[3745] 古いマニュアルレンズを楽しむ

投稿:  著者:  読了時間:26分(本文:約12,500文字)


《とっさの判断が大成功》

■ネタを訪ねて三万歩[114]
 古いマニュアルレンズを楽しむ
 海津ヨシノリ

■ローマでMANGA[78]
 ヨーロッパでアニメ化の構想
 midori

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  怒りのブドウ球菌 電子版 〜或るクリエイターの不条理エッセイ〜
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◎デジクリから2005年に刊行された、永吉克之さんの『怒りのブドウ球菌』が
電子書籍になりました。前編/後編の二冊に分け、各26編を収録。もちろんイ
ラストも完全収録、独特の文章と合わせて不条理な世界観をお楽しみ下さい。
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■ネタを訪ねて三万歩[114]
古いマニュアルレンズを楽しむ

海津ヨシノリ
< http://bn.dgcr.com/archives/20140821140100.html >
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猛暑が続く8月は、ある意味で悪夢のような日々だったのかもしれませんね。もう暑いではなくて痛いという表現しか出ない、灼熱地獄のような状態でしたので。ただし、幸いなことに今年も私は夏バテゼロを更新しました。8月はあと10日ありますが。

私は昔から、どんな暑い夏でも食欲が落ちたりすることがなかったからです。もちろん、昔の気候は今とは比較できないほど涼しかったと思います。なにせエアコンや車の放熱がコンクリートで反射し、夜になっても熱が逃げない現代とは違い、しっかり地面が熱を吸い込んでいましたので。

もちろん過去の話は美化してしまうのが人間のずるいところなので話半分ですけれど、夏バテ知らずだというのは本当です。取り立ててスポーツはやっていませんし、不思議だと自分でも思っています。

ところで、私は散歩や出先で空いた時間に街中を撮影してはfacebookにアップしているのですが、真夏は本当に撮影が大変です。

まず、絞り開放で明るいレンズを使うことが出来ないからです。日差しが強くて明るすぎるのはどうしようもありません。そこでNDフィルタを活用することになります。

NDフィルターとは、ニュートラル・デンシティー(Neutral Density)フィルターの略で、発色に影響を与えることなく目視範囲の光を均等に吸収するよう設計されています。結果として、光量のみを少なくすることができます。

例えば、ND2ならレンズを通過する光を半分に、ND4なら四分の一にすることができます。これにより、日差しが強い場所でも開放F値が明るいレンズの特性を活用し、スローシャッターを使えます。

さて、レンズの問題はクリアできても、液晶モニターはお手上げです。日差しが強いと、液晶モニターは何の役にも立ちません。結局、昔からあるファイダーが必要です。

そのため、夏場の撮影は基本的にファインダーのあるカメラに限定されます。後から別売りのファインダーを購入することを考えれば、最初からファインダー付きの一眼レフを購入した方が、コストパフォーマンスは高いですね。

ところで、ファインダーは夏場でなくても、私のように古いマニュアルレンズを多用する場合は必須となります。

例えば、一眼レフはマニュアルレンズをマウントアダプターでカメラに取り付けることにより、他社メーカー品も使うことができますが、ピント調整は手動のため、液晶画面ではスピーディーなピント合わせが難しくなります。動くモノを撮影したりする場合は、相当の場数を踏まないと思った写真は撮れないでしょう。

ただし、大昔は皆さんこれで撮影していたわけですから、慣れると案外便利です。オートフォーカスは被写体によってはピント合わせに悩んでしまい、結果としてボケボケの写真になってしまうこともありますので、私はあまり信用していないのです。

まっ、失敗してしまっても瓢箪から駒という結果になることもありますので、色々と楽しんでいます。ちなみに私が愛用しているマニュアルフォーカスのレンズは、以下の通りです。

