[3713] 自分を表現する決意

投稿:  著者:  読了時間:19分(本文:約9,300文字)


《「アメアイロス」と「ロケみつロス」》

■装飾山イバラ道[137]
 アメアイロス
 武田瑛夢

■Take IT Easy![20]
 自分を表現する決意
 若林健一 / kwaka1208

■おかだの光画部トーク[116]
 痛い目にあう前にバックアップ
 岡田陽一



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■装飾山イバラ道[137]
アメアイロス

武田瑛夢
< http://bn.dgcr.com/archives/20140617140300.html >
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今年のアメリカン・アイドルシーズン13も優勝者が決まった。今年はすごくお気に入りという人はとくにいなかったけれど、女性のジーナ・アイリーンの歌声が独特で好きだった。決勝でケイレブ・ジョンソンと戦って、負けてしまったのでちょっと残念。

優勝者のケイレブ・ジョンソンは大柄な男性ロック歌手で、歌は確かに上手かった。22歳のまだやんちゃでわんぱくな感じが残る容姿だったけれど、声の伸びが素晴らしくて、パワフルなパフォーマンスでいつも観客を沸かせていた。今後も売上げランキングとかプレッシャーは続きそうだけれど、彼なら楽しむだろうなという器の大きさが感じられる人だ。

・アメリカン・アイドル シーズン13 | FOX
< http://tv.foxjapan.com/fox/lineup/prgmtop/index/prgm_cd/1826 >

今年の審査員はジェニファー・ロペス、キース・アーバン、ハリー・コニックJr.の三人。初めて参加したハリー・コニックJr.も途中までは厳しい口調だったのが、最後はだいぶやわらかくなっていた。審査が進むにつれなかなか尖ったことが言えなくなるのは、審査員から良くないと言われた候補者の全米投票の数に影響を与えそうだからだと思う。

厳しいコメントのおかげで得票数が伸びないのか、実際に視聴者が感じた評価が厳しかったのかは定かではない。しかし、落ちた原因を探る時に審査員に言われていた厳しい評価を思い出してしまいがちなのは確かだ。本当のところ、落ちた原因は単純な人気とか、候補者の出身州の規模とか、別のところにあるのかもしれないのに。

●やっぱりフィリップ・フィリップス

最終回(フィナーレ)の日には、有名スターや番組由来の歌手が集まるお祭り騒ぎで、シーズン11の優勝者のフィリップ・フィリップスも来て歌ってくれた。フィリップ・フィリップスはここ最近のアメアイ優勝者の中ではとても売れているそうだ。

2年経っていっそう風格を増していたけれど、いつもと変わらない飾り気のなさもまたかっこ良くて、声も音楽もやっぱり最高。自分で音楽を作る力がないと、なかなかアメリカでヒットするのは難しい時代のようで、フィリップ・フィリップスはその中でも独自性があって受け入れられたのだと思う。

フィリップ・フィリップスのRaging Fireを、ゴジラのセットで歌っている最新のPV映像を見ると、使う楽器の種類の多さや演奏者との自然なからみがとてもかっこいい。この曲はステージ上でもとても盛り上がるし、やっぱりフィリップ・フィリップスだ。

どの曲にも簡単に覚えられるような、繰り返しのメロディが入っているのも彼らしさがある。それにしても、このゴジラセットの日本語の部分は日本人から見るとやっぱり変(笑)なのだけれど、とても良い映像なのでまぁいいか。

・Phillip Phillips - Raging Fire (One Take at the Godzilla Set)
< >

●いろんなロスがある

いつもその年のアメアイの番組が終わってしまうと、さみしくてちょっとした喪失感に陥る。

最終回の番組番号は39。39回もやる番組って、日本だと大河ドラマで49回くらいなので、それに近い感覚かな。朝ドラだと150回超えというから、確かにあまちゃん終了をさみしがる「あまロス」のような人がいてもおかしくない。私の場合はアメアイが終わってさみしいので「アメアイロス」だなと思った。

