ユーレカの日々[35]ドラえもんのスイッチ/まつむらまきお

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先日、梅田に「藤子・F・不二雄展」を見に行った時のことだ。ドラえもんなどのマンガ原稿を懐かしくながめた帰り道、ソフトバンクショップの前を通りかかったら、例のロボット「ペッパー」が接客をしていた。

テレビで見るのと同じように、親子連れを相手に愛想を振りまいている。ドラえもんを見た直後だったこともあり、ロボットと人間が店頭で会話している様子に、なんだかタイムマシンで未来にやってきたような、不思議な気分にさせられた。


●ペッパーとはどんなロボットなのか

ペッパーはこの6月にソフトバンクが発表し、ソフトバンクモバイルのCMでもよく見かける人型のロボットだ。子供くらいの背丈で、人間の感情を認識し、自然な会話ができる。フランスのAldebaran Robotics社とソフトバンクモバイルが共同開発した「感情エンジン」と「クラウドAI」を搭載しており、来年2月から、198,000円で販売されるという。
< http://www.softbank.jp/robot/special/pepper/ >

ペッパーの特徴は、コミュニケーション。人間との会話を理解し、それに答える。その経験は学習され、クラウドですべてのペッパー同志で共有されるという。プレゼンでは見事に社長と会話しているが、あれはプレゼン用の台本があってのことで、実際はあそこまで受け答えはできないらしい。

ペッパーはまず、ソフトバンクモバイルの店頭に配属され、ちょっとしたショーと、お客さんとの会話を行う。実際、腰から指先まで、全身を使ったその動きは、フォルムの良さと相まって「これはPixarのCG?」と思ってしまうほどしなやかだ。おそらくモーションの設定に、有能なアニメーターか振り付け師が携わっているのだろう。

●ロボットとはなにか

さて、我々は漠然とロボット、という言葉を使っているが、その種類は大きくわけて2つに分類される。ひとつは人間の代わりに何か作業を行う高度な自動機械。工場で溶接や組み立てたり、部屋を掃除したり、火星を探索している。センサーを持ち、作業に必要な判断も行う。これらは人型である必要はない。広い意味では、駅の自動改札もロボットの一種だろう。

もう一つは、人工知能と呼ばれるもの。「2001年宇宙の旅」のHAL9000や、テレビドラマ「ナイトライダー」のキットなどSFでおなじみだ。iPhoneのSiriもめざしているのはこういった人工知能だろう。こちらはまだまだ実用にはなっていない。

この2つの要素が両立すると、アトムやレプリカントといった人造人間ということになる。ペッパーがどの程度物を持ったり、運んだりできるのかはわからないが、なにか作業をするというよりも主に後者、人工知能を目指しているようだ。

チューリング・テストというものがある。イギリスの数学者、アラン・チューリングが1950年に考案したもので、ある機械に知性があるかどうかを判定するためのテストだ。

このテストでは、試験官が相手がわからない状態で、現実の人間と、一台の機械それぞれに対して会話を行う。そのやりとりから、試験官が「どちらが人間か」を判断し、それが判断できない場合は、その機械には知性がある、というものだ。

他の客がいたので直接ペッパーとサシで話すことはできなかったが、様子を横で見ていると、応答というより、一方的に話題を振ってくる感じで、対話という感じまでは至っていないように思えた。

ただ、ソフトバンクによると、店頭でお客との会話を重ねていくことで、より自然になっていくという。いずれペッパーがチューリングテストをパスする日が来るのかもしれない。

●ASIMOも営業していた

ソフトバンクはこのペッパーで、何をしようとしているのか。そういえばホンダのASIMOはどうしてるんだろうと思ってWebを見てみたら、昨年秋に「展示物の説明を自律的に行う」という、AI的なアプローチが発表されていた。
< http://www.honda.co.jp/ASIMO/action/japan/2013/20131002/index.html >

ペッパーが漫談口調なのに対して、ASIMOは超真面目な感じだが、ペッパーと同じようなボディランゲージを見せてくれる。

ASIMOはもともと、人間と同じように動けることを目標に開発されているが、現在はそれにくわえて、知性の領域も目標とされているそうだ。いよいよ、ドラえもんやアトムへの進化が現実のモノになっているのだろうか。

●物と話をする不思議

ペッパーにせよ、Siriにせよ、相手はモノだ。機械だ。それと人間が会話する。なんとも不思議な、魔法のような行動だが、はて、人間はなぜ、モノと会話したいのだろうか。

