[3622] いつまで待てば大器は晩成するのか

投稿:  著者:  読了時間:22分(本文:約10,800文字)


《好きな物は太りそうなもの全般》

■わが逃走[135]
 オレは甘いものが食べたいの巻
 齋藤 浩

■私症説[54]
 いつまで待てば大器は晩成するのか
 永吉克之

■3Dプリンター奮闘記[27]
 3Dプリンターの理想と現実
 織田隆治


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■わが逃走[135]
オレは甘いものが食べたいの巻

齋藤 浩
< http://bn.dgcr.com/archives/20140123140300.html >
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正月明けに太った。というよりも、年末からずっとハードなデスクワークが続き、脳の活性化という名目のもとチョコレートと餅を大量摂取したのだから、太って当然なのである。

先日体重計にのって驚いた。なんといつのまにか6キロも増えている。6キロといえば2リットルのペットボトルの水3本分だ。どうりで階段を上るのがきついわけである。ズボンもシャツもきついわけである。

なので今月の8日からダイエットをしている。ダイエットといっても運動をするわけでなく、必要以上に食わない。満腹になったらそれ以上食わない。惰性で食わない。それを心がけるだけだ。

毎日体重計にのり、摂取カロリーを記録していたところ、約2週間で3キロの体重減に成功した。とはいえ、この程度の体重はすぐにもとに戻るので、油断は禁物である。

オレは甘いものが好きだ。チョコレートとか菓子パンとかどら焼きとかカステラとか、好きな物は太りそうなもの全般、と言っても過言ではない。

好きな物を食べたいのに食べられないのはつらいことだ。甘いものを食べてはいかんと思えば思うほど食べたくなってしまう。どら焼きを買う金すらないのであればあきらめもつくが、生憎どら焼き程度なら買えるくらいの金は持っている。なのでどうにも始末が悪い。

では、そうすればあきらめがつくかを考えてみた。そして、買いたくても買えないものを食べたがればいいという結論に達したのだ。

さて、買いたくても買えないものとは何か。それは廃番商品である。絶版の書籍やレコードは中古屋に行けば手に入るが、廃番のお菓子はどう考えても無理である。無理なものなら諦めもつく。結果ダイエットも成功するはずだ。

というわけで、かつてオレが大好きだったけど、今はもう手に入らない思い出のお菓子を思い出してみることにした。

1・森永ハーバードクリーム

いわゆるマリーとかチョイスとかいった類いの森永ビスケットシリーズの中で、幼児期のオレがいちばん好きだったのがこの『ハーバードクリーム』だ。当時は細長い直方体の紙製パッケージに入っており、片方の端からはバニラ味、もう片方の端から開けるとココア味のクッキーがぎっしりと詰まっていた。

あのぎっしり感! 最近はどれもこれもスカスカ個包装の商品が多く実に嘆かわしく思うのだが、あの頃のお菓子はぎっしりみっちり詰まっている商品も多かったように思う。

あれを一気に一箱食べ切りたかった。少なくともふたつの味を交互に10個くらいは食べてみたかった。

今となっては食べたくても食べられん……。と思っていたのだが、ネットで調べたらサイトが存在している!

近所で見かけないので廃番かと思ったらまだあったのか!? 思わず森永ビスケットのページをクリックしてみたところ、やはりラインナップには存在せず。ああ、これで安心してダイエットができるな。

2・森永くるみの森

明治が『きのこの山』、『たけのこの里』といったチョコレート菓子を発売し定番化していった頃、そっくりのパッケージと似たようなネーミングで森永から発売されたのがこの『くるみの森』である。たしか沖田浩之がCMに出ていた。

姉妹品の『森のどんぐり』はたいして旨くなかったが、この『くるみの森』は尋常じゃない旨さだった。構成要素である濃厚なミルクチョコレートと胚芽入りビスケットとの対比と調和が絶妙で、これを食べた後に『たけのこの里』を食べると、どうにも粉っぽく淡白な印象を受けた。

