[3649] サーバの中で生きているただのデータたち

投稿:  著者:  読了時間:23分(本文:約11,200文字)


《苦節27年ようやく写真集が出せた感》

■アナログステージ[111]
 サーバの中で生きているただのデータたち
 べちおサマンサ

■Take IT Easy![07]
 Eric Clapton来日記念 番外編
 若林健一 / kwaka1208

■デジアナ逆十字固め…[134]
 「日本の写真文化を海外へプロジェクト」に参加
 上原ゼンジ


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■アナログステージ[111]
サーバの中で生きているただのデータたち

べちおサマンサ
< http://bn.dgcr.com/archives/20140304140300.html >
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前回は、個人的な愚痴もチラホラと混ざった内容になってしまいましたが、オイラが個人で楽しんでいる、『黒猫のウィズ』という、オンラインゲーム(ソーシャルゲーム)でのゲームバランスが、運営自らの手によって、崩れてきてしまっていることを書きました。

ゲームバランスが崩れるほどの改悪を、なぜする必要があったのか、すでにゲーム内で起こってしまっているインフレを食い止めることはできるのか。また、そこに動くリアルマネーとの対価を、オイラ個人的な視点で書いてみますね。

前回も書き添えておきましたが、運営批判とか、ゲーム批判、オンラインゲーム(ソーシャルゲーム)の存在否定とか、そういう類ではございませんです。「形として実在しないものへの投資」を中心に書いております。

それと、スマホアプリでのゲームは、ソーシャルゲームというより、「オンラインゲーム」というほうが正解のような気もしますので、このコラム内では、ソーシャルゲームではなく、オンラインゲームで統一させていただきます。

タイトルを変えておりますが、前回はコチラ↓↓↓

・アナログステージ[110]仮想世界で動くリアルマネー
< http://bn.dgcr.com/archives/20140204140300.html >

お金を支払って購入をすれば、何らかの「形」として、自分の所有物になるのは当たりまえのことですよね。それが、自動車であろうと食料品であろうと、完全に個人の所有物になるのだから、煮て食おうが焼いて食おうが、味付けも盛りつけも、その人の自由。

レンタルのように、一時的に、持ち主へお金を払って借りているものは、これまた当然のことながら、自分の所有物ではないので、借りた状態のままで、持ち主へ返却することになる。まぁ、ここまでは、普通に生活していれば、ごく自然というか、当たりまえの話で、おかしいとは誰も感じないでしょう。

もし、皆さんが、これからお金を支払って購入しようとするものが、手にとって、肌で感触を確かめたり、鼻を近づけて香りを確かめたり、本来、人間が持ち合わせている、五感という感覚機能使っても感じることができない、ただの『データ』だとします。データなので、唯一できる確認作業は、視覚に頼ることになるので、五感ではなく、四感ですね。

クレジットカードで、パッパカパッパカと、引落し口座の残高を気にしないで買い物できるヒトは、まぁ、ちょっとアチラに置いといて、購入するまえに、「お金を払ってまで本当に必要なのか?」など、購入を決めるまで、自分なりの価値感と、お財布の中と相談して決めるかたが大半だと予測します。

●カタチがあるから遊び方も無限だった

思い返せば、2006〜2007年ころに、モバゲーやGREEが、携帯電話向けのソーシャルゲームを展開し始めたのを皮切りに、携帯端末でのゲームコンテンツが急速に広がりを見せたのは、皆さんの記憶にも新しいと思います。市場が活性化されていくのと同時に、暗な部分もジワジワと顔をみせはじめ、2012年には『コンプガチャ問題』として、消費者庁が、業界全体に釘を刺したことも、記憶に新しい。

ガチャ(ガチャガチャやガシャポン)が、年齢関係なく、射幸心を擽られる遊びであることは、幼少のころから実感している。スーパーカー消しゴム(カー消し)から始まり、キン肉マン消しゴム(キン消し)などいろいろ。爺さんや婆さんからお小遣いをもらっては、弟と一緒に、友達と一緒に、近くの駄菓子屋で回しては、まだ手持ちにないキャラが出れば大喜び、ダブって出ればガックリ。

