わが逃走[152]馬坂を見るの巻/齋藤 浩

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先日訳あってちょいと金沢まで行ってきた。

訳とはまあ仕事なのだが、仕事の合間に前から行ってみたかった"上って楽しく、景観としての変化が楽しめ、見晴らしがいい"しかも車が通行できない坂を訪ねてみようと思ったのだ。

坂の名を『馬坂』という。

なんでも昔々、農民が草刈りに行くために、馬をひいて上ったことに由来するとのこと。そのまんまのネーミング。もう少しひねりがほしいと思わなくもないが、土地や道の名前なんてそんなもんだ。

幽霊坂は幽霊が出るから、富士見坂は富士山が見えるからそう呼ばれたのだろう。それよりも、伝統的な土地の名前が、ある日突然「緑が丘」になる方が問題である。おっと話がそれた。

さて地図を見ると金沢駅から南東方面、宝町と扇町の間あたりにあるらしい。外は雨である。雪が積もった後の雨。寒い。

現地へはバスで行くつもりだったのだが、30分も待たねばならなかったのでタクシーで向かった。運転手さんに地図を見せ、「宝町と扇町の間なんですけど...」と言ってもピンと来なかったのだが、「馬坂」と言ったら一発だった。うーん、地元に愛されてるなあ。

10分ちょっと乗ったであろうか。坂の下に着くつもりでいたら、坂の上で降ろされた。高源院なるお寺の脇である。
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徐々に坂道は下る。そして右カーブで展望が開けた。
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晴れていたら気持ちがいいだろうなあ。それにしても寒い。

ここからかなりな急坂になる。坂は舗装されており、脇は階段になっている。すべらないように、ゆっくり階段を下りてゆく。

途中、祠があった。後で調べたところ、馬坂不動というらしい。由緒正しい観をかもしている。

いつもならお参りしてゆくところだが、右手にカメラ左手に傘、そして足元は雪、しかも寒いとくると省略せざるを得ない。心の中で頭を垂れ、先を急ぐことにする。

くどいようだがとにかく寒く、なんだか尿意をもよおしてきたこともあり、ゆっくり写真を撮っていられなくなりつつあった。なので馬坂不動の写真は省略。

馬坂不動の前から下りて来た坂を見上げたところ。
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その先を左に大きく曲がる。すると見事なS字カーブ坂道が現れた。
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道幅から類推するに、以前はここを自動車で通行することができたのではないか? などと考える。

それにしても寒い。近くにトイレはないか? ないよね。寒いのとオシッコしたいので足のつま先がぐぐっと曲がる。

うーん、イイ坂だ。しかし構造として美しい坂なのだが、木のふりをした装飾くさい柵は主張しすぎで無粋だなあ。

これがなければ、とは言わないがせめてシンプルな細い手すり状の冊ならより景観と調和できたのに。眺望と地形、すなわち寄りと引きとのハーモニーが絶妙なだけに少々残念に思えた。

麓から見上げる。やはり冊がやりすぎな印象。
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さて、念願の馬坂を見た訳だが、地図によるとこの近くにはかなりな数の坂、しかも階段道がある。オシッコに行きたいが、まだ我慢がきく。なので、もう少し近所を散策してみることにした。

オシッコを我慢していると、自然と早足になる。いつのまにか体が火照ってきた。こんどは暑い。マフラーを取り、カバンに入れる。いくらか暑さは和らぐが尿意は前より激しくなる。

小学生の頃、友人のハヤト君から聞いた「オシッコを我慢しながら走っていた人が転んで膀胱破裂」という話を思い出す。

最悪の場合、立ちションすればいいのだが、周囲に人影は皆無とはいえ住宅街ゆえ、よそ者が歩いているこの状況は、誰かが必ず家の中から見ていると思っていいだろう。うーむ、困った。

などと考えつつふと見上げると見事な坂。一瞬だが尿意も吹っ飛ぶ。
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これがナントカ坂である。普段ならその場で坂の名前と番地をチェックするのだが、今回は尿意の関係で省略。

馬坂ではやや残念だった柵に関しても、シンプルなものがチョイスされていて好感が持てる。色も白ではなく落ち着いた色調のものを使っている。

途中の民家へのアプローチ階段との交差。古代遺跡のような美しさ。
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頂上からの眺望。次回はぜひ青空の下、家々の屋根につもった雪の形を堪能したい。もしくは黒い屋根瓦に反射する陽光を鑑賞したい。
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さて、相変わらずオシッコに行きたい。私はトイレを探しに町の中心部へ向かうことにした。

脇にはナントカ川が流れている。川が流れるということはここに向かって水が流れ落ちているということで、そうなれば当然この近くには坂や階段が、と思いつつ尿意をこらえて歩いていると、やはりこんなときに限って気になる坂道と遭遇した。

ナントカ坂である。周囲の木造建築が北国感を盛り上げる。
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山側の壁面にカワイイ穴を発見(用途不明)。
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ああもう我慢できん。暑いからなのか、異常な我慢からくる脂汗なのか、かなりタイヘンなことになってきた。どっかにコンビニでもないだろうか。

私は子供の頃からオシッコを我慢しているとつい「オシッコオシッコオシッコオシッコオシッコオシッコ...」とつぶやいてしまう癖があるのだが、見知らぬ土地でオシッコを連呼しながら早足で歩く男は不審者である。気をつけねばならん。

と、またもや見つけてしまった、ナントカ坂。
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ここを上ればおそらく広い通りに出られるのだ。オシッコを我慢しながら凍った雪にすべらぬよう、ゆっくりと上る。見た目よりもかなり急勾配だ。

頂上に着くと、その先の道が完全に凍結していた。ここで滑って転んだらさっき思い出したあの状況、小学生のときにハヤトくんから聞いた"あの状況"に見舞われるのだ。気をつけて、一歩一歩進まねばならない。

いつのまにか口の中で「オシッコオシッコオシッコオシッコオシッコオシッコ...」とつぶやいていた。こんな時こそ落ち着かねばいかん。

なんとかバス通りに出ることができた。周囲に店舗はあるも、トイレがあるような施設は見当たらない。幸い歩道は除雪されていたので、私は通常の3倍のスピードで歩きはじめた。歯を食いしばりながら。

しばらく行くと大きな病院があったので、病気の父を見舞うふりをして受付を突破、トイレに直行した。

「ああ...。」

よかった。間に合って本当によかった。ありがとう病院の人。ちなみに父は元気です。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。