[3857] 懺悔道中膝栗毛ラストスパート

投稿:  著者:  読了時間:14分(本文:約6,700文字)


《「情熱枠」で候補に残りました》

■アナログステージ[130]
 懺悔道中膝栗毛ラストスパート
 べちおサマンサ

■Take IT Easy![44]
 子育てアプリワークショップに参加しました
 若林健一 / kwaka1208


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■アナログステージ[130]
懺悔道中膝栗毛ラストスパート

べちおサマンサ
< http://bn.dgcr.com/archives/20150224140200.html >
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コンニチハ、ふきのとうがスーパーの野菜売り場に並び始めて、ニコニコなべちおです。あのホロリとした苦味が、冬の終わりと、春の始まりを告げる味に感じてきた中年です。

ふきのとうは、天ぷらで食べるが美味しいですが、オイラはやっぱり、軽く湯がいて、おひたしで食べるのが好き。高野豆腐と一緒にだし汁で和え物にしても美味しい。

だいぶ昔の話になるのですが、『ばっけ味噌』という、東北地方のほうで食されている、ふきのとうの味噌和えをいただいたことがあったのですが、美味しいですね。白いごはんにピッタリ。むこうでは、ふきのとうを「ばっけ」というのですね。

さてさて。実は今回、前回スライドさせたネタを掲載予定だったのですが、なんだか、間違って削除してしまったようで、ネタが沈没してしまいました。サルベージすることもできないので、今回も巡礼ネタで。すいません。

前回の様子と、簡単な注意書きは下記をご参照ください。

・アナログステージ[129]巡礼から得る新しい空気と心
< http://bn.dgcr.com/archives/20150210140200.html >

お寺を紹介するときは、山号と寺号(院号)、仏像マニアなゆえ、いつもはご本尊さまだけ記載しておりますが、今回は、不動明王さまオンリーなので、あえて記載しておりません。宗派や諸々の札所番なども省略しております。

・関東三十六不動霊場会・公式ホームページ:
< http://tobifudo.jp/36fudo/index.html >

●懺悔道中膝栗毛 ─ 廿一編(関東三十六不動尊 千葉編)

前回は、連休を利用した不動尊巡りツアーの最終日ということで、後記ではなく、メインで書かせていただきました。そんな関東三十六不動尊巡りも、いよいよ残すところ千葉だけになり、満願(結願)までラストスパートです。

・竹園山 最勝寺 教学院(目青不動尊)

いきなり千葉ではなく、東京の三軒茶屋近くにある教学院です。デジクリでは書いておりませんが、以前に一度だけ参拝に来たことがあります。実は、今回の巡礼でも、足を運ぶのが億劫になっていたお寺さんだったので、近場でありながら、最後のほうになってしまいました。

その理由は、三軒茶屋という場所柄、人と車で溢れていて、駐車場(コインパーキング)まで辿り着くのが大変という裏事情が。前回もそうだったのですが、駐車場難民が確定するところなので、車で動いているオイラには、どうにも近寄りがたいお寺さんだったりします。

しかも、一方通行だらけで、道を入り間違えると、はるか彼方へ進まされてしまいます。今回は、別の駐車場を発見したので、前回のような苦労はしませんでしたが、やっぱり都心は車より、電車で移動が間違いなく便利ですね。

さて、お寺さんのほうはというと、参拝者は見事にオイラだけでした。檀家寺さん特有の質素な佇まいで、不動堂の中は真っ暗でなにも見えませんが、ほかのお寺さんでは感じることがあまりない、ピリピリとした、すごい緊迫感がある空気が堂内から放たれております。

目青不動さまが秘仏になっているだけあって、その力なんでしょうかね。子どもの頃から、お寺とか神社を怖い場所と思ったことはないのですが、この不動堂は緊張感がすごいです。「怖い」という感覚とは違うのですが、まぁ、機会があれば足を運んでみてください。

