ショート・ストーリーのKUNI[148] ひとり暮らし/ヤマシタクニコ

投稿:  著者:  読了時間:8分(本文:約3,600文字)


あるところに外山さんという男の人がひとりで暮らしておりました。愛想をつかした女房に逃げられてはや8年。はじめこそめそめそしくしくしておりましたが最近ではすっかりひとり暮らしを満喫しておるようなあんばいでございます。しかし、アパートの大家さんなどは心配して時折声をかけてくれたりもします。


「外山さん。あんた、もともとフリーのデザイナーで、自宅でひとりで仕事してはるやろ」
「ええ、そうです」
「ほな、いまは文字通りのひとりで話し相手もいてへんと思うけど、さびしないか」
「そんなことありません」
「ほんまかいな。さびしいあまりにひとりで二人羽織したりしてへんか」
「どないやったらできるんですか」
「いや、やってないんやったらええんやけどな」

てな調子で、今日もひとりで、わずかばかりの仕事をだらだらとやる合間に買い物に行って食料を仕入れ、帰ってまいりました外山さん。

「ただいま〜」
だれもいない部屋に向かって声をかけながら靴を脱ぎ、あがります。

「はー、スーパーえらい混んどった。ほんまにおばはんらは元気や。元気なんはええけど、揚げたてコロッケのコーナーでコロッケすれすれに手をかざしてぬくいかぬくないかチェックするのはやめてほしいわほんま」

歩くと築40年のぼろアパートの床の一部がきゅう、きゅうっと鳴ります。
「そうか、おまえもわかってくれてんねんなあ」

流しでは何回パッキンを取り替えても水が完全にとまらんようになった蛇口からぽちょぴちょ、ぴちょりんこと水がしたたります。
「おまえも同意見か。そやろ。あと、野菜売り場でいきなり『にいちゃん、これどないして料理するん?』と聞くおばはんもやめてほしいわ。おれエリンギとかパプリカの専門家ちゃうし」

靴下の替えを出そうとたんすのひきだしを引くといびつになったひきだしがごごご、ごっとんごっとんごとごっとんとまた音を立てます。
「そやろそやろ。たんすのおまえもそう思うわな」

なんと、外山さん、ひとり暮らしを長年続けているうちに家の中のいろんなものの言語を解するようになったのでございます。えらいもんですね。そもそも自宅でフリーのデザイナーをやってるのは、人間づきあいがあまりうまくないからということもあるんでございますが、人間、ある能力が欠落してると別の能力がそれを補うようにできてるといいます。

つまり人間との意思疎通ができないひとは「もの」との意思疎通ができるのかもしれません。ちなみにさっきの床の「きゅう、きゅうっ」は「めっちゃ同感や」、蛇口の「ぽちょぴちょ、ぴちょりんこ」は「わしも前からそう思てた」、たんすのひきだしの「ごごご、ごっとんごっとんごとごっとん」は「ほっとけほっとけ。おばはんにかもてもろくなことない」を意味するのだそうです。えらいもんですね。

外山さんは買うてきた焼き鳥をさかなにビールを飲んだりします。
「あー、うまい。焼き鳥うまいなー。おまえも食えへんか」

話しかけられた冷蔵庫はぐるぐる、ごう、ごう、ぐいーんと音を立てます。外山さんに言わせると「食べたいのは山々やけど冷蔵庫が焼き鳥食べるゆうのもあれですよって、遠慮さしてもらいまっさ」と言うてるのやそうです。
「おまえも遠慮深いな」

ぐるぐる、ぐいーん。
「はあ?それにどっちか言うと私はタレより塩派?ああ、そうかいな」

夕刊を広げるといろんなニュースが紙面をにぎわせております。
「ふうん。強行採決か。感心せんなあ」

椅子の背中にもたれると古くなった椅子がきこきこ、き、き、きと音を立てます。
「ほー。いまの政権も長くはないでしょうてか。椅子のくせに鋭い分析やないか」

じーこ、じーこ、と半分黒くなった天井の蛍光灯も横から口をはさみます。外山さんによると「近々閣僚の失言問題が相次ぎ支持率一気に降下も」と言うてるのやそうです。蛍光灯もああみえて政局を読み取りつつ未来の予言までしているのだそうでございます。えらいもんですね。

そんなわけで、家のものたちと水入らずでそれなりに楽しい日々を送っておりまして、特に不自由を感じていなかった外山さんですが、ある日大家さんがやってきて
「あんたにぴったりの人がいてるんやけどな」

「え、ひょっとして縁談ですか、上戸彩と多部未華子をあわせて2で割ったようなひとですか」
「前半は合うてるな」
「後半が大事なんですけど」
「この人なんやけど」

大家さんが見せてくれた写真に写っていたのは、上戸彩と多部未華子をあわせて2で割ったものに半径の二乗をかけてひと晩寝かせ、原型をとどめなくなったものに小麦粉をまぶしてこんがり焼いたような健康的な女性でございました。

