映画と夜と音楽と…[623]熱狂の中で冷静を保つには…/十河 進

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           〈探偵マイク・ハマー 俺が掟だ!/キッスで殺せ!〉

●「乱れた大気」はショーが38歳の1951年に出た

ショーと言えば、日本ではバーナード・ショーの方が有名かもしれない。戯曲「ピグマリオン」を書いた皮肉屋のイギリスの文学者である。もっとも、「ピグマリオン」はミュージカル「マイ・フェア・レディ」になったから残ったので、僕は今まで「ピグマリオン」を読んだ人には会ったことがない。舞台の「マイ・フェア・レディ」はジュリー・アンドリュース主演でヒットしたが、映画化(1964年)にあたっては「知名度がない」ことを理由にオードリー・ヘップバーンに変わった。

僕にとってのショーは、アーウィン・ショーである。昔、全盛時代の山口百恵が「愛読する作家はアーウィン・ショー」と言ったことがあり、一時的に講談社文庫の「夏服を着た女たち」が売れたことがある。しかし、今では書店で本を見かけることもなくなった。もっとも僕は短編集を三冊、長編を六冊持っている。それでも、ショーの代表作「若き獅子たち」、上中下の三巻で出た「リッチマン・プアマン」は入手できなかった。


NHKだったと思うが、昔、テレビドラマ「リッチマン・プアマン」が放映されたことがある。二時間ドラマで六回連続だったかな。主演は、ニック・ノルティとピーター・ストラウスだった。僕が初めてニック・ノルティを見たときだ。彼は、貧乏な弟を演じた。一方、「若き獅子たち」は戦争文学の代表作と評価され、エドワード・ドミトリク監督によって映画化(1958年)された。マーロン・ブランドがナチスになじめないドイツ軍の青年将校を演じている。

アーウィン・ショーが日本で読まれるようになったのは、常盤新平さんの功績が大きい。自らを「ショーの宣伝マン」と称した。小泉喜美子さんはショーの短編「八十ヤード独走」に衝撃を受け、後に自らも長編を翻訳した。ショーは長編もたくさん書いていて、僕はほとんどのタイトルを把握していると思っていたが、数年前、古本屋でマガジンハウスから出版された「乱れた大気」の単行本を見つけたとき、「こんな長編もあったんだ」と無知を恥じた。

「乱れた大気」は1951年、ショーが38歳のときに出た長編だった。翻訳は1994年に出ている。若いときから演劇界で活躍したショーは、長編の主人公に元映画スターやプロデューサーなどを設定するが、「乱れた大気」の主人公はラジオドラマの演出家である。当時はまだラジオが主流で、ドラマの演出家は花形の職業だったのだろう。しかし、ショーが描くのは「赤狩り」の実態だった。

毎週放送されている人気ラジオドラマの収録が終わったところから物語が始まる。演出家のクレメント・アーチャーは上司に呼ばれ、ドラマのキャストとスタッフの中の五人が共産主義者(コミュニスト)だと名指しされた雑誌記事が出るから、その前に五人をクビにしろと言い渡される。良心的なアーチャーは「本人たちに話を聞く」と主張し、二週間の猶予を約束させる。その二週間のアーチャーの苦闘が、上下二段、400ページを越える長編で展開される。

アーウィン・ショーは、ある時期からアメリカを出てヨーロッパで暮らし始めた。「乱れた大気」を読むまでは優雅な生活だと思っていたけれど、もしかしたらヨーロッパに逃れた映画監督たちのように、ショーも「赤狩り」の風潮にいたたまれずアメリカを出たのだろうか。「乱れた大気」のアーチャーの苦悩は、ショー自身が体験したことのような気がする。

「ハリウッド・テン」(前述のエドワード・ドミトリク監督もそうだ)と呼ばれる十人(実際はブレヒトを含めた十一人)が共産主義者として弾劾され、非米活動委員会に召還されたのは1947年だった。ショーは、その時代の空気をそのまま「乱れた大気」に反映している。共産主義者をかばったアーチャーは、彼らのシンパとして弾劾される羽目に陥る。リベラルでニュートラルであること、さらに人間的であろうとすることが困難な時代だったのかもしれない。

●ロシアの爆弾が落ちてくるから机の下に隠れる訓練?