ガチャったカー消しやキン消しを、ただコレクションするわけではなく、そこには、子どもなりの遊びの世界がたくさん広がっておりました。将棋盤の上に並べて、陣取り合戦みたない遊びもしましたし、駒の代わりに消しゴムを並べて将棋をしたり。本当にたくさんの遊びかたがありました。

カー消しやキン消しのように、形として存在しているアイテムは、子どもなら先ほどのように、ガキンチョワールドで楽しんで遊べますし、大人になれば、コレクションという、ちょっとした息抜きの娯楽にもなります。

しかし、オンラインゲームのキャラクターたちは、目では見れるものの、所詮は、ただのデータ。手にとることもできなければ、部屋に飾ることもできません。できるとしたら、スクリーンショットで画像を保存しておくことくらいでしょう。

モバイル端末や、パソコンの画面でしか見れないキャラクターたちは、そのゲームの世界でしか楽しむことができませんし、運営サイドが開発やサービスを停止したら、セカセカと集めたものは、すべて一瞬でなくなります。当然のことながら、レアアイテムに費やしたお金が返金されるわけでもなく、ただのデータは、自分の手元に形として、なにひとつ残ることがありません。

キャラクターやアイテムの急なインフレは、始めのうちは、プレイヤーたちもお祭り騒ぎで大喜びするかもしれませんが、その後続でリリースするアイテムに、当然のことながらプレイヤーたちは注目します。

次回は、もう少し話しを掘り下げて書いていきます。

【べちおサマンサ】pipelinehot@yokohama.email.ne.jp
NDA拘束員であり、本当の横浜を探しているヒト。ぶら撮り散歩師。
Twitterはコチラ→< http://twitter.com/bachiosamansa >
まとめはコチラ→< http://start.io/bachio >

∵多曲入魂──音とリンクする魂 二曲目∵

前回から始めたオマケ企画ですが、音楽をレビューするということが、こんなにも難しいとは感じておりませんでした(笑) なにが難しいかって、声や音、その空間を支配している音のすべてを、稚拙なテキストとして表現する言葉を持っていないから。あー、日本語不足のアホはツラいなぁ……。

さてさて。今回は、アメリカのジャズシンガー、エラ・フィッツジェラルド(Ella Jane Fitzgerald)でございます。エラとオイラの出会いは、確か中学二年生ころだったと記憶しております。流れとしたら、オールディーズとへヴィメタルを同時に聴きこんでいた時期で、学友と「共通の音楽」というところで、一緒に話せる友人が一人もいない時期でした。寂しかったです。

シュープリームスやらコニー・フランシスなどの、ガールズポップ系を開拓しているときに、パティ・ペイジに出会い、パティからサラ・ヴォーン、ビリー・ホリデー、クリス・コナーなど、女性ジャズシンガーに魅了されつつ、エラでどっぷりと、ジャズボーカルの世界に引きずりこまれました。

ちょうどその頃、レコードからCDに移行が始まったときで、主力はまだまだレコード。レンタル屋さんに置いてある音源も、もちろんレコードが100%。夕方に学校の部活が終わって、せっせと自転車でレンタル屋さんへ足を運び、顔見知りになった店員さんといろいろ話しながら、「これが良かったら、これも聴いてみらたいいかも!」などのアドバイスを貰い、慎重に三枚のレコードを選ぶ(※1)。

レンタルしてきたレコードをカセットテープに録音し、夜、布団に潜りながら(ヘッドフォンを持っていなかったので、防音のためw)目の前で演奏しているところを想像したり、なんだかんだと良い思い出です。

※1:当時は一回のレンタルで三枚までしか借りれなく、少ないお小遣いの中から遣り繰りしなくてはいけなかったので、適当にジャケ選で借りるとかの冒険ができなかったのです。ゴールド会員になると、一回で五枚まで借りれたのですが、ゴールド会員までの道のりは遠く、中学生の財力では追いつかないほど、夢のステータスだったような。

