[3705] ガイジンの目で見る東京滞在記

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《実績を見て欲しいのだけれど》

■ローマでMANGA[75]
 ガイジンの目で見る東京滞在記
 midori

■デジクリトーク
 仲介会社という存在
 福間晴耕




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■ローマでMANGA[75]
ガイジンの目で見る東京滞在記

midori
< http://bn.dgcr.com/archives/20140605140200.html >
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今回はモーニング誌の外国人作家の描き下ろし企画の続きではなく、私の東京行きの話をする。滞在中に時間を見繕って書き始めたが、結局書き終わらず、帰国?(日本へもイタリアへも帰国)してから書いている。

では、題して「ガイジンの目で見る東京滞在記」

●体験授業で里帰り

というわけで、この5月、4年ぶりに里帰りをした。私が講師を務めるローマのマンガ学校では、三年間満点を取った学生に、キューバのアニメ学校か東京のマンガ学校で2週間の体験授業をする奨学制度を設けている。

自腹で里帰りが出来ない私は、この制度で通訳を務める任務を頂いて年に一度の里帰りができるようになった。2010年に息子もついでに連れて行った翌年、かの大地震が起こって東京行きは自粛した。

その翌年、条件を満たした生徒が出たものの、日本行きは怖いという「放射脳」の持ち主だったため頓挫。その翌年は条件に合う生徒が出なかった。

学校はローマの他にイタリア内に8校、シカゴに1校ある。
< http://www.scuolacomics.com/scuola >
アメリカ校は別にして、9校もありながら一人も条件を満たすことができなかったのだ。三年間満点を取るということがいかに難しいかわかる。

私立の専門学校で、生徒はお客さんであるわけだけど、おいそれと満点を与えない真面目な学校だということがわかる。そして今回、やっとローマ校から一人出て、4年ぶりの体験授業復活、私にとっては里帰り実現となった。

体験授業は水道橋にある東京アニメーター学院東京校で行われる。月曜から金曜まで、毎日3時間の授業。今年は主に2年生のマンガ科プロ養成コースの授業を受けた。

前回まではアニメ科やイラスト科の授業もあった。二年生はここでは最終学年なので、パースや人物のプロポーションの基礎はできている前提で授業が進む。

すでに4年前になる前回にはなくて、今回初お目見えの授業は火曜と木曜のクロスオーバーだ。つまり、マンガ科の授業を他のコースの生徒も受講でき、マンガ科の生徒が他のコースの授業を受けることができるシステムだ。主にアシスタント業に役立つ実技を教える授業だった。

火曜はペンの実技、木曜は背景の実技だった。即実践に役立つテクニックを学習する。背景の授業では、先生が基になる背景写真のコピーを用意しておおよその消失点を生徒に求めさせ、かつ、大雑把に重要な線を写真の上に引かせる。

マンガの背景は、建築家の出来上がり予想図ではないのだから、正確無比で機械的な感じを与えることより、パッと見て何が描いてあるのかわかることの方が大事。さらに、背景の中で何を読者に見てもらいたいのかを伝えられるように描くことが大事なのだ。

例えば、課題の中に、電車が駅を出発した場面を車両の正面から撮影した写真があった。電車の右手には出発したばかりの駅、左手には踏み切りとその奥の道、家屋、電信柱、木々が写っている。

マンガの背景として、この風景で大事なのは電車だ。だから電車の、特にシルエットはしっかり描く。機動部分は写真でははっきり見えない。でも、設計図ではないのだからはっきり正確に描く必要はない。

日中で光は上から来ているので、車輪を含めた機動部分は影になっている。だから黒々と影にしてしまえばよい。そして、電車の下にも陰をつければ存在感が出て目的にかなう。駅や踏み切りなどは詳細を描かない方がむしろ良い。など、実践にすぐに役立つ考え方を教えてくれる。

水曜には水彩の授業があった。マンガ学校の授業としては珍しいカリキュラムだと思う。今は彩色というとデジタルが主流だからだ。講師はマンガ科の講師であり、漫画家で画家だ。数年前にこの先生のグループ展を見に行ったことがある。絵柄はマンガチックで、マンガスタイルとアートを融合して悪いことはないよね、と思わせてくれた。