なぜ廃番にしたのか未だ理解に苦しむ。パチもんぽいネーミングに物言いがついたのであれば、違う名前で再発してほしい。

たしか中学二年のとき、友人とくだらない遊びで勝負して勝った方が『くるみの森』をもらえる、なんてことをしていたものだ。とにかくその頃は小遣いで買える全てのお菓子(150円程度の)の中で最もコストパフォーマンスに長けていたものがこの『くるみの森』だったのである。

思い出したらますます食べたくなった。ああ食べたい食べたい、食べたいよー。でも廃番商品だから食べたくても食べられないよね。というわけで、諦めてダイエットだ。

3・明治かなぼうくん

幼稚園の頃だったか、母に買ってもらって初めて食べたところ、こ、こんなに旨いものがこの世にあったとは! と感動したのがこの『かなぼうくん』だ。

細長いビスケットを軸に、ピーナッツチョコがもりもりと盛られている構造で、鬼が持っているイボイボのついた金棒に似ていることから、そういったネーミングになったものと思われる。

鬼のイラストの描かれたパッケージはインパクトもあるし親しみやすく、今でも記憶に残っている。

商品の構造上折れやすいらしく、それを防止するためコの字型のPP加工された厚手の紙製トレイに守られたパッケージングになっており、当時4歳のオレはそのちょっとした心遣いにも感動したのだった。

さて、他社製ピーナッツチョコは今でもコンビニで買えるので、それを一旦溶かしてから、塩とごまを取り除いたギンビスのアスパラガスに盛りつけて再現してみようかと思ったのだが、チョコレートの質がイマイチだったため挫折。

『かなぼうくん』は、かなり質の高いミルクチョコレートにピーナッツが混ぜ込まれており(4歳児の記憶)、これを再現するとなるとそれなりに時間と費用もかかろうってなものだ。なのであきらめてダイエットだ。

4・東ハトレーズンパイ

東ハトといえばオールレーズンが定番だが、レーズンはレーズンでもオレが食べたいのはパイなのである。

やはり幼稚園児だった頃に思い切り感動したお菓子のひとつで、紫色を基調とした、これも横長の直方体パッケージに入っていたと記憶している。

初めて食べたのは、父とふたりで留守番していたときだ。父がおもむろにオーブントースターで温めた後、バターを塗ってくれたんだな。そうすると、普通に食べる何十倍も美味しくなって、この世の物とは思えないほどの味と香りだった(4歳児の記憶)。

その後、類似商品が他社からも発売されたが、東ハトレーズンパイに勝るものなし。小学校を卒業する頃には店頭でみかけなくなり、高校生の頃だったか、一度これを探し求めて自転車でさまよったことがあるが、結局みつからなかった。それ以来ずっと食べたくても食べられないので、いいかげん諦めてダイエットしようと思う。

5.ロイヤルホストのりんごとシナモンのパフェ

ここでいきなり単価が上がる。なんとファミレスのメニューである。とはいえ、最後に食べたのがすでに20年以上前。ファミレス業界では、ガキがうるさくなく料理も旨いのでロイホはわりと好きなのだが、とくに甘いもののクオリティが他の追随を許さず、オレ評価はいたって高い。

で、ここにはかつて『りんごとシナモンのパフェ』なるメニューが存在しており、これがとんでもなく旨かったのだ。

構成の中心はりんごソースのかかったバニラアイスなのだが、甘すぎず上品な酸味があり、とにかく他では食べられないオリジナリティを感じたのだった。

先月、印刷会社の営業のNさん(若い女性!)と打合せの後お茶することとなり、たまたまロイホがあったので久しぶりに入ってみた。で、速攻でメニューの甘いもののページを開いたが、『りんごとシナモンのパフェ』は載っていなかったのである。

あー、食べたいな『りんごとシナモンのパフェ』。それとも季節商品でたまたまなかっただけなのか? だとしても、次のりんごの季節までは我慢するしかないな。そんなわけでダイエットである。

番外編・小分けされる前のポッキー

ポッキーは今でもグリコの定番商品であるが、昔と違って箱を開けると小さなアルミの袋ふたつに小分けされている。この影響で内容量も少なくなったんじゃないか? そんな気がする昨今である。

