映画と夜と音楽と…[625]老優たちとの再会/十河 進

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〈ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅/マシンガン・パニック/
ザ・ドライバー/ジャンゴ 繋がれざる者〉

●アカデミー賞で気になるのは「メモリアル」のコーナー

今年もアカデミー賞はWOWOWを録画して見た。ライブ中継ではなく、編集したバージョンだ。同時通訳ではなく字幕が出る。ただし、カットされている場面はなく、受賞者のスピーチのニュアンスもよくわかる。司会は「エレンの部屋」というテレビのトーク番組を持っているコメディアンのエレンさんである。過去、ボブ・ホープやビリー・クリステルなど、コメディアンが司会をすることが多い。

毎年、アカデミー賞で気になるのは「メモリアル」のコーナーである。この一年で亡くなった映画関係者を一本の映像に編集し、大きなスクリーンに映し出す。編集者や照明マンなど技術系でなじみのない人もいるが、あれ、この人まだ生きていたのかと思うこともある。今年のメモリアル映像の最後は、フィリップ・シーモア・ホフマンだった。つい先日、薬物摂取で死んだニュースが流れた。生きていれば、まだまだ名演技を見せた人である。

アカデミー賞は、各賞のプレゼンターも見どころだ。誰が誰と一緒に出てくるか、それぞれに趣向を凝らす。今年は主演男優賞のマシュー・マコノヒーがキム・ノヴァクをエスコートし、特別賞のアンジェリーナ・ジョリーがシドニー・ポワチエに付き添って登場した。全員がプレゼンターに対して、スタンディング・オベイションである。老優ふたりは足下がおぼつかないし、ろれつも怪しかった。

シドニー・ポワチエが「野のユリ」(1963年)で、アカデミー主演男優賞を受賞したのは60年前である。たまたま通りかかった黒人青年が、英語もよく喋れない尼僧たちを助けて教会を建てる話で、いつ見ても清々しい気持ちになれる名作だ。一方、キム・ノヴァクと言えば、ヒッチコック監督の「めまい」(1958年)が代表作。こちらは66年前になる。ふたりとも、間違いなく90に近い。あるいは、越えている。

彼らに比べると、今年の主演男優賞にノミネートされたブルース・ダーンはまだ若い。今年、78歳になる。授賞式では客席に坐る姿がよく写ったが、予想通り隣の席には娘のローラ・ダーンが座っていた。ローラ・ダーンは「ブルーベルベット」(1986年)や「ワイルド・アット・ハート」(1990年)などのデビッド・リンチ作品で注目され、大作「ジュラシック・パーク」(1993年)でヒロインを演じた。

ちなみに、毎年、司会者はノミネートされた俳優たちをいじり、ギャグのネタにするけれど、エレンさんもブルース・ダーンの経歴を披露し、リスペクトした後に落としていた。それで初めて知ったのだが、ブルース・ダーンはアメリカの名門の家系の出らしい。エレンは、「そんな人が、どうして役者やってるの?」と観客を笑わせた。


●半世紀以上にわたっているから出演作はいっぱいある

現在、日本でも公開されている「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」(2013年)を僕はまだ見ていない。ブルース・ダーンが主演していると聞いて、僕はちょっとびっくりした。60年代から半世紀以上にわたって映画に出ている人だから出演作はいっぱいあるが、主演作と呼べるものは数本しかない。ほとんどが脇役だった。中には悪役もある。

僕が見た映画で言うと「マーニー」(1964年)や「ふるえて眠れ」(1964年)が初期の出演作だが、どんな役だったか記憶にない。イーストウッドの「やつらを高く吊るせ!」(1968年)にも出ているらしいが、何の役だったかわからない。「ひとりぼっちの青春」(1969年)や「11人のカウボーイ」(1971年)あたりで、ようやく顔を憶えた。一般的には、ヒッチコックの「ファミリー・プロット」(1976年)の主役と言えばわかるかな?