「水彩は光を見極め、光の部分を残しながら"水で描く"という考え方。主に水で、少しづつ色を含ませて徐々に影になる色を置いていく」という水彩の基本を改めて目の前で見せてもらって、個人的にも参考になったし、私ってなんにも知らないんだなぁと思わずにはいられなかった。

●今回のゲストスター、アドリアーノ君

Scuola Internazionale di comics学校の入学希望者のほとんどは、日本のmangaとアニメに憧れて、なんとなく漫画家になりたいと思って入ってくる。Mangaとアニメを通して日本の日常生活と習慣を知っていて、お箸を使えるのも普通の現象だ。映えある奨学金を得て憧れの日本へやって来ると、あれも知ってる、これもアニメで見た、本当にあるんだ! と目を輝かせる。

ところが、今回のアドリアーノ君はちょっと様子が違った。子供の頃は日本のアニメを見たりしたけれど、成長してからは興味の対象が他へ行った。北イタリアのオーストリアとの国境にある近い小さな町で、Mangaが手に入り難かったということもあるそうな。

そして2008年以来実施している体験授業in Tokyoで、お箸を使ったことのない初めての学生となった。アドリアーノ君のお箸初体験は、渋谷の旅館近くの初夕食、ラーメン。ラーメンでお箸初体験は厳しそうだけど、どうにか頑張って食べ終えたそうだ。

三年間満点を取るのは並大抵ではない。彼は努力家で、描く枚数が多い。つまり、道具を手に持って操ることに長けているので、お箸もすぐ使えるようになるのではないかと思う。

この体験授業で、我らイタリア人若手は初めてツケペン(Gペンと丸ペン)とトーンを体験する。そして、このアドリアーノを始め、歴代の学生は10分も経つと使いこなしてしまい、「アシスタントをやれるレベル」と評価をいただくのだ。連れて来ただけの私も、なんだか鼻が高くなってしまうのだった。

アドリアーノ君はさらに集中力がすごい。他の学生とおしゃべりができない、ということもあるかもしれないけれど、授業中手を動かし続ける。休憩時間も休まないで描き続け、課題をクラスの誰よりも速く仕上げてしまう。しかも、仕上がりは詳細で丁寧だ。

電車に乗ると、おずおずとスケッチブックを取り出して人物のスケッチを始める。とにかく、いつでも描いている。

●WONDERFUL TOKYO

4年ぶりの東京は、半分ガイジン的な目で見てしまう。感想はネットの海外掲示板翻訳まとめなどで読んでいた、海外から日本を旅行した人のコメントと一致する。

道がきれい! ゴミ箱がないのになんでゴミが落ちてないの? 皆礼儀正しい。ちゃんと列に並ぶ。にこやかで親切。落とした財布がそのまま(現金も!)戻ってくる! など。

日本人からしたら当たり前のこれらのことが、海外では当たり前ではない、ということを日本の皆さんは知ってほしい。

体験授業の東京アニメーター学院では、階段などで行き違うと知らない生徒同士でも「お疲れ様です」と声をかける。授業が終わって一斉に出て行くと、三階から一階に降りるまで「お疲れ様です」を言いっぱなしになる。

アドリアーノ君もすぐ覚えて、軽く腰をかがめながら「ozukaresamadeees」と言う。そして盛んに、良いことだ、良いことだ、という。コミュニケーションの一端でもあり、トウキョウに受け入れられた感があるのかもしれない。それは私も同じこと。生徒たちとは知らない仲なのに、少し親近感が湧く。挨拶は人と人とのつながりの始まり。

ちゃんと列に並ぶのが日本では当たり前なことをつい忘れて、コンビニでイタリア人をやってしまった。レジがふたつあり、買い物客はどちらかに並ぶ。私はついついイタリア式に、どっちつかずの場所に立った。