そんな人もきっと多いのではと思い、Googleで「アメアイロス」で検索したらノーヒットだったのが(笑)さらにさみしい。

アメリカでは乱立するオーディション番組や、若者のテレビ離れの影響でアメリカン・アイドルの視聴率もだいぶ下がったらしいけれど、音楽に触れる方法は昔とは変わって来ているので、ずっと同じスタイルのテレビ番組ではいられないのはしょうがないのかもしれない。

そんなことを思っていたら、今朝のサッカーワールドカップブラジル開会式に、ジェニファー・ロペス姉さんが出て来てちょっと嬉しかった。出られないとか出るとかギリギリまで言われていたようだけれど、あの開会式ってジェニロペ姉さんが出なかったら、どこが山場なのかわかりにくかったような気がする。いろいろな人がすごくホッとした瞬間でもあったのでは? と思う。

開会式はたくさんのダンサーが踊って可愛いショーだったんだけれど、いったいどこ見たらいいのー? と思っていたところに、ジェニロペ姉さんドーン! ってせり上がって来る感じにとっても救われた。

姉さんとか言っといて、私の方が年上なのはこのさいどうでもいい。ジェニロペを見ているとやっぱり華があるって素晴らしいし、人の目の集まる中心にいようとする度胸とサービス精神にホレボレした。

アメアイが終わったら、いつの間にかたまってしまった「ロケみつ」の録画の蓄積を消化しなければならない。旅はとっくに終わって、番組も終わってしまったので急いで見なければ。

見終わればまた「ロケみつロス」になるのかもと思い、「ロケみつロス」で検索してみたらこの言葉はヒットした。やはり日本の番組の場合にだけ当てはまるのかな。しかしながら、録画を蓄積しておいてロスとか言う権利は、私にはきっとないと思う。

【武田瑛夢/たけだえいむ】eimu@eimu.com
装飾アートの総本山WEBサイト"デコラティブマウンテン"
< http://www.eimu.com/ >

毎年衣替えもめんどくさいけれど、布団を夏仕様にするのが大変。冷たい塩マットを出して除湿機や布団乾燥機をスタンバイ。湿気が人の快適さを決めるのはなんでなんだろう。


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■Take IT Easy![20]
自分を表現する決意

若林健一 / kwaka1208
< http://bn.dgcr.com/archives/20140617140200.html >
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自分の考え方やものの見方を発信していこうと、2012年12月に新しいblogを立ち上げて少しずつ記事を書いていましたが、そんな時に「デジクリに書きませんか?」というお声がけいただき、2013年の9月から現在までの約10か月、通算40回弱の記事を書いてきました。

自分が物書きをしようと思った理由はいくつかあるのですが、その中でも「作る人と使う人」のように、立場の異なる人同士の対話をもっと促進したい、ということが大きな目標のひとつ。

立場の異なる人の組み合わせは、他にも「エンジニアとデザイナー」「上司と部下」「発注者と受注者」「売る人と買う人」などIT業界の中だけでも、さまざまな組み合わせがあります。

これらのどの組み合わせにも「対話不足」があると感じています。もう少し「対話不足」を解消することで、仕事が円滑に進んだり、目標通りのモノ作りを実現できたり、日々の仕事上での時間的ロスを減らすことができたり、きっと世の中は良い方向に動いていくはずだ、と考えています。

そこで、普段表立って言う機会がない、もしくは言いにくいことを言う役割を負うことで「あぁ、なんだみんなそう思っていたのか」となり「実は、僕もこう考えていたんですよ」という形で距離感が縮まっていくのではないか? という想定です。

例えば、2014年1月21日配信分に掲載した「目黒のさんま」がそのひとつでした。

目黒のさんま
< http://kwaka1208.net/meguro-no-samma/ >

この記事では、作り手が使い手に過剰な配慮をしてしまうあまり、使い手が求めているものと異なったモノ作りをしてしまう、ということを古典落語の「目黒のさんま」になぞらえて述べていました。他にも、

