歌う田舎者[53]「ヒーローになる時、それは今」に備える
── もみのこゆきと ──

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世間を賑わす話題が賞味期限切れになるのは早いものでございます。1月末はSTAP細胞の作製成功で猫も杓子も割烹着を買い漁っておりましたが、月が変わると新聞もネットもサムラゴーチ一色に塗り替えられ、ソチ五輪が始まれば羽生結弦に熱くなり、浅田真央に涙し、まっこと日本は忙しい国でございます。

羽生選手など、わたくしにとっては許せない男の典型でございます。それは、「わたくしより背が高いのに、わたくしより体重が軽い男」という、もみのこ的ダメ男の定義第一条に抵触しているからでございます。

ソチでいかに華麗な舞を見せても「ふふん。そんな男、歯牙にもかけなくってよ! ばあや、塩をまいておしまいっ!」と言いたいところなのですが、演技中のあの射るような視線の魔力にほだされて、許してやってもいいなというか、これこれ近う寄れと申し上げたいような気がいたします。

お前が許しても向こうが許すかという識者の意見もありましょうが、ほっといてくださいませ。


そのようなわけで、新しい話題が立ち上がるたびに、脳内がきれいサッパリ上書きされるのは日本人の習い性。そろそろ上書きならぬ上書かれモードに入った小保方博士は、やっと静かな環境で研究に打ち込んでおられるのではありますまいか。

それにしても、脚光を浴びヒーローになられた方々は、指輪がヴィヴィアン・ウエストウッドだのムーミン好きだのに始まって、懇意にしている定食屋や神社に奉納した過去の絵馬まで掘り出されるなど、誠にもって気苦労が絶えないことと存じます。

なかでも卒業アルバムや文集などは一番に掘り出される代物。ああ大変だわ。人ごとじゃなくってよ。わたくしもあらぬものが掘り出されないようにセキュリティには気をつけなくちゃ……と、日々用心して玄関前でALSOK体操などしていたわけでございますが、何10年たっても、誰もわたくしの卒業アルバムや文集など掘り出してはくれません。いたしかたないので自分で掘り出して見ることにいたしました。

埃をかぶり、ガムテープで封印された段ボールの中に鎮座ましましていたのは、『柏葉』とタイトルが付けられた中学校の卒業文集でございます。タイトルは、校訓『柏葉の枯れても落ちぬがんばりを わが学び舎の心ともがな』からきております。

当時、我が母校は日本一のマンモス校と呼ばれておりまして、わたくしの在学していた頃でも一学年17クラス、700名以上の生徒がおりました。よって卒業文集と申しましても、700名分の作文など掲載できず、一言コメントのみ、なのでございます。

御託はさておき、数10年ぶりに端が黄ばんだ文集の表紙をめくり、一言コメントを探してみましたの。ええと、確かわたくしは3年16組……。あ、ありましたわ。どれどれ……。

『はっ、はじめてガラスを割ってしまった! スリッパ投げつけて。五百円の散財』

……あの、これは何でございましょう? これは卒業文集でございますわよね? でも上から見ても下から見ても、この文章の作者はわたくしのようでございます。ちなみに、前の名簿番号の方は、小運動会やクラスマッチの感激についてしたためておられ、次の番号の方は、友達と作ったアニメサークルの思い出を書き連ねておられます。

再度、読んでみましょう。

『はっ、はじめてガラスを割ってしまった! スリッパ投げつけて。五百円の散財』

そう、おぼろげながら覚えておりますわ。なにやら教室で大立ち回りを演じていて、追い詰められてスリッパで反撃したら、それが校舎の窓ガラスに命中してしまったんですわよ。

あら、誤解なさらないでいただきたいわ。元ヤンだったわけではありませんのよ。♪行儀よ〜くまじめなんて 出来やしなかった〜♪ のは確かですけど、♪夜の校〜舎 窓ガラ〜ス壊してまわった〜♪ わけではございません。まじめにまじめに中学生活を勤めあげ、娑婆に出たんですもの。

