[3595] ショート・ストーリー どこかにいる

投稿:  著者:  読了時間:14分(本文:約6,600文字)



      《ランナーズ・ニー。膝から下が外れそうな感じ》

■ショート・ストーリーのKUNI[147]
 どこかにいる
 ヤマシタクニコ

■展覧会案内
 所幸則写真展 with 10人の新鋭作家たち




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■ショート・ストーリーのKUNI[147]
どこかにいる

ヤマシタクニコ
< http://bn.dgcr.com/archives/20131128140200.html >
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彼女の夫が突然この世のひとでなくなってから、早いもので4か月になろうとしているが、時が経てば経つほど、そんなことはなかったように思えてしかたない。ほんとうに夫はもういないのだろうか?

葬儀は簡素ながらもよくあるかたちで行われたが、なにかの手違いであったような気がする。ふとした手違いが手違いと気づかれないまま、いつのまにか周知の事実となることはありそうだ。

からだは白い骨となったが、どこかですり替わったかも知れない。調べたわけではないが、一致するかどうか検証したわけでもない。夫は眠っているようだった。ほんとうに眠っていただけではないだろうか?

そもそも、いることを証明することは簡単だが、いないことを証明するのは困難である。あそこにもいない、ここにもいない。だからどこにもいないとはいえない。どこかにいたという情報があれば、どこにもいないとは、たちまち言えなくなる。

とはいっても、彼女を動かしているのはそのような理屈ではなく、単に「どこかにいる気がする」というあいまいな感覚だ。

彼女は自分が参加しているSNSで上記のような自分の考えと「私の夫を見た方はご連絡ください」と投稿した。

すぐに反応があった。

「おまえの亭主を見たよ。居場所を知りたかったらひと晩つきあえよ」

「私たちはあなたのご主人を見たとも言えるし見ていないとも言えます。よろしければそのことについて共に語り合いませんか。毎週集会を開いております」

「あんた、頭おかしいの? かわいそうなひとね」

「きちがい」

彼女はパソコンを閉じた。

忘れかけたころ、直にメールが届いた。

「あなたの夫と親しくしているものです。彼は元気よ」

短い文章を何度も読み返して、彼女は返信した。やっぱりそうだったんだ。

------失礼ですが、あなたは彼とどういう関係?

数時間後に返信がきた。

「どういう関係か言わないとだめかしら? 私は彼ととても近いところにいます。物理的にも精神的にも。たぶん」

------彼は毎日何をしているの?

「散歩したり図書館に行ったり。あと、仕事を少し」

------仕事をしているのね。

「もちろんよ」

彼女の知る夫は、仕事といえるようなものは長い間していなかった。社会との関わりを拒絶していた。

------どんな仕事をしているの?

「それは言えないわ。私もくわしくは知らないけど、夜遅くまでパソコンに向かっている。極秘のものらしくて私にも教えてくれないの。ああ、あなたは先のメールで『毎日何をしているの?』と書いたわね。残念ながら毎日ではないの。彼は週のうち何日かはいなくなるから。私が知っている彼が彼のすべてじゃないわけ」

------そうなの?

「彼には秘密があるの。そんなこと言うとまるでドラマの主人公みたいでおかしいと思うかもしれないけど、本当なんだよ、と言ってたわ」

相手の女は頻繁にSNSを使う人ではないらしく、やりとりは時に一日くらい間があいた。対話はごくゆっくりと進む。

------彼は今日はどんな服を着てた? 彼は今朝、何を食べた? 彼は私のことを何か言ってた?

まとめて聞いて、自分でおかしくなる。相手も笑っているだろう。

「今日は淡いグレーのタートルネックのセーター。ダウンの黒のパーカ」

------それは私が買ってきたパーカかもしれない。お気に入りなの。

「そうかもね。朝はコーンフレークと牛乳。あなたのことは何も言ってない。悪いけど」

------悪くないわ。気にしないで。朝はちゃんと食べてるのね。私といたときは食べなかった。朝は機嫌が悪いし。

「あら、彼は朝からとても快活よ」

------そうなの?

夫の姿は彼女の知るそれと微妙にずれている。それが興味深いし、ちょっと楽しい。自分はついに夫のすべてを知り得なかった。もっと知りたかった。でも、どんな夫婦も相手をすべて知ってるわけではない。

「日曜日の朝はいつも私に紅茶をいれてくれるわ」

------コーヒーじゃなくて? 私にはいつもコーヒーをいれてくれたわ。

「私の前でコーヒーを飲むことはないわ」

------こどものときの話とかしたりする?

「むかしの話はあまりしないわね。ああ、そうだ。こどものころ、ぶらんこから落ちて、ひざをけがしたことがあると言ってたわ。ぶらんこからできるだけ遠くに飛び降りるやつ。それをしていて失敗したんだって」

------それ、聞いたことある。やっぱり夫なんだ。

「疑ってたの?」

彼女はパソコンの前でほほえむ。夫はやはり今もいるのだ。なぜ帰ってこないのかわからないけど。

「でも、あまりいろいろ話さないわ。自分は記憶力が悪くて、覚えていることがほんの少ししかない、もしくはエピソードをを引き出す能力に欠けているらしいと言ってる」

そうそう、そんなことも言ってた。彼女は何度もうなずく。

また別の女からメールが来た。

「あなたの夫は私のアパートの向かいの部屋にすんでいるひとだと思います。あなたが書いていた風貌とそっくり。住み始めたのが、たぶん4か月前くらいなの」

------夫はどんな生活をしてるみたい?

