わが逃走[139]カメラが欲しい。の巻/齋藤 弘

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欲しいよ欲しいよカメラが欲しい。

「いりません。たくさん持ってるじゃないの」
と脳内母さんが言う。

「持ってても欲しい、違うカメラが欲しい」
と脳内でオレも地団駄踏んで対向する。

オレはもうオトナなので、地団駄踏むのはあくまでも脳内でと決めているが、まあ、欲しいものは欲しいのである。

でも買わない。なぜならオレは分別のあるオトナだからだ。


ここ10年、ただでさえ所有するカメラが増えているし、防湿庫の中にはカメラとレンズがぎっしり入っている。その密度朝の埼京線のごとし。

写真を撮るなら今ある機材でじゅうぶんだし、これ以上所有したところで意味なんかないのはわかっているのだ。

また、いいオトナがヒトのものを欲しがるのは格好のいいものではないし、その人が苦労して手に入れたものを、真似してすぐ買っちまうのはその人に対しても失礼である。

なので、買うつもりはないのだ。

しかもそれはものすごく必要なものという訳でもない。

でも、ものすごく必要なものでないものほど、無性に欲しくなるのは何故であろうか。

先週、ドイツから久方ぶりに友人がやってきた。『わが逃走 野郎3人カメラ旅の巻』で一緒に尾道を旅した好青年・マニュエル君である。

「齋藤さん、新しいカメラを買いたいんで、一緒に来てくれませんカ?」というので、新宿のカメラ店へと案内した。で、彼が買ったカメラがイイのである。

そのカメラがイイというのはずっと以前から知っていた。

フルサイズセンサー搭載の高画素ミラーレス機で、アダプターを介せばほぼすべてのレンズが使えてしまう。ライカだろうがニコンだろうがキヤノンだろうがハッセルだろうが、ほとんどのレンズが装着でき、35mmフルサイズで撮影できるのだ。

しかも高感度ノイズも低く抑えられているから、暗い室内でも手持ちで充分撮れてしまう。

買い物の後、ビアホールでくだらない話で盛り上がりつつ、飲みながらお互いの顔を撮ってみて驚いた。なんと鼻の脇のキタナイ毛穴までくっきり美しく解像しているのだ。う、これはすごい。想像以上だ。

ショップで触ったときにはわからなかったこのカメラの実力を知ってしまったようだ。困った。

しかしオレはこのカメラのいちばんのウリである、美しいと評判の『有機EL電子ビューファインダー』が気に入らないのだった。

いや、確かにこのファインダーは美しいし、おそらく数ある電子ファインダーの中でもトップクラスの性能なんだと思う。

しかしオレが古い人間だからなのか『電子ビューファインダー』というもの自体にものすごい違和感を覚えるのだ。

慣れればなんてことないのかもしれないが、願望を言うならレンズを通して、プリズムを通して、ファインダーから見える世界は現実であって欲しいのだ。

ファインダーの先に液晶テレビに映った世界が見えても、たとえそれがどんなに美しい世界であっても興ざめしてしまう。

こればっかりはもう、どうしようもないのだ。そう思うと、だいぶ落ち着いて
くる。

しかし、マニュエルが帰国する前にお金を渡して免税で買ってもらうこともできるんだよな。
とか思うとまた欲しくなるのでもう考えるのをやめようと思う。

あああああ欲しいよ欲しいよカメラが欲しい。

「いりません。たくさん持ってるじゃないの」と脳内母さんが言う。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。