早く終わった方へ移動すれば良いという自己チューな発想だ。どちらかと言えば左寄りだったのに、右のレジが空いたらすかさず手に持ったおにぎりをレジへ差し出した。

その瞬間、レジ係が怪訝そうな顔をして、それでも「いらっしゃいませ〜」と言った。そこでハッと顔をあげて、右側のレジに並んでいた人がいたのに気がついた。まずいまずい。

落とした財布、について。これもFaceBookやネット上の海外掲示板などで日本を旅行中におとしもの、忘れ物をして戻ってきてびっくりという例を見聞きした。日本では当たり前かもしれないけど、海外ではおとしもの、忘れものはまず戻ってこない。

午後に授業があったある日、アドリアーノが遅刻をした。いつもより悲壮な顔(いつも悲壮な顔をしているけど)して、隠しながら目を拭いて「財布を失くした」と言う。

上野公園にスケッチしに行ったのだそうだ。最後にお寺が見えるところでベンチに座っていたからそこに置いてきたかもしれないし、博物館にも行ったからそこで盗られたかも知れない、と言う。

お金は千円程度だけれど、免許証や身分証明証を心配している。再発行がやっかいなのだ。掲示板で読んだ通り、どうにかなるかもと思い、アドリアーノを授業に残して上野へ行く。

駅のそばの交番へ行って事情を話すと、上野署へ連絡してくれたがまだ届いていないという。「まだ」ということはおまわりさんも、そのうち届くと考えているということだ。その足で下町風俗博物館へ行く。事情を説明し始めるとすぐに切符係の人が「ああ!」と言った。

すぐに電話で事務室に連絡。「さっきの黒い財布のことで代理の方が見えました」。あはは、やっぱりあるのだ! 持ち主を探すために財布の中を改めたことを詫びさえしてくれた。

東京へは必ず同行する教務課長(35歳美女)は、日本へ行くとリラックスできるという。店での買い物も、入場で並ぶのも、ぼられたり横入りがないので安心していられるというのだ。

確かに、逆に言うと日本人が外国へ行くと、疑うということを知らないのでのほほんとしてて、ロムのスリの餌食になりやすい。

●「決まりを守る」というDNA

日本人の中には「決まりを守る」というDNAがある。そのDNAを取得した経緯は色々あるだろうけれど、例えば、漢字には書き順というものがあって、これに従って書くとバランスが取れる。

決まりを守ると良い結果を生む。なんていうのもその一つではないかと思う。決まりは守るものだから、習慣以外の事柄については、その決まりを示唆する何かがあれば良い。

例えば我が家。何年か前にご近所に空き巣が入った。母が一人住まいをしているのを心配した弟が、鉄のフェンスを買ってきてドアの前の段差のところに取り付けた。取っ手に鍵がかかる。

でも、そのフェンス、高さ1メートル。日本人は「入らないでね」という印と受け取るだろうけど、物理的に超えられるので実際の空き巣の防御にはならない。ご近所の他のお宅でもドアの前にこの1メートルのフェンスがあったから、日本では効き目があるオマジナイなのだろう。

そういえば、ローマで暮らし始めた頃、ある日、今の旦那とバイクでローマの街を散歩した。近道をしようと言うダンナに「え? 他に道なんてないじゃない」と思ったら、脇にあった大きな鎖が渡っている道へ前輪を向けた。

鎖の中央が大きな輪っかで地面に止められて、U型になっている部分をヨイショと乗り越えていく。

決まりを守るDNAを持つ私は、鎖を見ただけで「通過不可能」と認識して、脳みそからその道を削除していたのだ。確かに物理的には充分乗り越えられる。

憲法第9条があるから日本は攻撃されない、って信じてしまう人もこのDNAのなせる業ではないかしら。

神社のお祭りでは竹を4本立てて縄を張って結界とする。物理的には行き来可能だけれど、普通の日本人はその結界という印の中に入ろうとはしない。ビジュアルを読んで、現実のものと見なす、という能力を開発してきた民族なんじゃないかと思う。

日本の文化って実にビジュアル。MANGAが生まれ進化してきた背景の一つに、このビジュアル文化というものがあるのじゃなかろうか。AAとか顔文字のすごさもそこにつながっていると思う。