それにしても窓ガラスの修理代が五百円であることを卒業文集で嘆くあたりに、小者感が漂っております。

この五百円をどこから捻出するか、いたいけな15歳のわたくしは、そのことで頭がいっぱいでございました。どこかに五百円落ちていないかと、帰り道に目を皿のようにして、地面を見つめながら歩いたものでございます。

そんなときに卒業文集のコメント書けと言われても、他に何が書けましょうや。ここがSTAP細胞と単細胞の違いでございます。わたくしも頭から黒酢でもかぶったら、酸で単細胞が治るってことはないかしらん。

ついでに、中学生の頃、ほの字だった男子の一言コメントを探してみました。

『いつでも自分の生きざまってものを信じて、そしてそれを貫く……悪魔でも理想』

フッ……夜露死苦な男にしか思えませんわね。あるいは今流行りのポエマーでございましょうか。海辺にバイクを止めて、ハイティーン・ブギを歌いたくなりますわ。

しかしながら、ほの字男子は、その後県下一の進学校に進み、今や神々しい銀行員。金融庁監査と戦い、土下座したり倍返ししたりしているわけでございます。知らんけど。

銀行員の妻なら左団扇で暮らせたというのに、まったく逃がした魚は大きいというか、逃してばっかりというか、あの青春のワンシーンで「翔(仮名)、あたい、あんたの子供ができたんだ」くらいブチかまして脅迫すりゃあよかったのにっつーか、手もつないでねえのにどうやったら妊娠すんだとか、お前は聖母マリアかとか、とりあえずどうでもいい妄想が炸裂するばかりでございます。

それにしても、わたくしのバカっぽい卒業コメントはなんとかならないものでしょうか。

2020年東京ババリンピックに出場し、4回転ジャンプしながらダンクシュートする神業で、ヒーローインタビューを受ける予定なのですが、その時に掘り出される卒業文集が『五百円の散財』かと思うと、臍を噛む思いでございます。ああ、口惜しや。

なぜ『いつかは人道支援のために紛争地帯で医師として活躍したいと思います』とか、『持続可能な地球を子どもたちに残すため、環境を守るエンジニアになりたいです』とか書かなかったのでしょう。中学3年のわたくしにこそ、ゴーストライターが必要だったのでございます。

それにしても、卒業コメントを書いてから数10年が経過し、未だに五百円の出費に汲々としているわたくしの人生というのはいかがなものか。15の春から1ミリも進歩していないではありませぬか。

皆様も卒業文集を侮ってはなりませぬ。あれはヒーローになる時を予想して書かねばならぬ代物。ゆめゆめ油断めさるな。

そんなこといっても、卒業文集なんて今更どうしようもないとおっしゃるそこのあなた。お子様がいらっしゃるでしょう。わたくしが人生の失敗を踏まえ、将来ヒーローになるかもしれないお子様のために、ひと肌脱いでゴーストライターになって進ぜましょう。

そろそろ卒業文集を書かねばならない季節です。一本五百円でいかがですか。

※「HERO『ヒーローになる時、それは今』」甲斐バンド
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※「卒業」尾崎豊
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※「ハイティーン・ブギ」近藤真彦
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【もみのこ ゆきと】qkjgq410(a)yahoo.co.jp

五百円の出費に思い悩むわたしとしては、税金対策なんぞまるっきり考える必要もないと申しますか、そもそも申告したって非課税に決まっとるのでございます。しかしながら昨年の確定申告時、係員に体育館の裏に拉致されて、青色申告の素晴らしさを懇々と説かれ、印鑑押さないとポアされそうだったので、「所得税の青色申告承認申請書」なるものを提出していたのでした。

まあこれも人生勉強のひとつではあるまいかと思い直し、青色で確定申告書を出して見ることにしたのでございますが、「もみーたん、初体験なの。ぽっ」ってことで、猛烈に時間がかかったので、昨年の係員に損害賠償を請求するとか、責任を取って結婚してもらうとか要求しても良いのではないでしょうか。

一番オベンキョになったことは車の減価償却で、自宅用だった車を途中から業務用資産にした場合の計算方法でございます。耐用年数を1.5倍にして計算するとは知らんかったわ。
< https://www.nta.go.jp/shiraberu/zeiho-kaishaku/shitsugi/shotoku/04/17.htm
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