「乱れた大気」を読んでいたとき、最近の日本の風潮に似ている気がした。近隣諸国との緊張が強調され、ナショナリズムが高まっている。首相の周囲で危うい発言が頻発する。週刊誌が「嫌韓・憎中」を煽る。仮想敵国が現実的になり、人々は近視眼的で短絡的な方向に向かう。僕はずっと、アメリカの赤狩り時代を集団ヒステリーだと思っていた。湾岸戦争の支持率が90パーセントを超えたときにも、「アメリカっていう国は極端に走るよなあ」と思ったが日本もあまり変わらない。

──一九五一年、わたしは小学校に入学した。学校でやらされた訓練のなかに、空襲警報が鳴ったら、ロシアの爆弾が落ちてくるから机の下に隠れるというのがあった。いつロシア人たちが飛行機からパラシュートで降下してくるかわからないとも教えられた。(中略)何かがおかしかった。こういう恐怖の暗雲におおわれた毎日は、子どもたちの生き生きした心を奪う。銃を向けて怖がるのと、本当は存在していないものを怖がるのとはちがうのだ。しかし、この脅威を大勢の人間が大まじめで信じこみ、それが伝染した。

これは、先日読んだ「ボブ・ディラン自伝」に出てきた文章である。実際の体験として読むと、その当時のアメリカの社会が実感できた。共産主義者たちが破壊工作を行いソ連が攻めてくると、60数年前のアメリカの大衆は思いこんでいたのだ。「アカ」はアメリカの敵だったのである。そして、今は「共産主義者」が「テロリスト」に変わった。9・11の後、アラブ系の人々はいわれのない差別を受けた。

そんな時代の大衆に、ミッキー・スピレインという作家が「アカ」の恐怖を煽った。彼自身も反共主義者だったのだろうが、現在のエンターテインメイト作家たちが安易に「テロリスト」を悪役にするように、スピレインは「共産主義者」を悪役にした。何しろ「聖書より売れた」と言われる小説家である。セックスとバイオレンスで彩られた、半裸の美女の絵が表紙になった大衆小説であり、青少年たちにとっては一種のポルノグラフィでもあった。

昔、「ラスト・ショー」(1971年)の原作小説を読んでいたら、「『私は陪審員』に出るパンティを落とすシーンを証拠にされたためである。その本は、町のドラグストアーで、いつも売り切れになっていた」という文章が出てきた。「私は陪審員」って何だ? と僕は思った。1950年前後、主人公たちはハイスクールに通うハイティーンだ。テキサスの田舎町、一軒だけある映画館が閉館する。そんな時代に若い彼らは、「私は陪審員」という小説を読んでいる。

「私は陪審員」は、ミッキー・スピレインの小説の直訳だった。「I,the Jury」が原題で、早川ポケットミステリの五冊目に「裁くのは俺だ」という邦題で出版された。早川ポケットミステリの一冊目は、同じくスピレインの「大いなる殺人」だった。一度だけ、スピレイン自身を見たことがある。「刑事コロンボ 第三の終章」(1973年)に、殺されるベストセラー作家として出演したからだ。ほとんど、本人の役だった。

●探偵マイク・ハマーに託して描き出す「アメリカの正義」

スピレインが自作の主人公「探偵マイク・ハマー」に託して描き出す、「アメリカ万歳」のナショナリズムと反共思想は今読むとうんざりするけれど、十代の僕は喜んで読んでいた。タフガイ探偵の代表は、間違いなくマイク・ハマーだ。スピレインがいなければ、その後の探偵たちは生まれていないだろうし、日本でも大藪春彦は登場していない。だから、マイク・ハマーという名前に思い入れがある人は多い。

矢作俊彦さんは早くから短編や長編を「ミステリマガジン」に書いていたが、初めて出た単行本は「マイク・ハマーへ伝言」(光文社)だった。そのスタイリッシュな文体に、僕はひどく影響を受けたものだった。林海象監督は「我が人生最悪の時」(1994年)で永瀬正敏が演じた探偵を「濱・マイク」と名付け、「探偵 濱・マイク」はテレビシリーズとしても放映された。一般的な私立探偵の代表は、フィリップ・マーロウではなくマイク・ハマーなのである。

アクション映画としてよくできていたのは、「探偵マイク・ハマー/俺が掟だ!」(1982年)だった。「裁くのは俺だ」(あるいは「私は陪審員」)が原作である。30年後の映画化だから、出版当時のファナティックな雰囲気はない。アーマンド・アサンテが演じたマイク・ハマーはきびきびした動きがよく、物語もてきぱきと描かれていく。時代を反映させ、マイク・ハマーはベトナム帰りに変更されていた。