OM-SYSTEM ZUIKO AUTO-W 35mm F2.0
OM-SYSTEM G.ZUIKO AUTO-S 50mm F1.4
OM-SYSTEM E.ZUIKO AUTO-T 135mm F3.5
Voigtl?nder NOKTON 50mm F1.5 Aspherical
NIKKOR 55mm F1.2
Ai NIKKOR 50mm F1.8
Ai MICRO NIKKOR 55mm F3.5
Ai NIKKOR 105mm F1.8

この中で、NIKKOR 55mm F1.2は手持ちのNikonのデジタル一眼レフでは、Ai加工という処理をしていないので装着すら推奨されていませんから、まったく使えません。一時は特殊加工を業者にお願いすることも考えましたが、加工賃よりもはるかに安い出費で持ち歩き用のカメラで使えることを知り速攻で決断。

Nikkorレンズなのに、Nikon非対応でマイクロフォーサーズ専用という不思議なレンズとして活躍しています。とにかく、マイクロフォーサズとして使うと110mm F1.2というメチャクチャ明るい中望遠となるので手放せません。

実はこのレンズは、学生の時にNikon F2とともに父が買ってくれたものでしたが、当時の私は使いこなせず完全に宝の持ち腐れ状態でした。今頃になって父に感謝しています。

しかし、ここで脇が甘いと、ついつい中古のレンズを色々と買い漁ってしまうのです。マウントアダプターを買えば、よほどマイナーなメーカーのモノでもない限り使えてしまいますからね。安い正札に釣られてお気軽に手を出してしまうわけです。もう充分にレンズは揃っていますので、私は今のところこの誘惑には乗らないようにしています。

良いレンズとは何なのでしょう。良いカメラとは何なのでしょう。大切なのはその場に居合わせることと、撮影できることの2点だと思っています。高級で高性能な機材を持っているから素晴らしい写真が撮影できるわけではないのでは? と思っています。

そういえば、こんなことがありました。数年前に女学生からカメラ購入の相談を受けました。聞けば既にCanonのPowerShot G8フルセットを、父親から譲り受けたのだそうです。しかし、一眼レフの方がいい写真を撮ることが出来そう? という相談でした。

私は即答で「いいカメラを持っているので、余計な出費は考えずにコレで暫く撮影をしてみるとよい」とアドバイスしました。その結果、彼女の写真は日増しに上達し、とても良い写真を撮るようになりました。道具を揃えるだけで解決出来るのであれば、本当に誰も苦労しないですからね。

そして、自分なりのささやかな拘りを持つことも大切だと思います。例えば、私はカメラを縦に構えて撮影することはありません。すべて画面は横長の通常フレームにて撮影します。もちろん良いとか悪いとかの話ではありません。

忘れていましたが、もう一つ。私はiPhoneなどで写真は撮りません。私の中でiPhoneやiPadはカメラという括りに含まれていないからです。もちろん、まったく使わないという意味ではありません。使うときはカメラではなく、無意識のうちにメモとしての用途に限定しています。これはカメラという道具への敬意ですね。

とにかく、持ち歩いているカメラはマイクロフォーサーズということもあり、焦点距離は2倍となってしまうので、手持ちのマニュアルレンズで超広角系は使っていません。いや、使えません。焦点距離が2倍では普通の画角レンズと変わらないからです。ですから完全にケースの肥やし状態です。

そういった意味でSONYのα7を狙っていたのですが、物入りが多くて現在は指をくわえているだけです。どうしてNikonではないのかというと、α7はミラーレスのフルサイズ一眼レフだからです。

ミラーレス一眼は、レンズ交換式のカメラにおいて、レンズマウントのマウント面から、フィルム(撮像素子)面までの距離を示すフランジバック(flange focal length )が短いために、マウントアダプターを使って他社レンズを利用するには、構造上都合がいいのです。

例えば、一般的な一眼レフの場合、ボディーとレンズの組合せによってはフランジバックが長い関係で、無限大撮影ができないという事態も発生してしまいます。その点、ミラーレスはフランジバックが短いので問題はほとんどありません。