AIができる前から、人間はモノと会話してきた。たとえば自動車。調子が悪ければ、「しっかりしろ」なんてつい言ってしまう。困難を共にすれば「ごくろうさま」と声をかける。熟練のエンジニアは、音を聞いて「今日はこいつ機嫌がいい」とか判断する。

まぁ、こういう行動は映画やアニメの中の演出として描かれ、その影響でつい自分もそう考えてしまうということもあるのだが、多かれ少なかれ、口に出さなくても、気持ちのどこかで、道具を人や動物のように見てしまう瞬間がある。

以前、うちのカーナビが調子が悪くなって、いきなり黙りこんだり、道を変えていないのにリルートをはじめるようになってしまったことがある。まったくダメになったわけではなかったため、しばらく使っていたのだが、調子が悪くなってからは「ナビ子さん」と呼ぶようになってしまった。「ナビ子さん落ち込んでる」「ナビ子さん、また錯乱してはるわ」ってな感じだ。

決められたことをちゃんとこなしている機械よりも、調子の悪い機械の方がどうやら「人間っぽい」と思ってしまう。決められたことしかやらない、正確に繰り返す、そういったことは機械的であり、人間性を感じない。きまぐれさ、いいかげん、まとはずれ、そういった行動をしてしまうのが人間なのだ。

そういう意味では、Siriもペッパーも、「賢いからすごい」のではなく、理解できないことに対して「バックレる」ところに、人間性を感じてしまうのだろう。もちろんこれは知能でも知性でもないのだが、人間側がそう解釈してしまうというのは面白い。

●空気を読む?

ペッパーは、相手の反応を学習していき、やがて「空気を読む」という。たしかソフトバンクのCMでお父さんは「空気なんか読むな!」と言ってたと思うのだが、それはともかく、空気を読むことで、AIは進化するのだろうか。AIが空気を読むとどうなるのか。そう考えていて、すでに空気を読むプログラムが身近にあることに気がついた。Amazonだ。

Amazonで何か商品を見ていると「これを買った人は、こちらも見ています」とか、「あなたへのおすすめ商品」など、過去の買い物から様々なお勧めがなされる。これがなかなか、うまい感じに勧められるので、つい、他のものも買ってしまう。音楽や映画など、趣味的であればあるほど、実に誘惑的なお誘いをしてくれる。

逆に、楽天で何か見たあと、いろんなサイトのバナーにその見ていた商品が表示されるのはウンザリする。そりゃそうだ。服屋から本屋に移動しているのに、服屋の店員が追いかけてきてさっき見ていた商品をお薦めされれば、だれだってウンザリするだろう。もちろんこれらは、プログラムが空気を読んでいる、というよりはサイトの設計者がユーザー心理を読んでいるかどうか、ということだ。

店頭で商品を見ていて、ペッパーやASIMOが話しかけてくる。そのタイミングがいい感じなのか、最悪のタイミングになるのか。それはAIとしての性能よりも、それを使う企業がセールスをどう考えているか次第ということだろう。

●人工知能に慣れてくる

Appleやソフトバンクが未成熟であっても、これらのAIに力を入れる理由は「インターフェイス」の実験という意味だろう。情報や情報機器を扱う企業として、インターフェイスの模索は重要課題だ。ただ、一般人から見た時、また違う意味が見えてくる。こういった製品が未成熟でも市場に出てくることで、私達は徐々に「しゃべる機械に慣れていく」ということだ。

わたしたちはすでに、この20年ほどで機械と対話することにすっかり慣れた。駅の券売機やヘルプセンターへの電話での問い合わせ、コンビニのATM。機械が音声で問いかけてくる。人間に判断を迫る。人間は質問を理解し、ボタンを押して判断を指示する。今は当たり前のこの機械との対話も、50年前の人間が見たら何をしているのか不思議に感じるだろう。

こういったことが、AIの登場により、よりリアルな「機械との会話」になっていく。駅のホームでサラリーマンが自動販売機と会話する。

「熱いコーヒーをくれ」
「どのブランドになさいます?」
「あまり甘くないのがいいな。なにがお薦めなの?」
「今人気はこちらですね。甘み少なめで酸味がありますよ」
「じゃあそれをホットで」

最初はかなり気持ち悪いだろうが、徐々に日常の風景になっていくのだろう。

●ペッパーは永遠に生きるのか

人型のロボットを買うとなると、心配なのが壊れた時のことだ。Macを買い換えるだけでもけっこう胸が痛むのに、意識を持っているように見える人型のロボットを捨てることができるだろうか? 壊れた時、どうするのか。