エンジニア視点の「親愛なるデザイナーのみなさまへ」
< http://kwaka1208.net/dear-desingers/ >

受注者と発注者の双方の視点の「変更と修正の適切な使い分け」
< http://kwaka1208.net/modify-or-correct/ >

などがあります。

このような形で、それぞれの見方に立ち、普段表面に出てこないことをあえて書くことで、それぞれの立場を理解し、距離感を縮めたい。異なる立場の方々の接点に立つ、そんな役割を負いたいという想いを持ってきました。

しかし、実際にはこれがなかなか難しい。それぞれの立場の視点で、普段表面に出てこないことを書こうとすると、どうしても批判的な表現になってしまう部分が多々あります。

もちろん、批判的に述べるつもりはないのですが、表現が批判的になると、それを受ける側の立場の方が気を悪くするのではないか? 自分の伝えたいことを十分に伝えることができないのではないか? という思いから、できる限り角の立たないような表現を探すようになりました。

また、自分が書いていることがどれだけの人の共感を得られるのか? を考えた時に、本来の自分の意見よりも最大公約数的な結論を求めるようになり、ますます論点がボケるようになりました。ボツにした記事もいくつかあります。

自分でもボケてきたなと感じていましたし、ある機会に前職の元上司から「ツッコミが足らんな」とも言われていました。

まさに、自分自身が「目黒のさんま」を地で行く状態です、言葉選びをする過程で本来伝えたかったことも削ぎ落として、できあがった文章を読んでみるとキレがない、伝えたいことがバシっと伝わらないように感じる。

そんな時に、6月13日で自分の考えをはっきりと発信されているお二方の記事を見て強い衝撃を受けました。

日刊デジクリ[#3711] 虐げられた者たちの決意
< http://bn.dgcr.com/archives/20140613140100.html >

お互いに敬意を表しつつ、譲れない部分は譲れないとはっきり表明する。これが今の自分にはできていないことだと気づかされました。この配信で相反する意見が述べられていましたが、それによる不快感を私は感じませんでしたし、むしろ清々しさを感じていました。

話は変わりますが、「常識」という言葉があります。英語では、"Common sense"といいますが、その成り立ちは日本と欧米では違いがあります。

日本で言う「常識」というのは、あるひとつの事柄に対して「他の人はどう考えるだろうか? きっとこう考えるだろう」という見方から形成されるのに対して、欧米では「私はこう考えている」ということを各個人が発信し、その集合によって形成される、そういった成り立ちの違いがあると感じています。

私自身は、"Common sense"のスタンスを取りたいと思いつつ、いつの間にか「常識」にとらわれていたのかもしれません。

自分の意見を発信して、100人中100人の共感が得られるわけがない、頭ではわかっているのですが、そこを恐れている。だとすれば、自分が自分の意見を書く意味なんてない。そう自分に言い聞かせて、これからも頑張って自分の見方や考え方を発信していきたいと思っています。

デジクリを読んでくださっている多くの方に、自分の頭の中をとりとめもなく読ませてしまって申し訳ありません。でも、これからはそういうスタンスで臨んでいきたいと思っていますので、これからもどうぞよろしくお願い致します。

これまでは、積極的に呼びかけていませんでしたが、私の記事を読んだ感想など、いただければ幸いです。「共感する」とか「それはちゃうやろ!」とかどんな意見でも結構ですので、何か感じるところがあれば是非お願いしたいです。メールでもTwitterでも、Facebookでも。

ただし、「それはちゃうやろ」的なコメントは、やんわり頂ければ幸いです。ガラスのハートなので。

【若林健一 / kwaka1208】 kwaka1208@pote2.net
Take IT Easy! - 人にやさしいIT
< http://kwaka1208.net/ >
< https://twitter.com/kwaka1208 >
< https://www.facebook.com/kwaka1208net/ >


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■おかだの光画部トーク[116]
痛い目にあう前にバックアップ

岡田陽一
< http://bn.dgcr.com/archives/20140617140100.html >
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みなさんは大切なデータのバックアップどうしていますか?