さて、オレが子供の頃は、箱を開けビニールの包装をひらくと、ぎっしりとポッキーが詰まっていたものだ。

そんな小学生のある夏の日、ポッキーを日向に置いていたらチョコレートがドロドロに溶けて液体となってしまった。慌てて冷蔵庫で冷やし数時間後に取り出してみると、全てのポッキーがひとつにくっつき、見た目は悪いが手のひらでがっしりと握れるたいまつのような巨大な一本のポッキーが出来上がっていたのだ。

あれをかじったときの衝撃は忘れられない。顎から耳に伝わるチョコとプレッツェルのくだける音。ものすごい贅沢をしている後ろめたさを感じつつも、充足感に満たされた幸せな時間だった。

しかし、今は小分け、個包装の時代である。真夏にいくら日向に置き忘れたところでカタマリは半分の大きさにしかならないのだ。そう思うと執着もなくなり、そこまで食べたいとは思わなくなるから不思議だ。

そしてまたひとつ体重減に近づくのだった。
目標まであと3キロ。ことしもよろしく。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
< http://tongpoographics.jp/ >

1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。


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■私症説[54]
いつまで待てば大器は晩成するのか

永吉克之
< http://bn.dgcr.com/archives/20140123140200.html >
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「大器晩成」ゆうがはまっこと罪作りな四字熟語やのう、武市さん。誰が言い出したがじゃ! 

「龍馬伝」以降、NHKの大河ドラマはまともに見ていない。その次のシリーズの途中で、地デジに移行してしまってテレビが見られなくなったからだ。だから、私のなかで大河ドラマは「龍馬伝」で止まっている。

大河ドラマはどうでもいい。高校3年の時、私が絵画の方面に進みたいと両親に話したら、画家を志す息子の夢を打ち砕くために父親が使う定型文「絵で飯が喰えるか」で反対された。

それから40年経ち、57歳になったが、いまだに絵で飯を喰ったことがない。イラスト制作の依頼を受けていくばくかの利益を得たことはあるが、絵を売るというのとはまた違う。

そろそろ亡父の遺影のまえに額ずいて「父よ、あなたは正しかった」と敗北を認めなければならない年齢になったようだ。

とはいえ、画家が詩人でも役者でも歌手でも、あの父親ならどのみち反対したであろうことは容易に想像がつく。

                *

絵の道に進むことができたのは母親のおかげだった。父親を説得してくれた。そして、「あんたは大器晩成型なんだから、絶対に諦めたらいかんよ」と励ましてくれた。それを信じて私は結婚もせず、安定した職にも就かず、藝道を歩んできたわけだが、ここにきて、素朴な疑問の前に立ち止まらざるを得なくなった。

疑問というのは、大器晩成の「晩」である。どのくらい晩になれば「晩」と呼んでいいのだろうか、ということだ。私は3月で58歳だから、憚りながらと自己査定したとしても、充分「晩」に入れてもらっていいような気がするのだが、その辺りを自らに問うても、禅問答もどきの答えで逃げられるだけだ。

「晩、とはいつのことか」
「晩になればわかる」

仮に晩に至っていたとしても「成」の方は兆候すらない。

「成る、とは何か」
「成ればわかる」

だいたい「大器」というのもよくわからない。たんに成功した人ということではなさそうだ。事業で大成功を収めたからといって、ブロードウェイで主役の座を射止めたからといって、その人を安易に「大器」と呼ぶのには抵抗がある。

「苦節40年。60歳にしてやっと芥川賞を獲って大器に成ることができました」などと言ったら、その作家が器の小さな人物に思えることだろう。

「私は金には不自由しない」「あたしはIQ180の才媛よ」「俺はイケメンだ」……ちと癇に障るが、このあたりなら客観的に判断できるから、事実であれば認めるしかない。

しかし、自分で自分のことを大器と称した瞬間に、その人は小器になってしまう。つまり、大器かどうかは他者が評価することであって、大器自信は、大器であるという自覚を持ってはならないのだ。

てことは、自分が大器だという自覚のない私は、すでに大器になっているのかもしれない。人目を憚って、陰で密かに私のことを大器と呼んでいる人たちがいるかもしれない。いや、きっといるはずだ。しかし私はそれを知らないから、自分のことを大器だとは夢にも思っていないのだ。万歳!

