わが逃走[157]世紀末のオープンカーの時代を思い出す
── 齋藤 浩 ──

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デザインとは思想である。

プロダクトの"見た目"について考えてみる。

作り手側が使い手の立場を考えているか、他のこと(金儲けのことやライバルのことなど)を考えているかは、その形状に現れるように思えてならない。

"一番手"の商品がヒットすると、競合他社は似たような商品を出して対抗するが、大抵の場合、"一番手"にはかなわない。

これはつまり、二番手以降はどうしても一番手を意識してしまう。一番手を見て、それに追いつき追い越そうとする意識が強くなり、使い手に対するメッセージが希薄になってしまうことに由来するのではないだろうか。




デザインとはコミュニケーションである。

形状をとおして作り手の思想を使い手が感じることができれば、それはいいデザインである可能性が高い。

たとえば、これからの自動車はこうあるべきだ、という作り手からのメッセージをスタイリングやドライビングフィールを通して伝えられれば、プロダクトデザインは広告としても機能する、と言える。

何を言いたいかというと、この度ホンダから発表されたS660は、私にとって四半世紀ぶりの「乗りたい!」と思わせるクルマだったのだ。

では四半世紀前に何があったのかというと、世紀末のバブルとともに散った、華やかなるスポーツカー、オープンカーブーム。

以下、個人的な記憶と主観に基づいた話なので、史実と異なる点もあると思われるので、居酒屋トーク的思い出話と思った上で読んでいただきたい。

ことの発端はNSXではなく、やはりユーノス・ロードスターだったと思う。

NSXが日本製のフェラーリであったのに対し、ロードスターは全く新しいオープンスタイルのスポーツカーだった。

スポーツカーになりきれない、スポーツカー風のクルマしか選択肢がなかった時代にドライビングそのものを楽しむという考え方を、見た瞬間に理解させたクルマこそロードスターだ。

いいデザインのクルマはかっこいいクルマと同義語と捉えられがちだが、本当の意味でいいデザインとは、作り手の思想が形状という言語で使い手に伝わるプロダクトを指す。

当時オープンカーは時代遅れというか、今でいうオワコン的な扱いであり、ラインナップはゼロに近かった。あったとしても、金持ちの道楽に的を絞った高価なものや、旧型モデルをベースになんとか延命しているもの、既存車両の屋根を取っ払ったモデルなど。最新の設計による真っ当なものは皆無だった。

そこに完全なる新生ライトウェイトスポーツカーとして、しかもオープン2シーターのみのラインナップでロードスターは登場した。

この潔さに誰もがメーカーの本気を信じたし、クルマをモテるためのツールとしか捉えていなかった層にも運転の楽しさを知る者が増え裾野が拡大、ここに一大スオープンカーブームが巻き起こったのだった。

ロードスターに続け! と世界中のメーカーがこぞってオープン2シーターモデルを投入した結果、晴れた休日ともなると、そこら中がオープンカーだらけとなった。

しかしいずれも潔いプロダクトとはいえず、ロードスターの思想に並ぶ明快さを持ったモデルは少なかったように思う。

ここでライバル車とおぼしきものを思い出してみる。

┌BMW Z3

BMWまでも! とその登場に驚いたが、アメリカ人が好きそうなグラマーな、
悪く言えば西海岸的頭悪そうなスタイリングで登場したため、誠実なヨーロッ
パらしさを期待した層からは敬遠された。

バルケッタ.........その名のとおり小舟のようなフォルムで登場。好みの別れるスタイリング。個人的に見た目は良かったけどFFというのがいただけなかった。FRの面白さをロードスターが知らしめた後だったこともあり、よけい残念な印象。

MGF.........素直にかっこいいし、上品。英国の歴史と伝統を感じるが、ロードスターのVスペシャル登場後だったためか、本家にもかかわらず、まがい品に見えてしまうのは不思議である。

デルソル.........いかにもマーケティング的。電動ハードトップがウリだが、ロードスターとの差別化を狙うあまり本質を忘れた印象。

S2000.........登場が遅すぎ。見た目も内容も保守的に思えた。

MR-S.........マーケティング的には正解だったのだろう。しかしポルシェの劣化コピーのような外観や、アルミに見える内装パーツが実際は塗装だったりとニセモノ感が災いしてか、あまり売れなかったようだ。マーケティングは占いではないことの証明。

ロードスターはこれら後続のプロダクトを平然とぶっちぎる。しかし軽自動車の世界には個性的なモデルも多かった。中でもコンセプトの潔さが光ったのは以下の2モデル。

ビート.........ホンダ車の中で、オリジナリティという意味では、俄然ビートに軍配が上がる。しかしホンダの本気はあくまでもNSXであり、ビートはシャレという立ち位置だった。シマウマ柄のシートやおもちゃのバイクのようなメーターまわりの意匠からも、そのあたりを伺い知ることができる。

カプチーノ.........軽のオープンをシャレでなく本気で見せたのがスズキ・カプチーノ。軽自動車ながらもスズキのフラッグシップモデルである。

ロングノーズ、ショートデッキの本格的な設計。分割収納式の屋根と熱線入りリアウィンドウのコンビネーションは、オープンカーの欠点に対する見事な提案だった。しかし148万円(だったかな)と軽にしては高価であり、すでに中古市場にあふれていたロードスターの値段と比較されるという不幸な側面もあった。


さて、いろいろ挙げたが結局いずれも一代限りで、血筋を保てたのはロードスターのみ(だったはず)。

で、今回発表されたS660は、この時期に発表された『ビート』の後継車種といえる。

淡々と代を重ねて来たロードスターが初代の魅力を越えられないのに対し、S660はあきらかにビートよりも美しく(オレ基準)作り手の本気を感じるのだ。

しかし、ロードスターも黙っちゃいない。販売間近の次期モデルは、アルファロメオと共通プラットフォームという付加価値つきで、印象をいままでとガラッと変えて登場する。

これって景気がよくなってるってこと?

四半世紀前のビートやロードスターのカタログや広告を見ながらデザインを学んだ身としては、当時を越える"伝わる"グラフィックデザインにも期待したい。いずれにせよ、活気が出てきたってことは喜ばしいことである。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。