ですから、そのフルサイズ版であれば手持ちの8mm〜20mmまでの超広角レンズがストレートに使えるというわけです。取り敢えずお楽しみは取っておくことにしました。

■今月のお気に入りミュージックと映画

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[Goog luck and Good bye]by 荒井由実 in 1976(日本)

アルバム「14番目の月」の9曲目。facebookで知り合ったブラジルの20代前半の女の子とのやりとりが面白くて、ついつい2時間ほどチャット状態となってしまいました。彼女とのやりとりは日本語70%に英語30%です。日本が大好きでいつか日本に行きたいと夢を持ち続けている彼女の知識は半端ではありませんでした。

そんな彼女からのどんな歌手が好きですか? という質問に即答でCrookesと答えたら、私の答えが予想外だったらしく、日本の歌手は? と再度質問してきました。

ここで「はっ」と気が付き、荒井由実と答え、Youtubeらアップされていた「ルージュの伝言」を教えてあげました。そうです。彼女はアニメから日本文化に入ったので、当然彼女が知っているであろうはずの曲を瞬間見つけ出したのです。

私のこのとっさの判断は大成功で、それからも随分盛り上がってしまいました。ということで、荒井由実時代の彼女の曲で私が一番好きなのが"Goog luck and Good bye"というわけです。

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[Escape Plan] by Mikael Hafstrom in U.S.A

邦題「大脱出」。シルヴェスター・スタローン、アーノルド・シュワルツェネッガーの共演ということで話題となりましたが、内容は意外と良くできていて面白い作品に仕上がっていました。

何しろ脱出ものは既にネタは出尽くしていると思っていましたが、「こんな展開があったとは」という意外性が作品の面白さを倍増しています。ただし、ネタバレが予告編で解ってしまうのは大失態でしたね。

とにかく、ファンサービスも半端ではないです。アーノルド・シュワルツェネッガーの機関銃乱射のサービスカットは圧巻です。どちらも好きな俳優なのでファンとしては念願の共演というわけですね。ちなみにスタローンのロッキー・シリーズは一本も見ていません。私はボクシングも含めた格闘技にはまったく興味がないので。

【海津ヨシノリ】グラフィックデザイナー/イラストレーター/写真家/怪しいお菓子研究家
yoshinori@kaizu.com
< http://www.kaizu.com >
< http://kaizu-blog.blogspot.com >
< https://www.facebook.com/yoshinori.kaizu >

facebookで参加した【「全国津々浦々のマンホールの写真を集めよう」みたいな倶楽部】というグループがハンパなく面白いのです。マンホールなんて全国同じデザインだと思っていましたが、トンデモナイ間違いでした。東京でも都下の市ごとにデザインが違っています。恐ろしくきれいな下水マンホールというギャップはたまりません。

かくして私も、出かけるときに待ち歩くカメラは足下を中心に撮影するようになってしまいました。ここで少しだけ勉強して分かったことは、マンホールには「浄水」「下水」「雨水」「ガス」「電気」等があり、他にも色々と特殊用途のモノがあるようです。

悪のりしてオリジナルデザインまでアップしてしまいましたが、普段関わっているデザインとは完全にベクトルが異なるこの世界は、とても新鮮で癖になっています。


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■ローマでMANGA[78]
ヨーロッパでアニメ化の構想

midori
< http://bn.dgcr.com/archives/20140821140100.html >
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90年代に講談社の「モーニング」が、海外の作家の書き下ろし作品を載せるという、前代未聞の企画を遂行していたときにローマで「海外支局ローマ支部」を請け負った。そのときのことを、当時のファックスをスキャンしつつ、それをもとに書いているシリーズです。

前回は夏休みで、番外編ベントテーネ島でのおじさんバンド演奏会について書きました。今回、また飄々とした作家ヨーリとの絡みにもどります。

●「ネームで打ち合わせ進行」がどうしても頭に入らないヨーリ

前回は1995年2月のミーティングの様子と、担当編集者からの苦情メールの話をした。正確な日付はおぼえていないけど、前年末に編集者がミーティングのためにボローニャへ赴いて、先に始めた大河物語「不思議な世界旅行」と、後発だけど連載を始めた1ページから4ページのカラーショート「ミヌス」の話し合いをした。