僕が思い出すブルース・ダーンの出演作は二本ある。「マシンガン・パニック」(1973年)と「ザ・ドライバー」(1978年)である。「マシンガン・パニック」はスウェーデンのミステリ「マルティン・ベック・シリーズ」の一編「笑う警官」をハリウッドで映画化したものだ。舞台は、雨の夜のストックホルムからサンフランシスコに移された。北欧から陽光あふれるアメリカ西海岸への移動である。

主人公のマルティン・ベック刑事は、ウォルター・マッソーが演じた。タイトルが「マシンガン・パニック」になったのは、マッソー主演の「サブウェイ・パニック」(1974年)がヒットしたからだ。制作は「マシンガン・パニック」が先だが、日本公開は後になった。このタイトルは、公開当時から僕は気に入らない。「笑う警官」の方がいい。ブルース・ダーンは、マッソーの相棒の刑事を演じた。

当時、日本でも「マルティン・ベック・シリーズ」は角川文庫ですべての翻訳が出ていて人気があった。元々はエド・マクベインの「87分署」シリーズに影響されて書いたということだったが、当時のスウェーデンの世相を背景にしており、今から読むと現代史的な資料にもなる。最近、スウェーデン語から直接翻訳した「笑う警官」新訳が角川文庫で出た。以前の高見浩さんの翻訳は、英語版からだった。

昨年の秋、書店で平積みになっている「笑う警官」を見て、懐かしくなって読み返した。翻訳を比べたわけではないが、読みやすくて一晩で読み切ってしまった。雨のストックホルムから物語が始まる。その夜、ベトナム戦争反対を叫ぶデモ隊がアメリカ大使館へ押し寄せ警察は混乱していたが、住宅街でバスが止まっているのが見つかり、乗客が全員射殺されていた。当時としては、衝撃的な始まりだ。

映画は犯人の顔を見せないけれど、バスに乗り込んできた男がマシンガンで乗客たちを全員射殺するシーンから始まる。映像的には、その方がショッキングだからだ。ウォルター・マッソーやブルース・ダーンが登場し、現場検証をする。そこから犯人探しが始まる。原作に忠実な映画化だった。雰囲気もよかった。ブルース・ダーンは細面の長めの顔で、髪がもじゃもじゃと逆立っている。その髪が印象に残った。

●スタイリッシュな映像と気取った設定のウォルター・ヒル作品

ブルース・ダーンの記憶が鮮明なもう一本は、ウォルター・ヒル監督全盛期の作品だ。「ザ・ドライバー」(1978年)である。主演は「ある愛の歌」(1970年)で人気が出たライアン・オニール。僕は彼の甘ったれた顔が好きではなかったが、「ザ・ドライバー」ではクールな暗黒街の男を演じていてなかなかいい。ハードボイルドな雰囲気を漂わせる。

スタイリッシュな映像と気取った設定が、ウォルター・ヒル監督作品の魅力だ。彼の気取りには、矢作俊彦さんと共通するものを感じる。「ストリート・オブ・ファイヤー」(1984年)はこの映画の6年後の制作だが、さらに洗練されたスタイルを作り上げている。映像もかっこいい。「ザ・ドライバー」も抽象化した物語が、単なる犯罪映画ではない何かを伝えてくる。だから、登場人物にも固有名詞はない。

「ザ・ドライバー」の主人公は「ザ・ドライバー」と名付けられ、彼を逮捕しようとつけまわす刑事は「ザ・ディテクティブ」と呼ばれる。カジノのディーラーであるヒロインは、「ザ・プレイヤー」である。ディテクティブをブルース・ダーンが演じ、プレイヤーをハリウッド映画に進出したイザベル・アジャーニが演じた。彼女も美しさの絶頂期にあった。

昨年公開になった「ドライヴ」(2011年)の評判がよく、またヒロインを演じたキャリー・マリガンは「17歳の肖像」(2009年)以来ひいきにしているので、僕は楽しみにして見にいった。「犯罪者たちに運転だけを依頼される凄腕の男」という設定が「ザ・ドライバー」を連想させ、そういう映画が僕は大好きだったので、ゾクゾクしながら期待した。原作まで買った。

しかし、ひどく落胆した。期待が大きすぎたせいではない。設定が甘い。ストーリーが甘い。主人公が甘い。脇役が甘い。描写がありきたりで、こけおどしのエンジン音だけが虚しく響く。主人公を含め、出てくる犯罪者たち全員が間抜けにしか見えない。子持ちのヒロインと過ごすシーンは、ステレオタイプで斬新さがない。プロフェッショナルな魂を感じさせる登場人物はおらず、警察を含めてアマチュアばかりだ。

映画評でもウォルター・ヒル監督の「ザ・ドライバー」を引き合いに出すものが多かったけれど、比較にならないと僕は思った。もっとも、徹底的にハードボイルドで通した「ザ・ドライバー」の凄さが改めて認識できたのは、評判倒れの「ドライヴ」のおかげである。まあ、設定が似ているからといって比べるのが酷かもしれない。作品がめざすもの(志)が完全に違うのだ。

