私症説[58]どんな言葉も始めは造語である/永吉克之

投稿:  著者:  読了時間:6分(本文:約2,500文字)


【難書】

この二字熟語は、辞書には載っていない。いかにも載っていそうだが載っていない。難解な書物を言い表す単語としては、これほど適切なものはあるまいと思うのだが載っていない。

難しい問題は「難問」、難しい言葉は「難語」、通行が困難な所は「難所」。いずれも辞書に出ている。その伝でいけば《難》しい《書》物で「難書」。いったいなんの問題があるのだ。なぜ、この語を世間は認めないのだ。

「難書」という字を見て、大理石かなんかでできていて重くて「開くのが難しい」書物だとか、金正恩だけが読むことのできる「入手が難しい」書物だとか、そんなイメージを抱く人は少ないだろう。やはり「理解するのが難しい」書物しかイメージできない。




【誤選】

これが辞書にないというのも合点がいかない。てっきりあると思って遣おうとしたが、念のために辞書を見たら出ていなかった。ググれば見つかるが少ない。中国語としてならかなりヒットするようだ。

「誤読」「誤聞」「誤解」「誤嚥」「誤飲」「誤記」「誤見」「誤殺」「誤算」「誤写」「誤射」「誤称」「誤植」「誤信」「誤診」「誤審」「誤想」「誤認」

などなど、これら以外にも《誤》のつく熟語は辞書にもてんこ盛り出ているのに、どういうわけか、「誤選」がない。《誤》って《選》ぶのだから「誤選」。熟語としては完全無欠ではないか。なんでや? なんで辞書にないねん!

「ミス・ユニバースの栄冠を獲得して喜んでたら、あれは誤選でしたって取り消しの通知を送ってきやがったのよ、畜生!」

なんて場合にはお薦めの熟語なんですがね。遣えないんですかそうですか。

【善民】

この言葉なくして、いづくんぞ我らが民の徳性を云ひ表さんや。

まさに日本人のためにあるような言葉ではないか。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」国民の気質をこれほど的確に表現した言葉はない。

ちなみに「賢民」も辞書に出ていない。「愚民」はあるのに、いったいどういうつもりで「賢民」を外しているのか? 民衆とはいつの時代も愚かなものだと、辞書の編纂者たちは言外に匂わせているのか?

その他、見るからに辞書に載っていそうだが、載っていない熟語をいくつか挙げてみた。すべて音読み。

「狭路」「速進」「急止」「激風」「泥眠」「健育」(すこやかに育つ)「妨眠」(眠りを妨げる)「美詩」「凡説」「遭災」(災いに遭う)など。

造語の濫用は感心しないが、的を射た言葉であるにもかかわらず辞書にないからといって使わないのは創造的ではない。そういうのを「字引き原理主義」(←造語)と言う。私は、今後これらの熟語を恐る恐る濫用しようと決断したのであった。

                 ●

造語であっても、意味が十全に伝わるのであれば遣っていい。私が許す。

例えば、京都の女は「京女」(きょうおんな)として辞書に出ているのだから、大阪の女も「大女」(おおおんな)として辞書に載る権利がある。となれば熊本の女は「熊女」、鹿児島の女は「鹿女」である。ちなみに鹿児島の男は「鹿男」だが「鹿男あをによし」にすると奈良の男になるから注意したい。

また、怒っているスズメを言い表すのなら「怒雀」(どじゃく)で充分である。「憤雀」(ふんじゃく)でもいい。困っているウシなら「困牛」(こんぎゅう)。卑怯なマグロなら「卑鮪」(ひゆう)。野菜が襲撃してくることは「菜襲」(さいしゅう)。

「菜襲」という字を見るだけで、野菜が群をなして人びとに襲いかかり殺戮の限りを尽している凄惨な光景がありありと浮かんでくるではないか。これまで日本語には、野菜の襲撃を言い表す言葉がなかったのだ。なぜ、この言葉が遣われなかったのか不思議でしかたがない。

また、畳職人の家に飼われているブタなら「畳豚」(じょうとん)。旅館で仲居をしているタコなら「旅蛸」(りょしょう)。林業をいとなむ家に住む3人の平民なら「林家三平」。←四字熟語だが、まあ面白いからいいではないか。

女性に振られることは、「女振」(にょしん)で充分に伝わる。もっと具体的に、「三田佳子に振られる」というのなら「三振」(さんしん)でいい。

「どうしたんだい今日は。なんだか元気がないじゃないか」「うん......三振しちゃってね」

                 ●

★ QUIZ ★ 辞書に載っていない二字熟語を探せ!

【問題】以下の文中で辞書にない二字熟語って一体全体どれなんだよ、おい!

──電車が遅着したせいで、いつも始業前に寸食を取っていたスターバックスに寄ることができず、私はキオスクで買った岩煎餅をばりばりと噛砕しながら会社に急歩で向かった。

スターバックスでの裕憩。新聞を読みながら悦味するホットベーグルサンド、そしてコーヒー。それら毎朝の愉楽を奪われた私は、憎憤にかられていた。

途中、こうなったのは電車が遅れたせいだと気づき、私は電車に報讐すべくUターンして駅に戻り、乗車券も買わずに改札内に突侵し、ちょうど接駅しようとしていた電車に殴りかかろうとしたら駅員に拘引されて、駅長室で叱譴された。とても楽しかった──。

※正解は読者のみなさんがこの問題をすっかり忘れたころに発表します。多分そのころは私も問題のことなんかすっかり忘れているでしょう。

【ながよしかつゆき/戯文作家】thereisaship@yahoo.co.jp

「汚名挽回」は誤りで「汚名返上」もしくは「名誉挽回」が正しい、という説が覆されつつある。「汚名挽回」は誤用ではないらしい。しかし卑怯者の私は、日本国民が日常的に「汚名挽回」を遣うようになるまでは遣わない方が無難だからと、洞が峠を決め込んだのであった。

・「汚名挽回」は誤用じゃなかった。国語辞典編纂者のツイートが話題に。
< http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1405/02/news068.html >

ここでのテキストは、ブログにも、ほぼ同時掲載しています。
『怒りのブドウ球菌』電子版 前後編 Kindleストアにて販売中!
Kindleストア< http://amzn.to/ZoEP8e >
無名藝人< http://blog.goo.ne.jp/nagayoshi_katz >