ローマでMANGA[73]違和感の理由
── midori ──

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●銀色の矢から送る

90年代に講談社のモーニングが、海外の作家の書き下ろし作品をのせるという前代未聞の企画を遂行していたとき、にローマで「海外支局ローマ支部」を請け負って、そのときのことを当時のファックスをスキャンしつつ、それをもとにこのシリーズを書いている。

白かった光熱紙は黄ばみ、黒かった文字は薄いグレーになってかろうじて読める。スキャンのコントラストを強くして、読みやすくして保存。便利になったものだ。

スキャンしたもの自体を本の状態にしたらどうだろうと、ふと思ったけど、書いたのは私本人ではないから、世の中に出すには支障があるかもしれないし、そんな本を買おうと思う人はよほどの物好きで、商売になりそうにないからだめだ。

今回、この原稿を書くに当たって、スキャンしたファックスは自宅のPCの中、1月から週に三日フィレンツェへ出張してあまり家にいないことと、今まで月末だった登板が今月は早めになり、うっかりしてしまったということがあって参考にすべきファックスがないタブレットで、ローマ・フィレンツェ間276km(直線231,01km)を1時間31分で結ぶ特急「銀の矢」の中でこれを書いている。

これも便利になったものだ。(1時間31分なんて細かいことを言っているけど、大抵5分とか8分とか遅れるのはご愛嬌だ。こういうことがないとイタリアらしくない)

トスカーナ地方独特の緩やかな起伏をもった緑の丘をながめながら、この企画を改めて振り返って見ることにする。


●空気が違う

ガイジンにマンガを描いてもらおう大企画は10年ほど続いた。「沈黙の艦隊」や「ナニワ金融道」の大ヒットを飛ばしていたモーニングだから、採算を度外視した企画をたてることができた。

ヨーロッパ四か国、アメリカ、中国、韓国の作家たちが豪華に共演した。特定の読者を狙った豪華単行本ではなく、マンガ週刊誌に日本の漫画家たちと混ざっての登場だった。

モーニングには毛色の変わったスタイルを持った作品が多く登場した。先述の「ナニワ金融道」はマンガを勉強した若者ではなく、45才の男性が自分の金融体験から起こしたエピソードを作品にしたもので、絵柄はまったくの素人だ。話が面白ければマンガ作品として通用することを証明した作品でもある。

ナニワとは逆に、ヨーロッパの作家の作品は絵のレベルが高かった。それでも、週刊誌に他の日本人の作品と一緒に載ると、違和感ががぬぐえなかった。違和感は私の個人的な感想だ。海外支局として作業をし、報酬をいただいているのだから好意的な目で見るわけだが、違和感を感じてしまうのはどうしようもなかった。

絵のスタイルの違いではない。それもあるのかもしれないけれど、絵のスタイルは違和感にあまり影響していないように思う。

絵のスタイルの違いというのは日本人の漫画家さんのほとんどが使うペンではなく、細い筆とかミリペンとかその両方を使って出てくる線と、人物のデフォルメの違いのこと。デフォルメはそれぞれの国の、あるいは人種の特徴を大げさにするから、ヨーロッパ人のデフォルメは概ね人の顔が長くなる。

絵の違いから違和感を言うならば線の違いではなく、多分、目だ。目の表情がほとんどない。変化がない。

MANGAはコマごとに、そこで伝えるべきものが一目で瞬時にしてわかるように作っている。そのためには、目の表情が大きくモノを言う。いわゆるMANGA(アニメ)スタイルのキャラが馬鹿でかい目をしてる理由のひとつは、この表情のためだ(もうひとつは見た目の年齢を幼児に近づけるため)。

ヨーロッパ人が描いたキャラに目の表情が不足しているので、私(MANGA読者)は違和感を覚えるのだと思う。無意識に表情を読み取ろうとしてしまうのだ。

●仕事の進め方が違う

このシリーズで何度か言ったけれど、欧米の作家は自分の企画が編集部に受け入れられたら、後は孤独な作業に入る。

前回のヨーリの話で、「ネームを見せてくれ」という編集に応えて、ヨーリは半分以上絵を入れた原稿のコピーを見せた。編集は日本で当たり前のやり方として、まだ思案段階のネームを見ながら話し合うつもりでいた。

ヨーリはヨーロッパのやり方で一度企画が通ったのだから原稿を勝手に仕上げるつもりでいて、編集の「見せてくれ」には原稿の途中段階を見せた。

編集は、ネーム段階で話し合うのがあたりまえだから「ネームを見せてくれ」で通じると思っていたし、ヨーリは思案段階のものを編集に見せることなど思考の中になかった。互いに別の道を当たり前だと思っているので、相手の行動が不可解に映る。

編集はガイジンマンガ家の行動を、言うことを聞かないで勝手に仕事を進めるヤツと思い、ガイジンマンガ家、は日本の編集はいちいち口を出してくるうるさいヤツ、と思う。

幸いイタリア人マンガ家達は、編集とこの件で喧嘩になったことはなかった。それでも、こうしたことは実際にその場になってみないと、互いに自分の常識が相手の非常識であるとはわからない。