「ほー」
「名前は内村由紀子さんという。とにかく明日ここへ来ることになってるさかい、部屋かたづけて用意しといて」
「はあ」

えらいことになったもんです。このむさくるしい、古アパートの、8年間やもめ暮らしのこの家に。外山さん、大急ぎで部屋をかたづけ、よけいなものはとりあえず押し入れに押し込みましたが、それだけではなく気がかりなことが。

「えーっと。そういうわけやよって、君ら明日はちょっと静かにしといてもらえるかな。その、はずかしいから、見て見ぬふりをしてもらえたら助かるんやけど……」

きゅうきゅう、ぽとぽとぽちりんこ、じーこじーこ、ぐる、ぐる、ぐい〜〜〜〜〜ん、きこきこきーきー、といっせいににぎやかな音がしました。たぶん、了解したということなんでしょうな。

当日。

「えー、あの、その、由紀子さん。おおおおお茶でもいかがですか」
「まあ、お茶を。ええ、いただきますわ」
「そそそ、そうですか。では紅茶をいれさせていただきます」
「あ、私が」
「いえいえ、ごゆっくりしてください。私がこここ紅茶をばいれさせていただきます」

ばりばりに緊張した外山さんがキッチンに立ち、茶びんに水を入れて火にかけますと、これも古くなったこんろの火がぶおっ、ぶおっ、ぼぼぼぼ、ぼぼぼんぼぼんぼん、と音を立てます。

「どないや〜、えらい緊張してるやないか。ふひひひ」と言うたわけでして、思わず外山さんは「やかましわっ!」

するとたちまち熱をおびた茶びんがちりちりちん、ちりちりちんつつとてとてちん…これは「緊張してるのは口では上品なこと言うて腹のなかではやらしいこと考えてるからやろ〜〜〜〜〜」にあたるそうで、またしても外山さんは

「ややや、やかましわっ、ぺこぺこのおんぼろ茶びんのくせして、こ、今度の金属ゴミの日に出してまうど!」

冷蔵庫にアップルパイを用意してあったのですが、食べやすいようにほんのちょっと、レンジであっためます。スイッチを入れるとふつうはぶーん、と鳴るところ、これも10数年たっている古参レンジ。最近はどこに笛が仕込んであるのかと思うような妙なる響きを奏でます。ぴ〜〜〜ぴ〜〜ひゃらり〜〜ぴろぴろぴ〜〜〜ぴ〜こぴ〜こ。

「し、しばいたろか!」
言うのと同時に外山さんは果敢にも鋼鉄製のレンジをしばいたものですから、「あたたたたた! 痛い痛い痛い!!!」。はずみで椅子をひっくり返す、振動で棚のボウルが落ちてくる、それが命中して鍋がはねる。大騒ぎでございます。そらレンジに「うれしいなうれしいな〜今日は楽しいお見合いだ〜。お紅茶にアップルパイ、そのあと何すんねん〜ぴ〜〜〜ひょろり〜」とひやかされたら黙ってはおれんというものです。

さて、そんなことがあったものの、何と縁談はとんとん拍子で進みまして無事結婚までこぎつけました。えらいもんですね。世の中どうなるかわからんといいますか、この世界は謎に満ちておりますな。

大家さんがやってきます。
「ああ、由紀子さん、どないや。外山くんと仲良うしてるか」
「大家さん、どうもお世話になりまして。ええ、やさしいし、私を大事にしてくれるし、申し分ありません。すごく幸せです」
「そうかそうか。それやったらわしも世話のしがいがあったというもんや」

「ただ……」
「ただ?」

「夜中とか、朝早くとか私が寝てるときにだれかとしゃべってるんです。だれもいてないはずやのに。それもきーこ、きこ、ぽとぽとぽっとん、ぴちょりんこ、きゅうきゅうきゅいーん、ぐいんぐいん、ごとごととか、人間の言葉と思えないような言葉を駆使して……」

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いわゆる喪中欠礼はがきを出す立場になり、実際に出したのだが、少し悩んだ。私の友人は実のお母さんが亡くなったとき、「みんなの年賀状がほしかったので」喪中欠礼はがきは出さず、寒中見舞いでそのことをさりげなく知らせた。本来喪中欠礼しても年賀状を拒否するわけではないが、遠慮して出さない人がほとんどだもんな。ネットで文例を調べてみたら「…なお皆様からの年賀状は楽しみにしております」とつけ加えるタイプもあったが、これって柔軟なのかとらわれているのか、考えたらよくわからん話である(笑)