「ほとんど部屋に閉じこもってるみたいです。でも音が聞こえるのです」

------音が?

「ピアノを弾いてるんです。あなたと暮らしているときは弾いてなかったのですか?」

------ええ。音楽は好きでよく聴いていたけど。家にはキーボードもなかったし。

「そうなんですか。どうしてでしょうね。時々窓を開け放してることがあって部屋の中がよく見えるんですが、ピアノ以外に家具らしきものもないようです。よく弾いてる曲は、確か...ドビッシーの『月の光』」

------私の好きな曲だわ。

「ではきっと、あなたの夫にまちがいありません」


また別の女からメールが来る。第3の女というわけだ。

「近くの河原を毎日散歩しているひとが、あなたの探しているひとだと思います。あなたの書いておられる特徴と一致するので話しかけてみました。詩を書いているそうです」

------詩を? 

「いつか書いてみようと思っていたそうです」

本当に夫なのだろうか。

第1の女からメールが来る。

「あなたは彼と会いたいと思っている?」

 彼女は考えた末に返信する。

------会わなくていいと思う。

「そうよね。会えば結局、いっしょだし」

------ええ。そう思うわ。


第2の女からメールが来る。

「今日はピアノの音が聞こえませんでした。窓に映る姿は何やら難しいことを考え込んでいるようでした」


そして第一の女からメールが来る。

「私はいま悲しみの中にいます。彼が突然いなくなってしまいました。私が帰宅すると彼の姿はなく、室内は乱れ、彼のパソコンの前には血痕が飛び散っていました。私は思いつく限りの場所を探したけど見つからなかった。警察や病院にも問い合わせたけど」

------何が起こったの?

「わかりません。彼の姿がどこにもないのでわからない。本当にドラマの主人公だったのかも」

女は泣いている。メールでもそのことは伝わった。

------きっと戻ってくるわ。いいえ、きっとどこかにいるわ。

サスペンスドラマの主人公の夫は傷ついた身をどこに隠しているのだろう。廃墟となったビルの地下室、それとも異国のバザールの混沌の中。


第3の女から。

「私は彼と親しくなりつつあります。彼は魅力的なひとです。ユーモアもあります。ただし、話題が豊かとはいえません」

やっぱりね。彼女は笑う。

------最近聞いた話はどんな?

「紅葉を見ているうちに思い出した、とあるお話をしてくれました。自分は記憶力が悪くて同じ話ばかりしていると笑われるんだが、あなたにはまだ話していないと思うので、と」

------ええ。

「女の子にプレゼントをしたことがあったそうです。アメリカフウの実。ご存じですか。ハリネズミみたいにとげがいっぱいついた球形の。冬になると道ばたに落ちていたりする...」

------知っているわ。

「それを、仲の良かった女の子にプレゼントしたことがある、と。女の子はとても喜んでくれたそうです。女の子にプレゼントなんてめったにしないので記憶に残っているそうです」

------そうなんだ。

「ただし、それがだれだったかよく覚えていないそうです。小学校の同級生だったと思うが、違うかもしれない。ずいぶん昔のようだが、最近のことかもしれない。とにかく仲の良かった女の子だったんだよ、と」

------頼りないこと。

「今度、詩を読ませてくれることになっています」

------楽しみね。

彼女はパソコンの前を離れ、本棚の前に行った。中ほどの棚にアメリカフウの乾ききった実が置かれたままになっている。散歩から戻った夫がはにかみながらそれをくれた日が、昨日のようだ。


【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
< http://midtan.net/ >
< http://koo-yamashita.main.jp/wp/ >

親知らずを抜いた。化膿止めの薬と頓服を渡されたが、頓服はその晩に一度服用しただけだった。それほど痛まないし...と。ところが、風邪をひいたのか、のどがはれているみたい。唾液をのみこむだけでも痛い。

今日で5日になるが、ずっとそういう状態なので「?」と思ってネットで調べてみたら、親知らずを抜いたあとにそのようになることがよくあるらしい。それでまだ余っていた頓服をのんだらのどの痛みがたちまち消えた。なーんだ、そういうことなのか。


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■展覧会案内

所幸則写真展with 10人の新鋭作家たち
< http://capacamera.net/exhibition/pickup/131125_tokoro.html >
< http://bn.dgcr.com/archives/20131128140100.html >
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●所幸則写真展「カラー版渋谷1秒」「アインシュタインロマン」
「思いでの中の1秒」「神宮の森の1秒」with 10人の新鋭作家たち
会期:11月25日(月)〜12月1日(日)
会場:Gallery Conceal Shibuya 4F(東京都渋谷区)
< http://www.renovationplanning.co.jp/gallery_conceal/shibuya4f/ex.html >
< http://capacamera.net/exhibition/pickup/131125_tokoro.html >