・普和山 最上寺(厄除岩瀬不動尊)

高速道路でビューンと移動し、千葉県に突入です。お寺の駐車場に車を停めると、境内を改修工事している最中で、土木資材があちらこちらにゴロゴロしておりました。石像の仁王さまが、とても印象的です。

本堂にあがると、檀家さんなのか、地元のかたたちなのか分かりませんが、本堂で机を並べて井戸端会議をしており、「ものすごいタイミングが悪いときに来てしまった」と後ずさりしてしまいました。

さすがのオイラも、こんな大勢のかたたちが見ている前での勤行は、気後れする。視線もバッチリ集まっているのが、背中から良く分かる。ほかに参拝者さんがいれば気持ちも楽だが、とにかく気まずい。線香だけ焚いて、経も唱えずにご朱印だけいただくのは、今回決めたオイラ流儀に背くので避けたい。

どうしようか戸惑っているところに、先日の苔不動(秩父)の奥さんからいただいた「プロじゃないんだから、お経を間違えたっていいんだよ! 堂々と発声することが大事」という言葉を思い出す。

とはいえ、すごい緊張してしまいました。こんなに緊張するなんて、小学生のときの学芸会以来です。小学生のころは、まだシャイだったんです、ボク。中学生になってから、変人として生まれ変わり、今に至ります。

・妙高山 大聖院(高塚不動尊)

最上寺から一時間以上の道のりを移動し、着いた高塚不動さんも、また静かな佇まいのお寺さんでした。お墓参りにきていた檀家さんを除けば、またもやオイラひとりの参拝でしたが、お寺のムスメさんらしきかたに対応していただき、軽く会話を楽しみました。

「この裏の奥にも不動さまを祀ってあるので、そちらもよかったらどうぞ」と声を掛けてくださったので、足を運んでみることに。ここで、大きな勘違いをしていることに、まったく気がついていないオイラがおりました。

境内に『奥の院はこちらから』と書かれている案内板を見かけ、その案内に従って進んでいくと、かなりへヴィーなハイキングコースに突入。「なにかおかしい」とうっすら思いながらも、獣道のような山道を登って進む。

20分ほど経過しただろうか、ムスメさんが言っていた不動堂の存在が遠い。引き返すのも癪だし、そのまま進んでいくも、足元はスニーカーではなく、裸足に雪駄。足が痛い。しかも、くもの巣が容赦なく纏わりついてくる。「ぜったいに間違えたわ、これ」と気がついたのは、山頂近くの鳥居の前でした。

おそらく、ムスメさんが言っていた裏の不動堂は、本堂の裏のことを指していたのだと思い、ハァハァいいながら山頂に到着。風神雷神門をくぐり、そこから見渡せる南房総の海は、絶景のひとこと。ものすごい充実感だ。しばし休憩し、奥の院と呼ばれるここは、元不動堂だったようです。

キレイな景色と澄んだ空気を、たっぷりと体に沁み込ませ、「リフレッシュ完了!」と満足しているも、来た道を戻らないといけないという現実がやってきた。周りにはマイナスイオンで溢れているが、気分はマイナスで溢れる。

顔面蒼白でハァハァしながら下山し、お寺に着いたときには、「今日はもう帰ろうかな」モードに。そして、本堂だとばかり思っていた堂が、じつは庫裏であり、本堂は庫裏の奥だったことを知る。

本堂で勤行しなければ、巡礼の意義がない。ハァハァしながらも本堂へ向かうが、これまた本堂が遠い。すごい階段で、ハァハァをとおり超えて無言。目玉が、黒目から白目に回転しかかったころに、本堂へ到着。無事に勤行を済ませ、境内を散策してみると、秋葉権現の祠が。神仏習合だったんですね。

なんだかんだで、高塚不動さんで2時間近く時間を費やしてしまい、先を急ぐことに。後々、この時間遅れが、成田山での悲劇を引き起こすとは、このときはまだ分からなかったのでした。