前置きはこのくらいで、本題。エラの魅力といえば、下町大衆食堂のオバちゃんのような、優しく頼もしい、大盛りのカツカレーの皿を持っているようなイメージはさておき、自在変化な歌唱力というか、声質というか、圧倒的なトーンバランスにあると感じております。

エラのアルバムを始めて聴いたのは『Ella In Berlin』で、思春期真っ只中の中学生には、強烈どころか、「音楽と唄」に対する観点が見事に開花し、良くも悪くも、この一枚のアルバムのお陰(?)で、あとあとに聴く、ボーカルモノのすべてを色褪せさせてくれたアルバムでもあります。

この歳になった今でも、これ(Ella In Berlinを)と、ジャンルは正反対ながら、Napalm Deathの『Punishment in Capitals』、この二枚を超えるライブアルバムに出会っていない。ヨボヨボになるまでに、出会えるかな(笑)

『Ella In Berlin』では、一曲目からラストまで、聴き手を飽きさせることなはありません。とくに後半からのエラは、果汁が噴き出すオレンジのような勢いと声の甘酸っぱさ、口のなかで弾ける果肉の爽快感を、耳で楽しむことができ、”Mack The Knife”から”How High The Moon”の歌唱力は、見事の一言。

収録曲の”How High is the moon”で聴ける、エラのキレ味抜群なスキャットと、ビーパップな香り漂う曲の進行、エラをまだ聴いたことがないかたでも、気がつかないうちに、彼女の世界に心を奪われてしまっていることでしょう。

前回のコーちゃん同様、つべ様(YouTube)で検索したら、なんと、当時の映像があるではありませんか。なんなの、YouTube。オイラも初見でしたが、映像を見ると、初めてエラの歌声を聴いた、中学生のころを思い出しました。

映像(曲)は途中で切れてしまっておりますが、当時のエラの歌っている姿を見れるだけでも、貴重な映像です。うp主さま、ありがとうございます!

・ Ella Fitzgerald How High is the moon - YouTube:
< >

いやー、音楽って、本当にステキですね(^^


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■Take IT Easy![07]
Eric Clapton来日記念 番外編

若林健一 / kwaka1208
< http://bn.dgcr.com/archives/20140304140200.html >
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今回は、ちょっとテーマを外れて、先週まで来日していたEric Claptonのお話です。

●40年で19回の来日公演

今回のツアーは、「来日40周年記念」ということなのですが、初来日の1974年から19回日本公演を行っています。ほぼ二年に一回は日本でツアーをやっている計算になるのですが、これって日本人ミュージシャンと同じぐらいのペースかもしれません、それぐらい親日家なのです。

昨年から今年にかけて、いわゆる「海外大物アーティスト」の来日公演ラッシュで「日本に稼ぎに来てる」と言われてますが、ことClaptonに関しては、今まで通りのことなのです。

これまでに来日した年を10年単位で並べると、1990年代の多さが際立ちますね。
1974年、1975年、1977年、1979年
1981年、1985年、1987年、1988年
1990年、1991年、1993年、1995年、1997年、1999年
2001年、2003年、2006年、2009年
2011年、2014年

●ライブの特徴

Claptonのライブの特徴として、「MCがない」「Clapton以外のメンバーも歌う」「スタンドは、ほとんど着席のまま」があります。

・MCがない

ステージ上で発する言葉は、「Hi」「Good evening」「Thank you」ぐらいです。それ以外では、ソロ演奏をやるメンバーの名前を呼ぶぐらい。曲の合間に話をするなんてことは一切ありません。ライブが始まったらずっと演奏だけ、です。

まぁ、べらべら喋るClaptonなんて観たくありませんし、喋りを聴きに来たわけではなく、演奏を聴きに来ているわけですから、当然と言えば当然です。それを、Clapton自身もオーディエンスも分かっているから、その雰囲気がClaptonらしさでもあります。