・ローマでMANGA[76]MANGA制作システムも変わるのか
< http://bn.dgcr.com/archives/20140619140100.html >

かいつまんで言うと、「不思議な......」に関して、話を進めるうちに、第一話を締めくくる顔をターバンで隠した巨大な黒人女がキャラとして深くなりそうなのがわかって、二人共ノリノリでアイデアを出していき、特に編集者はこの物語全体の構成のベースになる「読者に伝えるもの」にまで及んでいった。

でもそのへんがヨーリには伝わらず、結局欧米コミックスの基本である「何をするのか」というアクションに重点を置いたネームを送ってきて、編集者をがっかりさせた。

次のファックスはヨーリからの返事で、編集者の苦情メールからほぼ一か月経った翌月3月の20日になっている。「今度は僕のほうが返事が遅くなってごめんなさい」で始まる手書きのファックスだ。

手書きにしても、ヨーリの前に扱ったイゴルトの手書きとは趣が異なる。イゴルトは几帳面な小さな字で引用部分は大文字だけで書いたり、行間が字の縦の長さとほぼ同じくらい開けてあるので読みやすい。
< http://bit.ly/1qiOA4l >

ヨーリの手書きはすべて大文字で、しかも字が大きいので読むのに苦労はしない。ただ、行間が詰まり文字列がななめになったりして見た目が美しくなく、そうしたコトに頓着しない性格が現れておもしろい。
< http://bit.ly/1qiOI3W >

「遅くなってごめんなさい」の後は、「過酷な運命が日本への仕事はいつも二回やり直させる」とふざけてるつもり。ここに来ても、ヨーリはまだ、ヨーロッパでの仕事のやり方と日本は違うのだとちゃんと認識していない。

ヨーロッパでは始めに大まかなストーリー、キャラデザインでゴーサインが出れば、後は作家の孤独な作業でともかく原稿を上げていく。日本では、まずネームを出し、そのネームを元に編集者と作家が話し合うと言うやり方をどうしても理解しないヨーリだった。

今回も、編集者が言うからストーリーボードを出したけど、ヨーリにとっては中途経過報告。その中途報告で直しを要求されるとは、なんという悪夢! というわけだ。

ヘタな冗談には、ヨーリのおおらかな性格とともに、やり直しを要求された驚きが「過酷な運命は」の中にひとつまみの嫌味となって入っている。

おおらかなのに意外と頭が硬いのか、それほど育った環境というのは大きいのか。お友達のイゴルトの理解度を見ると、制作態度の違いとも思える。イゴルトは自分の作品を広げようとし、ヨーリは自身の内部を探ってアートするタイプなのだ。

●ヨーリ折れる

ファックスは続く。「確かにミーティングで『性の女王』は巨人にすることになっていた。物語の進行に気持ちを奪われていたので、それをうっかり忘れていた」。あのキャラのインパクトは巨人であることにも拠るのに。「やり直します。次はあなたが受け入れざるを得ないほどスペクタクルな絵になります!」

シンプルな絵柄でブラックユーモアの「ミヌス」についても、ミーティングでは「家族の話」ということで決着が着いたはずなのに、まったく違う設定でストーリーボード(ヨーリにとっての中途経過報告、編集者にとってはたたき台)を送ってきた。これに対する編集者の抗議にヨーリは、「家族に専念します。降参です」と答えた。

私の見方では、降参です、というより、ミヌスの三人家族という設定をボローニャのミーティングで決めたということをあまり重く考えてなかったか、忘れていたかだと思う。なかなか扱いにくい作家だ。すごく感じが良くて付き合うには楽しい人だけれどね。

