わが逃走[149]ドイツで汽車に乗り遅れるの巻 その1
── 齋藤 浩 ──

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汽車に乗り遅れる、という表現はよく聞くが、21世紀のいま、実際に汽車つまり蒸気機関車が牽引する列車に、乗り遅れる経験をした人はそう多くはないだろう。

10月某日。極親しい間柄の年上の女性Aさん(年齢非公開)と私は、フランクフルトからICEとICを乗り継いでドレスデン中央駅に到着した。

さて、なぜドレスデンなのか。


今回のドイツ旅行の表向きのテーマは、「郷愁のザクセン歴史とナントカを訪ねて…」だが、テツ分多めな私の真の目的は、「ドレスデン近郊の蒸機列車を堪能する」だったのである。

この辺りには旧東ドイツ時代から蒸気機関車が現役で活躍する鉄道がいくつかあり、今回はレスニッツグルント鉄道とヴァイセリッツタール鉄道を訪ねた。いずれも半日あればホテルのあるドレスデン旧市街からの往復が可能だ。

到着翌日の朝、トラムで中央駅へ出てSバーン(近郊列車)『S1路線』に乗車、6つ目のラーデボイル・オスト駅へ向かう。ここがレスニッツグルント鉄道の始発駅となる。

Sバーンの乗車にジャーマン・レイルパスを使うこともできるが、この日の移動はこの区間の往復のみだったので、当然のことながら切符を使って行く方が安い。

Sバーンの切符は券売機の液晶画面に、下りる駅の名前を打ち込むと候補が出てくる。その中から「RadebeulOst」をタップすると値段が表示された。今回は二人旅なので「更に」ボタンをタップすると二人分の料金が提示されるので、そこでお金を入れると切符が出てくる。

ドイツの鉄道には改札がない。なので、切符は各自駅のホームにある機械に通して日付と時間を打刻する。これを忘れると、切符を買ったにも関わらず無賃乗車扱いになってしまうので注意だ。

この日我々が乗車したのはたまたま快速列車だったため、途中駅をすっとばし、ものの十数分でラーデボイル・オストに到着した。

ホームに降りると、ほのかに石炭の香りがする。

案内も見ずにその方向へ向かうと、古い客車や貨車が見えてきた。トラムほどの低いプラットホームの近くには、いい感じに使い込まれた蒸気機関車が佇んでいる。火は入っていなかったが、油と石炭の匂いがテンションを高める。
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すると、遠くから汽笛が聞こえ、まもなくバック運転の機関車に引かれた客車が到着した。イイ。やはり生きてる機関車は何度見てもイイなあ。
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さて切符を、と思ったが切符売り場が見当たらない。ちょうど車掌さんが降りてきたので尋ねると、「切符なら私から買ってくれ」とのこと。終点までの二人分の往復切符を購入し、どの席に陣取るかを決める。

ちなみに、機関車に近い車両だと良い音が聞け、遠ければ先頭をゆく機関車が見える。そして一両だけ連結される無蓋客車(屋根の無い車両)なら煙の匂いも満喫できる。

寒さに耐えて無蓋車に乗るかと悩んだが、結局その一両前の客車に席を確保した。確保といっても乗客はまばらだ。

乗客の平均年齢は高く、少年の頃に機関士に憧れたおじいさん、といった人が約半分。残りは鉄道好きのお父さんに連れられた家族連れといった感じ。

機関車を見るおじいさん(とオヤジ)はみんな子供のようににこにこして、まるでストリップ劇場にいるみたいだ。

列車は定刻に出発。発車ベルも鳴らなければドラマチックな汽笛も鳴らない。すーっと車窓の景色が動き出した。

しばらく住宅街を走る。不思議なことに道路の真ん中に線路がある。いわゆる併用軌道というやつだ。

自動車や自転車と同じ高さの地面を走る汽車というのはなかなか新鮮。熊本の菊池電車を思い出すなあ。
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路面電車とも交差する。これは絶妙な構造美! 再訪時は是非とも外から眺め
たい!! 町行く人も手を振ってくれる。
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列車は森の中に入ってゆく。渓流沿いのハイキングコースと並んで走る。昔、草津と軽井沢を結んでいた草軽電鉄って、こんな風景だったのだろうか、など
と思う。
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森を抜けると牧場、湖と変化に富んだ車窓。
乗ったことないけど、釧路湿原をゆくノロッコ号のようだ。
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途中、モーリッツブルクで半分くらいが下車した。
ここはお城やワイナリーで有名。
当然のことながら残るヒトのほとんどが鉄分多め。
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終点に向けへラストスパート。湖を抜け、のどかな牧場の中をゆく。
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終点、ラーデブルク駅へ到着。ここで機関車は約20分後の出発にむけて、ラーデボイル・オスト方へ連結される。

小さなローカル線の小さな機関車なのでターンテーブルによる方向転換はなく、バック運転で来た道を戻るのだ。
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帰路。いま見てきた風景なのに、けっこう印象がかわる。絵になる風景の宝庫だ! 時間をかけて沿線をスケッチしてまわれたら素敵だなあ。
極親しい間柄の年上の女性Aさんも美しい風景にご満悦のようだ。よかった。これでまた汽車の旅を提案できる…。
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列車は定刻どおりラーデボイル・オスト駅へ到着。名残惜しかったが4分後の列車に乗らなければ30分待たされることになるので、後ろ髪を引かれる思いでSバーンのホームへ向かう。

券売機は長いホームの端にひとつだけあった。ドイツの人たちはみんなスマホで切符を買うので、わざわざ紙の切符を買う人は少ないのだ。

さて今朝の要領で券売機の画面をタッチした。うまくいったと思ったが、なぜか紙幣を受け付けない。故障しているようだ。

隣に立つ外国人観光客の夫婦も「僕らもトライしてみたがダメなんだよ。」と言う。

ホームにひとつしかない券売機が故障? 日本じゃありえないよなー。何度か試したがダメだった。札がダメならコインか? 入れてみると反応している。足りるのか? なんとか足りた! 

「コインで買えたよ!」観光客夫妻に声をかけ、我々は乗り場へと向かった。

次回はいよいよ乗り遅れる編です。Aさん激怒。乞うご期待。   つづく

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。