[3651] 趣味の構造美をポスターにしてみた

投稿:  著者:  読了時間:21分(本文:約10,200文字)


《早く私も出力したい!》

■わが逃走[137]
 趣味の構造美をポスターにしてみた
 齋藤 浩

■ローマでMANGA[73]
 違和感の理由
 midori

■3Dプリンター奮闘記[31]
 教えるという事(前半)、いよいよ工房事務所引っ越し
 織田隆治

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  怒りのブドウ球菌 電子版 〜或るクリエイターの不条理エッセイ〜
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■わが逃走[137]
趣味の構造美をポスターにしてみた

齋藤 浩
< http://bn.dgcr.com/archives/20140306140300.html >
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『わが逃走』において過去にも何度か語っているが、私は趣味で“構造美”を集めている。美しく機能している構造を探し、それを美しく撮影する! をテーマとしカメラ片手に散歩し続けたところ、それなりの数になってきた。

こうなると本業であるデザイナーとしての血が騒ぐ。これをポスターにしたい。のである。実は数年前からトライアルは続いていた。しかし、気に入った写真をB0サイズにレイアウトし、壁に貼ってみたところ、つまらん! なのである。何故か。

それはポスターでなく、でかい写真だったのだ。でかい写真なら写真として見せればいいのであって、なにもポスターと言い張ることはない。ポスターのタテヨコ比にあわせるため、オリジナルをトリミングしていることもツマラナくなった要因といえそうだ。

写真を撮るときを思い返してみると、ファインダー内で世界を構築するというか、余計なモノは視野枠から排除し、伝えるために必要な要素をいかに3:2(ライカ判の場合)の矩形内で無駄なく構成するかということに命をかけてるわけだ。

そうして撮った写真を吟味し、自分の納得いく色調に現像して完成、としていたものを改めて素材としてポスターにするというのは意外に、というべきか想像以上に難しい作業だった。

そもそも完成した写真自体がが最もシンプルな状態といえるので、そこからポスターにする意味って何なのよ?

などと自問自答する。そして導きだした答えが「写真を使わない」だった。写真を使いたくてポスターを作ろうとしたのに、これじゃ本末転倒じゃん。などと思うわけだが、写真を見せたきゃ写真展をやればいいだけのことなので、構造美という概念を最も明快に伝えるビジュアルを、一(いち)から構築してみることにした。

で、できたのがこれ。
< http://bn.dgcr.com/archives/2014/03/06/images/001.jpg >

ちょうど某企画展で『日本』を題材としたポスターを募集していたので、日本家屋の構造そのものをビジュアライズできんものかと制作。そのときはイイものができたと思ったが、いま見ると見た目の面白さのために端折られていった部分が気になってくる。

ということは、これ以上端折れないくらい単純化してやってみてはどうだろう。
もっとシンプルかつ強いビジュアルにできるのではないか。
部屋という同じテーマでより単純化してみる実験。
< http://bn.dgcr.com/archives/2014/03/06/images/002.jpg >

さらにつきつめて考える。構造や工法に思い切り焦点を絞ったら?
モチーフとして、以前から気になっていた建築や木工における『継手』を選び、プロトタイプを制作。これはイケそうな気がした。

しかし一点だけというのも味気ないので、対になる存在も作ってみよう。
ときたら鉄! 溶接!! 自然素材vs人工素材、タテの動きvsヨコの動き、硬いvsしなやか……などなどスジは通る。そうと決まればノリノリで制作。
< http://bn.dgcr.com/archives/2014/03/06/images/003.jpg >
< http://bn.dgcr.com/archives/2014/03/06/images/004.jpg >

なにやら正解なにおいがしてきた。

これをうまく整理すれば、建築事務所のポスターとしてプレゼンできるのではないか?? さっそく建築家のイトペン氏(カメラ散歩仲間)に売りこんでみたところ、「面白そうだから作ってくれ。気に入ったら採用する」とのこと。
で、一気に作り上げたのがこちら。
< http://bn.dgcr.com/archives/2014/03/06/images/005.jpg >
< http://bn.dgcr.com/archives/2014/03/06/images/006.jpg >

結果、めでたく採用。とはいえ駅貼りされたとか、そういうんじゃないけどね(笑)。でもこの建築構造シリーズはこれからも作れそうなので、なにやら楽しみになってきた齋藤浩です。もうすぐ春ですね。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
< http://tongpoographics.jp/ >

1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。


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■ローマでMANGA[73]
違和感の理由

midori
< http://bn.dgcr.com/archives/20140306140200.html >
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●銀色の矢から送る

