ショート・ストーリーのKUNI[146]遺言
── ヤマシタクニコ ──

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「ご隠居さん、ご在宅ですか〜」

「これはこれは凸山さんやないか。何か用かいな」

「はい。ご隠居さんは年に似合わずパソコンが得意と聞きまして」

「年に似合わずは余計やがな。まあ得意というほどのもんでもないが、いちおう使うてる」

「それやったら折り入ってお願いしたいんですけど、『も』というものをご存じですか」

「も?」

「はい。実は、私の叔父が死にまして。私にも遺産がなんぼか入るらしいんです。ところが、遺産の有り場所とかパスワードとか、重要なことはパソコンで書いて保存してはったらしいです」

「ほー。きちんと準備してはったんやな。りっぱな人や」

「しかし、私も私の親戚も、パソコンのパの字も知らん人間ばっかりで。とりあえずみんなで寄り集まって三日三晩悩みながらやっとこさパソコンを立ち上げました」

「三日三晩。どうやったら立ち上げるのにそんなに時間がかかるのか知りたいものやな」

「はい。なにしろ叔父以外はパソコンと聞いただけでアレルギーを起こす家系でして、危険なので電気屋にも近寄らないようにしています。叔父だけが変わり者だったんです。くわしいことは知りませんが、何でも『わーど』とかいうあやしげなソフトも使っていたそうです。かなり変わってたようです」




「ふつうやと思うがな」

「そういうわけですので、パソコンなどとはできたら一生関わりを持ちたくないと思ってたんですが、遺産が入るかも知れんと思うと俄然やる気が出まして。一族みんな苦難に耐え、アレルギーにも耐え、三日三晩という短期間で立ち上げたのです」

「いや、短期間やないやろ」

「幸い、立ち上げたらすぐ目につくところに『遺言』と書いたものがありました。それをみんなで一日がかりで開きました」

「たいへんやな」

「そしたらこんなふうに書いてあったんです。

---------これを読まれる方へ。みなさんには生前大変お世話になりました。ありがとうございました。遺産についてはMOを見てください---------

というわけで、その『も』というのはどんなものかと思いまして」

「ああ、それは『も』ではなく『エムオー』というものじゃ。いまどき珍しいものを使っておられたのじゃな。えーと。このくらいの四角いもので厚みはせんべいくらい。表面はプラスチックのケースでおおわれておる。わしも長い間見てないので忘れたが」

「そうですか。ではせんべいくらいの厚みの四角いものでプラスチックのやつを探してみます」

一週間後。

「ご隠居さん。やっとMOが見つかりました」

「おお、それはよかった」

「ですが、みんなでじーっと、何時間見ても読めません」

「あたりまえやがな。これはMOドライブというものを使わなあかん。たぶんパソコンの本体にあるはずや。これが入るような口が開いてて、そこへ入れると勝手に読み取ってくれるようになってる。もしパソコンにそういう口がないときは外付けのMOドライブを買うように」

「そうですか。おかしいと思ってましたが、ではやってみます」

二週間後。

「ご隠居さん。やっとMOの中身が読めました」

「そうかそうか。ちょっと苦労したやろ」

「はい。叔父のパソコンにはやはりMOが入るところがありませんでした。さらに近所の店どこを探してもMOドライブなるものは置いてません。『いまどき何に使うんですか』とあやしまれるばかり。それでさる筋にひそかに手をまわし、非合法すれすれのところでなんとかブツを手に入れることができました」

「おおげさやろ。しかし、まあ遺産のあり場所はわかったんやな」

「ところがこんなふうに書いてありました。

---------これを読まれる方へ。最初に遺言を書いたときはMOが割と普及していたのですが、それから何年も経ち、『MOなんてもう古いよ』と人に言われました。なるほどそれもそうだと思い、USBに保存しなおしました。申し訳ありませんが、USBをごらんください---------

USBってどんなものなんでしょうか。たぶんカレーと関係あると思うんですが」

「それはSBや。USBはカレーと関係ない。USBは、うーん、いろんなかたちのものがあるけど、だいたいは短めのチューインガムくらいと思ったらええやろ。そこに情報が入ってる。それをパソコンに差し込めばよい」

さらにひと月後。

「ご隠居さん。USBが見つかりました。エビフライの形のUSBだったので苦労しました。で、見つかったのはいいんですが、どこへ差込んでいいのかわからず、コンセントからドアの鍵穴、壁の穴に貯金箱の口まで試してみました。おかげで日がかかりましたが、一族の総力を結集したおかげでなんとか読めました」

「よかったよかった。今度こそわかったんやな」

「ところがこんなふうに書いてあったんです。

---------これを読まれる方へ。せっかくUSBを買ったところ、別の人に『簡単に読まれては困るのだから、むしろUSBのように普及してるものではないほうがいいのではないか』と言われ、それもそうだと思い直しました。それでフロッピーディスクに」

「フロッピー?! そんなものに保存したのか。確かに、ある意味読み取るのがむずかしいともいえるが、いや......」

「いえ、まだ続いておりまして。

---------フロッピーディスクに保存しようかと思いましたが、さすがにメディアもドライブももう持ってないのでやめました。さて、いったい何に保存すればいいのでしょう。

DVDや外付けハードディスクも思い浮かべましたが、別の人には『そういうリムーバブルメディアも永久に安心とは限らない。数年でデータが消えることもあるんだよ。ふふふ』と言われ、私はますます悩みました。

どうすればいいんだ。いっそのこと紙に書いたほうが安全ではないのかと。そうだ。むかしの人はみんなそうしていたのだ。紙に書き、それをタイムカプセルに入れて埋めることにしよう---------」

「なんじゃそら」

「それで一族みんなで手分けして庭を掘り起こしました。もう大変です。庭中穴ぼこになりましたがそれでも見つからない。手で掘るには限界があるということで土建屋に重機の手配を頼み、いよいよガリガリとやり始めたところでふと、USBの文書に読み残しがあることに気づきました。

---------タイムカプセルに入れて埋めることにしよう。一度はそう決めましたが、さらに考えて気が変わりました。もっともっとむかしの人は紙にも書かなかった。古事記のむかしを思うがいい。人々は口伝えで情報を伝達したのです。そこで私もその方法をとることにしました。

私は遺産のあり場所とそれを開くためのパスワードを凸山凹助に教えました。大事なことだから、とだけ言って。本人がずっと覚えているかどうか何の保障もありませんが、それならそれでかまいません。何にでもリスクはあるものです。---------」

「ひょっとして凸山凹助とは」

「はい、私のことですが、まったく覚えていません。大事なことだから、とか何とかいわれたことも何にも覚えていません。しかし、このことを一族が知ったら私をあちこちに差し込んでみたり重機でバリバリと掘り起こすに違いありません。それで」

「うん?」

「USBのこの文章を内緒で削除する方法を教えてほしいんです...」

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買い物が苦手な私だが、ふとんがぺっちゃんこになってきたのでいよいよ買い替えねば、と毎日チラシを見たりネットショップをのぞいたり。おかげでふとんにもいろいろ種類があることがわかったが、わかればわかるほど迷うだけ。秋になったら買い替えよう、と夏から思っていたが、早くしないと冬になってしまいそうだよ・・・。