データ・デザインの地平[44]新しい世界、新しいデザイン/薬師寺 聖

投稿:  著者:  読了時間:10分(本文:約4,600文字)


●親ノードへの従属からの解放

社会的な問題について考えるとき、我々はしばしば、ヒトというノードを、国、性別、年代、世帯、職種、学歴、趣味、などでグループ化することがあります。そして、言動の原因を、グループに付随するプロパティ値にもとめがちになります。特定の行動をとったのは、国が日本だから、性別が男性だから、というように(★1)。


こうした、こころの中でのグループ化は、個体由来の原因を覆い隠すことに役立ってきました。

「国家」でグループ化すると国対国の問題、「性別」でグループ化すると男性対女性の問題、「年代」でグループ化すると高齢者対若年者の問題、になるのですから、個体に言及するまでもありません。困ったことに、この「見かけ上の分かりやすさ」は、ヒトを惹き付け、二項対立の議論に熱中させ、原因から遠ざけます。

グループに友好的で協力的なプロパティがあるとき、これに属する個体の暴力性は顕在化しません。「母性のある」女性や「可憐な」女子高生の、隠れた暴力は覆い隠されます。

一方、グループに暴力的なプロパティがあるとき、これに属する個体の人徳は顕在化しません。暴力行為の報道が目立つ地域では、他者を尊重しているヒトまで暴力によって量られかねません。

ヒトの心身の成長から、教育や生育環境の影響を、完全には排除することはできません。が、インターネットが発達して、脳科学の知見が広く知られるようになり、今では、少なくない人々が、グループに付随するプロパティ値よりも、個体の身体(脳)に注目し始めています。

●支配と殺戮のプロパティ

我々は、一度、こころの中に構築したグループを解体し、個体のプロパティについて考えたほうがよさそうです(★2)。

なぜなら、生命にかかわる悲惨な事件や戦闘が、今このときも地球上で続いている背景には、(貧困などの社会的な問題以外にも)、個体のプロパティがあると考えられるからです。

「ヒト」グループに付随する「悲惨さを想像できる」「平穏な生活を好む」「暴力を嫌悪する」プロパティは、それとは異なる次のような個体の負のプロパティを覆い隠します(★3)。

・逃避(悲惨さを推察すること自体を避ける)
・退屈(平穏無事な生活に耐えられない)
・支配(悲惨な世界を好ましく思う)

「ヒト」グループは、平和につつがなく生きることを好む者だけで構成されているわけではありません。強烈な刺激と断続的な変化を必要とする個体もいます(★4)。

逆に、グループに負のプロパティが付随しているケースでは、これを個体に適用し続けると、年を経て、子孫ノードの数が増えるにつれ、多くの平和をもとめる人々がプロパティの値に縛られて苦しむことになってしまいます。

我々は、それぞれが個として同じ階層に立ち、相手を互いに直視することによって初めて、グループに付随するプロパティから解放されるのかもしれません。社会的な問題を生み出しているのは、グループという漠然とした塊ではなく、身体性を持つ、リアルな個体ではないでしょうか。

●変化する人体、変化するプロパティ

これから先、個体のプロパティは、大きく変わります。変化を引き起こす原因として、次の要素が考えられます。

(1)外部機器との連携
(2)脳機能の補完、変更
(3)他者の脳との接続
(4)生命設計、生体製造
(5)競争なき社会活動
(6)大気圏外での滞在
(7)地球外惑星での進化
(8)時間・空間の変化

(1)(2)(3)(4)は、意図された人体改造です。

脳科学と医療技術の進化は、外科的治療、機器の埋め込み、投薬などにより、個体の脳のプロパティ値を設定し、制御する可能性があります(本稿では倫理面の問題については述べません)。

(5)は、競争から共生へと移行する社会の中での精神の進化です。

資源が無尽蔵にあり、労働力としてのロボットが機能する社会では、競争は減り、ライバルはおらず、個体は内なる目標のために社会活動を行うようになります。勝敗のない世界でも、科学的発見や技術的進化は起こります(★5)。

そのとき、負のプロパティは跡形もなくなる可能性があります(いえ、そうあってほしい、と筆者が個人的に願っているだけです)。

(6)(7)は、人体に顕著な変化をもたらします。地球と異なる環境で長期間生活すると、人類は環境に合った進化を遂げるでしょう。個体のプロパティは我々の想像をはるかに超えて大きく変わる可能性があります。

(8)の変化は、個体の時間・空間認識に影響する可能性があります。さらに、科学的発見、技術進化により、時間や空間の捉え方が物理的に変わる可能性すらあります。時間と空間に依って立つヒトのプロパティは、根底から変わるでしょう。

●内在するデザインを超えて

この社会を、ヒエラルキーのない、個体というリーフノードにプロパティが従属するフラットな構造(あるいは、リレーションシップなしで単一のテーブルに全データが格納される構造)で表現すると、ルート要素の直下に、世界中の人口分のノードが並ぶ形になります。