90年代に講談社のモーニングが、海外の作家の書き下ろし作品をのせるという前代未聞の企画を遂行していたとき、にローマで「海外支局ローマ支部」を請け負って、そのときのことを当時のファックスをスキャンしつつ、それをもとにこのシリーズを書いている。

白かった光熱紙は黄ばみ、黒かった文字は薄いグレーになってかろうじて読める。スキャンのコントラストを強くして、読みやすくして保存。便利になったものだ。

スキャンしたもの自体を本の状態にしたらどうだろうと、ふと思ったけど、書いたのは私本人ではないから、世の中に出すには支障があるかもしれないし、そんな本を買おうと思う人はよほどの物好きで、商売になりそうにないからだめだ。

今回、この原稿を書くに当たって、スキャンしたファックスは自宅のPCの中、1月から週に三日フィレンツェへ出張してあまり家にいないことと、今まで月末だった登板が今月は早めになり、うっかりしてしまったということがあって参考にすべきファックスがないタブレットで、ローマ・フィレンツェ間276km(直線231,01km)を1時間31分で結ぶ特急「銀の矢」の中でこれを書いている。

これも便利になったものだ。(1時間31分なんて細かいことを言っているけど、大抵5分とか8分とか遅れるのはご愛嬌だ。こういうことがないとイタリアらしくない)

トスカーナ地方独特の緩やかな起伏をもった緑の丘をながめながら、この企画を改めて振り返って見ることにする。

●空気が違う

ガイジンにマンガを描いてもらおう大企画は10年ほど続いた。「沈黙の艦隊」や「ナニワ金融道」の大ヒットを飛ばしていたモーニングだから、採算を度外視した企画をたてることができた。

ヨーロッパ四か国、アメリカ、中国、韓国の作家たちが豪華に共演した。特定の読者を狙った豪華単行本ではなく、マンガ週刊誌に日本の漫画家たちと混ざっての登場だった。

モーニングには毛色の変わったスタイルを持った作品が多く登場した。先述の「ナニワ金融道」はマンガを勉強した若者ではなく、45才の男性が自分の金融体験から起こしたエピソードを作品にしたもので、絵柄はまったくの素人だ。話が面白ければマンガ作品として通用することを証明した作品でもある。

ナニワとは逆に、ヨーロッパの作家の作品は絵のレベルが高かった。それでも、週刊誌に他の日本人の作品と一緒に載ると、違和感ががぬぐえなかった。違和感は私の個人的な感想だ。海外支局として作業をし、報酬をいただいているのだから好意的な目で見るわけだが、違和感を感じてしまうのはどうしようもなかった。

絵のスタイルの違いではない。それもあるのかもしれないけれど、絵のスタイルは違和感にあまり影響していないように思う。

絵のスタイルの違いというのは日本人の漫画家さんのほとんどが使うペンではなく、細い筆とかミリペンとかその両方を使って出てくる線と、人物のデフォルメの違いのこと。デフォルメはそれぞれの国の、あるいは人種の特徴を大げさにするから、ヨーロッパ人のデフォルメは概ね人の顔が長くなる。

絵の違いから違和感を言うならば線の違いではなく、多分、目だ。目の表情がほとんどない。変化がない。

MANGAはコマごとに、そこで伝えるべきものが一目で瞬時にしてわかるように作っている。そのためには、目の表情が大きくモノを言う。いわゆるMANGA(アニメ)スタイルのキャラが馬鹿でかい目をしてる理由のひとつは、この表情のためだ(もうひとつは見た目の年齢を幼児に近づけるため)。

ヨーロッパ人が描いたキャラに目の表情が不足しているので、私(MANGA読者)は違和感を覚えるのだと思う。無意識に表情を読み取ろうとしてしまうのだ。

●仕事の進め方が違う

このシリーズで何度か言ったけれど、欧米の作家は自分の企画が編集部に受け入れられたら、後は孤独な作業に入る。

前回のヨーリの話で、「ネームを見せてくれ」という編集に応えて、ヨーリは半分以上絵を入れた原稿のコピーを見せた。編集は日本で当たり前のやり方として、まだ思案段階のネームを見ながら話し合うつもりでいた。

ヨーリはヨーロッパのやり方で一度企画が通ったのだから原稿を勝手に仕上げるつもりでいて、編集の「見せてくれ」には原稿の途中段階を見せた。

編集は、ネーム段階で話し合うのがあたりまえだから「ネームを見せてくれ」で通じると思っていたし、ヨーリは思案段階のものを編集に見せることなど思考の中になかった。互いに別の道を当たり前だと思っているので、相手の行動が不可解に映る。

