ショート・ストーリーのKUNI[159]セミのジョージ/ヤマシタクニコ

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ある夏の夕暮れ、吉北くんが道を歩いていると何やら動いているものを発見しました。

「なんやあれは…ああ、セミの幼虫やないか。土の中から出て来てこれから羽化しよと思て場所を探してるんか。いや、しやけど…」

たまたまそのあたりは、前の日に大掛かりな草刈りアンド剪定が行われたばかり。見渡す限り、セミが登っていって、そこで羽化できるような木や草がありません。


「かわいそうに。よし、おれが連れてったるわ」

吉北くんはセミの幼虫をつまみあげ、少し離れたところに生えてた木の根元に連れていきました。

翌日、吉北くんはアラームが鳴るより早く目を覚ましました。すぐそばでクマゼミがシャンシャンシャンシャン!!!!と大音量で鳴き出したからです。

「もー。なんやねん。あー、セミが網戸にひっついて鳴いとおる。うるさいはずや…あ、ひょっとしたら、これはゆうべのセミ?!」

気のせいかセミがうなずきました。

「おお、そうか! 無事に羽化したか! よかったよかった! わざわざおれに知らせに来てくれたんやな。ええやっちゃな、おまえは。よし、おまえのことをジョージと名付けよう」

名付けた5分後には吉北くんはセミのことを忘れてパンを食べ、牛乳を飲み、トイレに行き、ばたばたと支度をして会社へと出かけました。

「吉北くん、ちょっと来てくれるか」

朝から課長に呼ばれました。悪い予感とともにそちらに向かうと予感通り。

「あのなあ。君の出したこの○○表やけど、なんかむちゃくちゃやな。ここの数字とここの数字が全然合うてへんやろ。な? わかってるか? こんなもんで先方に出されへんで。先方、君も知ってる□□株式会社な、あそこの××さんがこれ見たらどない言う思う。まとまる話もまとまらんわ。だいたい、前にもゆうたやろ、君は」

と言いかけたところで突然

シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャン!!!!!

クマゼミがすぐそばで鳴き出しました。見ると窓ガラスのすぐ向こうにセミが。しかも、その音量たるや半端やありません。ほとんど殺人的と申しましょうか。

もともとクマゼミはやかましいのですが、そのクマゼミの中でもやかましい。ものすごくやかましい。えげつなくやかましい。人間でも電話の受話器を破壊せんばかりの声の持ち主が時々いてはりますが、セミにもそういうのがいるんでしょうか。そのセミをじっと見ると…。

「ジョ、ジョージ!」

「はあ? 何がジョージや。缶コーヒーがどないしてん! 人の話聞いてるんか! だいたい君は…」

シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャン!!!!!

「いつもその…」

シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャン!!!!!

「肝心のときに…」

シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャン!!!!!

「やややややかましわ!何やねん、だれがこんなセミ連れて来たんや! あーもうええわ! 怒る気もせんわ、また今度や!」

シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャン!!!!!

吉北くんはほっとしました。しかしやかましいわ。

その日、アパートに着くなり大家さんの奥さんが、待ち伏せしてたかのように近づいて来て

「吉北さん、あんたいつなったら家賃払うてくれるん、もう3か月たまってるんよ!」

「すんません、来月は絶対。今月は妹の結婚式と親戚の葬式とぼくのお誕生会が重なりまして」

「ええ年してお誕生会なんかせんでええやないの。それに妹さん、先々月も結婚式したんとちゃうの、ええ加減なこと言うたらあかんよ、ほんまに…」

シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャン!!!!!

「何このセミ、急に出て来て…あのね…」

シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャン!!!!!

「あのねー! ら、来月はね!」

シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャン!!!!!

「何が何でも…」

シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャン!!!!!

「もう…もうええわ! あ、おしっこかけられた!」

大家の奥さんも負けじと声を張り上げ、いいところまでいったのですが、及びませんでした。それ以上勝負がヒートアップしたらどうなっていたか、想像するとおそろしいものがあります。