ちょっと話がずれたけれど、「決まりを守る」DNAのおかげで日本は暮らしやすい。先にも言ったようにリラックスできる。電車の乗り降りも列をなして並び、先に降りる人を通して、並んだ順番で乗って行くから混乱が少なく乗り降りにかかる時間が短くて済む。

今回の旅の最後、フューミチーの空港で日本人団体と中国人団体の違いを見た。飛行機から降りてパスポートコントロールを通り、預け荷物のターンテーブルに行く前に、どちらの団体も止まって全員の確認をしていた。

日本人の団体は壁に寄って二列に並んで、他の通行のじゃまにならないようにしていた。中国人団体は通路の真ん中に陣取り、形のない塊となって通行を邪魔していた。この事例で、くどくど解説は必要ないと思う。

日本の中で暮らしている人は、あれこれ批判したいことはあると思う。ユートピアが存在しない限り、欠点があるのは当然のこと。誰に対しても100%満足が得られる状態っていうのは不可能だ。

でも、日本人の民度が高く、日本は高度な暮らしをしている、というのをぜひとも認めて欲しい。

以上が今回の4年ぶり里帰りで得た感想でした。

【みどり】midorigo@mac.com

里帰りの機会に、デジクリ関係で知り合ったお仲間と再会+初お目見え。お初に会ったのは武さんと山根さん。山根さんとはオリジン出身地から遠い親戚であろうということになった。

Growhairケバヤシさんとはメールのやり取りなどたまにしてたけど、会ったのは初めて。やりとり始めてからずんずん有名人になって、待ち合わせ場所とか店を出てからとか、次々に写真撮らせてくださいの嵐ですごかった。

べちおサマンサさんも、お酒飲めないけど、と参加してくれた。初めてのイラストレーターさんも含めて、クリエイターの8人様と楽しく飲み食いできました。ありがとうございました。

たまに里帰りして、誘ってくださる人がいるというのは嬉しいものです。

↓ここからクラウドなbitcasaに登録してDLしていただくと私とアナタにスペースがプレゼントされます。ぜひ。
< http://l.bitcasa.com/poG6F9QI >

「イタリアで新しい漫画を作る大冒険」
< http://p.booklog.jp/book/77255/read >

主に料理の写真を載せたブログを書いてます。
< http://midoroma.blog87.fc2.com/ >


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■デジクリトーク
仲介会社という存在

福間晴耕
< http://bn.dgcr.com/archives/20140605140100.html >
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デジクリの読者の方にも関心の高いと思われる、仕事の契約を取るときの話。

その前に、参考までに自分の仕事について簡単に書いておくと、ゲーム開発会社出身で、主に映像制作をしつつ、フリーランスとしてテクニカルライター・フォトグラファー・Webデザイナーをしつつ、必要なら簡単なプログラムから撮影・印刷原稿作成・映像編集など何でもやってきたという無節制な人間である。とはいえ、最近の仕事はパチンコ向けの映像制作が中心になっている。

パチンコ業界は比較的不況に強いのは良いのだが、フリーランスにとって最大の難点は、守秘義務の関係で過去に手がけた仕事が殆どオープンにできないことだろう。

ゲーム業界でもかなり守秘義務は厳しい方だが、ことパチンコ業界に至っては、現在進行中の仕事はおろか、過去に手がけた仕事のタイトル名さえ公表できないほどなのだ。

そんな訳で、自分の手がけた作品を公表するなどもってのほかで、おかげでここ数年の職歴が殆ど公表できなくなっている。もちろん、フリーランスとして他の仕事もやっているのでまったくの空白ではないのだが、それでもここ数年の仕事量が減っているように見えるのは否めない。

求職活動や営業では、過去の実績は重要なセールスポイントだが、ブランクがあるといろいろ不利だと聞いている。

最近は権利関係や技術流出がうるさくなり、パチンコ関係に限らず公表できない仕事は益々増えているのだが、そうした分野に関わる人はいったいどうしているのだろう。それとも未だに終身雇用の幻想が生きていて、スタッフは辞めない(解雇しない)とでも思っているのであろうか。