編集はガイジンマンガ家の行動を、言うことを聞かないで勝手に仕事を進めるヤツと思い、ガイジンマンガ家、は日本の編集はいちいち口を出してくるうるさいヤツ、と思う。

幸いイタリア人マンガ家達は、編集とこの件で喧嘩になったことはなかった。それでも、こうしたことは実際にその場になってみないと、互いに自分の常識が相手の非常識であるとはわからない。

メンタリティの違いから出てくる、構築法の違いも実際に付きあわせて見るまでわからなかった。

MANGAがキャラの感情を中心に話を進めていくの対して、欧米マンガは状況とキャラの行動を中心に話を進めていくという違いもある。

感情を表現するのは、キャラの感情と同じものを読者の中に喚起すること。そのためにコマの流れをスムーズにして、時間のスムーズな流れを作る。だから、あるコマと次のコマはつながっている。

一方、行動や状況を表現するのは、行為の羅列であって構わない。時間の流れは行動の進行によって表現される。

行為の羅列でコマ構成をしてくるガイジン作家に、感情を表現するコマ構成になるようにお願いするのは至難の業だ。だいたい、編集の方でも、なぜ感情が描かれていないのかとても理解が及ばなかったと思う。

これらの違いを経験した後である今では、こういう違いがあった、ということができる。当時は、まずこの違いがあるという認識から始まって、表面に掘り出してくる作業があり、日本のMANGA市場に向けてガイジン作家の構成法を方向転換して貰う必要があった。

この作業に10年かかった。それでも欧米の新人や大御所達に、MANGA式構成を完璧にたどってもらうことはできなかった。

新しい漫画をつくる、という見地からすれば、必ずしもMANGA式構成を100%使う必要はないのだけれど、当時はそうでなければ日本のMANGA読者に受け入れてもらうことはできなかった。

MANGA言語を完璧に習得してもらえずに、違和感のある作品群だったからMANGA言語以外のマンガを知らない日本の読者には、結果として受け入れてもらえなかった。

この企画が終了(中断)した後、企画発案者であり責任者であった編集長が「成功に導けなかったのはひとえに編集部の至らなさのせいです」と謙虚に語っていた。あんなに皆一生懸命やっていたのに? となんだか切ない思いになったのを覚えている。


【みどり】midorigo@mac.com

1月から3月まで週に三回、フィレンツェのマンガ学校でMANGA構築法の授業を受け持っている。

朝10時からの授業に間に合うように、5時半に起きてテルミニ駅へ向かう。特急に乗ってしまえば1時間半で着く。超特急導入に際してフランスと日本で競ったのだけど、イタリア鉄道はフランスを採用してしまった。日本の技術を導入してれば、フィレンツェまで1時間になったかもしれないのに。

テルミニとかフィレンツェとか、外国人観光客の乗り降りが多いところではロムが暗躍する。目に見えるから活躍だろか。

テルミニの地下鉄駅。ロムのグループがウロウロしてる。たまたま学校の授業で使う資料である漫画本をつめた小スーツケースを転がして、日本人顔でどう見てもガイジン観光客に見えてしまった日。

なるべく空いたドアを選んで乗り込んでいたら、素早く後ろからロムの若い女が二人乗り込んできた。一人が私のスーツケースに触りながら「手伝おうか」と言う。え? と彼女を見たらそれが命とり。

その隙にすかさずもう一人が、私のたすき掛けにしていたバッグから財布を取った。気がついた時は、もう二人ともするりと電車から降りてドアがしまる。絶妙なタイミングだ。

ともかくテルミニ駅に引き返そう、とコロッセオ駅で降りる。ここにもロムの団体がいた。多分私の財布を取った娘と同じグルプだろうと目星をつけ、せめて財布を郵便箱に放り込んでくれとお願いしようと思い立った。

私「あなたたち、テルミニ駅でも『仕事』するでしょ?」
ロム「うん」
私「さっき、テルミニ駅であなたのグループの人が私の財布を盗ったのだけど…… 
お金はもういいから、身分証明書とか免許証とかが……」
ロム「『失くした』場所に戻って、ゴミ箱のビニール袋の底のほうを探ってごらん」

で、テルミニに戻り、セキュリティの人に言って一緒にゴミ箱のビニール袋の底を探ってもらおうと、セキュリティの詰め所に行った。な、なんと、その中で私の財布の中を改めているではないか!!

