武&山根の展覧会レビュー 家は誰が住むのか─【戦後日本住宅伝説─挑発する家・内省する家】展を観て/武 盾一郎&山根康弘

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武:こんばんは! お待たせしました。

山:遅いやないですか、こんばんは。

武:そういえばさ、今回の展示だけど、一緒に観たのってすんごく久しぶりじゃないの?

山:そう言えばそうやね。なかなかタイミング合わんしな。

武:いつぶりだ? ロペスって一緒に観てない?
< http://bn.dgcr.com/archives/20130530140200.html >

山:JRか? 帰りに渋谷の立ち飲み串揚げ屋で呑んだ、、あれ? それってロ
ペスの帰りやったっけ?
< http://bn.dgcr.com/archives/20130619140200.html >

武:原稿あるのに思い出せないw

山:まあ何にしても一年ぶりぐらいやろ。

武:この記憶力のなさはちょっと危ないよなあ。

山:展示は覚えてるし、ええやんか。

武:まあ、そうなんだけど。あれかな、記憶って優先順位つけてるんかな。ロペスに行ったことは覚えていても山根と行ったことは忘れてる。「ロペス観た>山根と一緒だった」的な優先順位で俺の脳は処理してるってことになるのか?

山:逆やったらそれはそれでキモい。

武:一緒にいるのが当たり前になってるからか?

山:別に当たり前とちゃうやろ!!

武:大事じゃん。そういう脳の処理の理由を知るのって。

山:どうでもええがなw と言いつつ、実は一緒に観に行った方がいろいろ楽ではあるんやけどね。そのあと呑むからチャットの打ち合わせになる。

武:観た後に感想を述べ合うことによって、記憶と思考がハッキリするんだよね。てことは今回のレビューは一年ぶりにいい原稿になる! とww

山:それがそうとは限らないw

武:今回も前回同様、Googleドキュメントでチャットしながらリアルタイム編集で進めております。

山:楽やね〜。さて、埼玉県立近代美術館、建築の展示ですね。


●図録が欲しくなる展示

武:結論から先に言おう。埼玉近美、何度も行ってるけど、今回のが一番面白かった!!

山:今回のが一番かどうかは僕はわからんが、確かに面白かったです!

武:よかったねえ。これ、本当にオススメです! 埼玉近代美術館からお金貰ってもいないのにこんなに褒めるなんて悔しいけど。どうか俺らにギャラを払ってください!

山:もう終わるけどね。31日(日)までで。

武:「この週末は北浦和へ」。おっとJR東日本の宣伝までしてしまった。ギャラください! JR!

山:武さんて、基本的にデジクリで「金くれ!」って言いまくってるよなw

武:「ロハ」の場所で言ってるわけですから、「ネタ」って分かるじゃないですかw

山:ネタに思えないところがすごいな。。

武:「ネタにリアリティを添えて」、うん、なんか料理みたいw

山:……まあ、いや、ほんま面白かったですよ。こりゃ図録は買わなあかんと思ったらとっくに売り切れていたという。

武:予約の紙が置いてあったけどね。

山:図録が欲しくなる展示。建築、しかも「住宅」なので、やはり身近に感じれるんでしょうか。

武:そだね。自分に引き寄せて考えたり感じたりできる。そこがなんといっても面白かったところですよ。

山:とはいえ、身近どころか、僕らにはなかなか住めそうにもない立派な家なんやけどね。

武:確かに。けど俺、「家買いたい」って思ったよ。

山:「買いたい」っていうよりも、「建てたい、造りたい」なんやろね。

武:そうそう。

山:資産としての住宅というよりも「住空間」を感じさせる展示、なんでしょうね。

武:モニュメント建築じゃないしね。「生活・暮らし」が、「藝術・デザイン・思想・哲学」とどれだけ密接なものであるのかを感じ取れるのが良かったのかな。

●『白の家』

山:展示には住宅が実に16作品もありまして、けっこうなボリュームで見応えあったんですが、なんか気になった住宅はあった?こんなんあるね。埼玉近美のHPに。
< >

武:お、PVですかw 一番好きだなあって感じたのがこれですね『白の家 篠原一男 1966』。パッと見て「好き」って思ったんです。

山:ほう、なんで?

