デジタルちゃいろ[40]自分改造月間来たる?/browneyes

投稿:  著者:  読了時間:13分(本文:約6,300文字)


11月はワタシの誕生月であります。

などという書き出しで書き始めたものの、残念なことにそれから派生して広がる話は、特にない。

とはいえ、敢えて言うならば、強いて言うならば、コレを軸に、非常に後付けながら、ここ最近の様々な習慣の変化について書くコトは出来そうだな、という浅はかさから出たノープランな冒頭文でした。

しかし上手に続ける術が及ばなかった。まぁいい、お構いなしに無理くり話を続けよう。

遅い遅い夏が終わり、あったのかなかったのか解らない秋も深まり、急激に冬のような変化を遂げた先月後半、地元の国保の健診に行ってきた。ごくごく最小構成パッケージがワンコインな検診。

会社員時代は、最新設備もしっかりと整ったITギョーカイの健保組合に会社丸ごと加入していたので、ほっといても年イチで年齢・性別を考慮した健診がフルパッケージで付いてきて、総務のおねいさんに予約のお膳立てまでしてもらっていた。

健診当日ともなれば、どんなに忙しくても、ブツクサ毒づきながら、渋々仕事の手を止め、健診に向う。今思えば贅沢の限りだ。

そんな上げ膳据え膳な会社員時代を終えてはや2年と半年。やっと行けたのはワンコイン健診。




いやいや、国保の健診も年齢・性別毎に様々な検診があって、毎年細かくお知らせは来てるのです。成人病しかり、婦人科系しかり、各種癌検診しかり。健診メニューはそれなりにしっかりある。如何せん、総務のおねいさん的な存在がどこにも居ないのがボトルネックなのかもしれない。

お知らせが来ただけでは、もうお膳立ては誰もしてくれない。ブツクサ言いながら行けばよい「当日」なんてぼんやりしていても来ないのだから、自分自身で予定しなきゃいけない。受動が能動に変わる。

あぁ、意外にそのハードルは高いのだ。何よりもそこが会社加入の民間健保組合と国保の替え難い大きな違いなのだ。

受診先は市内の複数の指定病院の中から選択する。考えてみれば当たり前なのだが、検査に使用される医療機器は各病院の自前なのだが、予約時点では考え至らず、安直に、午後やっていて近いところを選択した。

結果、ひなびた小さな町医者を選んだ(ほぼ)必然的な代償として、昭和感溢れる心電図の検査機に出くわした上に、機械の調子が悪かったらちょっと機械の角を殴る、みたいな昭和な検査を受けることとなる。

「えっ、えっ...?」というこちらの心配をよそに、ベテラン(?)看護師のおばちゃんは時折機械の角を叩きながら、とりとめのない話もしてくる。昨今の個人情報保護による指導は町医者にも入っているらしく、指導を受けて診察室と備品室の壁の作り替えをせざるを得なかったのだそうだ。

何故そんな話になったかというと、埃を被ったレトロな心電図の検査機器が置かれているのが、まさしくその備品室なので、要するに、ワタシ自身も件の備品室の片隅で半裸でレトロ心電図に繋がれているからだ。

どこで受診してもやることは同じなのであれば、極力新しい病院を目指すべきだった。来年からの教訓。

そんな嘆きはさておき、二年と半年ぶりに、健診結果を入手した。結果は概ね良好。多少、脂っぽいモノについての指摘はあるものの、主に内蔵系の健康については相変わらず自信を持ってよさそうだ。めでたしめでたし。

内臓系はさておき、実はワタシはかなり昔から体内時計は故障しっぱなしのようで、睡眠のリズムが世間とはズレてしまうコトが多い。

「コトが多い」というのは、平たく極端に言うと、ズレっぱなしとはいえ、それが仮に日に一時間ずつ遅れていくのであれば、24日(一周する期間)中の、約2/3くらいはズレがあってもなんとかなる時差だけど、約1/3くらいはどうしようもないズレとなってしまう。