私「それ、私のです!!!!!」
名前と生年月日を聞かれ、財布にあった身分証明書と合致したので渡してくれた。届いたばかりだとのこと。

いや、諦めずに戻ってよかった。免許証や身分証明書の再発行には時間が掛かるし、各種カードの差し止めと再発行願いも面倒くさかった。

ちなみに、昔、エッセイ漫画を描いていた頃、ロムの子どもにビューティケースを盗られて取り返した話を描いたところ、少数民族保護団体というところから「ロムが泥棒と同義語であるような描き方をしてけしからん」という抗議が編集部に届き、編集部は謝罪した。でも、ローマ住まいの実感として言えば、ロムはすべて泥棒です。

電子本「イタリアで新しい漫画を作る大冒険」
< http://p.booklog.jp/book/77255/read >

主に料理の写真を載せたブログを書いてます。
< http://midoroma.blog87.fc2.com/ >


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■3Dプリンター奮闘記[31]
教えるという事(前半)、いよいよ工房事務所引っ越し

織田隆治
< http://bn.dgcr.com/archives/20140306140100.html >
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ちょっとは真面目な事を書いてみますよ。

さて、某専門学校の後期の授業も先週で終わりました。僕が教えているのは3Dプリンターを使ったフィギュア製作で、半年の体験授業を先行して行いました。この授業は、学生が専攻の他に一つ、別の専攻の授業を受けられる制度。他の講義を受ける事で、色々と刺激になったり、広い見聞や知識を付けるには良い制度だと思います。

僕の授業を受けていたのは、まだCGを始めたばかりの人が多い一年生でした。後期から始まると同時に、フィギュア、模型、プラモなんて今まで作ったこともないような学生さんに、出来るのだろうか? という思いもありました。

でも、学生さんたちは、目をキラキラさせてましたから。彼らを完成までうまく引っ張って行って、モノ作りの楽しさ、大変さを感じ取って欲しいな〜という気持ちに切り替え。

行くぜ! と言う訳で、なんとか先週終えることが出来ました。途中、出来ないかもしれない……と言う学生さんもいたんですが、それはうまくモチベーションを上げさせないといけません。完成した時の喜びと、楽しさ、苦しさも、必ず後になって自分のプラスの要素になるはずです。

出来ないからやらない、という気持ちは、実は、出来ない(かもしれない)からやらない。ということなんだと。

仕事でも同じなんですけど、ディレクションという仕事って、回りの人がいかに仕事の進行が楽に、スムーズに行くように方向付け、道を作っていくことなんだと思っています。

エラそうにしても誰も付いてこないし、僕もそういう人には付いて行きたいなんて思わないです。まあ、ここは人それぞれなんで、これはあくまでも僕個人の考え方ですけどね。

まず、デザインから始めるわけですが、3Dプリンターという新しいマシンに学生さんたちの気持ちははやるばかり。でも、そこは、始めに3Dプリンターって何やねん? ってことを、ぼんやりでいいから理解してもらった方がいいので、おおまかに噛み砕いて講義しました。

そしてデザイン。絵を描くことによって、完成を予想し、この形状は作りにくいとか、色々と具体的に分かってくるんです。最近のフィギュアは、すごくクオリティが高いので、僕の予想した通り、とても難しそうな絵を描いてくる学生さんもいました。

今回の授業の目的は、3Dプリンターを使って、そのフィギュアを完成させることでした。みんなは3Dモデリングは少しやってはいたものの、3Dプリンターで出力できるデータを制作するには、かなりの制限や問題が発生してくる訳です。

なんで出来ないの〜? という質問が沢山出て来ます。そこで、講義の内容を思い出してもらって、データの修正を重ねて行きます。学生さんは、頭も若いし吸収力もすごいです!

出来上がったデータから、僕の所にある3Dプリンターで出力して、それを学生さんに渡します。まだデータが出来ていない学生さんは、それを見ることで、またモチベーションが上がるんです。

早く私も出力したい! っていうワクワクした気持ちですね。これ、とても重要だと思います。もう、これくらいの時期になると、みんなすごく楽しくなってきているのが伝わってきます。

そうそう、モノ作りって、こんなに楽しいんだぜ〜い。それが伝わったようで、
僕的にもすごく嬉しい授業でした。
という事で、(後半)は次回!

ああ、今週〜来週で完全に事務所の引っ越しを終えなければぁ〜〜〜〜〜〜〜!先日、作業スペースにあたる床のタイルカーペットをひっぺがえして、店舗用の土足可能なクッションフロアを敷きました。そして、電話、ネットの開設手続き完了。これで、受け入れ態勢は整ったわけで、明日からボチボチ荷物の整理と箱詰め!