武:家の真ん中に柱があるんですね。そこをグルグルと廻れるからなんだなあって思ったんです。外観内観共に和風ってのも好みなんだな。

山:グルグル廻れる?

武:で、好みの家の前で記念撮影してきました!
< >

山:僕が撮ったんやないかw って写真はええねん。家の真ん中に柱がある、ってのはわからんでもない。そこをグルグル廻れるから良い、ってのはよくわからんな。

武:子供の頃、公団住宅に住んでいたんだけど、真ん中に仕切りがあって。それは柱なんだろうけど、そこをグルグルと妹と廻って遊んだんですよ。あと、母方の実家の家にもよく行ってたんだけど、当時は二階建てで階段部分が柱にもなっていてやはりそこをグルグルと廻れたんです。

建物の内部に「廻れる柱」という中心物がある、というのが個人的に「家」の重要な定義になってる気がしたんです。

山:へー。

武:後付けなんですが、「柱」って日本だと神様じゃないですか。神様の数え方の単位が「柱」でしょ。で、柱の周りを廻るってイザナギとイザナミが「みとのまぐわい」への行動なんですよね。なんかそういう神的なとこも魅力と感じたのかなあ、とか。

山:ふむ、、それはそれで興味深いですけど、そっちに行くと全然この作品と離れていくような気がしないでもない。

武:けど、建物の神性みたいものは意識されてるような気がしたのも確か。

山:そうか、いきなり丸柱は突飛、っちゃ突飛か。この空間に。

武:そうなんすよ。合理的に考えると、あれ、なくすように設計すると思うんよね。

山:どういう考えやったんでしょうかね、篠原さんは。展示に書いてたかも知らんけど。

武:図録買えば書いてあるんかもね。

山:やっぱり図録か!

武:設計の専門的なことは分からないけど、家って「気に入る」っていう理屈じゃないところが結構重要だよね。住む側としては。

山:重要ですね。

武:で、山根はどれが良かったのかな?

●『スカイハウス』

山:僕は『スカイハウス 菊竹清訓 1958』やね。

武:ああ、あの浮いてる家ね。あれも面白いよなあ。

山:2階がでかいワンルームってのがいいですね。仕切りを自由に動かせる、という。いろいろ状況なり気分なりで動かしたくなるからね。広さも変えたかったりするし。そこらへんを自由に考えれる、っていう考えが好きでしたね。

武:外側の柱で部屋を吊っている構造になるわけじゃないですか。今俺が住んでる家が二階建ての長屋のテラスハウスなんだけど、なぜか柱が全部宙に浮いていて、隣の家との壁によって支えられていて浮いていた状態だったんすよ。構造的には『スカイハウス』と一緒だったのよw なので、もうすでに俺は『スカイハウス』に住んでいたことになるんだよな。家が揺れるんで直したんだけどね。
< http://d.hatena.ne.jp/Take_J/20131101/1383296384 >

山:ぜんぜんちゃうと思うがw 構造はよくわかりませんけど、あの考え方、「メタボリズム」か。

メタボリズム
< http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BF%E3%83%9C%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0 >

武:メタボリズムって聴くとどうしても「メタボリックシンドローム」を連想してしまうが、家を動かしたい欲求ってのはなんだかすごく分かる。『スカイハウス』で驚いたのは台所とか水回りも移動できるってとこだよね。