計算しやすいように一時間と書いたが、実際は遅れ時間は一時間もないので、そのズレゆく周期もすごい長期間になるため、時折社会生活に支障が出る。

以前は何度か本気で専門病院の門を叩こうかと思いつつ、それには至らず、このやっかいな時計とももう長い間、完璧ではないながらにごまかしごまかし付き合ってる。

最近また世間との時差が最高潮にズレ込んで来はじめていた。が、ここの所、多少日々の作業が分量的にもルーティン的にも落ち着いてたコトもあり、なんとなく唐突に、実験かたがた色んな荒療治を試してみることに。

まずは、起きる時間だけ固定しきって、目覚めの習慣だけ定着させてみよう作戦。次に、体内時計にとことん正直にしてみよう、という試みで、本気で眠りたくなるまで起き続ける作戦。更には世間的に困ってしまう時間帯が活動時間帯になりかかったら、体内時計を無理くり進めてみちゃおう作戦。

結論:壊れてるからって、体内時計がコントロール出来ると思うなかれ! ......を痛感するに留まりましたw

次々試すに至った理由は勿論、どれもこれも体内時計を騙すには至れなかったからです。押しても引いてもダメ。まぁ、薄々そんなコトだろうとは、無意識で理解出来ていた気がします。

とはいえ、勤め人だったりすると、こんな実験、思い切って試してみたら即クビになるだけなので、今回確信持てるまでやってみて、それはそれでよかったと思いました。

......と、よかった点を無理くり挙げつつも、実際の弊害としては、荒療治のお陰で一時的に不眠状態にも陥ってしまい、圧倒的な睡眠不足にも関わらず、寝ようとすると眠れない、寝ても三時間で覚醒してしまう、といったかなり辛い日々を暫く送るハメに。

これだけ睡眠に問題を抱えているとは言っても、問題の質が全く異なるからか、基本的には不眠症のケは全くないので、眠剤のようなものも服用したことはほとんどないのですよね。あまりそういうのに頼りたい気持ちもないのです。上手に使ったらラクなのかもしれませんが。

今はもう落ち着いたのですが、久しぶりにお肌から思考回路までボロボロに。お肌は後から影響が来ちゃうので、完全回復まではもうちょっとかな。寝だめはどうやら効かないらしいですが、睡眠不足は蓄積されてくんだそうです。いや、睡眠、恐ろしい。

もうサイクルなんて世間に合わせなくてよいし、その状態を「あいつはダメなヤツ」と、間違った認識のまま後ろ指指したい人は指し続けてて戴いても結構なので、仕事に迷惑はかけない範囲でワタシは己の睡眠サイクルを守ります。今は周囲にも理解者が多そうなので、そう出来るのも幸せなコトですね、しみじみ。

そんな睡眠トラブル大騒動の最中、たまたま思いつきタイミングが重なってしまい、ブラりと禁煙にも入ってしまった。

なんでこの時期に、あれもこれも一辺に変化の流れになってしまったのか、寧ろ、一呼吸置いて順番に、と考えたってよかった気もするのだが、どれもこれも流れと勢い任せに同時進行が始まった。ワタシはバカなのか。

禁煙については、実は何度か試みている。そして、あまり失敗の自覚はないものの、例えば数か月禁煙した挙げ句になんとなーくまた吸い始めているのだ。パツーンと禁煙に至るコトに(まだ)ワタシ自身が納得し切れてない面があるのかもしれない。

で、今回も、「禁煙はじめました」といった舌の先も乾かぬうちに言っておくと、禁煙開始日から今で二週間半くらいなのですが、ちょこちょこ吸ってます。

日に二本吸うことはないし、ゼロの日もあるし、強くニコチンを欲してる感覚は既にあまりありません(自覚としては)。なんとなく「禁煙したぞ、したんだぞ」「もう吸っちゃいかん」「吸う=悪」「吸ったら負け」と追い込む方が精神的にキちゃいそうに思ってます。

