ローマでMANGA[75]ガイジンの目で見る東京滞在記/midori

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今回はモーニング誌の外国人作家の描き下ろし企画の続きではなく、私の東京行きの話をする。滞在中に時間を見繕って書き始めたが、結局書き終わらず、帰国?(日本へもイタリアへも帰国)してから書いている。

では、題して「ガイジンの目で見る東京滞在記」




●体験授業で里帰り

というわけで、この5月、4年ぶりに里帰りをした。私が講師を務めるローマのマンガ学校では、三年間満点を取った学生に、キューバのアニメ学校か東京のマンガ学校で2週間の体験授業をする奨学制度を設けている。

自腹で里帰りが出来ない私は、この制度で通訳を務める任務を頂いて年に一度の里帰りができるようになった。2010年に息子もついでに連れて行った翌年、かの大地震が起こって東京行きは自粛した。

その翌年、条件を満たした生徒が出たものの、日本行きは怖いという「放射脳」の持ち主だったため頓挫。その翌年は条件に合う生徒が出なかった。

学校はローマの他にイタリア内に8校、シカゴに1校ある。
< http://www.scuolacomics.com/scuola >
アメリカ校は別にして、9校もありながら一人も条件を満たすことができなかったのだ。三年間満点を取るということがいかに難しいかわかる。

私立の専門学校で、生徒はお客さんであるわけだけど、おいそれと満点を与えない真面目な学校だということがわかる。そして今回、やっとローマ校から一人出て、4年ぶりの体験授業復活、私にとっては里帰り実現となった。

体験授業は水道橋にある東京アニメーター学院東京校で行われる。月曜から金曜まで、毎日3時間の授業。今年は主に2年生のマンガ科プロ養成コースの授業を受けた。

前回まではアニメ科やイラスト科の授業もあった。二年生はここでは最終学年なので、パースや人物のプロポーションの基礎はできている前提で授業が進む。

すでに4年前になる前回にはなくて、今回初お目見えの授業は火曜と木曜のクロスオーバーだ。つまり、マンガ科の授業を他のコースの生徒も受講でき、マンガ科の生徒が他のコースの授業を受けることができるシステムだ。主にアシスタント業に役立つ実技を教える授業だった。

火曜はペンの実技、木曜は背景の実技だった。即実践に役立つテクニックを学習する。背景の授業では、先生が基になる背景写真のコピーを用意しておおよその消失点を生徒に求めさせ、かつ、大雑把に重要な線を写真の上に引かせる。

マンガの背景は、建築家の出来上がり予想図ではないのだから、正確無比で機械的な感じを与えることより、パッと見て何が描いてあるのかわかることの方が大事。さらに、背景の中で何を読者に見てもらいたいのかを伝えられるように描くことが大事なのだ。

例えば、課題の中に、電車が駅を出発した場面を車両の正面から撮影した写真があった。電車の右手には出発したばかりの駅、左手には踏み切りとその奥の道、家屋、電信柱、木々が写っている。

マンガの背景として、この風景で大事なのは電車だ。だから電車の、特にシルエットはしっかり描く。機動部分は写真でははっきり見えない。でも、設計図ではないのだからはっきり正確に描く必要はない。

日中で光は上から来ているので、車輪を含めた機動部分は影になっている。だから黒々と影にしてしまえばよい。そして、電車の下にも陰をつければ存在感が出て目的にかなう。駅や踏み切りなどは詳細を描かない方がむしろ良い。など、実践にすぐに役立つ考え方を教えてくれる。

水曜には水彩の授業があった。マンガ学校の授業としては珍しいカリキュラムだと思う。今は彩色というとデジタルが主流だからだ。講師はマンガ科の講師であり、漫画家で画家だ。数年前にこの先生のグループ展を見に行ったことがある。絵柄はマンガチックで、マンガスタイルとアートを融合して悪いことはないよね、と思わせてくれた。

「水彩は光を見極め、光の部分を残しながら"水で描く"という考え方。主に水で、少しづつ色を含ませて徐々に影になる色を置いていく」という水彩の基本を改めて目の前で見せてもらって、個人的にも参考になったし、私ってなんにも知らないんだなぁと思わずにはいられなかった。

●今回のゲストスター、アドリアーノ君

Scuola Internazionale di comics学校の入学希望者のほとんどは、日本のmangaとアニメに憧れて、なんとなく漫画家になりたいと思って入ってくる。Mangaとアニメを通して日本の日常生活と習慣を知っていて、お箸を使えるのも普通の現象だ。映えある奨学金を得て憧れの日本へやって来ると、あれも知ってる、これもアニメで見た、本当にあるんだ! と目を輝かせる。