ひ〜〜〜〜〜〜〜!

【織田隆治】FULL DIMENSIONS STUDIO(フル ディメンションズ スタジオ)
< http://www.f-d-studio.jp >

引っ越しって大変ですね…。そういう時に限って仕事が重なるのです。
がんばるぞ〜!


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編集後記(03/06)


●夢枕獏の長編「大江戸恐龍伝」(小学館/2013〜2014)全5巻をようやく読み終えた。面白くて面白くて終わってほしくないと思うほどの物語なら、ようやく、なんて言わない。長くて退屈な物語がやっと終わってくれたのだ。いままで夢枕獏の小説はあらかた読んで来た。とてつもなく面白い小説と、とっても面白い小説ばかりだった。ところが、この「大江戸恐龍伝」はいけません。これほど面白くなかった小説は初めてである。平賀源内が南の島で恐龍を捕らえて江戸に連れて来る、恐龍が逃げ出して江戸の町は大騒ぎ、という話であろうことは読まないうちから分かっていた。「キングコング」がベースであることも容易に想像がつく。だが、江戸の恐龍シーンは最終巻でようやく現れる。それまでがウンザリするほど長い。

例によって、夢枕獏はあとがきで自画自賛を展開する。「たぶん、ぼくにしか書けなかった冒険小説。謎解き、古代の秘宝─お宝さがし、悪の組織、怪獣、南の島、ヒーローとヒロイン、恋と哀しみ、挫折、その他ぼくの考えてる冒険小説の要素が、全て、この中に入っている」「しかも、かなり凄玉の冒険小説ですね。ラストがいいんだなあ。書ききった感が、ごつんとあるわけです」いつものことだが自己満足全開。そして、「ああ─できることなら、作家として書くより、読者としてこれを読みたかった」。ああ─そこまで言うか。

夢枕はゴジラが好きだった。黒澤明が撮ったゴジラを見たかった。そんなことは実現するわけがない。こうなったら自分が書くしかないと思う。だが、たかだか巨大化した恐龍に近代兵器を使う自衛隊が敵わないのはリアルではない。恐龍と人間が対等に戦いができる時代はいつか。それは江戸時代である。人間側の代表は誰か。それは平賀源内である。恐龍が江戸時代に生き残っていたわけは。その棲息地は。どうやって源内はそれを知ったか。どうやって江戸まで連れて来るか。どうやってやっつけるか。そんな難問題も、20年にわたる徹底した取材と資料の読み込みの結果、平賀源内という天才の早く生まれすぎた哀しみに、夢枕の意識がシンクロして解決していった、らしい。

平賀源内というとエレキテルと土用の丑の日が有名だが、この人の正体は、発明家、画家、俳人、小説家、浄瑠璃作家、戯作者、コピーライター、興行師、工芸家、本草学者、そして鉱山師として全国を歩いた起業家など、ひとりの人間のできる限界を超えてほとんどあらゆることに手を出していた、江戸のレオナルド・ダ・ビンチである。そういうスーパースターを主役にしたのだから、面白くないわけがないンだけど、どうしてかなあ、読んでいて感情移入できない。「最後は泣きます。著者も書いていて泣いた、感動の結末をお楽しみに」と担当編集者が書くが、そんなこたあない。終わってホッとしただけだ。大好きな夢枕獏の小説を、ナナメ読みしたページがけっこうあったんだから、今回に限ってやっぱダメでしょう。(柴田)

< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4093863679/dgcrcom-22/ >
「大江戸恐龍伝」


●仕事で作ったサイト。追跡型広告を出しているので、どこのサイトに行っても、そこのサイトの広告が出てくる。気晴らしに行く『コミックサイト モアイ』の宝塚マンガ『ZUCCA × ZUCA』のページにも出てくる。なので仕事モードに戻ってしまい、落ち着かず、目の端に入らないようにするのに苦労するよ。

ここの『もやしもん』と『独身OLのすべて』も面白い。といっても他の漫画を全部読んだわけではないのだが。『もやしもん』は途中まで単行本で読んでそのままだったから、続きが読めて嬉しい。

マイナビニュースのデザイン・DTPのコーナーで、『独身OLのすべて』の作者による『デザイナー哀の劇場』という連載が始まった。初回は『支給データの怪』。わかるわ〜。(hammer.mule)

< http://news.mynavi.jp/series/dag/001/ >
デザイナー哀の劇場