もじもじトーク[04]僕の好きな書体の仲間達(1) 丸明オールド:書体設計家の片岡朗さんをお訪ねして
── 関口浩之 ──

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こんにちは。もじもじトークの関口浩之です。

今回のお話は「僕の好きな書体の仲間達」第一回目です。


丸明オールドという書体を見たことがありますか?

先日、Webクリエイターが集まったセミナー会場の80人に質問しました。「カタオカデザインワークスというフォントメーカーを知ってますか?」「丸明オールドという書体知ってますか?」と…。

手を上げたのは、たったの5人でした。

そこで、丸明オールドの書体を使用したポスターの事例を紹介したところ、「あっ、見たことある!」という反応がほとんどでした。

ちなみに事例とはこれです。ふらふらと街中を歩いている時に僕がiPhoneで撮影したポスターなどの写真です。
< http://goo.gl/ixNFQZ
>

うんうん。たしかに、大手企業の広告キャッチコピーや製品ロゴなどで使用されていますよね。電車の広告、街中のポスターで、この丸明という書体、けっこうよく見られます。

僕がエバンジェリストしている日本語Webフォントサービス「FONTPLUS」に、先日、カタオカデザインワークスの「丸明」ファミリーと「山本庵」が使えるようになりました。早速、丸明オールドと山本庵を使ったサンプルページを作成してみました!

丸明オールド:
< http://goo.gl/qT3I0y
>

山本庵:
< http://goo.gl/4I1b9R
>

どちらの書体も素敵です。ささっと作成したサンプルですが、パソコンのシステムフォントで表示した場合に比べて、雰囲気がだいぶ変わりますよね。

システムフォントのサンプルも作成してみました。

Font-family指定なし:
< http://goo.gl/bcGOe8
>

丸明オールドは、カタオカデザインワークスの書体設計家である片岡朗さんが、2000年に発表した書体です。実は「丸明オールド」は発表前にサントリー・モルツの新聞広告で使用され、それが反響を呼びました。下記リンクは、その時の広告です。
< http://news.mynavi.jp/photo/articles/2010/09/17/ktok/images/002l >

●書体設計家の片岡朗さん

カタオカデザインワークスの代表であり、書体設計家の片岡朗さんとは何度かお会いする機会がありました。その度、文字に関する深〜いお話をさせていただきました。いつもあっという間に時間が過ぎてしまいますね。

さて、印象に残っている会話ですが、「文字に詳しい専門家の意見も大事だけど、一般の方からの意見や感想もすごく参考になる」とのことです。

文字を制作している過程で、奥様に書体を見せることがあるらしいのですが、「これ、ぜんぜん、だめじゃない」と即答されることもあるようです(笑) こういう反応も参考になるみたいです。第一印象での反応は重要ですからね。ちなみに片岡さんの奥様は書体にそれほど詳しくないらしいです(本当のところ、詳しいのかもしれません)。

こんなこと書くと、僕よりも13才先輩の片岡朗さんには失礼かもしれませんが、片岡さんの書体はどれもすごく身近に感じます。敷居が高くないという感じでしょうか。身近なんだけど、それでいてすごく上品。文字が情緒で訴えてくるようです。

書体設計家と聞くとなんか身構えてしまいがちですよね。気難しい方なのかなぁ……とか、書体に関して素人的な質問をすると怒られちゃうかなぁ……とか。でも、ぜんぜん、そうじゃなかったんです。

はじめてお会いしたのが2012年夏だったと思います。その時、書体を制作している事務所ではなく、書斎というかアトリエのような素敵な部屋でお会いしました。そこには、片岡さんが収集した、いろんな文字見本帖、何種類もの康煕字典、ガリ版(謄写版)で刷られた書物、夏目漱石の初版本(復刻版)、などなど。

もう、それだけで、心が満たされます〜(笑) そして僕が興味を示すと、片岡さんがそれら書物の説明やエピソードを楽しそうに語ってくださるのです。いま考えると、録音してちゃんと文字に起こしておけば良かったなぁ……と思いました。

さて、片岡さんの経歴をお伺いしました。

片岡さんは大学を卒業してからレタリング事務所で働いたそうです。晴海などで行われていた、展示会の新製品パネルなどを描いていたようです。僕にとって、晴海といえばビジネスシヨウやエレクトロニクスショー、データショウです。今はもうビジネスシヨウはやってないし、エレクトロニクスショーとデータショウはCEATECになりました……。