所幸則の新作発表のほか、新鋭作家10名の作品を展示。展示は23時までオープンしていますから、仕事帰りに寄りやすいスペースです。
協賛:コスモスインターナショナル、シグマ
新鋭作家:布施有希・渡部暁・田口師永・穴吹昌大・成田雅浩・松川倫典・大島旬輔・神原孝吉・豊吉政昭・岡村誠

◇アーティストトーク 11月30日(土)14:00〜
所幸則、太田菜穂子(東京画コミッショナー)、田口師永(シルク・ドゥ・ソレイユ ツアーアーティスト)
いずれも予約不要、どなたでも参加出来ます。併設されているカフェで1ドリンクお求めください。


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編集後記(11/28)

●小学校でのリトマス試験紙を扱う理科の授業を思い出す。酸性の場合、青色試験紙が赤色に、アルカリ性の場合、赤色試験紙が青色に変わったという記憶がある。そこでわたしは「朝日新聞はリトマス試験紙である。故に朝日が賛成(酸性)するものは赤である」と断言する。この「アカ」はまあ「日本のためにならない」という意味だ。いうまでもなく、朝日はずーっと前から左偏向した報道しかしない新聞ではある。朝日が主張することの反対が正しいことである、と断言する人は多い。リトマス試験紙を持ち出すまでもないか。

「秘密保護法」の衆院本会議の可決を、朝日は「民意おそれぬ力の採決」と社説で息巻いている。しかし、もはや朝日がいくら煽動しても民意はそれに乗らない。だって、先の国政選挙の結果が民意なのだから。極東情勢の激変の中で、「秘密保護法」成立と「日本版NSC」の設置でようやく普通の国家になろうというのに、必死になって反対する人たちってどういう了見なんだ。反対するジャーナリスト・文化人の名前138人が毎日に掲載されていたが、これはある意味ナイスなリストだ。

「日本にも他の先進国と同様の機密保全法制が必要だとの意思が、明確に示されたと言えよう」と評価するのは読売である。「安全保障のための機密保全と、『知る権利』のバランスをどうとっていくか。この問題も参院で掘り下げるべきテーマだろう」とまともな意見で結んでいる。そして、いつもうまいなあと感心するのが、読売の「編集手帳」だ。これこそ報道人の気概だ。

──政府が「恣」意的に秘密を指定し、都合の悪い情報を秘「匿」しないか...。特定秘密保護法案をめぐる疑問を集約すれば下心と隠し構えに行き着くだろう。(略)法律があろうと、なかろうと、心構えに変わりはない。取材すべきは取材し、報道すべきは報道する。こちらの手が後ろに回っても取材源は守り抜く。「書く仕事」を断じて、「隠し事」の片棒をかつぐ営みに堕落させまい。──

「朝日新聞はリトマス試験紙」とは単なる思いつきだが、誰かさんもそう考えているかなとネットを探ったら、岩崎夏海さんのブログにこうあった。「ネットの世界には『ちきりん』というリトマス試験紙もあります。ちきりんを『面白い』と思う人は、『騙されやすく、人の良い人』です。その逆に、ちきりんを『とんでもない』と思う人は、『騙されにくく、堅実な人』です。『ちきりん』は、ネットの世界では有名なので、これは大変使い勝手のいいリトマス試験紙です」......ん? 「マンションの地震保険とか意味不明」というテキストに感心したんだけど、ありゃ〜騙されたのかいな。(柴田)


●アメリカフウの実を検索した。モミジバフウとも言うらしい。実の形いいな。/私も騙されたのか?

続き。家人と合流し、御堂筋を南下しながら、まだ走っているランナーたちを応援。一駅半歩いて、お寿司屋さんでランチ。店員さんに、首からかけていた完走タオルで、大阪マラソンのことを言われたが、フルじゃないんです〜と。うーん、走るならやっぱりフルがいいなぁと思い、走る前の恐怖はすっかり忘れ、欲張りに。

食事中に、そろそろ最初のランナーがゴールするんじゃないの? などと話す。一般ランナーだとまだ半数以上折り返しにも行ってなさそうなのに、凄いねぇと。次は10kmマラソンかな、ハーフはきついかなと話して、お寿司屋さんを出たら、膝がおかしい。

ランナーズ・ニー。膝から下が外れそうな感じ。曲げると痛い。調子に乗らずにすぐに帰宅すれば良かった。調子に乗りすぎた。座ったために足が休憩モードに入ってしまった。地下鉄での移動にエレベーターを使ってしまったよ。さっきまで走っていたのに......。走っている時より帰路の方が大変な思いをした。帰宅して中継テレビを見ながらうたた寝してしまったよ。続く。(hammer.mule)

< http://saikido.at.webry.info/200810/article_11.html >
アメリカフウの実

< http://tiryo.net/tyoukeijintaien.html >
腸脛靭帯炎

< http://www.dragonquest.jp/dqpteaser/ >
ドラクエ1が無料。先着100万名