・Clapton以外のメンバーも歌う

もちろん、メインはClaptonが歌うのですが、ギターを聴かせるライブなので、バンドメンバーが歌うことも多々あります。そんな時、Claptonはひとりのギタリストに徹しています。

また、アンコール前の終盤になるとバンドセッションの時間が長くなり、今日の演奏も大詰めって感じが伝わってきます。

・スタンドは、ほとんど着席のまま

ロックのライブというと、アリーナもスタンドも始まると同時に席を立つのが当たり前になってますが、スタンドはほぼ着席のまま楽しめます。ファン層の年齢が高いということが第一の理由であることは否定できませんが……。

●70歳でツアー引退

このように熱心なライブ活動を続けて来たEric Claptonですが、本人の口から「70歳でツアーを引退する」というコメントが出たようです。

現在68歳で来年には70歳を迎えるため、今回の来日が最後か、もしかするともう一回ぐらい来てくれるのか、ファンにとってはとても気になるところです。

ツアーはやめると言ってるものの、2004年から3年間隔で開催している、「Crossroads Guitar Festival」のような単発のステージはあるかもしれません。元気なうちはまだまだステージでギターを弾く姿を見せて欲しいものです。

●Eric Claptonなんて聴いたことがない、というあなたへ

ライブの定番曲でYouTubeに上がっているのものから、良いと思うものを集めてみました。Eric Claptonなんて聴いたことがないという方、是非一度聴いてみてください、どこかで聴いたことのある曲があるはずです。

Wonderful Tonight
< >

Tears In Heaven
< >

Change The World
< >

Badge
< >

Lay Down Sally
< >

Crossrords
< >

Layla
< >

もし「気に入った!アルバムも聴いてみたい!」と思われたなら、こちらをどうぞ。

「one more car one more rider」
2001年のライブ盤、収録曲が粒ぞろいです。
< https://itunes.apple.com/jp/album/one-more-car-one-more-rider/id385644384 >

「Complete Clapton」
Completeのタイトル通り、主な曲が網羅されています。
< https://itunes.apple.com/jp/album/complete-clapton/id264998745 >


【若林健一 / kwaka1208】 kwaka1208@pote2.net
Take IT Easy! - 人にやさしいIT
< http://kwaka1208.net/ >
< https://www.facebook.com/kwaka1208net/ >

今回の来日公演、カーテンコールもなくあっさり終わったので、個人的にはちょっと残念ではあったんですけどね。これでお別れとは思いたくない、もう一度日本でお別れ公演をやってくれると信じています。
< http://pote2.net/kenichi/eric-clapton-japan-tour-2014-eric-clapton/ >


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■デジアナ逆十字固め…[134]
「日本の写真文化を海外へプロジェクト」に参加

上原ゼンジ
< http://bn.dgcr.com/archives/20140304140100.html >
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写真集が刊行された。大判でハードカバーのなかなか立派な造りの本だ。以前にも作品集を出しているのだが、そちらの方はA5判のソフトカバーだったし、ハウトゥーページもあったので、あまり「写真集」というような扱いはされず、本人も意気込んで「写真集が出たぞ!」と言うのは憚れるところがあった。

しかし、今回の本は25cm×25cmというサイズでけっこう迫力もあり、当人としても苦節27年、ようやく写真集が出せた感がある。

タイトルは「Circular Cosmos─まあるい宇宙」(シリーズ名)。「宙玉」「万華鏡写真」「うずらの惑星」という3つのシリーズから「丸」つながりでセレクトした。日常の向こう側の、もうひとつの宇宙を垣間見るようなイメージだ。

ずうっと写真を撮ってはきたものの、写真集にまとめるという意識は薄かった。まああまり売れそうな写真でもないから、出すとしても自費出版に近い形になってしまう。しかし、元々が編集者だから自費出版の大変さも分かり、及び腰になっていた部分もある。そんな中、ただ撮るだけじゃなくて、きちんと作品を写真集としてまとめたいなと考え始めた矢先に、今回の本の話をいただいた。