当時は1960年代〜70年代でしょうから、DTPシステムはありません(笑) 展示会のパネルは印刷するほどの部数は必要ないから、手描きでパネルを作成したわけですね。やぁ、人間の手が植字装置なんですね。レタリングデザイナーってすごい! かっこいいです。

言われるがままに文字を描いているうちに、「この明朝体はここはこうしたほうがいいじゃないかな……」とか疑問を感じるようになり、「デザインを真面目に勉強しないといけないんじゃないか」と思ったそうです。

そして、デザイン会社の制作部門で働くようになり、書体について深く知ることになったそうです。日々、アートディレクターがもってくるラフをみているうちに、いろんなフォントがあることを学んだそうです。まだ、活版印刷や写植から印刷をする時代ということですね。

その後、広告代理店で18年間、アートディレクターとして活躍し、文字についてさらに深く研究したとお聞きしました。

●丸明オールドができるまで

ゴシック体には「丸ゴシック」があるけど、明朝体に「丸明朝」ってないよね? そう言われればそうですね。

どうして「丸明オールド」を制作することにしたかを聞いてみました。

結論から書くと「手元に文字を作るのに便利なMacがあったから」だそうです。手描きだったときは、水平や垂直を描くのがすごく大変だったですが、Macを使えば、線は簡単に引けるわけです。しかも太さも自由に変えられる。

でも、直線ばかりで構成される書体だと冷たい印象になってしまいがちですよね。なので「丸」を使うのがいいと思ったそうです。Macなら「丸」を描くのも簡単ですしね。

丸明オールドを拡大して観察してみてください。トメ、ハライのエレメントが「丸」で構成されているのがよくわかります。

丸明の仮名で参考にしたのは、初期の秀英明朝だそうです。神田の古本屋にぶらっと立ち寄ったときに、夏目漱石の「吾輩は猫である」の初版本の復刻版と出会って「この書体、いいなあ」と感じたからなんですって。

へぇ〜、書体設計家でも過去にあった書体を参考にするんだ。何人かの書体設計家とお話する機会があったのですが、結構、そうみたいです。もちろん、真似するということではなく、この活版印刷書体のこのエレメントのテーストをヒントにしようとか、そういうことだと思います。

あと、結構おどろくことは、丸明オールド一書体を完成させるのに五年もの歳月がかかっていることなんです。たしかに、味わいのある文字って時間が掛っているんだろうなぁと思います。

ひとつひとつの文字を作成・調整を繰り返し、そして文章で組んでみて、全体のバランスが悪くないか、濃淡が変な感じになってないかなどのチェックも重要なのでしょう。

日本語書体って10,000文字以上作成するわけですから、本当に良い書体を完成させるには五年かかってもおかしくないですね。その間、知人のアートディレクターに感想を聞いたり、実際にDTPデザイナーとか、文字にあまり詳しくない一般の人とかにも感想を聞いたりとかするそうです。最初に出てきた一言や反応が非常に参考になるみたいですよ。

文字って、その書体が持っている表情、言い換えれば、書体を設計したデザイナーの感性が形になって情緒をアピールしている、すごいクリエイティブなんだとつくづく思いました。

片岡朗さんプロフィール:マイナビニュース
< http://news.mynavi.jp/articles/2010/09/17/ktok/
>

カタオカデザインワークス・アトリエ訪問の写真(関口浩之):
< http://30d.jp/swing/4
>


【せきぐち・ひろゆき】sekiguchi115@gmail.com

Webフォント エバンジェリスト
< http://fontplus.jp/
>

1960年生まれ。群馬県桐生市出身。電子機器メーカーにて日本語DTPシステムやプリンタ、プロッタの仕事に10年間従事した後、1995年にインターネット関連企業へ転じる。1996年、大手インターネット検索サービスの立ち上げプロジェクトのコンテンツプロデューサを担当。

その後、ECサイトのシステム構築やコンサルタント、インターネット決済事業の立ち上げプロジェクトなどに従事。現在は、日本語Webフォントサービス「FONTPLUS(フォントプラス)」の普及のため、日本全国を飛び回っている。

小さい頃から電子機器やオーディオの組み立て(真空管やトランジスタの時代から)や天体観測などが大好き。パソコンは漢字トークやMS-DOS、パソコン通信の時代から勤しむ。家電オタク。テニスフリーク。