山:今建築界でメタボリズムって言ってる人っていないのかもしれないけど、
壁でもなんでも固定されるよりは自由に動かせる方がいいな、と僕は思う。

武:今だと「モバイル」の方が人気なんじゃないのかな。動的な家としては。

山:言葉は違うけど、感覚は実は変わらないような、、ああ、でもモバイルは家ごと動かすのか。

武:家が家族のものか個人のものかの違いかもね。「モバイルハウス」って家族主体って感じではないよね。ヤドカリの貝殻のような個体の家っていう。

山:家族で動いたってええやないか。そんな民族いくらでもあるやろに。

武:そうかもだけど、「モバイルハウス」はそこに個(ひとり)がもうちょっとフューチャーされるのかな。

●『塔の家』『中銀カプセルタワービル』

山:これは住みたくはないな、と思いながらもなぜかかなり引きつけられた、『塔の家 東孝光 1966』かな。

武:すんごい面白いけど、実際あの狭さだと俺、具合悪くなりそうw

山:でもなんでやろ、魅力はある。

武:センスは好きだけど、生理としてはちょっとな。コンクリートが荒々しくあって、それは「土」のように在る。そのセンスはすごく好きなんだけど、生理的には圧迫感というか恐怖めいたものを感じちゃうんだよな、俺。

山:恐怖は感じなさそうやけど、狭いのはあかん。あの階段は酔っぱらったらぜったい落ちる!

武:壁が固そうだと息が苦しくなるんすよ。。。あれか、留置所を思い出すんだな。
< http://cardboard-house-painting.jp/mt/archives/2004/09/post_2.php >

山:トラウマかw

武:そういった感覚で『中銀カプセルタワービル 黒川紀章 1972』も牢屋み
たいで怖い。

山:外見面白いけどね。

武:パッと見はね、「なんじゃ!」て思うよね。

山:建築家的にはそこでも勝負しないと、ってのはあるんでしょうからね。

●『住吉の長屋』

武:もちろん外観大事っすよ。けど、それがまた流行り廃りがあるよね。それで思い出したのが『住吉の長屋 安藤忠雄 1976』。これさ、今見ると、どこも羨ましく感じない。

山:ははは、まあな。

武:俺だって昔、コンクリート打ちっぱなしの建物を「おされでカコイイ!」とか感じたことあるよ。けど、数十年後にはなんだか焦げ付いた場所、みたいな。今でもたまに不意にコンクリート打ちっぱなしの建物見かけるんですが、なんだかそこだけ「陰鬱」な感じがしちゃうんよ。

山:でもかっこいいのもありますよ。

武:なんだかよく分からないけど「ソ連」を連想させるんだよな。「時代に取り残された思想」みたいな、ね。それが可視化された姿、威圧的なコンクリートが重くそびえて人を圧迫する建築物として俺には映ってしまう。

山:その連想が時代感じるけどな。取り残されたとかではなく、普通に共存してるんとちゃうの。

武:異物としての共存w

山:もはや異物でもないやろ。

武:安藤忠雄その人は好きなんだけど、ボクサーだったとか。なぜか建築は好みじゃないなあ。

山:安藤忠雄ってすごいよな。だいたいこの16人の建築家の中で、建物も名前も知ってた人って3、4人ぐらいやし。僕らみたいに建築に詳しくない人でも安藤忠雄は知ってたりするんとちゃう。

武:丹下健三、黒川紀章、磯崎新とか、だよね。

山:そうやね。

武:業界内で評価の高い人ってきっともっといるんだろうね。

山:僕らが知らんだけやろな。

武:「業界外に知られてない」てのはさ、業界が「誰々先生の弟子筋」的な人脈で構成されてるからなんだろうね。美術にもそういうところあるよね。安藤忠雄はきっとそんな「業界のフツー」から外れてるんじゃないのかな?

山:建築家で大学出てなくて独学って、そうとう異端やろな。

武:非アカデミズムが有名になる。そういうところは大好きw

山:でも作品は好きじゃないのかw

武:今となっては、、、という。何か流行を感じざるを得ない。確か、表参道ヒルズって安藤忠雄じゃなかったっけ? あれもちょっと「未来」を感じない。かといって「普遍性」てのも感じなくて、「古ぼけた」みたいな。。同潤会アパートのママの方が、古いけど未来と普遍性がある気がして。なんとか外観を維持したまま改築できなかったのかなあ、って思ってしまうんです。

山:ほう。

武:「どこがどう」とか具体的に言えないんだけど、安藤忠雄は好きなのに安藤忠雄の建築は好きじゃないんです。けど、これはアーティストにはよくあることなんだよ。岡本太郎大好きだけど岡本太郎の作品好きじゃないし。