                *

家族をもつことにも、安定した生活にも背を向けて、私に藝道を歩ませたものは何だったのか?

それは私が、結婚にも安定した職業にも興味がなかったからだ。画家になるという目的がなかったとしても、たぶん私は結婚していなかっただろうし、定職にも就かなかっただろう。

結婚に関心をもつための、「家族がほしいなホルモン」(KHH)が、私の脳下垂体から分泌されていないということが、先日メタボ健診(費用:500円)を受けた病院の検査で判明した。

このKHHが脳内に分泌されることによって、「つまらない仕事でもいいから、家族のために安定した職につきたい酵素」(TKAE)が十二指腸内に作られるらしい。

つまり私は、家族も生活の安定も諦めて絵の道に邁進してきたのではなくて、すべての人間の活動を支えている脊椎、「家族を持つ意志」「安定した生活をする意志」という脊椎が生まれたときからないため、その空洞に絵画が流れ込んだだけのことなのである。

絵画を選んだというのもたまたま、美術(図工)の成績が良かったからであって、決して美術表現への渇望に衝き動かされたわけではない。英語の成績がよかったから語学の方面に進みたいというのと同じ発想だった。

だからもし、幸か不幸か交際していた女性に子供ができていたら、絵なんぞ放擲し、絵描きになるために投じてきた時間もカネも、母親の励ましもきれいさっぱり忘れ、私個人の願望は滅却し、愛の巣作りのために、適性があろうがあるまいが確実に収入を得られる仕事を選んでいたことだろう。

案外その方が、大器晩成なんてお題目に呪縛されて生きるよりよほど自由な人生が送れたかもしれない。「妻は私と違って頭の切れる女でほんとうに助かった。息子も娘も一人前の家庭をもって、可愛い孫の顔を見せてくれた。ああ人生は上々だった」と、ささやかな満足を得て小往生を遂げることができたかもしれない。

                *

しかし、もういまからでは家族も安定した生活も望めない。駅を出た時点ですでに脱線していた列車は、荒れ野を走り、暗い森を抜け、険しい山を昇る。大雨でも大地震でも人を撥ねても運休するわけにはいかない。断崖に追突するか海に転落するまで走り続けるしかないのである。

運がよければ、いつか「晩成」という終着駅が見つかるかもしれないが、その時は、大器じゃなくていい。中器でいい。

いや、それよりもいっそ走るのを止めて、錆ついてしまうのもいい。鬱蒼とした草叢のなかで立ち枯れている列車も味わいがあるではないか、御同輩。

【ながよしかつゆき/戯文作家】thereisaship@yahoo.co.jp
ここでのテキストは、ブログにも、ほぼ同時掲載しています。
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無名藝人< http://blog.goo.ne.jp/nagayoshi_katz >


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■3Dプリンター奮闘記[27]
3Dプリンターの理想と現実

織田隆治
< http://bn.dgcr.com/archives/20140123140100.html >
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さて、新年2回目の掲載です。そろそろ新年気分も抜けて、皆さん猛烈に仕事モードに突入している事でしょう。僕は、休みもほどほどに、年末年始も少ししか休めなかったので、今はもう最高に仕事モード。

今、僕は専門学校の「3Dフィギュア」なる学科で教えているのです。学生さんが作った3Dデータを、うちの事務所にある3Dプリンターで出力して、それを仕上げて塗装、という感じで授業を進めているのですが、やはり3Dプリンターの理想と現実というのは、一般の人にとって、かなりの差があることに気がつきます。

学生さんに3Dプリンターで出力した物を渡すと、彼らが最初に感じる印象は、「え! ほとんど完成していると思った!」という感じですね。

うちのプリンターは、積層ピッチが28ミクロンでかなり細かいのですけど、やはりその積層痕が出ます。ヤスリで表面をならす必要がある訳ですよね。

「テレビで見たら、凄くきれいなのが出て来るって思ってたのに〜」と言う生徒さんが結構いました。

この先、そういったプリンターも出て来るとは思いますけど、やはり今の段階ではまだまだそういう訳には行かないんですよね。

テレビ等のマスメディアで放送される3Dプリンターでは、頭に思い浮かんだものが、夢のような完成品で出て来る! というイメージを持ってしまうんです。これは、学生さんに限った事ではなく、普通の人もそう思っている人が多いのが現実です。