そんな状況で、今やっている仕事の多くは仲介会社を通して紹介されることが多いのだが、これには色んな訳がある。何といっても、最大の理由はそのほうが仕事が取りやすいからである。

例えば、以前あったケースでは、こちらは何の資料も用意する必要もなく、面談後すぐにメールで「○○さんの紹介なら問題ないでしょう」と言われて、ほとんどその場で契約できた事さえある。

これに対して個人で営業をしてた頃は、リーマンショック後という時期もあったのだろうが、散々プレゼン資料を用意して売り込んでも、複数の会社とコンペをさせられた挙句、結局は断られる事もざらだった。

この差はもちろん景気の違いもあるのだろうが、間に何かが挟まっているかいないかの差も大きいのだろう。

実際にこれまでも、個人名義では上からの許可がおりないので、法人を介して契約してほしいと言われた事が何度もあるし、仮に契約ができたとしても、支払い条件で色々難癖を付けられた事も少なくない。

こうした悩みも個人名がブランドになる大御所デザイナーなら無縁なのかもしれないが、自分のようなゲーム・パチンコ系映像の仕事をしている者にとっては、自分の名前を出したくても、そもそも守秘義務で公表できないのだから仕方がない。

プレゼン先の人にとっても、どんな素晴らしいポートフォリオを持って来られたところで、実際に仕事ができるかどうかは実績を見たいというのが正直な気持ちだろう。

そんな訳で、今の自分の場合は、多くの仕事を仲介会社を介して受けて、ときによってはその会社の派遣社員として、クライアントと契約したりしている。

ところで、企業と個人の間に仲介会社が入って企業に売り込みを行い、企業に対しては信用保証を提供するケースは、デザイン業界だけの話ではない。むしろ、あらゆる個人と企業の契約が、いまや仲介会社を通して行われるようになって来ていると言えるだろう。

例えば、部屋を借りる場合など、今では入居者から一定の保証料を取るかわりに、連帯保証人の代わりをしてくれる保証会社を通すことが一般的になっている(連帯保証人と保証会社の両方が必要なケースも少なくない)。

これは本来、連帯保証人を用意できない借主のための制度だったのが、少子化や景気の低迷で保証人を立てられる人が減り、貸主及び賃貸不動産管理業者の家賃回収業務がアウトソーシング化しているからである。

これにより、借り手は保証人なしでも部屋が借りられ、貸主も家賃不払リスクを軽減できるというメリットはあるものの、中間搾取をするだけの一部の悪徳業者の問題や、仲介会社分の余分な費用を借主が負担するといった問題が起きている。

これからは雇用の流動性と、一生賃貸への流れが見直されているという話はよく聞くが、個人が企業から契約を取ったり、賃貸契約をするためにはますます仲介会社が不可欠になってくるに違いない。企業や保証人とのしがらみがなくなっていくように見えるその裏で、こうした会社を通さないと保証が得られないというのは皮肉な話である。

【福間晴耕/デザイナー】
フリーランスのCG及びテクニカルライター/フォトグラファー/Webデザイナー
< http://fukuma.way-nifty.com/ >

HOBBY:Computerによるアニメーションと絵描き、写真(主にモノクローム)を撮ることと見ること(あと暗室作業も好きです)、おいしい酒(主に日本酒)を飲みおいしい食事をすること。もう仕事ではなくなったのでインテリアを見たりするのも好きかもしれない。


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編集後記(06/05)

●朝日新聞がまたスクープと称する捏造(?)をやっている。他の新聞はフォローしていないようで、ひとりではしゃいでいる。いわゆる「吉田調書」を入手し、それを都合よく解釈して、怪しげなキャンペーンを(嬉々として)やっている。紙面によれば「政府事故調は報告書に一部を紹介するだけで、多くの重要な事実を公表しなかった。中でも重要な『9割の所員が待機命令に違反して撤退した』という事実も伏せられた」とし、「原発 命令違反し9割撤退」という巨大な文字が得意満面で踊っている。「吉田調書」がそう証言しているというのだ。