そのうえで、共通する任意のプロパティ(たとえば職業、趣味、遺伝子など)の同じ値同士を線で結ぶと、そこには、さまざまな図形が浮かび上がるでしょう。指定する値によって図形は姿を変え、その変化は「多様性」という言葉を想起させるにちがいありません(★6)。

そして、前述のように人体が変化すれば、デザインのための言語も変化します。個は従属できる枠組みをもとめながらも、階層から自由になろうとし、階層構造とフラットな構造を(目的に応じて切り替えるのではなく)同時に両立させる新しいデータ構造が誕生するでしょう。

五感の変化は、新しい音、新しい色、新しい概念を誕生させ、それらのデータをデザインする新しい言語を生み出すでしょう。

たとえば音楽でいえば、昨今の日本のポップスに見られる拍動───日本人に限らず、心臓を持つ人類に共通するリズム───(★7)に代わるリズムが生まれるでしょう。人類が宇宙へ進出し、異なる環境に適応し、異なる生物へと進化した暁には、心拍は確実に変わります。

概念と、情報と、実体は、いずれかが先立つことはなく、互いに影響し合い、この世界を成立させています。

世界の成立を知りたいと思う気持ちをあたため続け、自分の頭で考え続ける者は、いつか、データ・デザインの地平に立つかもしれません。

そのとき、内在するデザインを超えるものを見出すことになるのかどうか、それはまだ誰にも分かりません(★8)。

●さいごに

2010年12月より開始した連載「データ・デザインの地平」は、ひとまず今回で中断し、次回から、しばらく、エンジニア向けに別のテーマで書く予定です。データ・デザイン以外のテーマについて書く必要性を感じているからです。


★1 グループのプロパティ値は不変ではありません。たとえば、性別は、男性と女性だけとは限りません。グループの構成も変わります。我が国では、構成員がひとりだけという単身世帯も珍しくありません。さらに、グループ化の方法も変わります。

たとえば、健康保険証は、世帯単位ではなく、個人単位で発行されるようになりました。共通番号制度も動き始めています。プロパティは、そのときどきの社会に合うように、変わり続けます。

★2 センシング能力も、ひとつのプロパティです。ヒトの脳は、多かれ少なかれ「自分がセンシングしたいように情報を取得し、取捨選択し、記憶」します。ネット社会では、正しくセンシングされなかった情報が拡散しがちです。

★3 さまざまな脳の持ち主たちが共存する社会システムは、どの国でも試行錯誤中だと思われます。ただ、忘れてはならないのは、事故や病気で脳を損傷することにより、パーソナリティが激変する可能性は、誰にでもあるということです。今後、文脈の理解力を向上させる教育、良心をつかさどる脳機能を補完する研究、言動の制御を代行する機器開発などの動きが活発化してくると思われます。

★4 平穏な世界を「Imagine」するよう訴えても実現にほど遠い理由は、訴求対象にあります。「Imagine」と呼びかけられなくても美しい世界を尊ぶ個体には届き、Imagineできない者や、Imagineとは正反対の世界に生きたい者には届かないのですから。

★5 XMLの母胎のSGMLが登場した背景───イージス艦に紙媒体のマニュアルを積載したら喫水が下がった、だから電子化が必要になった───のように、技術進化の背景に軍事産業があることは周知の事実です。

しかしながら、ネット社会は、競争や金銭的な報酬がなくてもモノ作りに励む層を発掘しました。女性の家庭外労働は、競争社会から共生社会へと向かわせる可能性を秘めています。

★6 ヒトの脳のシナプスや発火するニューロンの様子がWebのようでもあるように、現象には相似形が見られます。データ・デザイン用の言語の構造は、この世のものの形と切り離せません。

★7 ジャズに馴染みのない高齢者が聴衆のコンサートを取材したとき、多くの聴衆が、1拍目で手拍子を打つことに気付かされました。日本の伝統的な曲のリズムが染みついているのです。いま流行のいくつかの歌も、1拍目のドラムの音が強調されており、和のリズムによって支えられています。

★8 「内在するデザイン」を超えるものを見出すかどうか。これは、哲学が物理学に完敗するのか、数学では語りえないものがあるのか、という問題にもつながります。

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【薬師寺聖/個人事業所 セイザインデザイン】
個人事業所 < http://www.seindesign.net/ >
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絵・音・詩・文・コードを扱うフリーのクリエーター、思索家。
重厚長大系のエンジニアリング会社を経て、デザイン事務所に勤務、XML1.0勧告翌月に退職して開業。

科学論文や電子カルテを扱うXML案件を手がける傍ら、XMLやRIAに関する書籍や連載を多数執筆(主にPROJECT KySS名義)。
現在は、受託業務から独自開発にシフト中。
Microsoft MVP for Client Development(Oct 2003-Sep 2014)