現実には、おおまかな形状が出て来ること自体が凄いことなんですがね。3Dプリンティングにマッチしたデータの製作方法や、出力した後の処理等、まだまだ啓蒙していく必要があると感じました。

3Dプリンティングの技術は、これからどんどん成長していく分野でしょうし、若い人に教えることが出来るのは、とても有意義で楽しいことです。

彼らが社会に出る頃には、3Dプリンティングによるモノ作りは、今よりもっと身近なものになっていますよね。きっと。長生きしたいなぁ。

これからも、「3Dプリンターとはこういう物やねん!」という知識を持った人を増やすために、色々な所で講義やセミナー、ワークショップ等をやって行きたいと思っています。

なんか、うちでもやってよ! とか、そういう事案がありましたら、3Dプリンターの基礎と、3Dプリンターを使った実際の製作の事例を引っさげて参上しますので、お気軽にご連絡ください。使える人を増やさないと意味ないですしね。

フィギュアに向いた3Dプリンター
工業製品の試作や生産に向いた3Dプリンター
大きな物を作ることに向いた3Dプリンター

と、今でも色々な棲み分けが自然に起こってきてます。ひとつの3Dプリンターですべて出来るわけでもなく、一長一短があるんですねぇ。

僕も、もう数種、別のプリンターが欲しいところで、今どれを導入すべきか画策中。まあ、予算との兼ね合いもあるんですけど、やっぱり実際にじっくり使ってみないと、その良さ、悪さなんて分からないですし、ちょっと触った程度で判断するのは、問題あるな〜っと思ってます。

実際、「BFB 3D TOUCH」というプリンターを2年以上使っていますが、このプリンターの良い、悪いは、やはり数か月〜一年くらい使ってみて、初めて分かることが多いです。僕の認識力が低いんちゃうの? と言われると「ハイ、それま〜で〜よ〜」なんですけどね…

最近導入した「objet24」にしても、とても素晴しいプリンターではあるのですが、それが「BFB 3D TOUCH」よりもすべてにおいて優れているか? と言えばそうでもないんですよね。

そういった違いを、じっくり使った上での判断っていうのは、記事やスペックだけで判断することの出来ない、素晴しい発見とかがあったりするんです。

専門家という方は、スペックだけ見れば想像が着くのかもしれませんが…。僕みたいな職人が、実際に使い倒して見えて来るものとは、視点が少し違うのかもしれません。

だから、僕は実際使い倒してみて、そのプリンターの長所、短所を述べて行きたいと思ってます。

安いプリンターは良いものなんて出来ない。それはそうとも言えるんですけど、使い方によってはかなり凄いものが出来たりします。

まあ、そりゃあけっこう力技もあったりして、かなり手間暇かかりますけど、出来ないこともないんですよ。要するに気合いと愛情(笑)

でも、僕としては良いプリンターも欲しいのはホンネなんですけどね(笑)そんな資金源なんてないわぁ〜。う〜ん。宝くじでも当たるとか、奇特な投資家さんとかが出資してくれるとかないやろか……。

と、日々なんとなくそう思いながら、それでも時代は進んで行くので、日夜業務と試行錯誤に追われておりますのですよ。

ああ、そう言えば、2月9日(日)は幕張メッセで「ワンダーフェスティバル2014冬」。ぼちぼちその準備の追い込みにも入っていくのであります。

3Dプリンターや造形に興味があって、幕張だったら行っても良いかな、という地理にある方は、是非覗きに行ってください。素晴しい造形、ヤバい造形、3Dプリンターを使った造形、色々な造形を見ることが出来ます。その上、コスプレイヤーや、力つき、果てたディーラーの姿も見ることも出来ます。

え? そんなの見たくないですかああ???>果てたディーラーの姿

いやいや、それが結構、憂いのある哀愁、みじめさの中にも、達成した喜びがにじみ出る、なかなか非凡な風景を見ることが出来る、貴重なショットだと思います(笑)