吉田所長が政府事故調による聴取に応じたあと、記憶違いや勘違いがあることを自覚し、話の内容すべてがあたかも事実であったかのようにして一人歩きするのを懸念して、第三者への公表を強く拒絶したものが「吉田調書」なのである。それが(非合法な手段で)表に持ち出され、むりやり一人歩きさせられている。しかも、朝日紙上では調書そのものからではなく、記者の解釈で「所員は吉田所長の命令に違反して、現場から逃げた」と決めつけられている。

紙上の「吉田調書」では「本当は私、2F(福島第二)に行けと言っていないんですよ。ここがまた伝言ゲームのあれのところで、行くとしたら2Fかという話をやっていて、退避をして、車を用意してという話をしたら、伝言した人間は、運転手に、2Fに行けという指示をしたんです。(中略)よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しいと思ったわけです」「次の指示を待てと言ったつもりなんですが、2Fに行ってしまいましたというので、しょうがないなと思った」などとある。

これが「9割の所員が待機命令に違反して撤退した」という根拠だというが、ここまで強引な解釈する記者の頭、おかしいんじゃないのか。そもそも福島第一(1F)に残る方が危険な状態だった。免震重要棟にいた700名には、事故に対応する現場の人ではない事務系の人も数多く、女性社員も少なくなかった。彼らをどう脱出させるかも吉田所長の責任だった。「所員が命令に違反して撤退した」のではなく「所長が脱出させた」のが普通の解釈だ。

朝日は「暴走する原子炉を残し、福島第一原発の所員の9割が現場を離脱したという事実をどう受け止めたらいいのか」「過酷事故のもとでは原子炉を制御する電力会社の社員が現場からいなくなる事態が充分に起こりうる」などと煽りたてるが、事実に反する。かつてNHKスペシャルで吉田所長が「『去りたい者は去っても(責任は)問わない』で、その結果、70名が残った」と説明している。アメリカでも、現場に残った作業員の英雄的な行為を称讃する「フクシマ50」が報道されたではないか。電力会社の社員が現場からいなくなる、という悪質なデマまで撒き散らす朝日新聞。今年、朝日新聞社に入った東大卒業生はゼロ、ひたすら反日・売国・亡国に励む会社に未来はないもんな。(柴田)

以下は、門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日」について書いた、昨年11月1日の編集後記の一部である。また涙した。

1号機、3号機が水素爆発を起こし、2号機にも危機が迫っていた。吉田は「私はあの時、自分と一緒に『死んでくれる』人間の顔を思い浮かべていたんです」と後に語る。免震重要棟には600人以上が残っていたが、吉田は必要最小限の人間以外は第二原発への退避を命ずる。残ったのは「死んでいい人間」69人。トイレは血尿で真っ赤。彼らは苛酷な環境の中で、目の前にある「やらなければならないこと」に黙々と立ち向かった。だが、注水活動の人員不足が時間を経るに従い露呈し始めたため、避難した人が徐々に第一に戻り始める。そして、入れ続けた水が、最後の最後でついに原子炉の暴走を止めた。


●「決まりを守る」DNAと憲法第9条の話に鳥肌。/実績を話せない仕事はたくさんやってきてるな......。それなりの企業や行政関係のをやってきましたです。

iPadがAppleマークのまま起動せず。二週間前にも同じことが起きた。バッテリーが少なくなってるから充電してね、というメッセージが出ているのに作業を続けていたら、もうダメ〜後はお願いするわ〜とばかりに黒い画面に待機中のクルクルが出た。

慌てて充電させるが、充電中の赤いマークが出たまま充電しているようには思えない。ちょっとたまっただろう頃に勝手に起動し、起動用のパワーはないものだから、Appleマークのままだったり、再起動を繰り返したり、黒い画面のままになったり。

二週間前は「バッテリーが足りないからケーブルつなげてね」という画面のままで止まってくれていて、リカバリモードにして復元したら戻った。続く。(hammer.mule)

< http://matome.naver.jp/odai/2138376153366152501 >
itunesで復旧!充電できない電源が入らないiPhone・iPod touchの復元方法