連絡をくれたのは「日本の写真文化を海外へプロジェクト」の代表である柴田誠さんだった。この会はその名前が示す通りに、海外で写真を発表したいという写真家の手助けをしたり、逆に海外の写真事情を知りたいという人のために生まれたNPO法人だ。

活動としては、写真展、フォトフェスティバル、ワークショップなどを通じて日本の写真文化を広めていくのだが、その一環として今回の写真集のシリーズが発刊された。プロフィールやステートメントなどに英文の対訳がついており、基本が海外仕様になっている。

私の本は第一回の配本だが、2月から5月にかけて毎月3冊、計12冊の写真集が刊行される予定。シリーズのすべてが赤い表紙で統一されているので、これがまとまるとけっこう迫力が出そうです。大判の本なので書店で平積みにしたら場所を取っちゃいそうだけど、美術書を扱う書店では置いてる姿が見てみたい。

第一回配本は私の他、高崎勉さんとMichael Hitoshiさんのお二人。高崎さんの「Silhouette」はモノトーンの影絵のような不思議な写真。というか、「Silhouette」自体が「影絵(シルエット)」という意味で、実際に紙に映った影を撮影したものだそうだ。

作品自体はそんなに特殊なイメージではないのだが、1メートルの紙を張った木枠(擬似障子戸)を持ち歩きながら撮ったものだそうだ。その姿を想像すると「やるな」という感じですね(笑)。イメージを追求するための工夫とエネルギーに共感します。

そしてそんな撮影法を知って、あらためて見てみると、確かにただの写真じゃあない。紙に近い影はくっきりと、紙から離れると薄れる微妙な影の味わいがいい。

Michael Hitoshiさんの写真は、都市をヘリコプターを使って俯瞰で撮影したもの。普通の航空写真との違いはその描写の緻密さ。夜景をこんなふうに真俯瞰できっちりと写した写真は見たことがない。闇に浮かぶ街の灯りは美しい模様のようにも見える。

ヘリコプターでホバリングをしながらの撮影はかなり揺れるそうだが、夜間にそんな状態でブレもせずに撮影するのは相当大変なはずだ。この写真にもやはり、自らのイメージを定着させるためエネルギーが凝縮されている。

シリーズはこの後も次々に刊行されていくわけだが、けっこうバラエティーに富んだ人選で面白そう。すでに有名になった人ではなく、まだ知られていない人を海外に紹介していくというプロジェクトには心躍るものがある。自分が選んでもらったということもあるけれど、成功して欲しい、応援したいミッションだ。

自分の写真も海外に紹介して欲しいという人は、ぜひこのプロジェクトに注目し、活動に参加するといいと思います。まだ始まったばかりだけど、今なら目立てるかもしれません!

◇「Circular Cosmos─まあるい宇宙」上原ゼンジ/桜花出版刊
< http://imaonline.jp/ud/photobook/52fdd99fabee7b51e9000001 >

◇Amazon
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4434189174/maminka-22/ >

◇日本の写真文化を海外へプロジェクト
< http://www.japanphotoglobe.org/ >

◇「Silhouette」高崎勉
< http://imaonline.jp/ud/photobook/52fddc98abee7b548e000001 >

◇「Line」Michael Hitoshi
< http://imaonline.jp/ud/photobook/52fdcfebb31ac97960000001 >

【うえはらぜんじ】zenji@maminka.com 
< http://twitter.com/Zenji_Uehara >
上原ゼンジのWEBサイト
< http://www.zenji.info/ >
Soratama - 宙玉レンズの専門サイト
< http://www.soratama.org/ >
上原ゼンジ写真実験室のFacebookページ
< https://www.facebook.com/zenlabo >


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編集後記(03/04)

●鳥居民「原爆を投下するまで日本を降伏させるな」を読む(草思社、2005)。アメリカ大統領ハリー・トルーマンと国務長官ジェームス・バーンズのふたりは、原爆の威力を実証するために、手持ちの二発の原子爆弾を日本のふたつの都市に投下し終えるまで、日本を降伏させなかった。というのが、筆者がこの本で考究する主題である。このふたりのアメリカ人が、広島と長崎に原爆を投下するまでの4か月足らずの行動を丹念に追って、主題を解明してみせる。もちろん、筆者の大胆な推測を交えての叙述だが、充分すぎる説得力がありこれは真実ではないかと思う。