スタンスとしては、まずは喫煙の習慣をなくしたいかな。日に何度もその為に席を立つ、という習慣を絶ちたい。

最初の一週間くらいは、それなりに肉体的なニコチン欲求も強かったが故か、ちょっと強めに習慣を絶つイメージはありました。

そもそもワーカホリック気味な自分は、喫煙衝動でもない限りは席を立たないで延々仕事を続けてしまう性質なので、喫煙時間を唯一の息抜き時間、と見做してる所が大きかったのですよね。なので習慣を絶つとはいえ、代替になる行動の確保は結構大事な感じ。

代替の王道の飴とかガムは、行動が伴わないので早い時点で代替用品からは外れてました。で、自分が好んでやれそうな、「色んな飲み物を入れて飲む」にしてみて、普段より目新しい飲み物をよりどりみどり揃えてみました(みました、というか、現在進行形)。

これは個人的には丁度よかったかも。席を立ってかける時間も、一服しに行くのとほぼどっこいどっこい。基本的に活動時間が人より遅めなので、カフェインものは極力避けて、甘ったるい粉モノのインスタントチャイだとかレモンティーだとかジンジャーティーだとか、あとは最近は通年お気に入りのホットカルピス。

カフェインレスなのはいいけど、糖分過多がちょっと気になるラインナップなのが玉に瑕。

真面目にスッパリな禁煙をやってる場合は、三週間目が二度目の大きな壁らしいです。肉体的なニコ中からは抜けて、張り詰めてたモノが少し解けて来て、自信と安堵が混じり合った頃に頭の中で悪魔が囁き出す、的な? 反面、そこを越えてくと、脳みそがドーパミンの自己生成能力を取り戻してシアワセに近づくとか。

ワタシはなまじ中途半端な感じで二週間半なので、これからどうなってくのかちょっとわかりません。大きな壁は壁として自覚できるほど立ちはだからないのかもしれないし、その分、ドーパミンの自己生成にはもう少し時間が必要=不幸な時間が長いのかもしれないし、結果的に見てスッパリ辞めてる人より茨の道なのかもしれません。

でも、今のところはこの禁煙期間中に、世間の事例にある程の辛い思いもしてないので、とどのつまりは個々人で違うんでしょうね。

禁煙に関するスタンスは現時点では、上に書いた通りで、「習慣としてはやめたい」「二度と吸わないぞとは思ってない」という感じなのですが、禁煙期間が進んでいくうちに、こういった考え方自体も色々と変化していきそうな感覚を持っています。そのあたりはずっとこまめにメモしてって、後々振り返ってみたら結構面白そうな気がする。

なんだろう、こんな感じで最近は、妙に健康嗜好っぽい変化が立て続けに起きている。これ以外にも実は、家庭内筋トレなんかも最近はやってたりする。これはまぁ、ワタシよりも配偶者がやり出したのにワタシも引っ張られてる格好なんだけど。

実は最近、人の一生の年功序列を無視した不幸や悲しい話や危うげな話を周囲で耳にしている。40代を中心に30代も数名。一人目・二人目の話を聞いた頃は、単純に「ワタシもそろそろ気をつけねば」みたいな感覚をまずは持った。

今日もまたそんな話を耳にした。それは既に三人目ではない。間に数人の似たような心の沈む話を耳にしてる。最近、何故か本当に多いのだ。

もう何人目かすらわからないようなそんな話を聞いて、「気をつけて守りに入るよりは、やっぱりいつプッツリお迎え来ても悔いがないように生きられてたらいいなぁ」の方向に心が向きつつある。まぁ、どっちもバランスよく生きてかないとダメなのはわかってるけどね。

自分改造月間、それらの話に影響を受けているつもりはないのだけど、関連がゼロって言い切るのもかっこわるそう。肉体とか健康とか、それに留まらずに、だけど、「真面目に人生全うしようぜ」計画の後半戦が既に始まってるのかもしれないな。