「ジョージ、ありがとう!」

しかしえらいセミを助けてしもたわ。

翌日の昼休み。係長に誘われていっしょに昼ご飯を食べに行きます。

「君、このごろ遅刻もせんと早う来てるな。感心や」

「あ、ちょっと、あの、高性能のアラームがありまして」

「そうか。わしらみたいに年取ると勝手に早うから目が覚めるけど、若い人はたいへんや。あ、そういえば」

「はい」

「君、ぼくの大学の後輩にあたるんやな。ほら、▽△大やろ」

「そうです、あ、係長も。そうでしたか」

「そうやがな。ほれ、駅前に準喫茶・トレモロってあったやろ。性別不明なマ
マがいた店」

「あー、ありましたありました」

「その隣が古本屋の…天豚」

「そ、そ、そうです!」

「おー、話が通じるのはうれしいもんやな。さすが後輩や。ところが、その隣
が思い出せんのや」

「ええ? その隣? っていうと…なんでしたかね」

「なんやったかなあ」

「何…でしたかねえ…」

「なんやったかなあ…」

すると突然セミの声。

ミ〜〜〜〜〜ン、ミ〜〜〜〜〜〜ン

「王民 王民!」(※メールマガジンではこの漢字が出ないようです)

「ああ、そうや、みんみんや! さすが吉北くんや!」

なんとジョージが友達のミンミンゼミを急いで連れて来たのでした。関西には少ないのでさぞかし探すのに苦労したと思われます。なかなかできることやありません。

「ジョージ、ありがとう!」

そんなふうに毎日が過ぎていきましたが、あるときからぱたっとジョージの声を聞かなくなりました。

「もしかしたら…セミの寿命は短いというからな。ネットによるとセミの寿命は実際には一週間より長いらしいけど、それにしてももうそろそろ秋やからなあ…そうか…ジョージも…そうか…もう会えないのか…これがじょーじの終わりというやつか…ぼうずがびょーぶにジョージの絵を描いた…しょ、しょ、しょじょーじ、しょじょじの庭は…なんでこんなおやじギャグがどんどん出てくる名前をつけてしもたんやろ…」

それは吉北くんがおやじやからです。

そのようにあほなことを言いながらも、吉北くんは落ち込んでしまいました。秋風が吹くにつれそこはかとない寂しさは募るばかり。毎日ぼーっとしてしまいます。それで電車に乗っているときも、いつにも増してぼーーーっとしてしまい、はっと気づくと自分の腕がぎゅっとつかまれ、高々と持ち上げられているではないですか。

「チカンです! この人、チカンです!」

見ると自分の腕をつかんでいるのは若い女性です。確かに若い女性ではありますが、吉北さんにとってそれ以上のものではありませんでした。え、おれがこいつをチカン?!びっくりする間もなく、まわりの乗客がいっせいにひきます。まあチカンですって! チカンやて?! こいつ、チカンかい! やらしー!

「ぬぬぬぬ、ぬれぎぬです! 私はチカンなんかしてません!」

「何ゆうてんの! 私のお尻さわったやないの!」

「人違いや! だれがおまえみたいな、ぶ…」

「ななな、何よ、ぶ…なによ!」

「おまえみたいな…ぶ……ぶ……ブリーフとブルマの区別もつかんような女なんかさわれへんわ!」

「つ、つくわよ、そんな区別、ていうか意味不明! チカン! チカン! チカンは犯罪なのよ、警察に言うからね! みなさ〜〜〜〜ん!」

ものすごい形相、ものすごい声で叫び始め、手がつけられません。吉北くんが無理矢理ホームに引きずり出され、あー困ったなあ…と思ってると何かが突進してきました。ブリーフとブルマの区別もつかん女めがけて。

「ぎゃーっ! セセセセ、セミ!」

それは夏の風物詩、時に爆弾と化す断末魔のセミでした。

「ジョージ! おまえ…まだおったんか!」

ぶーーーーーーーーーーーーーん! と回転しながらもセミは女を離れません。ばち、ばち、ばち!と女の足や尻にぶちあたる。地面で転がる。転がりながらも近づいてくる。気色悪い。

「やややや、やめて! 私、虫が大嫌いなのよ! 助けて!」

たまりかねて女は転がるようにどこかへ走り去って行きました。

「ジョージ、ありがとう!…おまえ、最後の最後までおれを助けてくれたんやなあ…」

吉北くんは涙ぐんで言いました。ああ、ジョージと過ごした日々がよみがえる。ジョージ…ひと夏の友、ジョージ…やがて高速で回転していたセミの動きがおだやかになり、そっとなでてやろうとして吉北くんは気づきました。

「これ、ジョージとちゃうやん」

それはそもそもアブラゼミでした。何の関係もありません。単なる偶然だったのです。どっと力が脱けながらちょっと安心もして、ジョージは特別なセミやし、当分どこかで生きているような気がする吉北くんなのでした。

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これを書いているとき、すぐそばのテレビで「大阪府のキャラクター『モッピー』の名前が変わりました」とのニュースが。で、画面を見ると松井知事が「君の名は…もずやん」と発表、思わず「しょうむな!」と言ってしまった私。最近、こんなふうにめっちゃひとりでテレビに突っ込みを入れております。