ふたりが戦中、戦後に自分たちの非人道的な計画と狡知な意図を隠すために語った嘘、強弁、自己欺瞞は無数にある。アメリカの正当性と大統領の名誉を守るため、戦後に発表された関係者の弁護も数多い。それらの嘘やごまかしがそのまま流通して、二つの伝説が生まれた。ひとつは100万のアメリカ兵の生命を救うため原爆を投下したのだといったトルーマンの口上。もうひとつは、昭和20年7月28日、鈴木貫太郎首相がポツダム宣言を無視するといった意味合いで、宣言を「黙殺」すると語った。これが原爆投下を招いたのだという伝説。多くの人がその嘘を信じた。多くの研究者がその嘘に追随した。

ふたり(と少数の人物)が持った大きな秘密は、アメリカに原爆があること。ふたりだけの秘密は原爆公開の方法である。原爆開発に尽力した科学者を集めた諮問会議で、大統領勧告として、できるだけ早く日本に対して原爆を使用する、目標は都市とする、事前警告をしないと三項目を決め、彼らのお墨付きを得た。紙に書かれていない四番目が、日本の都市に原爆を投下するまで日本を絶対に降伏させないという箇条であった。ソ連が参戦すれば、一週間後に日本は連合国に降伏してしまう。そうなると「一発で一都市全部を吹き飛ばせる爆弾」は宝の持ち腐れになってしまう。それではスターリンを威嚇できない。原爆製造のための莫大な支出を議会で弁明できなくなる。

ふたりはポツダム宣言を公表するにあたって、日本が降伏しないよう入念な細工を施し、原案から天皇の地位保全の条項を削除してしまった(投下後に、譲歩したと称してそれを復活させる。ペテンだ)。最後通告だという認識を持たせないよう細心の注意を払い、日本側が間違いなく黙殺するように仕組んだ。そしてソ連が参戦する前に原爆をデビューさせ、幾十万もの無辜の民を殺し日本を降伏させた。じつに恐るべき人非人ども、アメリカの正体はここにある。筆者の翻訳調の独特な文体はちょっと手強いが、じっくり読めばその巧緻な論述に引き込まれ興奮させられる。あらためてゆっくり読み直したいと思う。

中国や韓国が日本の歴史認識が云々と、根拠なき反日プロパガンダを続けているが、同盟国アメリカまでがそれに(加えて朝日新聞の論調も)同調する動きをみせている。NYタイムスは安倍首相が第2次大戦の「歴史をごまかそうとしている」と批判し「日米関係に深刻な脅威」とまで書く。要するに近現代の歴史を見直されると、アメリカがやってきた数々の悪事が世界中にばれてしまう。それがなによりも恐いからだろう。これからの日本の最大の敵はアメリカと中国だと思う。お隣の「かまってちゃん」は放置しておく。(柴田)

< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4794214081/dgcrcom-22/ >
鳥居民「原爆を投下するまで日本を降伏させるな」


●続き。オフだけではもったいない気もするし、まだ空気が乾燥していて割れそうなので再ジェルかな。今度は単色ベタにせず、爪先が濃い単色グラデーションにしたいと考えている。伸び始めると、生爪との隙間が目立つようになるのだ。

魔女の爪っぽい長さの人がいるけれど、あれは伸ばしっぱなしにした結果なのかなぁと思ったりした。仕事があると、長い爪は邪魔だし、付け替える時間が必要だから、ギリギリまで短くしてもらいたい。つくづく労働者の手だなぁと思う。

最初から長めに爪を作れる人って、それが美的感覚に合うか、趣味か、時間があってしょっちゅう付け替えられるか、指の長さにコンプレックスがあるか、デコするための土台を大きく取りたいか、かな。(hammer.mule)