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■今回のどこかの国の音楽

□TETETE "KENDE KENDE"
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相変わらずアフリカをフラフラとしております。今回は楽曲的に個人的な萌えスポットではないので、しっかり掘り起こしてはいないのですが、ちょっとだけ不思議なところがあって興味を抱いてはいる方面です。

上記、ケニヤのグループなのですが、動画リリース当初は歌詞が付いておらず、でもどこでも「ゴスペル」として紹介されている。どう見ても、こちらの思うステレオタイプなゴスペル感はない。欧州の荘厳感もなければ米国の黒人バプテスト教会のあのノリでもない。どう聴いてもポップスじゃん!

上の動画はいつの間にか、英語歌詞が入り、なるほど読んでみると確かに神様讃えとる。よくわからない。ワタシの観測範囲がおかしいのか、実際そうなのかはまだ定かじゃありませんが、ケニヤの音楽を見に行くと大概そんな感じなのです。

若くてお洒落とダンスに執心してるだけみたいに見えるワカモノポップスグループが、フタを開けてみるとゴスペルグループとなって紹介されている。というか、ゴスペルと称されてないポップスの方がなかなか出くわさないし、出くわしても後日ググると、やっぱりゴスペルにカテゴライズされてたり...。

この子達も、まさにそんなグループ
□SQ & Gnice "Mpenzi Wa Moyo"
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まぁ、こっちは無理矢理そう思えばメロディーはゴスペルっぽい...のかな...。ケニヤ事情はまだ本当によくわかってないのですが、なんかゴスペルじゃないと表現が規制されてたりとかあるのかしら...。

個人的にアフリカの音楽には、どっちかってと悪意無き退廃・怠惰を求めてるフシがあるので、今のところ前ノリで調べるほどにはそそられてないものの、ちょっとだけ気になってます。続報はあるかわかりませんが(笑)。

【browneyes】 dc@browneyes.in

生業:アパレル屋→本屋→キャスティング屋→ウェブ屋&行政書士補助者などをしつつなんでも屋(←いまここ)。
ライフワーク:なんでもない日常のスナップ。
□立ち寄り先一覧 < http://start.io/browneyes >
□デジタルちゃいろ:今回のどこかの国の音楽プレイリストまとめ
└< http://j.mp/xA0gHF >

日常はすっかりアフリカ音楽漬けだが、週末は千葉に、南印度諸言語なマラヤラム映画を観に行ってきた。マラヤラム映画はボリに比べてマイナーな南印度映画の中でも、タミル・テルグのそのまた次点、くらいの順位付けなイメージだが、映像や構成は、泥臭い南印メジャー群とは異なり、結構アート志向な感じがする。

細部に力を注ぎ切れてない拙さは多少出ちゃってるのが残念だけど、全般的な雰囲気は他の南印映画に比べて明らかに洗練されてる感じ。古くから密かなる名作は結構あるようだ。

最近はタミル・テルグ映画が在日印度人(の、各地域出身者)の尽力で、一回こっきりながらに、東京近郊の劇場貸切で、現地封切りとほぼ同時期に人気映画が上映される機会が増えているのだが、在日ケララ人(マラヤラム語話者の多い地域)も立ち上がった様子なので、ますます忙しくなりそう。嬉しい悲鳴。

マラヤラム映画の上映機会がこれまで少なかったからか、見に来ている一般在日ケララ人たちも、酔狂な印度映画好き日本人との接近遭遇自体が物珍しいようで、感想や何かを聞いてくる。テルグ映画を観に行っても、もう日本人なんて誰も特別気にしてないので、この差がちょっと面白い。


・「無理くり」なる表現が出て来たので「無理矢理」に直そうか思ったら、また出て来た。調べてみたら「無理くり」「ムリクリ」って、「無理矢理」と同じ意味で北海道や東北の一部で主に用いられる方言とされる、らしい。勉強になりました。(柴田)