次回、関東三十六不動尊巡り、グランドファイナルです、お楽しみにどうぞ。

【べちおサマンサ】pipelinehot@yokohama.email.ne.jp

NDA拘束員であり、本当の横浜を探しているヒト。ぶら撮り散歩師。愛機はD90とGRD4。全国寺社巡りで、過去の懺悔道中をしております。

・インスタはこちら→< http://instagram.com/bachio >
・Twitterはコチラ→< http://twitter.com/bachiosamansa >
・まとめはコチラ→< http://start.io/bachio >

※ボチボチTwitterに出没してます(2015年2月現在)

○前回、後記を書き忘れてしまったのを、配信されてから気がついた。モノ忘れというより、新しい情報が入ってくると、いま現在の情報が、古いものとして削除されてしまうのは、加齢がなす業なのかな。

今回掲載予定だったネタも、『原稿を入稿した→ネタを入れ替えたことを忘れる→なんで下書きトレイに残っているんだろ?→入稿済みなのは削除』という流れを、無意識に行っていたのだろう。困ったもんだ。

○小池龍之介の『こだわらない練習』を読了。まろやかな文面でありながらも、人間が持つ思考と思想を、この上なく的確についた内容で、読み手によっては人間が変わってしまうくらいの力がある。

「分かっているが、分かっていないふりをしていたい」「アタマの中で散々と蹲っていたものが、文章として纏まってしまった」と、心の迷子になっているかたには面白いです。

・『こだわらない練習 「それ、どうでもいい」という過ごしかた』
< http://www.shogakukan.co.jp/pr/koike/kodawaranai/index.html >


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■Take IT Easy![44]
子育てアプリワークショップに参加しました

若林健一 / kwaka1208
< http://bn.dgcr.com/archives/20150224140100.html >
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2月21日は「インターナショナルオープンデータデイ」ということで、各地でオープンデータにまつわるイベントが開催されました。

行政、科学技術、地域などカテゴリーを問わず様々なデータが、権利で縛られたり料金を課せられることなく活用できることを「オープンデータ」といいます。こういったデータを活用したアプリやサービスの開発が活発になってきています。

Open DATA METI(経済産業省のオープンデータカタログサイト)
< http://datameti.go.jp/ >

Linked Open Data Initiative
< http://linkedopendata.jp/ >

私も地元奈良の生駒市で開催された“CODE for IKOMA”主催の「子育てアプリアイデアワークショップ」に参加してきました。

Iko mama papaアプリ開発提案プロジェクト
< http://code4ikoma.org/?q=node/9 >

このワークショップでは、地域の情報などを元に子育てに役立つアプリに関するアイデアを出し合うイベントで、ここで出たアイデアは3月1日に開催される「子育てアプリハッカソン」で実際の形にして、その中から優秀作品が選ばれます。

どうして「子育て」かというと、生駒市は行政と民間の双方で子育て支援が活発な地域ということもあり、子育てがテーマのアプリアイデアワークショップも今回で二回目だそうです。

ワークショップは、アイデア出し→評価→候補抽出→情熱枠募集→チームビルディング→ブラッシュアップ→発表の流れです。

まず、それぞれでアイデアを出していくのですが、その前にアイデアマップを書いて発想のための準備をし、それをもとにメンバー同士で紹介しあってお互いのアイデアを吸収。最終的に自分のアイデアをまとめます。

次に全員のアイデアを並べ、良いと思ったものにマークをつけてマークの多かったものを候補にしてチームを作ります。

その時に、星の数に関係なく「どうしてもこれがやりたいんだ!」という意気込みで候補に入れることができるのが「情熱枠」という制度です。

「情熱枠」も立候補が多ければ、投票とかじゃんけんとかで絞るのかもしれませんが、今回「情熱枠」に手を挙げたのは私ひとりだったので、無事私のアイデアが「情熱枠」で候補に残りました。

私のアイデアは、簡単にいうと「予定調整カレンダーアプリ」。子育てに忙しいお母さんは、子どもの予定に自分の予定、色んな予定の管理に忙しいはず。

地域のイベントにも行きたいし、学校や幼稚園の行事にも参加しないといけない。もちろんママ友とも一緒にランチにも行きたい。誘われたけれど、いつが空いてる? お出かけの日は天気のいい日にしたいけど、そんなにあれこれ考えられな〜い!!

