上がると聞いてたので、今までこわくて一度も使ったことがなかったのでした。

背に腹はかえられぬってことで、テザリングをオンにしてみた(あれ? パスワード知らないぞ? と思ったら、自分で設定するのでした)。あっさり繋がった。快適〜!! 3G回線とはいえ、5Mbpsくらい出てる。実家の位置ではLTEが使えず自動代替として3Gになってるので速度は同じ。っていうか、モバイルWi-Fiより安定してる気がする。

なんだあ便利じゃん! 予備バッテリーを用意する必要はあるだろうけど、スマホを一個持ってればパソコンでもiPadでもネットできるとなれば、テザリングでぜんぜんオーケー。

ところで、実はテザリングを使い始めてしばらく、かなり心配だったのでした。スマホはデータ定額になってるとはいえ、何かの間違いで定額がはずれてて、パケット代が何10万円になったらどうしよう。いや、すでに数100MBくらい使ったから何100万? いわゆるパケ死・・・。

今さらながらMy docomoに登録して現在の料金を確認してみた。はーーーー。よかった。ホッとした。ちゃんと定額になってた。容量制限なしにこの通信速度でいくらでも使い放題なら、3Gでぜんぜんいいや。

●新しいモレスキン

紙のノート自体を「使いこなす」のを完全に諦めてる割に、三冊セットの薄いモレスキンのカイエノートを使ってた。すぐ散逸してしまうペラメモの代わりです。いつもペンを挟んだままバッグに放り込んでるからヨレヨレになってるけど、使用頻度がけっこう多くなって割と気に入ってた。

なのに! 一冊目の真ん中まで使ったところで「ガーン!」。後半のページにはミシン目がついてて切り取れるようになってるんだけど、ミシン目で紙の腰がグニッと折れる感じで使いづらい。何度も折り返してたらページがミシン目からちぎれてしまいそう。

このサイズのメモ帳はけっこう使えることがわかったので、硬い表紙の付いたまともなモレスキンを買っちゃったよ〜。こうやってまたペラ紙とメモ帳をループするんだろうな。

●YouTubeのCM

有料会員にしてもいいからCMやめてくれー! です。CM入れるなら5秒で完結するCM流してよ。5秒たったら飛ばしちゃうんだから不快感しか残らない。丸ごと一本飛ばせないCMも時々出るし。それか静止画のCMでもいいし。無料で使えて感謝はしてるから、罰ゲームにするのはやめて〜。

●地方で見るニュース

実家で作業中に台風のニュースなんかやってると、「東京は」「首都圏は」「東急○○線が」などなど、愛知県にゃ関係ないよなあって実感する。首都圏にちょっと大雨が降っただけで、テレビは大雨がどんだけすごかったかの話ばっかし。雪なんかだと特にひどい。雪の多い地方の人は頭来るだろうな。そんなの大雪のうちに入らん! みたいな。

【吉井 宏/イラストレーター】
HP < http://www.yoshii.com >
Blog < http://yoshii-blog.blogspot.com/ >

立体制作中でTwitterぜんぜんやってないもんだから、細かい話題に疎くなる。え? iPadの薄いのが出た? とか当日の夜に気がついたり。OSX Mavericksが無料アプグレだって〜〜! それどころか、今回の記事の一本として書いてあった「鉄道料金値上げ」が、最新ニュースを見てなかったために内容が古くなってしまい、ボツに〜〜w

・INTER-CULTUREの3Dプリント作品販売
< http://inter-culture.jp/Buy/products/list.php?category_id=63 >

・Cubifyの吉井ストア
< http://cubify.com/community/stores/yoshii_store.aspx >


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編集後記(10/30)

●歯医者さんに週一回通って、来週火曜日で五回目、それで今回の治療が終わる。一か月以上前に、この歯は中が痛んでいるかもしれないといわれた左上の奥歯を、再びレントゲン撮影してみた。前回は容疑ありながら放免、しかしながら今回は有罪が確定した。歯の内部が化膿しているとかで、最初の回は、削って患部を洗浄し(これがとびきり痛かった)薬を詰めて蓋をした。二回〜四回は神経を抜いたり、削ったりしているらしいが、なにをやっているのかわからない。麻酔も使わないが、とくに苦痛ではなかった。

それらの処置は一回で済ませられないものだったらしい。毎回時間はけっこうかかり、ちょっと不安でもあったが、センセイは「よし」「よし」と言いながらやっているので、うまくいっているだなと安心感がある。怯えていたが無事にすんだ。若い頃、会社のそばの歯科医は「なに? 痛え? おっかしいなあ、痛えわけねえんだけどなあ」と言いながら、ずいぶん痛い目にあわせてくれたものだ。当時、勤務時間中の歯科通いは黙認されていたのだから、なんとも寛大な会社であった。外出するときに書くホワイトボードには、「鹿」の一文字で洒落ていたわたし。

四回目は歯をだいぶ削ったらしい。そして、上と下の歯の型をとる。やわらかい合成樹脂を歯列の上にかぶせて、しばらく口をあけたまま硬化するのを待つ。吐き気がしそうだという不安があって、前からこのプロセスが大嫌いだった。そのことは助手さんも知っていて(変なところで有名人)型を入れたときは体勢を立ててくれて、励ましてもくれる。でも、かつてより硬化時間が早くなったみたいで、思ったより早く済んでホッとした。家で妻に報告したら、いい歳してそんなことを怖がるなんてバカじゃんと、心底あきれ顔だった。いやなものはいやなの。

次回、金属をかぶせて今回の工事は完了だ。もう痛いことはない。でも、きっと何か月後に歯石をとりに来なさいと言われるだろうな。いやだなあ。ところで、洗口液「リステリン・ナチュラルケア」を導入した。かつてリステリンなんとかというのを求めたが、口に含んだときのあまりの刺激(石油を口に入れたみたいな)に恐れをなし、一度試しただけで捨ててしまった。でも今回は、ノンアルコールの低刺激タイプで、天然由来の緑茶成分配合だという。口に含んで30秒のすすぎも苦にならない。あと味は悪いがすぐに慣れた。タイ製のこの液体、本当に効果あるのかな。(柴田)

< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00EZFWSOW/dgcrcom-22/ >
薬用リステリン ナチュラルケア


●続き。「聞いてますよ」と駅員さんは言って、引き出しを開けて何やら探し出した。訳のわからない私と友人。

「大阪駅から連絡がありまして」と、朝に渡した昼間割引きっぷを私に返しながら、その駅員さんは「今度から気をつけてくださいね」とぶっきらぼうに言った。頭を下げ、呆然としながら、とりあえずホームに向かう。その切符には、ある部分に黄色いマーカーが引かれていた。

先に事情を飲み込んだ友人が口を切った。「ちゃんと連絡があるものなんだ」「(残りの切符を取り出して、マーカーと同じ番号を確認し)同じセットという証明まで出来ているんだ」「もし現金で払っていたらどうなったんだろう、彼女自身はもういないんだし」「顔を知っている彼女はいないのに自己申告でいいの?」「もし勇気を出して(しつこいと思われるのを覚悟で)尋ねなかったら、あの切符はどうなったの? 返せないよね」

昼間特割きっぷのセットナンバーによって、私が嘘を言っていないことを証明できた。昼間特割きっぷの利益は、時短節約だけじゃなかった。落としたのが最後の一枚でなかったのも良かった。しかし世知辛い世の中になったものよのぅ。四角四面になっちゃった。のほほんした時代は終わったのね。切符を落とした私が悪いんだけどさ。大阪駅の駅員さんにも余計な連絡をさせて申し訳な
かったわ。 (hammer.mule)