普段やらなきゃいけないと思いつつ、ついつい後回しになって、それでも何事もおこらず日常が過ぎていき......そして、忘れた頃に前ぶれもなく突然HDDから変な音がしたり、認識しなかったり、電源が入らなかったりして頭は真っ白、心臓はドキドキし、変な汗が出てきます。

最近では、メールはGmail、直近の仕事のドキュメントなどはDropbox、ソースコードなどはGit、写真や画像データはFlickrなど、あちこちのCloudを使うことが多いので、仕事に関しては昔より被害は少ない環境になってきましたが、ひとつひとつが大きなデータや、大量のデータなどはやはり扱いに困ります。

典型的なものが、大量に撮影したRAWデータや、編集前のムービー元データ。しかも、だんだん増えていきます。

先日、会社で使っているNAS(Network Attached Storage)が認識しなくなりました。安全性を考えてRAID5(※)で使用していたのですが、あまり意味がなかったように思います。

そのNASの中には、終わった仕事のデータや色々な素材が入っていて、直近の仕事には特に影響しませんが、なくなってしまっていいものではないので、泣く泣くデータ復旧サービスに頼むことに。

メーカーの修理だと、壊れたHDDを修理はするが、中のデータは消えてしまうということでそれではまったく意味がない。ということで、データ復旧サービスという、壊れたPCやHDDやメモリーの中からデータを復元してくれる会社に問い合わせてみました。

幸い歩いて行けるところに支店があったので、持ち込んで見積り。容量が大きいことや、普通のHDDと違い、NASということでサーバー扱いになるなど、なんと復旧に25万円くらいと泣きそうになる金額。

「その金額は無理だな」とあきらめ半分で色々と交渉し、サーバー扱いではなく普通のHDDの料金体系で対応してくださることになりました。それでも10万円なので泣きそうですが......。

こんな事故に遭わないように、保険だと思ってしっかりバックアップしておきたいところですが、日々大量のデータが増えていく中、どういう方法でバックアップするのかが悩ましいところ。

数年前にバックアップしたDVDが読めない状態だったりするので、光学ディスクはあまり当てにならないですし、そもそも容量が少ないので手間がかかる。

大きなHDDを必ず複数使ってミラーリングする? いや、それも結局いつ壊れるかわからない。あれこれ検索してみると、やはりCloudにバックアップするのが、最近では正解のようなので、次は容量と値段の問題になる。

使った分だけの料金を請求されるAmazon Web Serviceや、○GB〜○GBまで月々いくらというサービスが多い中、自分に合ってる気がして選んだのが、「Backblaze(バックブレイズ)」というサービス。< http://bit.ly/1hZT7eh >

このサービス、月々$3.96でPCと外付けHDDを容量無制限ですべてCloudにバックアップしてくれる。国内ではソースネクストが一年版を3,990円で提供している。

DropboxのようにCloudにデータを置いて使うというものではなく、完全にバックアップの用途で、必要なデータはサービスにログインして、リストアする。ローカルのデータを消してしまったら、30日間はCloudに残っている状態で、それを過ぎると消えてしまうようだ。

NASやMacのTime Machineはバックアップの対象外など若干注意点はあるものの、保険代わりのバックアップ用途には、いくら容量が増えても追加料金がかかるものではないので、大量のデータのバックアップ先に悩んでいる人にはおすすめかもしれない。

バックアップも面倒な作業は一切なく、アプリをインストールするとバックグランウドで自動ですべてバックアップしてくれる。

環境設定の中にBackblazeの項目が出てくるので、除外するデータなどはそちらで設定する。とにかく、最初のバックアップには容量が大きければ大きいほど時間がかかりますが、放っておけばいいのでそれは気にならないでしょう。
< https://flic.kr/p/nH2ijy >
< https://flic.kr/p/nZdvZX >

MacローカルHDDの日々のバックアップ→Time Machine
メール→Gmail
現像済みの写真Jpeg→Flickr < https://www.flickr.com/ >
進行形の仕事のデータなど→Dropbox < https://db.tt/sAbm8s7 >
ソースコード→Git(Bitbucket < https://bitbucket.org/ >)
外付けHDD長期保存の大量・大容量のデータ→Backblaze
という感じのデータ管理で、いままでよりも少し気持ちが楽になった気がしています。

