晴耕雨読[12]新国立競技場案が変更になったわけ
── 福間晴耕 ──

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ニュースを見ると、表面的な事や話題性のある事を優先するせいか、その背景や原因などがさっぱり分らないものが多い。最近報じられた、新国立競技場案が大幅に変更になった話でも、そう感じている人が多いと思う。

幸い、自分は3DCGデザイナーの仕事をする前はずっと建築設計の仕事をしていた関係もあって、新国立競技場の件はある程度分るので、今何がおきていて、そもそもどうなっているか、自分の分かる範囲で解説してみたいと思う。

まずは、5/15に報じられたニュースを引用したい。

「2020年東京五輪・パラリンピックのメイン会場となる新国立競技場(8万人収容、東京都新宿区)の建設費を抑えるなどした新たな建設計画案が民間会社から文科省などに提出されたことが14日、分かった。政府関係者が明らかにした。計画案では、座席の大部分を仮設席として建設し五輪終了後に座席数を削減するなど合理性を重視した建築方式。現行案での着工予定は10月だが政府内では、この計画を支持する声が広がっており今後、新計画案が採用される可能性が浮上してきた。(スポーツ報知)
< http://www.hochi.co.jp/sports/etc/20150515-OHT1T50080.html
>

記事の中では見直し案が出た理由として、約3000億と言われる高い建設費、40億円に及ぶ年間維持費が問題になったとあるが、そもそもどうしてこうなったのだろうか。




理由はいくつかあるが単純に言ってしまうと、コンペで採用されたザハ・ハディド氏の案が、現実に建てるにはあまりにも難し過ぎる計画だったためである。

この案では開閉式ドーム屋根を備えた巨大建造物を、広い空間を確保するために柱や梁を殆ど使わずに建てるために、競技場というよりも巨大な橋のような構造にしなくてはならず、そのために予算も普通の競技場よりもはるかに高くついてしまうのだ。

しかも、それを人口密集地の都心のど真ん中で工事するので、そのための費用も馬鹿にならない、更に安全性の問題も指摘されていたのだ。

しかし、巨大な建築費がかかることは、実はある程度最初から予想されていた。それでもこの案が通ってしまったのは、競技場の設計を決めたコンペ方式に問題があったからだと言われている。

参考Link:新国立競技場 国際デザイン・コンクール
< http://www.jpnsport.go.jp/newstadium//tabid/441/Default.aspx
>

このコンペでは、安藤忠雄をはじめとした日本のトップクラスの建築家なども加わっていたにもかかわらず、「誰が責任を持つのか明確でない」ために、実際に建てる事についてはコンペのメンバーは考える必要がなかった。

そのため、最も見た目のインパクトがあり、斬新性もあるザハの案が選ばれたのだが、この案ではあまりにも時間と金がかかりすぎた。

それでも高度成長期やバブルの時のように、予算が無尽蔵にあるならここまで問題にはならなかっただろう。実際、ザハの案はドバイなどのオイルダラーのある国ではいくつか現実に建っている。

しかし、今の日本ではそこまでの金と時間のゆとりはなかった事もあって、いざ施工する段になって建築会社や施工会社が音を上げたという訳である。

参考Link:新国立競技場──ザハ・ハディド案をめぐる諸問題
(10+1 wweb site)
< http://10plus1.jp/monthly/2013/12/issue01.php
>

更に、競技場を巡ってトップが綱引きをして方向が定まらないうちから、現場レベルではスケジュールの都合もあって、なし崩し的に建て替えが進んでいる為に、時間が経つほどに後戻りが出来ない状況になってしまった。

遅れていた旧国立競技場の解体はようやく終わったが、元々長期間使うことを想定して頑丈に作られた地下の基礎の杭の撤去に手間取り、更に予算と時間を消費している状況であり、もはや工期の遅れは許されない。

そうした事もあり、プランが変更になって工期が遅れるのを嫌がる人間が大量にいる上に、建築案が見直しになると責任問題でクビが飛ぶ人間が何人も出てくるようなので、新計画案が採用されるのはまだ予断を許さないというのが現状である。

今後どうなるのか更なる注視が必要だろう。

【福間晴耕/デザイナー】
フリーランスのCG及びテクニカルライター/フォトグラファー/Webデザイナー
< http://fukuma.way-nifty.com/
>

HOBBY:Computerによるアニメーションと絵描き、写真(主にモノクローム)を撮ることと見ること(あと暗室作業も好きです)。おいしい酒(主に日本酒)を飲みおいしい食事をすること。もう仕事ではなくなったのでインテリアを見たりするのも好きかもしれない。