映画と夜と音楽と...[613]映画が教えてくれる様々なこと/十河 進

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〈地下水道/灰とダイヤモンド/カティンの森/影/夜行列車/水の中のナイフ/あの日 あの時 愛の記憶〉

●ヨーロッパの国々の正しい位置関係を把握しているか

先日、秋田出身の人と話していたら、「秋田と山形、位置的にはよく間違われるんです」という話題になり、東北から関東の各県を北から順番に言っていこうとなった。「青森があって、次は太平洋側が岩手県、日本海側が山形県...」と迷いながら口にしたら、「ほらね」とがっかりされた。太平洋側は「岩手県、宮城県、福島県、茨城県、千葉県」と間違わなかったけれど、日本海側は「どっちだったかな」と迷うことが多かった。

僕は子供の頃から地理は得意なつもりだったから、その人には自信ありそうに答えていたので何だか面目を失ってしまった。人は自分を中心に考えるのか、僕の場合は四国の四つの県の位置は誰でも知っているものだと思っていたが、東京出身の同僚たちに聞くとけっこうあやふやである。それでも四国は「太平洋側が徳島と高知、瀬戸内側が香川と愛媛」と説明は簡単だ。九州になると、長崎県と佐賀県の位置があやふやな人が多い。

日本の各県でさえそんな有様だから、ヨーロッパの国の位置などあやふやな人が多いのではないだろうか。僕はイギリスやフランス、ドイツ、イタリア、スペイン、ギリシャはわかるけれど、スウェーデン、フィンランド、ノルウェー、デンマーク、ベルギー、オランダになると自信がなくなってくる。リヒテンシュタインがスイスに接しているのは知っているが、スイスの位置を示せと言われたら間違うかもしれない。




もっとわからないのは、東欧諸国だ。ルーマニア、チェコ、ポーランド、ハンガリー、ブルガリアの名前は昔から知っているけれど、正確な位置関係はあいまいである。それにソ連崩壊以降、東欧はいろいろな国に別れた。チェコスロバキアはチェコとスロバキアになり、ウクライナやベラルーシがひとつの国になった。モルドバ、リトアニア、ラトビア、エストニアなどと聞いても、「そんな国あったっけ?」状態である。

そんな中でも、昔からの映画好きはポーランドという国には親近感を抱いているはずだ。ポーランド映画は、1960年前後に日本でブームになった。アンジェイ・ワイダの「地下水道」(1956年)「灰とダイヤモンド」(1957年)、イエジー・カワレロウィッチ「影」(1956年)などが相次いで公開され、スノッブな映画マニアたちを刺激したのである。

その後、「水の中のナイフ」(1962年)で脚本のイエジー・スコリモフスキーと監督のロマン・ポランスキーがポーランドの若手映画人として注目される。このふたりは、後に西側に亡命し、ハリウッドで映画を作る。スコリモフスキーもポランスキーも現役監督だからまだ新作が期待できるが、ふたりの作品に共通したトーンやテイストを感じるのは、ポーランドが育んだ何かをふたりが持っているからだと思う。

●ドイツとソ連に分割占領されていたポーランドの悲劇

ポーランドの政治状況は、映画から学んだ。第二次大戦でポーランドはドイツ軍とソ連軍に侵略され、ドイツ占領地域とソ連占領地域に二分される。このとき、ソ連軍に連行されたポーランド軍将校たち2万数千人が虐殺され埋められる。これが「カチンの森」事件だ。ドイツ軍が遺体を掘り起こし「ソ連の仕業だ」と報道したが、ソ連は「ドイツ軍の残虐行為だ」と反論する。

戦後、ロンドンに亡命していたポーランド政府に対して、ソ連のバックアップによる共産党がポーランドの実権を握ろうとする。やがて共産党政府が成立し、ポーランドはソ連の衛星国になる。ソ連(すなわちスターリン)は、周辺国を共産化して自国を守ろうとしたのだ。ポーランドの戦後の政治的対立は、「灰とダイヤモンド」で描かれた。主人公は反共テロリストであり、共産党の要人を暗殺するためにワルシャワから派遣される。

この主人公は目を悪くして、いつも薄いサングラスをしている。それは、占領下でレジスタンスに加わり、ワルシャワの地下水道の中に隠れながら抵抗運動を続けたためだった。このレジスタンスの戦いは、「地下水道」で実話を基にして描かれた。アンジェイ・ワイダ監督は、ポーランドの戦中と戦後を二本の作品で描き切ったのだった。

前述の「カチンの森事件」は、戦後、ソ連の指導で作られた共産党政府下ではタブーにされた。「カチンの森の虐殺はソ連の仕業だ」と口にすれば、秘密警察に逮捕されるような状況だったのだ。しかし、ソ連にゴルバチョフが登場し、ソ連は「カチンの森の虐殺は、スターリンの犯罪のひとつである」と認め謝罪した。アンジェイ・ワイダ監督の父親も犠牲者のひとりで、彼は自伝的な作品「カティンの森」(2007年)を制作し父への鎮魂の思いを込めた。