当時、僕は「小型映画」という8ミリ専門誌の編集部にいて、双葉十三郎さんの映画紹介のページを担当していた。「探偵マイク・ハマー/俺が掟だ!」は双葉さんのお気に入りだった。B級映画の代表みたいな作品だが、いかにも双葉さんの好きそうな映画だった。もちろん、僕も大好きで、双葉さんの原稿をもらったとき、「あの映画いいですよね」と盛り上がった。双葉さんは、レイモンド・チャンドラーの「大いなる眠り」(創元推理文庫)を翻訳した人である。

もう一本のマイク・ハマーものとしては、ロバート・アルドリッチ監督の「キッスで殺せ!/Kiss Me,Deadly」(1955年)がある。昔、五木寛之さんのエッセイ「風に吹かれて」を読んでいたら、学生時代のデモの回想をしている話に「『原爆で殺すな、キッスで殺せ』というプラカードを書いて顰蹙を買った」というエピソードが出てきた。1955年(昭和30年)の公開だから、五木さんの早稲田時代だったのだろう。

「キッスで殺せ!」は、当時の観客を驚かせるような始まり方をする。タイトルバックは夜のハイウェイ。トレンチコートだけを身につけた若い女が裸足で走っている。そのシーンに女のあえぎ声が重なる。それは、息を切らして逃げている女のあえぎなのだが、間違いなくセックスの声を連想させる仕掛けだ。大胆だなあ、と僕は思った。ハリウッドの倫理委員会も苦笑いするしかなかったのだろう。

その女を、オープンカーで通りかかったマイク・ハマーが助ける。しかし、ふたりは追いかけてきた悪漢たちに捕まり、女は拷問されて(この辺もスピレイン的ですね)死に、マイク・ハマーは意識不明なまま車に乗せられ崖から落とされるが、何とか一命を取りとめる。回復したマイク・ハマーのリベンジが始まる。もちろん、マイク・ハマーの調査は荒々しく乱暴だ。口を割らない男は徹底的に痛めつける。

やがて判明するのは、コミュニストたちの陰謀である。冷戦時代を皮肉るように、最後は原子爆弾を連想させる秘密兵器をマイク・ハマーが悪漢たちから奪う展開になる。セックスとバイオレンスに彩られた原作のテイストを生かした、わかりやすいアクション・ドラマとして成立させながら、監督のロバート・アルドリッチは独特の批評眼を仕掛けている。マイク・ハマーが派手に暴れれば暴れるほど、「冷戦」や「赤狩り」などがバカバカしく思えてくる。

名門の一族に生まれたロバート・アルドリッチだが、大学をドロップアウトして映画界に下働きとしてもぐり込み、ジャン・ルノアール、エイブラハム・ポロンスキー、ジョセフ・ロージーなどの監督の下につき、チャップリンの「ライムライト」(1952年)の助監督も務めた。彼の師匠たちは、みんな赤狩りの被害者である。エイブラハム・ポロンスキーは長く仕事がなかったし、ジョセフ・ロージーとチャップリンはアメリカを離れた。

そんな師匠たちの姿を見ながら、アルドリッチは何を思っていたのだろう。「乱れた空気」の主人公アーチャーと同じように、赤狩りでパージされる師匠たちを救おうとしたのではないか。アルドリッチ監督作品を見ると、そういう人間に違いなかったと思えるのだ。真摯に、誠実に、彼はあの時代に対処した。巻き添えを怖れず、彼は自分の信念に従って生きたのではないか。

当時、赤狩りの犠牲者たちをかばう発言をし続けた有名なハリウッドスターは、共産主義シンパと見なされ「私は共産主義者ではありません」という新聞広告を出さざるを得なかった。そんな…イヤな時代だったのだ。しかし、周囲の熱狂の中で「乱れた大気」の主人公は、友人に裏切られても冷静さを保つ。僕も、どんなに世間がひとつの方向に振れようと、冷静さは保っていたい。熱狂に巻き込まれると、視野を狭くする。それは間違いない。

【そごう・すすむ】sogo1951@gmail.com < http://twitter.com/sogo1951 >

折りたたみ式の小振りな自転車を買った。オートライトで、6段変速である。しかし、安物なので中国製だ。「この値段で国産はありません」と店員の弁。まあ、いいかとカミさんの希望で赤い自転車になった。ということで、革ジャンにジーンズ姿でサングラスをし、赤い自転車に乗っている。漕げども漕げども進まない。

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