山:それは分かる気がする。

武:美術品ならある意味、放っておけるでしょ。作品を受け入れるか否かは観る側に決定権がある。けどさ、建築物は罪深いよ。実際に使用しなきゃならないんだもん。

山:「未来」「普遍性」を感じないと言ったけど、逆にそれだけで評価される作品ってあるんかな。建築でも美術でも。作品って、どうしたって「時代性」みたいなものもあって、それが評価に繋がったりするんとちゃうの。「時代性」は、流行みたいなことにもなるんやろし。

武:「未来」ってのは、「今を基準にした未来」ってことだからね。今回の展示は1950〜70年代の当時の「未来」への提案(挑発)なんですよね。時が経つと、その未来への提案自体が通用しなくなる部分もある。その有様が最も強く具現化されてるのが安藤忠雄の「コンクリート打ちっぱなし建築」に見て取れる気がしたんですよ。

で、安藤忠雄なら表参道ヒルズで当時の「コンクリート打ちっぱなし」のような、「今、最高に未来っぽい」建築を建てるかと思いきや、そうでもない。じゃあ、「地味で味わい深い普遍性」に依拠してるかというと、そうでもない。と、感じたんです。

「イノベーション」か「伝統保持」かという分り安い振り切りはなかった、ということかな。どこに行きたいか分からない、中途半端に感じたんです。ひょっとしたらその中途半場な姿が「未来と今と過去」を混ぜた安藤忠雄の答えなのかも知れないが。

山:でも今回の展示の作品が、過去の「未来への提案」として今現在通用していないか、っていうとそんなことないやん。現に面白かったし。

武:面白かったのはかなり極端に特徴がある建築を揃えたからね。当時のほとんどの住宅はあんなんじゃないもん。「公団住宅」とか「テラスハウス」とか「文化住宅」といったいわゆる「団地」じゃん。面白いかどうかってのと未来につながる建築様式かってのはまたちょっと次元が違う気もするけど。

山:実際には今に繋がってる建築も多かったやんか。

武:ああ、なるほどね。そうだね。確かに、「要素」というか、「考え方」がね。あそこまで極端じゃない形で引用されてるのかなあ。

山:展示されていたのは「作品」やから、一般に流通させようと思ったらそりゃあのままっちゅうわけにはいかんやろからね。同潤会アパートこそ、公団住宅の走りやし。

武:なるほど、公団の走りの同潤会アパートを建て替えちゃったのが安藤忠雄ってのはなんか象徴的だね。ちょっと安藤忠雄から離れて、気になったのを上げて行きましょう。

山:はい。

●『原邸』『虚白庵』『幻庵』

武:「なにこれーw」て思ったのが、『原邸 原広司 1974』かな。都市を家の中に埋葬する、みたいなこと書いてあったけど「なんじゃこら!」って思いましたw

山:あー、あの建築はどういうことなんやろな。ちょっとよくわからなかった。

武:なんつうのかなあ、「奇抜」を天真爛漫に行うと、ラブホテルみたいになるんだよな。建築って。

山:そう言う意味で言えば『虚白庵 白井晟一 1970』もすごかった。ほう、松濤美術館もこの方の建築なのか。あの美術館好きですけど。

武:秘密結社の密会の場所みたいなのね。完全に違うテンションで行く場所だよね。あそこに暮らすってのは困難、あの密閉感はやっぱりツライ。新月の夜に何かを企む場所として活用するならいいかな。

山:みんな変わったこと考えてるよなー。

武:あとちょっと面白いと感じたのは『幻庵 石山修武 1975』かな。足元が透けて見えるアーチとか。別荘だから非日常を味わうための家、という感じで。最初から住宅として設計してないだろうから、ちょっと反則かな。

山:「庵」って、住宅とちょっと違うんやな。「風流人など浮世離れした者や僧侶が執務に用いる質素な佇まいの小屋のことってことらしい。虚白庵も幻庵も質素じゃないけど。
< http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%B5 >