※RAID5:3台以上のハードディスクに、データに「パリティビット」と呼ばれる誤り検出のための付加データを合わせて分散して書き込む方式。データ保存領域として利用できる容量と、データ保護性において比較的高いバランスの取れた方式。

【岡田陽一/株式会社ふわっと 代表取締役 ディレクター+フォトグラファー】
< mailto:okada@fuwhat.com > < Twitter:http://twitter.com/okada41 >

神戸も梅雨ですが、今のところ傘をさすことはなく、ここ数日もいい天気。紫陽花やしとしと雨の写真を撮りに行きたいと思っているのに、なかなかいいシチュエーションにならないのが悩ましい。今年の梅雨は、局地的にゲリラ豪雨な感じみたいなので、突然の激しい雨には気をつけましょう。


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編集後記(06/17)

●竜田一人の漫画「いちえふ 福島第一原子力発電所労働記(1)」を読む(講談社モーニングKC、2014)。表紙カバーには「これは『フクシマの真実』を暴く漫画ではない」「これが彼がその目で見てきた『福島の現実』。」とある。「フクシマ」というカタカナ表現にはすでに差別がある。その「真実」というものは、科学的とみせかけた風評が殆どである。この漫画は「福島の現実」を淡々と描いているに過ぎない。そこには原発に対する作者の思想は見当たらない。ただただ丹念に描いているだけだ。それなのにすこぶる面白い。

「いちえふ」は、仕事に困っていた作者(売れていない漫画家)が、高給と好奇心それとほんの少しは被災地の為という義侠心から、福島第一原発の仕事に飛び込む。一部のマスコミや市民団体が騒ぐ「フクシマの隠された真実」みたいなものがあるなら、それを見てきてやろうじゃないかという気分だったという。漫画のネタにしようという思惑はあったと想像する。もちろん現場にはカメラもスケッチブックも持ち込めないから、全部記憶に頼っているのであろう。各施設の位置関係や「いちえふ」の裏側のツアーガイドまである。すごい表現力だ。貴重な記録だ。

作業風景や宿舎での日常が克明に表現されているが、外の人からこの世の地獄みたいにいわれる「いちえふ」とはずいぶん落差がある。ものすごく面倒くさくて不便な環境で、一歩間違うと危険な職場であることは間違いないが、登場人物には笑顔が多い。福島の方言も多い。現場と地元は密接につながっている。彼らはこの世界で誇りを持って生きていることがわかる。「フクシマの真実」を期待した人にはお気の毒だが、暴かれた真相も陰謀もなければ、非人道的な作業員酷使もない。「おいしんぼ」が大好きな鼻血もない。

「いちえふ」の面白さは、花輪和一の「刑務所の中」に通じる。いちえふと監獄が同じというのではない。細部の記録への執着、記憶を頼りに再現、思想は表に出さないという点においてである。吾妻ひでおの「失踪日記」もこれに近い。第1巻はまだ多層下請け構造の底辺の説明レベルだが、このあともっと具体的な廃炉作業に近ずく状況が描かれるのだと思う。震災前に母ときょうだいと訪ねた大熊町、浪江町、楢葉町。漫画でも出て来る。ああ記憶にある大熊町のJAの建物。回転寿司アトムも、ここで昼飯を食べたのだった......。(柴田)

< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4063883183/dgcrcom-22/ >
「いちえふ」


●肘の痛み続き。二階にロビーや診察室がある。一階の総合受付の若い女性は暇そうだった。初診なんですけれどと話しかけると、診療受付は二階ですと教えてくれた。

暇そうだな、これでお給料もらえるのか〜などと思う。手に職を考えるタイプなので、もしこの人が転職するとしたら、受付なのかなぁと思ったりもした。受付マナーを含めて学び、秘書などをするようになるのだろうか。

診療受付も暇そうだった。ここは再診は磁気カードを機械に通して予約や受付ができるのであった。初診なので申込書や問診票を書き込み、カードを作ってもらう。受付番号は38番だった。続く。(hammer.mule)