夜、マンションのゴミ捨て場にゴミを出しに行って、そこにペッパーが捨てられていたらどうしようとか、夜の盛り場の裏路地を、野生化したルンバがゴソゴソとうごめいているとか、いろいろ妄想してしまう。廃ロボット処理法なんかができて、勝手に捨ててはいけないとか、ロボット葬だとか、そいうことも出てきそうだ。

Macを買い換えてもiPhoneを買い替えても、それまでの環境をバックアップからすぐに書き戻し、新しいハードの中で使い慣れた環境が再現される。それに私達は慣れている。ならば、ペッパーもそうだろう。ボディが壊れても、ソフトウェアは次のボディに引き継がれる。

マンガ「攻殻機動隊」に登場するフチコマ(アニメではタチコマ)はAI搭載の戦闘ロボットだ。彼らは経験や知識を常に共有し、個体が壊れてもその経験は他の個体に活かされるという。ただし個性は個体の身体的なクセにも依存するので、個性が残るわけではないとされる。そこでタチコマは自分が壊れたら自分の魂はどうなるのかという哲学的な悩みを持つことになる。

ペッパーも新しいハードやソフトのアップデートにより、多少個性は変わるだろうが、記憶は引き継がれる。そうなれば、ペッパーは学習に永遠の時間が使えることになる。これは永遠の生命、ということだ。今は「調子の悪い機械」ということが見せている人間らしさも、やがて本当に人間と見分けがつかないような知性と感情(に見える行動パターン)を持てるのかもしれない。

●トーキングトースター

イギリスのSFギャグドラマ「宇宙船レッドドワーフ」に「トーキングトースター」というものが登場する。単に食パンを焼く能力しかないのに、AIが搭載されている、まさに「しゃべるトースター」だ。人間とトンチンカンな世間話をしながら、隙あらば「ところで、トースト食べます?」と迫ってくる。その度に人間にぶっ叩かれるというのがお決まりのギャグだ。

そんなトースターだれが欲しいのだ? なぜトースターに知性を与えたのだ? だからこのSFドラマではそれがギャグになっていた。しかし、今なら理解できる。あのトーキングトースターはきっと「無料で配られた」のだ。ついこの前まで5000円したゲームが、スマホの登場によって無料が普通になった。あれと同じだ。しゃべるAI搭載の家電は無料で配られるのだ。

ルンバが掃除をしながら、インテリアや服のセールストークをする。電子レンジが近所のスーパーの売り出し情報をしゃべる。こいつらを黙らせるには課金が必要。実際、ペッパーの価格198,000円、というのは製品としては赤字だという。ペッパーを赤字でも販売するのは、他のオプションを色々と考えているからのようだが、家電製品にAIが搭載されれば、スマホの無料ゲームと同じようなことが可能になる。

あらゆるモノが意思を持って人間と会話しだした時、人間はそれらをモノとして扱うことができるのだろうか。トーキングトースターであれば、ムカついたら蹴飛ばして、なんならバットで壊れるまでぶったたいて、捨ててしまうこともできるだろう。問題はそれが人型になった時だ。

●だれがドラえもんのスイッチを切れるのか?

今から10年後の未来。無料で配られるロボットがどの家にも居る。普段は押入れで寝ていて、どら焼きが好き。ネズミが大嫌いだが、一般家庭でネズミを見かけることはまずないので、安穏と暮らしている。このロボットは家事を手伝い、子守や介護をしてくれる。相談相手にもなってくれるし、いろんなことを教えてくれる先生にもなる。便利な道具も次々と用意してくれる。

そして彼は、会話にまぎれて、いろんな商品をさりげなく勧めてくる。一時間に一回はなにかコマーシャルショーを見ることを強要してくる。「ねぇ、ぼくを見てよ。嫌いにならないで」と愛嬌を振りまきながら。

そんな時、ぼくはどんな気持ちになるのだろう。「こいつウザい」と思った時、そのロボットを殴ったり、スイッチを切ることができるだろうか。逆に、平気で人型ロボットを捨てるようになるのだろうか。会話できるモノと暮らす、ということはそういうことなんだろう。

人間はまだ、AIを使えるほどには成熟していないんじゃないか、と思う。準備ができているのだろうか、と思う。AIが成長していくのに間に合うように、きっと人間の方も成熟していく必要があるのだ。

【まつむら まきお/まんが家、イラストレーター・成安造形大学准教授】
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