といったお母さんのために、役立つアプリになればいいなと思っています。チームにエンジニアが自分しかいないので、どこまで形になるか先行き不透明ですが、なんとか頑張って満足いくものにしたいです。結果は次回デジクリにて!

【若林健一 / kwaka1208】 kwaka1208@pote2.net
crossroads
< http://kwaka1208.net/ >
< https://twitter.com/kwaka1208 >
< https://www.facebook.com/kwaka1208/ >

CoderDojo奈良
< http://coderdojonara.wordpress.com/ >


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編集後記(02/24)

●倉山満「逆にしたらよくわかる教育勅語」を読む(ハート出版、2014)。親に孝養をつくしてはいけません。兄弟・姉妹は仲良くしてはいけません。夫婦は仲良くしてはいけません。友だちを信じて付き合ってはいけません。自分の言動を慎んではいけません。広く全ての人に愛の手をさしのべてはいけません。職業を身につけてはいけません。知識を養い才能を伸ばしてはいけません。人格の向上に努めてはいけません。社会のためになる仕事に励んではいけません。法律や規則を守り社会の秩序に従ってはいけません……これが「逆・教育勅語」である。「逆もまた真なり」が通用しないのが「教育勅語」だ。

「教育勅語なんて知らない、聞いたことはあるが“なんとなく”怖い」と思っている人に向けたのがこの本。上記の「てはいけません」を「ましょう」にかえれば「教育勅語」になる。一般的な道徳としてまことに正しいことばかりである。これのどこが危険思想なのか。どこが軍国主義なのか。わたしの世代は「教育勅語」を教えてもらえなかった。その後も今に至るまでそうだけど。だから初めて「教育勅語」を口語訳で音読したら、じつにまっとうな文句のつけようのない内容なのに、正直拍子抜けした。次に「逆・教育勅語」を読んでみると、なんと! そのまんま現代日本の姿ではないか。

筆者は「教育勅語を復活させて日本人の道徳を立て直そう」という意見に賛成だ。しかし、いきなりそれを言って通るのか。政治家がそれを公約にあげたら確実に落選だろう。日本人のほとんどは“「教育勅語」はなんとなく怖い”と思っているからだ。だから、あえて筆者は問う。「『逆・教育勅語』を読んでどう思いますか。今の日本で実現していませんか。そちらのほうが怖くありませんか。それがいいと思いますか」。昨今の道徳は低下は激しく、家族のつながりが希薄化し、子供たちのモラルの低下が叫ばれている。この違和感の正体はなにか。それは教育勅語のような「建前」が滅びてしまったことだ。

今でも当たり前の「心がけ」しか書かれていない教育勅語に危険思想の烙印を押し、不当に封印し続けてきた日本の教育界やメディアの正体は明らかだ。彼らは日本がダメな国でいてほしいのだ。結局、日本は教育から立て直すしかない。昔の日本人が教育勅語を「まるでかけ算の九九のように暗唱し、ソラで言えた」のは本当だ。父も母もすらすら言えた。現代では教育勅語の12の徳目をソラで言えるようにしたいものだ。ところで、多くのフィリピン人は日本のロボットアニメ「ボルテスV」の主題歌を“ソラで日本語で歌える”というのも本当だ。今でも絶大の人気だそうだが、わたしは見たことがない。 (柴田)


●hammer.mule の編集後記はしばらくお休みします