腕時計百科事典[01]腕時計の帰還
── 吉田貴之 ──

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初めまして。吉田貴之と申します。兵庫県神戸市でWebのお仕事をしています。このような機会をいただき嬉しい反面、読んでいただくための文章を書くことに不安も覚えています。できる限りわかりやすく、読んでいて心地のよい文章を書くことを心がけますので、どうぞよろしくお願い致します。

●Apple Watchの衝撃

さて、今回から連載させていただくコラムですが、「腕時計百科事典」と銘打って、腕時計の魅力についてお話しさせていただくつもりです。

いまさら腕時計って......という反応が予想されますが、2015年は腕時計業界にとって、また腕時計の歴史において重要な一年になりそうなのです。勘の良い方はお気づきだと思いますが、「Apple Watch」の販売開始がその理由です。

すでに、実際に手にした方の様々な反応をSNSやブログでみることもできます。この「Apple Watch」が、腕時計にどのようにな影響を与えるのでしょうか。




●腕時計の起源

そもそも腕時計が普及するまで、携帯用時計と言えば「懐中時計」が一般的でした。ポケットから懐中時計を取り出して、さりげなく時間を確認する、というのが紳士の定番の仕草だったようです。

そんな懐中時計ですが、戦場のような一分一秒を争う場面で、すばやく時刻を確認するのには不向きでした。そこで、現場の兵士のアイデアで、懐中時計を腕に巻き付けて使ったのが、腕時計の起源であるといわれています。

腕時計が製品として登場したのは、飛行機を趣味にしている大金持ちが腕に着けられる時計を作らせ、それをベースに開発したものが最初のようです。

ところで、女性が時計を身につけるようになったのは、男性に比べるとかなり後になってからです。機械の小型化がすすみ、女性が身につけるにふさわしいサイズと重量になった頃、女性用の腕時計が登場します。

女性が身につける時計は、懐中時計ではなく腕時計からスタートしたようです。女性は身につけるものにはアクセサリー的要素を求めたために、時計部分が小さく、華やかな装飾の腕時計が人気を集めました。

●腕時計業界の変化

腕時計用の小さな機械は精度の追求が難しかったのですが、その便利さから男性用の腕時計も一般的となっていきます。そして、1950年代から1960年代に機械式腕時計は全盛期を迎えます。

数多の時計メーカーがしのぎを削るなかで、クロノグラフ(ストップウオッチ機能)のような複雑な機構を持った時計が登場したり、薄型化/小型化/高精度化も限界まで進み、国を支える産業の一つとして成長します。

日本でも進学や就職のお祝いとして腕時計を贈ったり、腕時計をみるとその人の収入がわかる、といわれていたのはこの頃です。

それに冷や水をかける形となったのが、セイコー社が開発したクオーツ時計でした。それまでの機械式時計に比べて、圧倒的に高精度のクオーツ時計が登場することで、多くの時計会社が倒産に追い込まれ、時計業界の勢力図は大きく塗りかえられました。クオーツ時計は大量生産にも向いており、腕時計の低価格化と普及が加速します。

●腕時計の衰退

一旦クオーツ時計の普及が進むと、今度は価格やデザイン、付加機能での競争が始まりました。デジタル表示の腕時計や、電池交換不要の腕時計、防水や耐衝撃を売りにする腕時計も現れて、腕時計のバリエーションは一気に広がりました。

細々と経営を続けていた機械式時計メーカーも経営統合したり、自社の時計をブランド化するなどの努力により力を付けてきたのもこの時期です。腕時計は実用的なものとステイタスシンボルとに二極化しました。

しかし1990年代になると、予想外の刺客が腕時計業界に切り込みをかけます。携帯電話です。この流れは現在も続いており、腕時計を着けない理由の一つが「携帯やスマホがあるから」であることは、疑う余地のない事実でしょう。また、もう一つの主な理由は「腕に何かを着けるのが煩わしいから」のようです。

●腕時計の復権なるか

スマホの普及が一段落したところで、登場したのが各種ウェアラブルデバイスです。いろいろな形態が模索されていますが、やはり「腕に着ける」というのが一番しっくりくるようです。

現在のウェアラブルデバイスは、あくまでスマホありきで設計されているため、腕時計型デバイスだけになるのはもう少し先かも知れませんが、「ポケットから出して使う」スタイルが「腕に着けたデバイスを使う」スタイルに変化していくのは、まるで懐中時計が腕時計に移行していく様子を再現しているようで興味深いです。

「iPhone」がスマホを普及させたように、「Apple Watch」もウェアラブルコンピューターを普及させる原動力となるのでは、と期待されています。

この波に乗り遅れまいと、独自の腕時計型デバイスやブレスレットなどの周辺機器を開発している腕時計メーカーも少なくないでしょう。何よりも、腕に何かを着けるのをやめた人たちがもう一度それをしようとしていることに大きな期待を寄せているはずです。

「Apple Watch」が既存の腕時計のシェアを奪うのか、腕時計と共存するのか、それとも腕時計が復権するのか。注目です。

【吉田貴之】info@nowebnolife.com

兵庫県神戸市在住。Webサイトの企画や制作、運営を生業としながら、情報の整理や表現について研究しています。

イディア:情報デザインと情報アーキテクチャ
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