●ミヌスのアニメ化

ヨーリの降参ファックスと同時に、他の二枚のファックスが届いていた。それはミラノのアニメスタジオがヨーリに送り、それを私に転送してきたものだ。

ヨーリが私にファックスしてきたのは3月20日、アニメスタジオのファックスの日付は3月8日になっている。つまり、アニメスタジオは言われたとおりに急いで見積もりを出してヨーリにファックスをし、ヨーリは「ストーリーボードができたら一緒に送ればいいや」ということで待っていたのだと思う。

ミラノのアニメスタジオ「Gertie」
< http://www.gertieproduction.com/ >

が、なぜ急に出てきたのかというと、実はイゴルトの時にも出て来ている。イゴルトはマルチプレイヤーだから、「YURI」を企画した時にMANGAだけでなくグッズ化やアニメも視野に入れていた。話を受けた編集長も担当編集者もそのつもりでいて、少しづつ話を進めていたのだ。

イゴルトはあの「AKIRA」のレベルのアニメにしたいけれど、アートディレクターを兼ねるとすると(誰かに任せるのは嫌)直接話が通じるのほうがいいので、イタリアのアニメスタジオと仕事をしたい......ということでこの「ゲルティ」を見つけてきていた。

イゴルトのおトモダチのヨーリも便乗(?)してアニメの話を始めた。講談社も集英社に負けず、アニメ化ができる作品をどの編集部も探していたからアニメに合いそうなキャラを見つけてアニメ化を模索するのはやぶさかではない。シンプルな形状でカラフルなミヌスはまさしくアニメにうってつけだ。

ゲルティのファックスには、大雑把に誰が何を担当するのかという提案とスポンサーについて書いてあった。アニメ制作にはスポンサー探しが重要だ。ゲルティはヨーロッパ側でイタリアの国営放送RAI、フランスのU.G.C.テレビシオン、チャンネルフォー、カナル・ピュルスと話をする用意があると言っている。

さらに、ゲルティと原作者のヨーリが講談社の監修の元、脚本、ストーリーボード、セリフ、音楽、レイアウト、演出、色の選択、アート・ディレクション、動画、背景、撮影、エフェクト、編集を担当する。講談社はヨーロッパの他社とともに経済面と広報を担当する。

この担当分担に対するご意見をお待ちするとし、このコラボに対する喜びの声も書いてあった。

担当分担に問題がなければ試作に入りたい。それについて(このファックスの日付の)翌月にボローニャで開催される国際児童図書展か、5月にフランスで開催されるアニメ・フェスティバルの機会に一度ミーティングの機会を持ちたい、ともあった。止まらずにどんどん進むアニメスタジオだ。見習いたい。

この後、イゴルトの「YURI」もゲルティがアニメ化を担う話のファックスがある。二作のアニメ化に関するファックスには、両方とも試作を10月の末までに制作できるとかなり具体的に話を進めている。

●消えたアニメ化の理由は日本的

しかし、アニメの試作を見た記憶はない。このアニメ化は消えてしまったのだった。このへんの経緯は、イタリアにいる私としては、つまりイタリア的メンタリティとしてはわかりにくいものがあった。

つまり、イゴルトが「YURI」企画を提案した時に、マルチで展開できると言ったのは編集部の方だった。イゴルトは同時展開を考え、アイデアを出し、編集者もそれに応えていった。特にYURIの場合は、読者プレゼントで様々なYURIグッズを作ったから、イゴルトから見ればマルチ展開が始まったと考えても無理からぬところだ。

ゲルティが出てきて、資金の話が出てきて、そのへんからアニメ化話しは少し怪しくなってきた。モーニングは漫画雑誌だから、まず雑誌掲載して、かつ読者に受け入れてもらえるように努力をする。その上でアニメ化の話が何処かから出てくれば後押しするのにやぶさかではない、というような話になったと記憶する。

モーニング編集部が方針を変えた、というよりも、編集部はMANGA雑誌を作るところであって、これまでも率先してアニメ化を進めたり、プロデュースしたことはないのは確かだと思う。アニメ化されれば本誌の売上げにも好影響を与えるので、例えば原作者である漫画家との権利関係に奔走したりするなどはやると思う。