「ザ・ドライバー」は寡黙できびきびした映画だったから、主人公の天敵になるブルース・ダーンの記憶も鮮明に残ったのだろう。彼はしつこく、陰険で、主人公を卑劣な罠にかけようとする。そのことが手段を選ばない非情さを見せつけ、真にプロフェッショナルな警察官であると感じさせる。そんな敵役をブルース・ダーンは印象深く演じた。面長の顔、くしゃくしゃに縮れ、盛り上がった髪が甦る。

●「ジャンゴ 繋がれざる者」のアップになる人物は…

作品賞にもノミネートされていたから、「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」のシーンが授賞式の間に何度か流れた。モノクローム映像が荒涼としたアメリカの風景を、ノスタルジックに叙情的に描き出す。その風景の中を、背が高く、ひょろひょろと歩く老人が写る。若い頃と同じく痩せており、ほほはこけている。髪は真っ白になっているが、やはり縮れっ毛が風になびいている。

不意に、僕はアッと思った。あれはブルース・ダーンだったのだ、と思い当たった。昨年のアカデミー賞の多くの部門にノミネート(助演男優賞をクリストフ・ヴァルツが受賞)された、クエンティン・タランティーノ監督の「ジャンゴ 繋がれざる者」(2012年)である。そのワンシーンに、アップで出てきた白髪の人物が年老いたブルース・ダーンだったのだ。

映画マニアのクエンティン・タランティーノは、自分の好きな映画に対するオマージュを自作に散りばめる。あるいは引用する。物語の設定であったり、印象的なセリフであったり、記憶に残るシーンであったり、出てくる俳優であったりする。「ジャンゴ 繋がれざる者」自体、伝説のマカロニ・ウェスタン「続・荒野の用心棒」(1966年)の主人公ジャンゴにオマージュを捧げ、冒頭の主題歌はエンニオ・モリコーネの曲をそのまま使用している。

当然、「続・荒野の用心棒」でジャンゴを演じたフランコ・ネロはカメオ出演する。黒人奴隷同士の死闘を観戦した後、フランコ・ネロはカウンターで酒を飲む主人公(ジェイミー・フォックス)の横にきて名前を訊く。ジェイミー・フォックスが「ジャンゴ」と答え、綴り(DJANGO)を教え「Dは発音しない」と言うと、フランコ・ネロが「知っている」と答える。古い映画ファンは、ニヤリとする。

ちなみに、ジャズの名曲に「ジャンゴ(DJANGO)」がある。MJQ(モダン・ジャズ・クァルテット)のアルバム「ジャンゴ」が有名だ。「ジャンゴ」はMJQのピアニストであるジョン・ルイスが、名ギタリストのジャンゴ・ラインハルトの死(1953年)を悼んで作曲したものだ。ジャンゴ・ラインハルトはジプシー出身で、指が三本しかなかったのに伝説のジャズ・ギタリストになった。

「ジャンゴ 繋がれざる者」には大勢の奴隷を抱える白人の農園主役で、ドン・ジョンソンも出てきた。卑劣な農園主で滑稽な役だったが、ドン・ジョンソンに演じさせたことで僕はタランティーノがテレビシリーズ「マイアミ・バイス」が好きだったのではないかと思った。あるいは、ドン・ジョンソン主演でデニス・ホッパーが監督したフィルム・ノアール「ホット・スポット」(1991年)へのオマージュだろうか。「ホット・スポット」は、マニア好みの映画だった。

映画好きが、タランティーノ映画を見る楽しみはそんなことを想像できることにある。だから、主人公が奴隷時代を回想するシーンで、妻に逃亡奴隷の焼き印を押すことを告げる黄色いサングラスをかけた農園主が誰だったのか、僕はずっと気になっていた。何となく、見憶えのある顔だった。彼が主人公にサディスティックにセリフを言うシーンは、ずっとアップで撮影されている。誰だっけ、見た顔だぞ、と僕は思った。

「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」のシーンを見て、それが年を重ねたブルース・ダーンだったと僕は気づいた。僕のブルース・ダーンのイメージは、「ザ・ドライバー」の頃から変わっていない。しかし、考えてみれば、あれから40年近くが経っているのだ。30代だったブルース・ダーンは80近くになり、20代だった僕は60を過ぎた。20代から会っていない友人は、今の僕の顔を判別できないだろう。僕だってわからない。

【そごう・すすむ】sogo1951@gmail.com < http://twitter.com/sogo1951 >

3月も半ばになった。今月末には桜も咲こうというのに寒い。寒いと家に籠もりがちだ。おまけに花粉症でもある。少し運動をしなければ…と思いつつ、自宅でディック・フランシス作品を一作目から読み返している。今年になって10数冊を読んだけど、どれも面白いですねぇ。

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