メンタリティの違いから出てくる、構築法の違いも実際に付きあわせて見るまでわからなかった。

MANGAがキャラの感情を中心に話を進めていくの対して、欧米マンガは状況とキャラの行動を中心に話を進めていくという違いもある。

感情を表現するのは、キャラの感情と同じものを読者の中に喚起すること。そのためにコマの流れをスムーズにして、時間のスムーズな流れを作る。だから、あるコマと次のコマはつながっている。

一方、行動や状況を表現するのは、行為の羅列であって構わない。時間の流れは行動の進行によって表現される。

行為の羅列でコマ構成をしてくるガイジン作家に、感情を表現するコマ構成になるようにお願いするのは至難の業だ。だいたい、編集の方でも、なぜ感情が描かれていないのかとても理解が及ばなかったと思う。

これらの違いを経験した後である今では、こういう違いがあった、ということができる。当時は、まずこの違いがあるという認識から始まって、表面に掘り出してくる作業があり、日本のMANGA市場に向けてガイジン作家の構成法を方向転換して貰う必要があった。

この作業に10年かかった。それでも欧米の新人や大御所達に、MANGA式構成を完璧にたどってもらうことはできなかった。

新しい漫画をつくる、という見地からすれば、必ずしもMANGA式構成を100%使う必要はないのだけれど、当時はそうでなければ日本のMANGA読者に受け入れてもらうことはできなかった。

MANGA言語を完璧に習得してもらえずに、違和感のある作品群だったからMANGA言語以外のマンガを知らない日本の読者には、結果として受け入れてもらえなかった。

この企画が終了(中断)した後、企画発案者であり責任者であった編集長が「成功に導けなかったのはひとえに編集部の至らなさのせいです」と謙虚に語っていた。あんなに皆一生懸命やっていたのに? となんだか切ない思いになったのを覚えている。


【みどり】midorigo@mac.com

1月から3月まで週に三回、フィレンツェのマンガ学校でMANGA構築法の授業を受け持っている。

朝10時からの授業に間に合うように、5時半に起きてテルミニ駅へ向かう。特急に乗ってしまえば1時間半で着く。超特急導入に際してフランスと日本で競ったのだけど、イタリア鉄道はフランスを採用してしまった。日本の技術を導入してれば、フィレンツェまで1時間になったかもしれないのに。

テルミニとかフィレンツェとか、外国人観光客の乗り降りが多いところではロムが暗躍する。目に見えるから活躍だろか。

テルミニの地下鉄駅。ロムのグループがウロウロしてる。たまたま学校の授業で使う資料である漫画本をつめた小スーツケースを転がして、日本人顔でどう見てもガイジン観光客に見えてしまった日。

なるべく空いたドアを選んで乗り込んでいたら、素早く後ろからロムの若い女が二人乗り込んできた。一人が私のスーツケースに触りながら「手伝おうか」と言う。え? と彼女を見たらそれが命とり。

その隙にすかさずもう一人が、私のたすき掛けにしていたバッグから財布を取った。気がついた時は、もう二人ともするりと電車から降りてドアがしまる。絶妙なタイミングだ。

ともかくテルミニ駅に引き返そう、とコロッセオ駅で降りる。ここにもロムの団体がいた。多分私の財布を取った娘と同じグルプだろうと目星をつけ、せめて財布を郵便箱に放り込んでくれとお願いしようと思い立った。

私「あなたたち、テルミニ駅でも『仕事』するでしょ?」
ロム「うん」
私「さっき、テルミニ駅であなたのグループの人が私の財布を盗ったのだけど…… 
お金はもういいから、身分証明書とか免許証とかが……」
ロム「『失くした』場所に戻って、ゴミ箱のビニール袋の底のほうを探ってごらん」

で、テルミニに戻り、セキュリティの人に言って一緒にゴミ箱のビニール袋の底を探ってもらおうと、セキュリティの詰め所に行った。な、なんと、その中で私の財布の中を改めているではないか!!

私「それ、私のです!!!!!」
名前と生年月日を聞かれ、財布にあった身分証明書と合致したので渡してくれた。届いたばかりだとのこと。

いや、諦めずに戻ってよかった。免許証や身分証明書の再発行には時間が掛かるし、各種カードの差し止めと再発行願いも面倒くさかった。

ちなみに、昔、エッセイ漫画を描いていた頃、ロムの子どもにビューティケースを盗られて取り返した話を描いたところ、少数民族保護団体というところから「ロムが泥棒と同義語であるような描き方をしてけしからん」という抗議が編集部に届き、編集部は謝罪した。でも、ローマ住まいの実感として言えば、ロムはすべて泥棒です。

電子本「イタリアで新しい漫画を作る大冒険」
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主に料理の写真を載せたブログを書いてます。
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