では、そろそろ私もその世界へ…。
生きて戻ってきたら、またここでお会いしましょう。

【織田隆治】FULL DIMENSIONS STUDIO(フル ディメンションズ スタジオ)
< http://www.f-d-studio.jp >

暇な時には音沙汰ないのに、ワンフェスの準備に本腰入れる時期に限って、沢山のお仕事が来る訳ですよ。お仕事があるって、有り難いっす! ハハハ


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編集後記(01/23)

●「名画」を見る旅に出たのは昨年の11月だった。31本の古い名画(洋画)を見ようと決意したのだ。なにが名画なのか、映画には暗いわたしにはガイドが必要だ。それが漫画「テレキネシス」(作・東周斎雅楽/画・芳崎せいむ)全4巻である。山手テレビの旧社屋にあるテレビキネマ室(通称テレキネシス)で映画三昧の超問題プロデューサー・東 華山と、新入社員マキノが中心で展開する、テレビ局の人間関係の物語だ。中心となるひとつのテーマがあるが、東から薦められる映画と出会った人々が、映画の不思議な力で少しだけ幸せになっていくというエピソードが入るのが、毎回のお約束なのだ。

メインテーマの流れも興味深いが、サブテーマである映画紹介が、じつにうまくストーリーに組み込まれている。各回タイトルは映画タイトルそのまんまで、最後のページで園村昌弘がその映画について語っている。全4巻の漫画に31本のお薦め映画が登場するわけだが、第8話「ジャッカルの日」のコラムはなぜか「山河遥かなり」なのだ。そういうわけで、正しくは32本の「名画」となる。

わたしはこのうち11本まで見て、これから見るのが、先日レンタルしたばかりの2本である。計13本、まだ全体の40%である。あと19本は最も通っているレンタルショップにも、ふたつの図書館にもない。ショップも図書館も検索をかけたから間違いない。さてどうするか。

東 華山はマキノとの会話で「映画が有害じゃないかって考えたことがある」と言う。「現実逃避の材料になるんじゃないかって」「映画はな、現実に潜むドラマを見逃すな! 感動を見逃すな! そのための仮想現実として、感受性を磨く道具なんだって今は思っている」「でも、それ以上の意義はさ、涙だよ」「大地に雨が必要なように、人には定期的に涙が必要なんじゃないかな」「きっと映画は、実際の人生でなかなか泣けない人のために存在しているんだよ」

そうかもしれない。実際の人生では泣くチャンスは多くない。父母が死んでも涙が出ず、葬儀でウケる挨拶をしようと狙っていたひとでなしだ。だが、映画ではたしかに泣ける。いままでずいぶん泣いたが、映画が何だったかは忘れた。最近では「名画」ラインナップの「三十四丁目の奇跡」で涙ボロボロだった。でも「ライトスタッフ」「めぐり逢い」「大いなる勇者」などは、たしかにある種の感動があったが泣くほどではない。嗚呼、もっと泣きたい。(柴田)

< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4091875912/dgcrcom-22/ >
「テレキネシス」


●昨日の薬用せっけんミューズの『ノータッチ泡ハンドソープ 自動ディスペンサー』キッチンタイプ。パッケージに小さなシールがついていた。LINEスタンプ(期限一年)がもらえるキャンペーンだという。

スタンプはLINEアプリからしかダウンロードしたことない。ものは試しと、シールをめくる。QRコードがついていたので読み取ってダウンロードページに。そこでシールに書かれてあったシリアルナンバーを入力すると、使えるようになった。

キャンペーンはノータッチに加え、泡ハンドソープ・液体ハンドソープの本体にもついているらしい。インフルエンザやノロが流行り始めているらしいので、こまめな手洗いをした方がいいらしいよ。洗面用にポンプ式のハンドソープがあるんだけど、こっちもノータッチにしたら楽しくていいかもなぁ。

LINEスタンプ以外に、ミューズ総計1,000年分相当プレゼントキャンペーンというのがあったよ。よく見ると2年分を500名というもの。やられたー。(hammer.mule)
< http://pr.line.naver.jp/muse/ >
キャンペーン詳細。2月10日まで

< http://cp-muse.jp/nomore/ >
「人を疑うことを知らない、というか悪事に気づいていないのでは?とも言われる、ある意味最強のほのぼのファミリー。」だったわ……。全体の9%