「カティンの森」ではポーランドにドイツ軍とソ連軍が侵入し、分割占領された戦中の生活、戦後のソ連に支配された時代が描かれる。父の帰りを母と二人で待つ少年は戦後に美術学校に入学し、やがてカチンの森の虐殺事件の真相を知る。そうした生身の人間の物語として描かれるから、ポーランドの当時の時代状況が身に迫ってくる。見知らぬ国の歴史が、いつの間にか記憶に刻まれる。

先日もドイツ映画「あの日 あの時 愛の記憶」(2011年)を見ていたら、ポーランドの悲惨な歴史が背景に出てきた。ポーランドにあるナチの収容所。抵抗運動で捕まったポーランド人の若者と、ドイツで育ったユダヤ人の娘が収容所の中で出会い愛し合うようになる。ふたりは逃亡し、青年の実家に隠れる。青年はレジスタンスの使命のためにワルシャワへ派遣され、娘は青年の兄嫁の家に身を寄せる。

青年の兄もレジスタンスの闘士だ。ふたりの女がそれぞれに愛する人を待っている。やがてナチが敗退し、兄が帰ってくる。しかし、青年の消息は不明だ。そこへソ連軍がやってきて、兄とその妻を連行する。ふたりはシベリアへ送られる。ナチの占領が終わったらソ連がやってきてポーランドを蹂躙し、共産党政府を樹立し、その支配がソ連崩壊まで続いた。

娘はソ連軍を逃れ、ベルリンを目指す途中で赤十字に保護される。30数年後、ニューヨークで夫と娘と幸せに暮らす彼女は、数年前にヨーロッパで制作されたドキュメンタリーがテレビ放映されたのを見て、中年になったポーランド青年の姿を見つける。1970年代のことだ。彼女は男の所在を突き止めるが、そこはまだソ連影響下の共産党政府が政権を握るポーランドだった。

●ナチへのレジスタンスを描いたポーランド映画

川本三郎さんの新刊「ギャバンの帽子、アルヌールのコート 懐かしのヨーロッパ映画」(春秋社)を読んでいたら、イエジー・カワレロウィッチ監督の「影」と「夜行列車」(1959年)にそれぞれ一章が当てられていた。以前にも川本さんのエッセイで「影」について読んだことがある。川本さんは10代で見て、ひどく衝撃を受けたようだ。確かに、こんな独特な作品はアメリカ映画では成立しないだろう。

「影」(1956年)が日本で公開されたのは1959年1月のことだった。その年の7月に「灰とダイヤモンド」が公開されている。「地下水道」が公開されたのは、一年前のことだった。一年半の間に、ポーランド映画の名作が立て続けに公開されたのである。「おい、ポーランド映画が凄いぞ」という評判が、映画マニアの間でたったことだろう。

その頃、10代だった川本三郎さんは「影」を見て、ミステリ映画として衝撃を受けた。当時、東欧のソ連の衛星国だったポーランドの状況などは詳しくわからなかったし、戦後の政治状況は明らかになっていなかった。しかし、ポーランドでもナチに対するレジスタンス活動が激しく行われたのだと「影」を見るとわかる。占領された国にとって、レジスタンスを描くことは自国のプライドを描くことだった。

しかし、レジスタンス映画の多くがそうであるように、常に死と隣り合う抵抗運動では「裏切り」が最大のテーマになる。自らがレジスタンスの闘士であり、戦後、映画監督になってレジスタンス活動を描いたジャン=ピエール・メルヴィルは、「人生は三つの要素でできている。愛と友情と裏切りだ」と名言を遺した。ポーランドのレジスタンス映画も例外ではない。「影」は、裏切り者を探す作品である。

戦後10年が経ったポーランド。若いカップルがじゃれ合うようにトラックに乗っている。そんなカップルが存在するほど、ポーランドも落ち着いたのだろう。トラックに併走するように急行列車がやってくる。そのデッキからひとりの男が飛び降りる。カップルが重傷の男を病院に運ぶが、男は死亡する。警官が男の身元を調べるがわからない。

そこへ医者が現れ、「不思議な事件は昔からあった」と話し始め、戦争中のレジスタンスの事件を語る。彼はレジスタンスの闘士で、ドイツ系の商店を襲い活動資金を奪えという命令を受ける。三人で商店を襲い金を鞄に詰めているとき、三人の男が現れる。互いに相手を敵だと判断し、撃ち合いになり、医師だけが生き残る。相手もひとりだけが逃亡するが、その男は医師に脚を撃ち抜かれる。

