ローマでMANGA[84]MANGAの制作システム=現実的合理性+α/midori

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90年代に講談社のモーニングが、海外の作家の書き下ろし作品をのせるという前代未聞の企画を遂行していたときにローマで「海外支局ローマ支部」を請け負って、そのときのことを当時のファックスをスキャンしつつ、それをもとに書いているシリーズです。

イタリアのマンガ雑誌「linus(リヌス)」1995年6月号の、我らがイゴルトとヨリの特集記事を紹介してから、その中からお二人の意見で「これは」と思うものを取り上げてMANGAとマンガ(日本のMANGA以外のコミックス)の違いを掘り下げようと試みている。



●イゴルトが「NOooo!!」と言ったわけ

インタビューの最後に、イゴルトは編集者に言及した。

「東洋ではエゴ(個)は西洋ほど重要ではない。僕はアシスタントに命令しないように気をつけている。...(中略)...僕らの編集者である堤さんは『GON』の編集者でもある。『GON』はガツガツした小さなディノサウルスだ。この作品をまったくの無声でやる、と決定するのに、それはたくさんの試作をした。考えうる限りの仮定を観想してみるのはぜひやらねばならない。

僕がスゥォッチのためにデザインした『ユーリ』の権利を買うと決定すると、分析し、背景についてサジェスチョンをしてきた。アーチストの決定に介入してくる。彼らの投資は大きいものだから。が、絶対に独裁的なやり方はしない。

ここでもう少しいいものができるのではありませんか? それに応えるかどうかはアーチストによる。ぼくは自分の意見を変えなかったこともあるし、判断が誠実で的確だと思った時には変えた。ユーリについては気に入ってもらっている。

否、選ばれたものと言っても言い。だからこそ重箱の隅をつつくような分析を続けている。編集者は絶対ではない。が、豊かな経験を持っている。そしてアーチストのみが間違いを犯すというヨーロッパの概念は通用しない...」

この中で触れている『GON』とは田中政志氏のMANGAで、ディノサウルスのような恐竜のキャラクターでイゴルトが講談社に関わっていた時にモーニングに掲載されていた。
< http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%83%B3_%28%E6%BC%AB%E7%94%BB%29 >

田中さんの担当も堤さんで、まだあまり売れてない田中さんの作品『FLASH』に登場した謎の恐竜の子供が原型で、堤さんがこれおもしろいんじゃない? と推したらしい。

「この作品をまったくの無声でやる、と決定するのに、それはたくさんの試作をした」というのは、堤さんから無声の決定をするまでに田中さんが提案してきたネームを80回ボツにした、というエピソードを言っているのだ。

この話を聞いた時、イゴルトは身を反らせて「NOooo!!」と苦痛の表情をした。自身も作家であるから、苦心して作ったストーリーボードを屑籠に入れる気持ちがわかるのだ。それも80回!! そして、同時に80回もめげずに提案した田中氏に対する賞賛だ。

そしてこのことに言及した理由はふたつ。まず、編集者が作家とその作品の誕生に積極的に関与するというあり方が目新しいからだ。イゴルトが感じたのは目新しいというほんわかしたものではなくて、「えっ?! そういうことアリなの??!」という驚きだ。ヨーロッパでは編集部と作家が作品の誕生に口を出すことは考えられない。

次に、これ! と思うものが誕生するまで何度でも推敲を重ねていくあり方のため。もちろん、編集者と作家のコンビ全部が80回もネームを作るわけではないけれど。

納得が行くまでとことん掘り下げる、ということはイゴルトの制作態度なので共感できたのだろう。我が意を得たり、という感じだろうか。その作業を作家一人ではなく、編集者という協力者と一緒にやっていくという状況は理想的な姿に映ったようだ。

●「同じ釜の飯を食う」のがMANGA

次の、「僕がスゥォッチのためにデザインした『ユーリ』の権利を買うと決定すると、分析し、背景についてサジェスチョンをしてきた。アーチストの決定に介入してくる。彼らの投資は大きいものだから。が、絶対に独裁的なやり方はしない」というのは、編集者がいかに作品の誕生に介入してくるのかを、そのやり方をしないヨーロッパにいるLINUS読者に語っている。

ヨーロッパのやり方だったら、イゴルトがメインキャラである「YURI」の作画を見せ、おおまかな筋を伝え、大筋でギャラの合意に至れば後は作家の個人作業になり、締め切りに間に合うように黙々と作業を続けるのみだ。

だから、イゴルトがユーリをモーニングに見せ、モーニングが掲載を決め、担当編集者がやって来て「ユーリ」という作品の全体像やら一回のページ数やらを次々とサジェスチョンをしてきた時に、ぶったまげたのだ。だから「アーチストの決定に介入してくる」という言い方になった。

そう、ヨーロッパでは漫画家はアーチストなのだ。どの漫画家(作画家)もそのような意識で仕事をしている。国民全員がそう認めているわけではないけれど。例えば、知り合いの漫画家さん、ちゃんとプロとしてマンガだけで食べていけてる人なのだど、そのお父さんは「いつになったらまともな仕事につくんだ」と心配してるそうだ。

堤さんは「YURI」に惚れ込んで、なにか新しい形態で世に出したいと考え、イゴルトから送られたカラーコピーの試し描きや参考画を使って、絵本のような形を提案してきたことは以前に書いた。ちゃんと紙を中央で折ってホチキスで止めて簡単に製本して、イゴルトと私に宅配便で送ってきたのだ。

