わが逃走[160]コミュニケーションの巻。
── 齋藤 浩 ──

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去年の今頃だったか、韓国のグラフィックデザイナー、チェ・ビョンロクさんから突然連絡をいただいた。今日本にいるから会いたいという。

メールの文章はとても自然体な日本語だ。タダモノではない感が漂っている。

彼のポスターは国際コンペで何点も入選しているので、もちろん知っていた。オレ好みのシンプルなタイポグラフィを得意とする表現者が現れたなー、感覚に共通するものがありそうだなー。

と思ってはいたのだが、もちろん本人とは面識がない。そんな中、まさかの本人からダイレクトに連絡が来るとは嬉しいやら緊張するやら。

心を落ち着けて返事をした。「是非お会いしましょう。◯月○日の◯時はいかがですか?」

その頃私はぜんぜん仕事がなくてヒマだったのだが、「いつでもいいですよ」だとかっこ悪いのでこんな返事をしたのだ。

そして作りかけのプラモと読みかけの漫画を片付けはじめる。日韓友好のため、体裁を整えねばならん。

◯月○日の◯時、彼はやって来た。




「齋藤先生ですか。チェです。はじめまして」。

イケメンである。ちなみに私は先生なんて柄じゃないが、彼がそう言ってくれたので原文ママ。

漫画とプラモの山を隣の部屋に押し込んだため、一見真っ当なデザイン事務所風に片付いた空間へチェ氏を案内する。

しかし、なんでまたオレに会いに? 会話はそのあたりから始まった。

「私は齋藤先生のポスターに感激してデザイナーになったのです」。

「えーっ、まじすかー??」。

詳しく話すとこうだ。

今から約10年前、日韓デザイナーの交流展『東京・ソウル24時』にて、私は新作ポスターを発表した。

韓国文化に対する敬意を表す意味からハングルをモチーフとし、それらを建築に見立てたもの。ポスターは『東京』と『ソウル』の二点で、会場はソウルの国際交流基金のギャラリーだったと記憶している。

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学生だったチェ氏はこれをとても気に入ってくれたらしく、またハングルを使った表現ということもあり、はじめは韓国人によるデザインだと思ったそうだ。

当時の彼にとってグラフィックデザインという仕事は、進むべき道としての選択肢のひとつでしかなかったそうだが、(多少オーバーに言ってくれてるとは思うが)このポスターが彼の進路を決定づけたとのことである。

これを聞いたときの私の驚きと感動は、どんな言葉を使っても言い表せない。

私のポスターが伝わり、その人の人生に関わり、そしていま、ポスターの目的であった友好の種子が芽となり、葉を開くがごとくグラフィックデザインの世界を広げているのだ。

デザインとは色彩でもなく形状でもない。想いを伝えるための手段である。

デザインが機能し、新たなデザインが生まれ、さらにそのデザインが機能してゆく様を、論理でなく体感できたことは、このうえない幸せなのである。

その後、二人のデザイン談義は会場を近所の超ハイクオリティ居酒屋に移し、なんだかんだで7時間近くにも及んだ。

話題は影響を受けたグラフィックやプロダクト、映画、建築、そしてデザイナーなど。

すると、ある人物が浮かび上がった。なんと我々を繋いだのは、あの佐藤晃一さんだったのだ。

チェ氏は日本への留学をめざして勉強を続け、敬愛するデザーナーである佐藤さんが教授をつとめる多摩美術大学大学院へ見事入学する。いわば佐藤晃一さんの愛弟子だったのだ。

そして私は今から20年ほど前、銀座ガーディアンガーデンで開催されたワークショップにおいて、佐藤さんから人生が変わるほどのアドバイスをいただいている。

その頃コンピュータを使ってデザインすることに対して違和感を抱えていた私は、手描きを導入したCG表現に没入するなど、いかにコンピュータ"らしくない"デザインをするかということに躍起になっていた。

そんな私の仕事の無意味さをひと言で看破、目からウロコを落としてくださったのが佐藤さんだったのだ。

つまり、デザインの本質とは物事を伝えることである。であるなら、手描きだろうがいかにもなCGだろうが、「伝わる」表現をデザイナーは選ぶべきであると。ぐうの音も出ない。まったくもってそのとおりなのである。

佐藤さんのひと言がきっかけとなり、私はシンプルな形態や文字だけでの表現も模索するようになった。

そこで生まれたアイデアこそチェ氏がソウルで出会った"リッタイポ"のシリーズだったのだ。

これは"リッタイポ"シリーズの記念すべき第一作『DESIGN』。1999年発表のポスター。

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その後紆余曲折を経て、前述の『東京』と『ソウル』が誕生する。

これってコミュニケーションだなあ。と思う。

さてこの言葉をひと言で表現すると? 

私が最も適当と思うのは、ネイティブアメリカンの教え、自助という概念である。初めて知ったのは、細野晴臣さんのインタビュー記事だった。

つまり、誰もが自分のために努力をしなさい。自分を助けなさい。それは巡り巡って誰かを助けることになりますよ、という考え方。

日本のことわざ"情けは人のためならず"と同義ともいえる。誰かのために犠牲になる必要なんかなくて、みんなが自分のために努力する。それで世界はきちんと繋がってゆくのだ。

以下ご報告。

さて、チェ氏との出会いから一年後。

この度ソウルにて『one letter/一文字』と題した展覧会に参加させていただくこととなりました。チェ・ビョンロクさん、そしてタイポグラフィの大家アン・サムヨルさんとの三人展です。

B1サイズのポスター、一枚に一文字を表現した作品をそれぞれ約十点ずつ、計三十点ほど展示される予定。

畏れ多くも韓国の超一流デザイナーと同じ土俵で、私の『リッタイポ』が展示されるのです。どどどどうしましょ!

私は新作三点とリファイン作品二点、過去の作品を五点、展示させていただく予定です。

会場はルデンローケンカフェ(5, Bukchon-ro 4-gil, Jongno-gu, Seoul, Korea)。6月5日より展示スタートで、会期は未定です(おおらかだね)。

< http://www.menupan.com/restaurant/onepage.asp?acode=D102665
>

オープニングパーティは5日の夕方。
「東京・ソウル間は約2時間」(←YMOの名曲より)。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
< http://tongpoographics.jp/
>

1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。