その後、医師がレジスタンスの会議に出席すると、足を引きずる男がいる。互いに商店で撃ち合った相手だとわかるが、それは別々のレジスタンスのグループに、同時刻に同じ店を襲えと指令を出し、同士討ちをさせた裏切り者がいたことを示唆していた。だが、それから10数年が経っている。未だに謎が残っている、と医師は口惜しそうに話を終える。

「影」を見ると、ポーランドの普通の人々がナチ占領下で果敢にレジスタンス活動に身を投じた実態が描かれている。しかし、ソ連の占領地域の物語はない。悪役はドイツ軍だけである。それが、「影」が作られた当時のポーランドの政治状況では限界だったのだろう。今になると、そういう理解もできる。それでも、「影」の中には戦後の共産党と反共グループの対立の芽が、レジスタンス時代からあったことは描かれていた。

●映画を見てその国の状況や歴史や風俗やモラルを理解する

イエジー・カワレロウィッチの「夜行列車」では、撮影当時のポーランドの現在が描かれる。日本公開は1963年の春だった。東京オリンピックの前年である。戦後18年、小学生6年生だった僕には「戦後」という意識はなかった。映画が制作されたのは1959年だが、その頃になるとポーランドの状況も変わった。ソ連の最高権力者スターリンが死に、「スターリン批判」があり「雪解け」が始まった。

それはポーランドにも大きな影響を与えたのだろう。「夜行列車」の舞台は避暑地に向かう列車に乗り合わせた人々の物語である。年下の男との恋愛に疲れたマルタは、一等車両の切符をある男から買い取り避暑地に向かう夜行列車に乗る。同じコンパートメントに乗り込んでくるのは、週末に別荘に向かう医師だ。彼は自殺を図った若い娘を救えなかったことを悔いながら夜行列車に乗っている。

その他の乗客にも、それぞれの悩みや問題があるらしい。そんな人々の孤独な人生が夜の闇の中を走る列車に託されて描かれる。途中、妻殺しの犯人が乗っているのがわかり、サスペンスが盛り上がる。最初、謎めいた医師が犯人かと疑われるが、マルタは一等席の切符を買い取った男が犯人だと気付き、その男が二等席にいるのを知って警官に告げる。

犯人は追われ、列車を非常停止させ、飛び降りて逃げる。そこは広い畑である。興奮状態になった乗客たちが犯人を追う。その集団心理のような怖さが伝わってくる。まるで、リンチでもしそうな勢いだ。乗客たちは犯人を捕まえ殴るが、次第に興奮が冷め鎮まってくると、そんな状態になったことを恥じるような表情になる。静かな映画の中の異質なシーンだが、それはポーランドの戦後の複雑な政治状況の暗喩なのかもしれない。

僕が「影」や「夜行列車」を見たのは初公開から10年以上経った大学生の頃だが、その頃でも「ポーランド映画で、こんな普通の生活が描かれるのだ」と思った。共産圏の映画は、すべからくプロパガンダなのだと思い込んでいたのだろう。そういう意味では、「水の中のナイフ」を見たときにも同じ感慨を抱いた。「水の中のナイフ」は、「夜行列車」の3年後に制作されている。

ポーランドの文化エリートらしい中年男と若い妻が、休日を自分のヨットで過ごすために車を走らせている。途中、ヒッチハイクの青年を同乗させる。戦後17年、青年には戦争の影はない。しかし、戦中戦後の社会を生き抜いてきた中年男には、どこかポーランドの戦後史が影を落としている。したがって、中年男と青年は様々な形で対立をする。世代間の大きなギャップがある。

この映画の評を10代の頃に読んだ。そこでは「太陽がいっぱい」(1960年)と比較して論じられていた。ふたりの男とひとりの女がひとつのヨットに乗っていること以外に僕には共通点がわからなかったが、アラン・ドロン主演で大ヒットしたカラー作品と共産圏のモノクロ映画が同列に取り上げられ、比較して論じられていることに新鮮な驚きを感じたものだった。

イデオロギーや宗教や政治体制に関わりなく、人間を描けば普遍的な何かが現れるのだと知るのはずっと後のことだ。海外旅行には一度も出たことがない僕だが、今はアジアやイスラム圏の映画を見て、その国の状況や歴史や風俗やモラルを学んでいる。少なくとも、海外旅行よりは安上がりではある。

【そごう・すすむ】sogo1951@gmail.com < http://twitter.com/sogo1951 >

日曜日の午後、本を読むスペイン料理の巨匠カルロス兄貴と西船橋某所で昼酒を飲む。月に一度のペースだ。けっこう飲んだなと思って居酒屋の壁の時計を見ると、まだ5時を過ぎたところ。見渡すと、我々より年上のおじさんおばさんばかり。こちらは、まだ若造である。そんなことにも、歳を重ねたから気付くのかと納得した。

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