こういうのができますよと、どこかに話を持って行くこともあるうるかもしれないけれど、そこまで編集部内部に立ち入ってないのでわからない。いずれにしても、間に入って翻訳と通訳をしていた私も、編集部が中心になってアニメ化を推進しているような印象を持った。それが段々トーンダウンしていったのも事実だ。

これには「異動」という、日本の大手会社の習慣も大きく関係していたようだ。担当編集者の堤さんはかなり長いことモーニング編集部にいて、この頃、毎年3月から4月の異動発表時期には反応が鈍くなったのだ。

これは私の想像に過ぎないが、ヘタにアニメ化という大きな動きに手を出した後に異動辞令が出てしまったら、果たして後続者が同じように考えていくかどうかは大きな疑問だったのではないだろうか。トーンダウンを考えると、堤さんの意識に何かが起こっていたとしか考えられない。

このあたりの話は次回に。

【みどり】midorigo@mac.com

朝日新聞とは実は「朝鮮日報」新聞の略だとどこかで読んだけど、確かに。慰安婦問題捏造記事削除の件です。

何年か前に、熟年のメーリングリスト(懐かしい!)で「従軍慰安婦は嘘だ」という話を投稿したら、メンバーの女性が「数多く性行為を強要された結果、子供を産めなくなった人だっているんですよ!」と怒りだしたのでびっくりした記憶がある。

そういう仕事をしてそういう結果になったことと、日本軍が強制連行したかどうかという話とをごっちゃにしてて、まるで話にならなかった。そういう人を多く作り出して、日本を守るために戦ってくれた同胞を穢し、外国や国連にも日本を貶める広報をした32年間の罪を、朝日新聞社は償うつもりが全くないみたい。一度解体していただくしかないと思う。解体してもその罪は消えないけど、少なくも日本国民の怒りを内外に知らしめなくちゃ。

また新しいこと始めちゃった。COMICO 無料マンガ 「私の小さな家」
< http://www.comico.jp/manage/article/index.nhn?titleNo=1961 >
(要ログイン)

縦スクロールでPCでもスマホ、タブレットでも読める無料漫画サイトだ。誰でも作品投稿ができるので、デジタル・ネット配信のMANGAに興味があったから試してみた。

ここ数年、寡作ながら日本に興味あるイタリア人のお友達向けに描き始めた私の幼少時の思い出を元にしたショート・エッセイだ。普通の紙媒体用の原稿にしあげている。これをスキャンしたものをそのまま投稿するのでは、せっかくのデジタルMANGAなのに芸がない。そこで、すべて分解して縦スクロール用に配置換えし、カラーにした。

紙媒体原稿ではコマの大きさやセリフの位置で読みのリズムを作って、読者に作中人物の感情を作り上げる。縦スクロールではどうやるのだろう、というのが興味の中心だ。

8月8日に第一話、17日に第二話を投稿したところ、第二話投稿の翌日には合計閲覧数が794も得ることができた。無名の作家で、スマホやタブレットでMANGAを読む層は若い人だろうから、その層にアピールできるような絵柄でも内容でもないと思うので、この数字はかなり大きいと思う。

閲覧数の他に「オススメ」というハートマークがあって、クリックされると数が増える。他作品はオススメの数しか見ることができない。ランキングトップの作品は3万個以上のオススメがついていて、ちなみに私は二話で20だ。
< https://picasaweb.google.com/102936978768158289322/xEckIB#6048966383808647650 >

「イタリアで新しい漫画を作る大冒険」(げー、全然更新してない)
< http://p.booklog.jp/book/77255/read >

主に料理の写真を載せたブログを書いてます。
< http://midoroma.blog87.fc2.com/ >


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編集後記(08/21)