武:そうか。「庵」は「住宅」とは呼べないから、ちょっと反則だなw

●他もみんな面白いけど、まとめ

山:さて、展示タイトルは「戦後日本住宅伝説─挑発する家・内省する家」なんですが、そもそも伝説的な建築を取り上げている訳だから、一般的な住宅とは少し違うんですね。40〜50年経った今となってはごく普通の考えのものもあるのかもしれないけど。

武:めっさ面白かった。建築家が一生懸命理想を考えて形にしたんだろうね。大きく3つ感じたかな。

1つ目は、その思いや思想が実際の未来に暮らす俺らとはズレていて平行世界のように感じたってとこ。昔の「21世紀未来予想図」ではさ、透明のチューブが都市に這っていてそこに車が宙に浮いて走ってるけど、実際の21世紀ってそうじゃないじゃん。そういう感じ。今もそういうイラスト見るとワクワクするんだけどね。

山:テレビ電話は普通になったけどな。

武:そうね。特にそれを感じたのは、「何が何でも東京」という建築家たちの「都市市民としての家」というベクトルかな。東京中心主義的な、または都市主義的な思想は実際の21世紀では第一義ではなくなってしまった。そこのズレ感。

2つ目。建築家たちは建築の「設計」にその思想を注いでる感じがしたけど、現代だと、「設計」よりも「素材」の方が重要視されてるんじゃあないのか。コンクリートはもう素材としてあんまし未来形に感じない。

山:新しいコンクリートとかも研究されてるんやろうとは思う。

武:ああなるほど、それはあるかも。最終的に土に還るとか、ガッチガチに硬いものじゃなくて木のように伸縮する素材とか、アレルギーとか病気を引き起こさない素材とか。設計から新しい思想を生み出すよりも、設計の元となる素材に視点が向いてる、というか。すると「建築とは?」という問も変わるよね。

山:「衣・食・住」って当然必要なんやけど、やっぱり時代によって変わるもんな。じゃあ、これからの「住」はなんなのか。

武:そうね、それが3つ目になるかな。前でも触れたけど「家は誰が住むのか?」が変わってきてる。今までは「家族」が前提だったけど、これからは老いも若きも「独居」がますます増えるよね。そうするとね、俺は思うんだ、最終的に「家」と「服」がオーバーラップしてくる、と。「家とは何か?」という問の根本から変わってくる可能性がある。

山:少なくとも今まで通り、って訳には行かなさそうやね。

武:うん。ちょっと思い出してみると、「段ボールハウス」って「家」なんだけど、ほとんど個人の身体にフィットしたコンパクトサイズの家だよね。寒さを凌ぐのが重点的だったり、それは「衣服」に近い。で、その壁に俺たちは絵を描いたわけだけど、そうするとなんだかバラエティに富んだ「服」を纏っているようにもなった。「家」と「衣服」が近い形で「段ボールハウス絵画」ってあったんだよね。

山:着せ替えハウスw

武:なんか20年前の話だけど、今回の建築の展示を観て、未来の家の形をそこ「段ボールハウス絵画」に見出したりしちゃったんですよ。
< http://cardboard-house-painting.jp/mt/ >

山:それって、「自分で作れる」ってことか。

[戦後日本住宅伝説ー挑発する家・内省する家/埼玉県立近代美術館]
< http://www.pref.spec.ed.jp/momas/?page_id=292 >
会期:2014年7月5日(土)〜8月31日(日)
開館時間:10:00〜17:30(入場は閉館の30分前まで)
観覧料:一般1,100円、大高生880円
※併せてMOMASコレクション(1F常設展示室)もご覧いただけます。

【武 盾一郎(たけ じゅんいちろう)/創発する線譜】
『線譜No.9』Tシャツ好評発売中! 秋にも似合います!
< http://clubt.jp/product/332671.html >

『第11回 iPhoneケース展 -iPhone Creative Festa-』展に出展します!
< http://iphone-caseten.com/ >
日時:平成26年 9月13日(土)〜15日(月・敬老の日)
時間:10:00〜19:00 ※最終日18時まで
場所:横浜赤レンガ倉庫 1号館(1F・2F)

地元上尾にあるアウトドアカフェ「山小屋」にポストカード置かせてもらって
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