ここまで突っ込んでサジェスチョンするようなやり方はヨーロッパではない。「彼らの投資は大きいものだから」と、現実的、合理的な考え方のイタリア人らしく分析する。

逆に言うと、日本の仕事の仕方は現実的合理性に+αがあるような気がする。自分の仕事のプロ意識とか、完璧さを求める、というのもそうだけど、私が感じているのは、読者サービス...かな。制作している作品の向こう側にいる人への配慮、サービス精神とでも言えるもの。「お・も・て・な・し」精神かもしれない。

「絶対に独裁的なやり方はしない。ここでもう少しいいものができるのではありませんか?」

堤さんの対応は常に(ほぼ)丁寧だった。これはイゴルトがプロとしてもう何年も仕事をしているベテラン作家であるから、敬意を払っていたせいでもある。駆け出しにはきつい言い方をすることもあると思う。理由を言わずにボツとか。

作家の作品に介入してくる、という権威的なやり方をする状況だったら、その言い方は上から目線でなされる...というのがイタリア的感覚だ。それが下出に出てくるのでイゴルトは新鮮に感じたらしい。

突如、無関係と思える逸話を思い出した。日本の自衛隊がイラクの復興援助のために出動した時の話だ。他のヨーロッパの軍隊は上から目線で「復興してやる」という態度で、現地のイラク人に対してもそのような言動であったらしい。イラク人作業者に命じて彼らだけ働かせる。

ところが自衛隊は、イラクの土木関係者と同等の立場でミーティングをし、隊長以下、士官も土にまみれて働いたそうだ。外国の作業場では3時、4時になるとイラク人作業者は帰ってしまうのだが、日本のところでは夕方になってもまだイラク人作業者が働いているので、見学に来る外国の軍人がびっくりしたそうだ。
< http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h17/jog378.html >

この自衛隊の現地に対する態度が出てくる基になるものに共通していると思う。「同じ釜の飯を食う」という感触かな?

●ヨーロッパの概念は通用しないMANGA

最後の「編集者は絶対ではない。が、豊かな経験を持っている。そしてアーチストのみが間違いを犯すという、ヨーロッパの概念は通用しない...」。

ヨーロッパでは出版社のOKが出たら、孤独な作業で作品を仕上げていくので、作品がうまく行かなかったら作者のせいだ。日本の出版社では、少なくも当時の講談社モーニングでは、掲載した作品がうまく行かなかったら編集部の責任と考えていた。それもイゴルトには新鮮に映り、好感を持って受け止めた。

実際、海外作家描きおろし企画が終わった時、企画考案者であり、編集長だった栗原さんは「海外作家の作品の人気が出なかったのは、ひとえに編集部と編集部員の力不足のせいです」とおっしゃっていた。

MANGA言語を外国人に、特にメンタリティがすごく違う西洋人に理解してもらうのは至難の技だ。これは、身にしみてわかっている。ローマのマンガ学校でセミナーをして10年以上経つが、未だにこのうえなく難しい。

最近、そして外国人作家にMANGA言語100%で描いてもらう意義はあるのか? という疑問も出てきた。

もっとも、100%理解してもらえないので、どっちにしても100%にはならないから、微妙な言語が出きてちょうどいいのかも。イタリア訛りのMANGA言語とかね。

次回から、この企画に参加した三人目の作家の登場になります。

【Midori/マンガ家/MANGA構築法講師】midorigo@mac.com

ISISをイスラム国と呼ぶのをやめよう、という説に大いに賛成だ。国と言ってるのは、テロ組織自身であってどこも国とは認めていない。じゃ、私が自分の庭を「国だ!」と言ってまかり通るの?

イスラム国と言ってしまうとイスラム教の国みたいに見えてしまう。他のちゃんとしたイスラム教の人々、イスラム教を国教とする国々に失礼です。

2ちゃんなどの提言で一番気に入ったのは「イスイス団」。どうせ悪い奴らなんだし、仮面ライダーの敵みたいな、ちょっと小馬鹿にした感じで小気味いい。

Twitterで「クソコラグランプリ」なるものが盛り上がった。「イスイス団」がアップした人質の映像をアホっぽくコラしたもの。人の命がかかってるのに不謹慎、という批判も出ている。

でも、テロは恐怖を与えて混乱させるもの。それを怖がらずにおちょくるというのは、今までなかった恐るべき(テロ組織にとって)対抗方法なんじゃなかろうか。それで人質が解放されるわけではないけれど。

よくわからないのは、「クソコラグランプリ」に何枚か、イスイス団も自分たちのコラをアップしてきたり、日本のTwittersとやりとりしたりしてること。ちょっと真面目にテロしないでいいの? という気持ちになっちゃいます。アルカイダとは全く別の性格を持った組織なんだと思う。

1月28日、クルド人勢力がイスイス団からコバニを奪還したそうで、こうした勢力が増していくといいなと願う。

< http://www.kurdishquestion.com/index.php/kurdistan/west-kurdistan/ypg-press-statement-on-kobane-victory.html >

MangaBox 縦スクロールマンガ 「私の小さな家」
< https://www-indies.mangabox.me/episode/18803/ >

「イタリアで新しい漫画を作る大冒険」
< http://p.booklog.jp/book/77255/read >

主に料理の写真を載せたブログを書いてます。
< http://midoroma.blog87.fc2.com/ >