●長かったデジクリ夏休みも終わった。この間最大のトピックスは、突如、朝日新聞が慰安婦問題の特集を2日連続で掲載したことだ。朝日は吉田清治証言を虚偽と認め記事を取り消し、女子挺身隊について誤用を認めた。これにより、朝日が32年間主張し続けてきた「従軍慰安婦の強制連行」は誤報であった(捏造であった、というべきだが)という結論になる。かと思ったら、とんでもない話で......。問題の本質は、公権力による強制の有無にあるのだが、それを女性の尊厳といった一般論にすり替えるという完全な開き直りで、記事の訂正や、日本と日本人を貶め続けたことに対する謝罪が一切ないではないか。

普通の感覚なら、速やかな謝罪と「訂正」記事を掲載し、責任者の処分がなされるべきであろう。なにしろこれは、報道史上最大級の誤報である(捏造だってば)。朝日には不名誉きわまりない前例がある。有名な1989年の「朝日新聞珊瑚記事捏造事件(KY事件)」である。朝日新聞社のカメラマンが珊瑚に傷をつけ、その写真をもとに新聞記事を捏造した虚報事件だ。結果、カメラマンは懲戒解雇、編集局長・同写真部長は更迭、同行していた西部本社写真部員は停職3か月、そして当時の一柳東一郎社長が引責辞任している。この場合、傷つけられたのは珊瑚だったが、慰安婦問題では日本と日本人が回復不可能なほど傷つけられた。KY事件なんか比べものにならない巨大虚報事件だ。

朝日の強力なプロパガンダツールが投稿欄「声」である。一般からの投稿のはずだが、ほとんど朝日の主張そのままである(じつは著名人からの投稿も少なくない)。ある人が調査したら、6月いっぱいで「集団的自衛権反対」が60近くあり、中間的といえる意見はわずか2つ、賛成はゼロだったという。それに倣って、8月6日(水)から20日(水)の2週間の「声」をチェックしてみた。戦争体験関連が25、集団的自衛権反対が2、第9条関連が2、そして「慰安婦問題」についての読者の反応はゼロであった。完全スルーかい。読者も被害者であるから、何か発言すべきだと思うが。

朝日の慰安婦問題の特集を強烈に批判した門田隆将は、こうも書く。「私は、不思議に思うことがある。それは、「朝日新聞は、どうしてここまで必死になって日本人を貶めたいのか」ということだ。歴史の真実を書くことはジャーナリズムの重要な使命であり、役割だ。しかし、朝日新聞は、『真実』が重要なのではなく、どんなことがあっても『日本は悪いんだ』と主張しつづけることの方が『根本にある』ような気がしてならない。(略)そんな新聞を今も多くの日本人がありがたく購読していることもまた、不思議でならない」。そうそう、「福島第一原発から職員の9割が所長命令に違反して撤退した」という捏造記事もありました。嗚呼、この大新聞社、正気なのでしょうか?(柴田)

< http://www.kadotaryusho.com/blog/ >
門田隆将オフィシャルサイト

< http://bn.dgcr.com/archives/2014/08/21/images/001.jpg >
海津さんが楽しんでいるというマンホールのふた。わたしも戸田市内で発見した東京オリンピックで戸田のボートコースが会場になった記念のマンホール。


●お久しぶりです。お元気ですか? 私はというと、普段できない時間早めの打ち合わせに出てみたり、親戚まわりをしてみたり、飲みに行って何年かぶりにじっくり話したり、遊びに行ったり。はしゃいで無理したものだから、後半はバテバテでした。

甥が四人いるんですが、ちょっと見ない間に背は伸び、生意気な言葉で話すようになり(笑)、けれども子供らしい一面も持っていました。子供の時からパソコンや家庭用ゲーム機、携帯のある彼ら。

「妖怪ウォッチ」「オレカバトル」というゲームにはまっており、iPhoneの「オレカバトル」を触らせてあげたら、店頭ゲーム機と操作はほぼ同じとはいえ、ヘルプを読まずに初見で遊んでいました。店頭でも説明書を読んだとは思えず、雑誌か彼らのコミュニティ内で教え教わりしつつ覚えていったんじゃないかと思います。

そんなこんなで夏休みを過ごし、通常エンジンに戻りつつあるところです。オチはありません。(hammer.mule)