ところが、今回のアドリアーノ君はちょっと様子が違った。子供の頃は日本のアニメを見たりしたけれど、成長してからは興味の対象が他へ行った。北イタリアのオーストリアとの国境にある近い小さな町で、Mangaが手に入り難かったということもあるそうな。

そして2008年以来実施している体験授業in Tokyoで、お箸を使ったことのない初めての学生となった。アドリアーノ君のお箸初体験は、渋谷の旅館近くの初夕食、ラーメン。ラーメンでお箸初体験は厳しそうだけど、どうにか頑張って食べ終えたそうだ。

三年間満点を取るのは並大抵ではない。彼は努力家で、描く枚数が多い。つまり、道具を手に持って操ることに長けているので、お箸もすぐ使えるようになるのではないかと思う。

この体験授業で、我らイタリア人若手は初めてツケペン(Gペンと丸ペン)とトーンを体験する。そして、このアドリアーノを始め、歴代の学生は10分も経つと使いこなしてしまい、「アシスタントをやれるレベル」と評価をいただくのだ。連れて来ただけの私も、なんだか鼻が高くなってしまうのだった。

アドリアーノ君はさらに集中力がすごい。他の学生とおしゃべりができない、ということもあるかもしれないけれど、授業中手を動かし続ける。休憩時間も休まないで描き続け、課題をクラスの誰よりも速く仕上げてしまう。しかも、仕上がりは詳細で丁寧だ。

電車に乗ると、おずおずとスケッチブックを取り出して人物のスケッチを始める。とにかく、いつでも描いている。

●WONDERFUL TOKYO

4年ぶりの東京は、半分ガイジン的な目で見てしまう。感想はネットの海外掲示板翻訳まとめなどで読んでいた、海外から日本を旅行した人のコメントと一致する。

道がきれい! ゴミ箱がないのになんでゴミが落ちてないの? 皆礼儀正しい。ちゃんと列に並ぶ。にこやかで親切。落とした財布がそのまま(現金も!)戻ってくる! など。

日本人からしたら当たり前のこれらのことが、海外では当たり前ではない、ということを日本の皆さんは知ってほしい。

体験授業の東京アニメーター学院では、階段などで行き違うと知らない生徒同士でも「お疲れ様です」と声をかける。授業が終わって一斉に出て行くと、三階から一階に降りるまで「お疲れ様です」を言いっぱなしになる。

アドリアーノ君もすぐ覚えて、軽く腰をかがめながら「ozukaresamadeees」と言う。そして盛んに、良いことだ、良いことだ、という。コミュニケーションの一端でもあり、トウキョウに受け入れられた感があるのかもしれない。それは私も同じこと。生徒たちとは知らない仲なのに、少し親近感が湧く。挨拶は人と人とのつながりの始まり。

ちゃんと列に並ぶのが日本では当たり前なことをつい忘れて、コンビニでイタリア人をやってしまった。レジがふたつあり、買い物客はどちらかに並ぶ。私はついついイタリア式に、どっちつかずの場所に立った。

早く終わった方へ移動すれば良いという自己チューな発想だ。どちらかと言えば左寄りだったのに、右のレジが空いたらすかさず手に持ったおにぎりをレジへ差し出した。

その瞬間、レジ係が怪訝そうな顔をして、それでも「いらっしゃいませ〜」と言った。そこでハッと顔をあげて、右側のレジに並んでいた人がいたのに気がついた。まずいまずい。

落とした財布、について。これもFaceBookやネット上の海外掲示板などで日本を旅行中におとしもの、忘れ物をして戻ってきてびっくりという例を見聞きした。日本では当たり前かもしれないけど、海外ではおとしもの、忘れものはまず戻ってこない。

午後に授業があったある日、アドリアーノが遅刻をした。いつもより悲壮な顔(いつも悲壮な顔をしているけど)して、隠しながら目を拭いて「財布を失くした」と言う。

上野公園にスケッチしに行ったのだそうだ。最後にお寺が見えるところでベンチに座っていたからそこに置いてきたかもしれないし、博物館にも行ったからそこで盗られたかも知れない、と言う。

お金は千円程度だけれど、免許証や身分証明証を心配している。再発行がやっかいなのだ。掲示板で読んだ通り、どうにかなるかもと思い、アドリアーノを授業に残して上野へ行く。

駅のそばの交番へ行って事情を話すと、上野署へ連絡してくれたがまだ届いていないという。「まだ」ということはおまわりさんも、そのうち届くと考えているということだ。その足で下町風俗博物館へ行く。事情を説明し始めるとすぐに切符係の人が「ああ!」と言った。

すぐに電話で事務室に連絡。「さっきの黒い財布のことで代理の方が見えました」。あはは、やっぱりあるのだ! 持ち主を探すために財布の中を改めたことを詫びさえしてくれた。

東京へは必ず同行する教務課長(35歳美女)は、日本へ行くとリラックスできるという。店での買い物も、入場で並ぶのも、ぼられたり横入りがないので安心していられるというのだ。

確かに、逆に言うと日本人が外国へ行くと、疑うということを知らないのでのほほんとしてて、ロムのスリの餌食になりやすい。

●「決まりを守る」というDNA

日本人の中には「決まりを守る」というDNAがある。そのDNAを取得した経緯は色々あるだろうけれど、例えば、漢字には書き順というものがあって、これに従って書くとバランスが取れる。

決まりを守ると良い結果を生む。なんていうのもその一つではないかと思う。決まりは守るものだから、習慣以外の事柄については、その決まりを示唆する何かがあれば良い。

例えば我が家。何年か前にご近所に空き巣が入った。母が一人住まいをしているのを心配した弟が、鉄のフェンスを買ってきてドアの前の段差のところに取り付けた。取っ手に鍵がかかる。

でも、そのフェンス、高さ1メートル。日本人は「入らないでね」という印と受け取るだろうけど、物理的に超えられるので実際の空き巣の防御にはならない。ご近所の他のお宅でもドアの前にこの1メートルのフェンスがあったから、日本では効き目があるオマジナイなのだろう。

そういえば、ローマで暮らし始めた頃、ある日、今の旦那とバイクでローマの街を散歩した。近道をしようと言うダンナに「え? 他に道なんてないじゃない」と思ったら、脇にあった大きな鎖が渡っている道へ前輪を向けた。

鎖の中央が大きな輪っかで地面に止められて、U型になっている部分をヨイショと乗り越えていく。

決まりを守るDNAを持つ私は、鎖を見ただけで「通過不可能」と認識して、脳みそからその道を削除していたのだ。確かに物理的には充分乗り越えられる。

憲法第9条があるから日本は攻撃されない、って信じてしまう人もこのDNAのなせる業ではないかしら。

神社のお祭りでは竹を4本立てて縄を張って結界とする。物理的には行き来可能だけれど、普通の日本人はその結界という印の中に入ろうとはしない。ビジュアルを読んで、現実のものと見なす、という能力を開発してきた民族なんじゃないかと思う。

日本の文化って実にビジュアル。MANGAが生まれ進化してきた背景の一つに、このビジュアル文化というものがあるのじゃなかろうか。AAとか顔文字のすごさもそこにつながっていると思う。

ちょっと話がずれたけれど、「決まりを守る」DNAのおかげで日本は暮らしやすい。先にも言ったようにリラックスできる。電車の乗り降りも列をなして並び、先に降りる人を通して、並んだ順番で乗って行くから混乱が少なく乗り降りにかかる時間が短くて済む。

今回の旅の最後、フューミチーの空港で日本人団体と中国人団体の違いを見た。飛行機から降りてパスポートコントロールを通り、預け荷物のターンテーブルに行く前に、どちらの団体も止まって全員の確認をしていた。

日本人の団体は壁に寄って二列に並んで、他の通行のじゃまにならないようにしていた。中国人団体は通路の真ん中に陣取り、形のない塊となって通行を邪魔していた。この事例で、くどくど解説は必要ないと思う。

日本の中で暮らしている人は、あれこれ批判したいことはあると思う。ユートピアが存在しない限り、欠点があるのは当然のこと。誰に対しても100%満足が得られる状態っていうのは不可能だ。

でも、日本人の民度が高く、日本は高度な暮らしをしている、というのをぜひとも認めて欲しい。

以上が今回の4年ぶり里帰りで得た感想でした。

【みどり】midorigo@mac.com

里帰りの機会に、デジクリ関係で知り合ったお仲間と再会+初お目見え。お初に会ったのは武さんと山根さん。山根さんとはオリジン出身地から遠い親戚であろうということになった。

Growhairケバヤシさんとはメールのやり取りなどたまにしてたけど、会ったのは初めて。やりとり始めてからずんずん有名人になって、待ち合わせ場所とか店を出てからとか、次々に写真撮らせてくださいの嵐ですごかった。

べちおサマンサさんも、お酒飲めないけど、と参加してくれた。初めてのイラストレーターさんも含めて、クリエイターの8人様と楽しく飲み食いできました。ありがとうございました。

たまに里帰りして、誘ってくださる人がいるというのは嬉しいものです。

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